59話 蘇りしもの
「で、出来た……」
「ほほう、これがミスリル糸になるのか」
「あらあらあらぁ! 素晴らしいわぁ! これを撚り合わせれば糸として使えるのね。製糸に関しては私に任せて頂戴」
「ふむ……これを利用すればあのマリオネットに更なる改良を……」
本格的なレイチェルの装備制作とミスリル糸製造の試み、及びマリオネットのマキナゴーレムの体としての改造が始まってから一週間が経過した。
その間、俺はミスリル糸の制作に頭を悩ませ続けていた。
エルクおじさんの使える属性が火属性と水属性と言うことはリディに聞いていたが、それをどう使えばいいのかが分からない。
前にレイチェルが言ったみたいにミスリルを茹でたりもしてみたんだけど……それは最終的にポヨンのおやつと化した。
鍛冶師であるダグラスさん、マイケルさんとも相談しつつ、やはり加工の為には熱が必要だから火属性はミスリルを熱し溶かす用途で間違いないだろう、と言うことになった。
問題は水属性だ。
まずは、溶かしたミスリルに水魔術で水を加えてみた。
少量では一瞬で水が蒸発するだけだったので大量に加えようとした所、マイケルさんに止められダグラスさんに怒られることになった。
そんなことしたら爆発して危ないとのこと。
……近くに詳しい人がいて助かったな。
一度、単純に溶かしたミスリルを糸の様に加工してみようともした。
ただ、これでは細いミスリルの棒が出来上がるだけで、とてもじゃないけど糸として使えそうな感じではない。
次に俺は水魔術で生み出した水の中に溶かしたミスリルを少量加えてみることにした。
爆発するから止めろ! と怒られはしたけど、爆発すると分かっていれば水魔術で抑え込めるから大丈夫と説明し実行する。念の為、皆には近くから離れてもらった。
溶けたミスリルを加えると、ミスリルの周囲で何かエネルギーの様なものが暴走しようとするのを感じた。
それを水魔術で抑え込む。暫くそうしていると、ミスリルが冷えて固まっていった。
調べてみるとこの固まったミスリルが普通のミスリルと違い、金属にしては妙に伸縮性があることが判明した。
溶けた状態で水魔術を使って魔力に晒すことで性質が変化したんだろうか?
ダグラスさんたちと相談し、俺たちはこの方向性で製造実験を続けることにした。
次は、水に加える時細長い形で加えてみた。
同じ要領でミスリルが固まると、伸縮性がある細長い棒が出来上がった。
かなり糸に近付いたので俺たちは何度も試行錯誤を繰り返し、更なる改良を加えていく。
まず、水魔術の水に中に溶けたミスリルを加える。
この時、加えるミスリルは少量ずつゆっくり加えていく。
次に、水魔術を使って爆発を抑えながらミスリルを固めていくんだけど、この時水魔術に渦巻の様な流れを加えてみた。
どうもこれがミスリルを細く加工するのに必要な工程だったようで、渦に巻かれたミスリルはどんどん細く伸びていき一気に糸に近付いた。
この時の水流の速さや水の温度管理も大切らしく、何度も実験し一番いい状態を模索した。
その甲斐あって、今俺の目の前にあるミスリル製の超極細の繊維が誕生したのだ!
多分エルクおじさんも、全ては同じじゃないかもだけど似たような方法でミスリル糸を作ったんだろう。
残りの作業はマルグリットさんがやってくれるそうなので、俺の役目はここまでだ。
俺がミスリル糸の制作に挑戦している間、リディはマキナゴーレムと会話しながらマリオネットの改造を手伝い、レイチェルは主に食事の準備や雑用等をケイナさんと協力しながらこなしてくれた。
クロードさんとマルグリットさんの弟子だろうか、作業に加わる職人の人数も増え、更に様子を見に来たテオドールさんも必要な物の手配に協力してくれた。
装備の制作や改良の為、俺たち全員マルグリットさんに採寸してもらったんだけど、どうやら俺とリディは少し体が大きくなっているようだった。特にリディはまだまだ成長期だからな。
なので、改良の時にサイズ調整もお願いしておいた。
更に、レイチェルには武器の制作もある。
これは、元々レイチェルに合わせて一から作ってもらおうかと思ってたんだけど、今使っているミスリルナイフ二刀が使い易いとのことなので、これをレイチェルの手に合わせて調整してもらうことになった。
ダグラスさんがレイチェルの両手を握ったり色んな方向から眺めたり……レイチェルは顔を真っ赤にしながら耐えていることもあってどことなく卑猥な印象が……
ポヨンが一匹、ポヨンが二匹、ポヨンが――
邪念を捨てろ俺! あれは必要な作業なんだ!
