58話 ヴォーレンドの職人たち
「どうだリディ、今まで見た店で何かいいものは見付かったか?」
「うーん……あんまりピンと来ないかなあ」
「便利な魔道具とかならあったんですけどねえ」
俺たちはダグラスさんにマキナゴーレムのことを相談した翌日、早速ヴォーレンドの町の店巡りを開始した。
武具店や金物屋、雑貨屋や魔道具店など色んな店を覗いてみる。
とある魔道具店では、水を湯にする魔道具や泥水を綺麗にする魔道具なんて物も販売されていた。
俺たちなら魔術を使って自分で出来るけど、普通の人たちにとってはとても便利なものだそうだ。レイチェルの実家、満月亭でも湯を用意するのにはまず火を熾す必要があるから結構大変だって言ってたっけ。
なので水を湯にする魔道具は、レイチェルの実家にゴーレム風呂と一緒に送ることにした。浴槽だけあっても湯の用意が大変で使われなかったら意味無いしな。
ああ、サニーちゃんたちにもゴーレム風呂を持って行ってあげないと。
昨日は、あの後ダグラスさんたちとミスリルについて色々と話し合っていたのもあって、ダグラスさんに追加のゴーレム鋼を渡すのも忘れていたから次会いに行った時はちゃんと渡さないとな。
俺たちは次の店を求めて町を歩く。
ジャネットさんに貰った町の地図を頼りに目立つ大きい店は大体回ったから、次は小さい店も探してみるか。
ただ、流石に細かい店までは地図には載っていない。
まずは誰かに聞いてみた方がいいのかもしれないな。
「あっ! リディちゃん!」
背後から元気な女の子の声が聞こえてきた。
リディの名前を知っている女の子なんて、俺の分かる範囲ではこの町には一人しかいない。
「サニーちゃん!」
「やっぱりサニーちゃんか」
「こんにちは、サニーちゃん」
「ジェット兄ちゃんとレイチェル姉ちゃんもこんにちは!」
「ははは、急にサニーがすみません」
「皆さん、こんにちは」
「「「こんにちは」」」
サニーちゃんの後ろからテオドールさんとオリアーナさんもついて来る。
手には木箱や布袋を持っている所を見ると、どうやら家族で買い物にでも出掛けていたみたいだ。
「皆さんがここにいると言うことは、ダンジョンでの調査は無事に終わったみたいですな」
「はい。それで暫くは町で活動しようかと」
あ、そうだ。ゴーレム風呂のこと話しておくか。
「テオドールさん、オリアーナさん。前にサニーちゃんと約束した風呂の事なんだけど、実はゴーレム鋼を使って浴槽を作ってみたんだ。もし良かったら一つプレゼントしたいと思っているんだけど」
「ほんとー!? やったーー!!」
「これサニー。本当によろしいのですか? 無理にサニーの我が儘に付き合わなくても」
「大丈夫。幾つか同じものを作っているし、もっと欲しかったらまたゴーレムを倒しに行くから」
「……ははは、ゴーレム鋼の調達は普通もっと苦労するものなんですがね」
「あなた、是非うちまで来てもらいましょう。皆さんもどうかしら? おもてなしいたしますよ」
オリアーナさんは少し興奮気味なようだ。
折角だしそうしようかな。それに、テオドールさんなら町にある店のことにも詳しいだろうし丁度いい。
「それじゃあお言葉に甘えようかな。二人もそれでいいか?」
「うん!」 「はい」
「ほら、早く行こー」
サニーちゃんに引っ張られ、俺たちはテオドールさんたちの家を訪ねることになった。
◇◇◇
「成程……そのゴーレムの体になりそうなものを探していると」
「はい。それで掘り出し物が見付かりそうな店を教えてもらいたくて」
テオドールさんたちと昼食を食べ、ゴーレム風呂をプレゼントした後マキナゴーレムについて相談してみた。
ゴーレム風呂の効能を聞いたオリアーナさんは目を輝かせ、自宅に浴室を増築すると張り切っていた。サニーちゃんも喜んでくれたし持って来て良かったな。
米についても後日、実際に一緒に炊いてみて食べることになった。
「ふむ、そうですな。ゴーレムの体として何か使えそうなものとなると」
「ねえあなた。うちにあるアレはどうかしら?」
「アレ……ああ、アレか」
アレって何だ? テオドールさんの扱っているものって食料品とか生活用品だよな?