そこから更に一週間、俺たちはギルドに余ったゴーレム鋼や倒した魔物の買取をお願いしたり、サニーちゃんと一緒に遊んだり、レイチェルに『亜空間収納』を教えたりしながら過ごした。
俺とリディは服をマルグリットさんに預けているし、レイチェルも武器をダグラスさんに預けているからダンジョン探索は一時休業だ。それに、マキナゴーレムの様子も見てなきゃいけないしな。
この間に米についてもテオドールさんたちに食べてもらおうと思ってたんだけど、折角なので全部が完成した時、お疲れ様の意味も込めて皆に食べてもらうことにした。
なので、この一週間で色々米を使って作り置きしている。リディが食べたいと言っていた炊き込みご飯や焼き飯なんかも勿論用意した。
レイチェルに試食してもらった所、「美味しい!」と言って沢山食べていたから大丈夫だろう。
「今日ダグラスさんたちに呼ばれているんでしたよね。どんな感じに仕上がっているんでしょうかね?」
「ここ一週間は任せっきりだったしな。ちょっと楽しみだな」
「あの子もどんな感じになったのかな? ねぇポヨン」
ポヨンもどうやらソワソワしているように見える。
マキナゴーレムは昨日のうちにクロードさんに預けておいた。
今日は生まれ変わった姿になっている筈だ。
マリオネット自体もクロードさんとダグラスさん、マルグリットさんの手によって改造が施されているみたいだしな。
「よし、そろそろ行ってみようか」
俺たちは昼になる少し前にダグラスさんの工房に向けて出発した。
今日は、昼食に俺たちが作った米料理を食べてもらう為にテオドールさん一家も呼んでいる。
テオドールさんたちも、あのマリオネットがどうなったのか気になっていたみたいだし丁度いい。
◇◇◇
「おう、来たか」
「うっふっふ、早速準備してあるわよ。ほら、向こうで着替えてらっしゃいな」
ダグラスさんの工房に辿り着くと、ダグラスさんとマルグリットさんが出迎えてくれた。
どうやらマルグリットさんは俺たちの服を既に準備していたらしく、早速着替えを促してくる。
俺たちはマルグリットさんに従い、まずは着替えをすることにした。
マルグリットさんにそれぞれ服を手渡され、奥のスペースで着替えを済ませる。
今着ている服を脱ぎ、新しくなったけど気慣れた服に袖を通す。
見た目の変化は特に無いけれど、サイズが今の俺用に調整されとても着心地がいい。
服に使っているミスリル糸を増やした影響か、試しに服ごと『身体活性』を使ってみると、以前より魔力の通りが良くなっているのを感じた。これなら『身体活性』を用いた時の防御力はかなり向上している筈だ。
更に、ミスリル糸と共に一部ライトニングホーンの毛を糸として編み込んであるので、雷に対する耐性もある程度期待出来るそうだ。
うん、いいんじゃないか?
これからもまたよろしくな。
「おにい、お待たせ」
着替えを終えたリディが出てくる。
リディも俺と同じく見た目には特に変化はない。
ただ、リディの服もかなり防御性能が向上している筈だ。
いつもの服が新品同様に生まれ変わり、どうやらリディも上機嫌なようだ。
「お、お待たせしました……」
更にその後ろから、新たな服に着替えたレイチェルが少し恥ずかしそうに出て来た。
上半身は、肩を大きく出したゆったりしたトップスからインナーの肩紐が見えるなかなか開放的なデザインだ。
下半身は以前と同じようなショートパンツスタイルで、腰にはシンプルながら利便性のありそうなベルトが巻かれている。小物入れや短剣の鞘を備え付けることを考えられているようだ。
リディと同じく膝上くらいの長さのソックスを穿き、それが冒険者用のややゴツめのブーツといい対比となっている。
服の色使いも、モノクロームを意識してか白と黒を基調にしているようだ。
「レイチェル姉凄くかわいいよね! ねえおにい!」
「お、お、おう! に、似合ってるんじゃないか?」
「あ、ありがとうございます。ちょっと肩が大きく出ちゃってるのが恥ずかしいですけどかわいい服ですよね」
「あら、あらあらあら、着替え終わったみたいね。うふふ、三人ともよく似合っているわぁ」
「まあ、ジェットとリディは元々その服装だったしな」
「もう、ダグラスちゃん! 野暮なこと言わないの!」
ダグラスちゃん……
これ程ちゃん付けが似合わない人もそうそういない……こともないか。
村長とかブルマンさんとかも全然似合わないしな。
「レイチェルちゃんはここにこうやってストールを巻いていけば……」
そう言ってマルグリットさんは、レイチェルの首から肩にかけてストールを器用に巻いていく。
「あ、これなら平気かも」
「巻き方は色々アレンジしてみてね。このストールにもミスリル糸とライトニングホーンの毛を使っているわ。それと、今は必要ないだろうけどこれも」
そう言ってマルグリットさんは、俺たち全員に上着を渡してきた。
おお、いずれ冬用に何か用意しないといけないと思っていたけど、これはありがたいな。
「ありがとう、マルグリットさん」
俺たちはマルグリットさんに頭を下げる。
「うふふ、いいのよ。お陰で面白いことに参加出来たのだし。このミスリル糸は素晴らしいわ。試しに染め上げてみたのだけれど、とても綺麗な発色なのよ」
「ほれマルグリット、早く向こうにも行かんと皆待ちくたびれておるぞ」
「あら、そうね。それじゃあ皆にも見せてあげましょうか」
ダグラスさんとマルグリットさんに案内され、工房の奥へと向かう。
するとそこには、マイケルさんやケイナさんを始め、今回手伝ってくれたヴォーレンドの職人たちが勢揃いしていた。
テオドールさん一家の姿もある。
何故かジャネットさんの姿も見える。あんた、受付の仕事はいいのか!?
俺たちの姿を確認すると、サニーちゃんが駆け寄ってきた。
「うわぁ、レイチェル姉ちゃんの服かわいいね」
「ふふ、ありがとうサニーちゃん」
「やあ、来たみたいだね」
クロードさんに声を掛けられる。
その傍らには見覚えのある木箱が鎮座していた。
「もしかしてその中に……」
「ああ。さあ見るがいい! 僕たちヴォーレンドの職人によって現代に蘇りし最高傑作を!」
そう言ってクロードさんは勢いよく木箱の蓋を開ける。
そこには、以前と同じようにマリオネットが眠るように入っていた。
ただ、服装は元々着ていたものから白黒を基調にしたエプロンドレスへと変わっている。
頭には銀色の髪との対比になるよう黒いヘッドドレスが着用されている。
すると、マリオネットが眠りから覚める様に目を開く。
マキナゴーレムと同じ綺麗な紫色の大きな瞳でこちらを見てくる。
そして、なんと自力で歩き始め、トコトコとリディの前までやって来る。
上目遣いでリディの方を見た後、ペコリと丁寧にお辞儀をするのだった。
「か」
……か?
「かわいい~~~~~~っ!!!!」
リディが勢いよくマリオネットを抱き上げる。
どうやら今の仕草にやられたのはリディだけではなかったようで、レイチェルやサニーちゃんを始め、ケイナさんやオリアーナさん、マルグリットさんやジャネットさんも黄色い歓声を上げていた。
「そうだリディちゃん。この子に名前を付けてあげなきゃ」
「そうだな。いつまでも名無しじゃ不便だしな」
「うん! えーと、どんな名前がいいかな…………そうだ!」
どうやら決まったようだ。
「キナコ! あなたの名前は今日からキナコだよ!」
マキナゴーレム改めキナコは、リディの言葉に対し喜びを表現するようにヒシっとリディに抱きつくのだった。