どうにもテオドールさんが苦笑いしているのも気になる。
「ねえおにい、折角だし見せてもらおうよ」
「ええ、是非。もし気に入って頂けたのなら持って行ってもらって構いません。こちらはあんな素晴らしい浴槽まで頂いてしまったし」
「では皆さん、倉庫の方に案内しますね」
俺たちはテオドールさんたちに店の倉庫まで案内された。
前に荷物を出した場所だな。
「では少々お待ちを。ここに持って来ますので」
そう言ってテオドールさんは倉庫の奥へと入って行った。
「何が出てくるんでしょうかね?」
「うーん、さっぱり分からんな」
「ふふ、かなり意外なものだと思いますよ」
そう言ってオリアーナさんは悪戯っぽく笑う。
リディとサニーちゃんはポヨン、マキナゴーレムと一緒に遊んでいる。
そうして暫く待っていると、奥からテオドールさんが少し大きめの木箱を持って戻って来た。
「お待たせしました。今回皆さんにお見せするのはこちらです」
テオドールさんが木箱の蓋を開ける。
俺たちはそれを覗き込む。
これは……!?
「うわぁああ! かわいい!」
「凄い……まるで眠っているみたいですね」
「テオドールさん、この人形は?」
箱の中には一体の少女の姿をした人形が眠るように入っていた。
大きさは俺の膝よりすこし大きいくらいだろうか。
長めの銀色の髪がキラキラ輝いている。
「これはマリオネットと言いましてな。よその遺跡型ダンジョンから発掘されたそうです。大昔にはマリオネイターと言うこの人形を糸で扱い戦闘を行う人物も存在したようですが……現在ではその技術は失われ、マリオネットは主に観賞用の人形となっています」
「これもこの人が衝動的に仕入れたものなんです。ただ、うちの客のニーズからはかけ離れたものですし、値段もそれなりにいい値段になってしまうものですから今まで買い手が見付からず……倉庫の肥やしとなっていました」
テオドールさんはばつが悪そうに頭を掻く。
改めて人形を見てみる。
確かに良く出来た人形だな。
リディ、レイチェル、サニーちゃんは人形を見て大興奮だ。
さっきこれを使って戦う人物がいたって言ってたけど、どう見てもこの人形が戦えるようには見えないが……
リディが抱えているマキナゴーレムの魔石が光を発する。
「うん。これがいいの?」
マキナゴーレムは点滅を繰り返す。
「おお、気に入って頂けたようですな。さっきも言った通り、このまま持って行ってもらって大丈夫です」
「じゃあ、これでお願いします! テオドールさん、ありがとう!」
「いえいえ、その人形も役に立てて喜んでいることでしょう」
「良かったね、リディちゃん」
「うん! あ、でもどうやってこの子に使わせよう?」
「とりあえずダグラスさんの所に持って行ってみるか」
困った時のダグラスさんだ。
早速行ってみようか。
「もしまた何か必要でしたら是非相談して下さい」
「はい、ありがとうございました。サニーちゃん、また次はお米を食べさせてやるからな」
「この子が動けるようになったらまた一緒に遊ぼうね!」
「うん! 約束だよ!」
人形を木箱に仕舞い、リディが亜空間へと一旦収納する。
そして、ポヨンとマキナゴーレムをリディの鞄の中へ押し込み、俺たちはテオドールさんの店を出て次はダグラスさんの工房へと向かった。
◇◇◇
「ほう、マリオネットか。また随分面白いものを見付けたのう」
「かわいいお人形ですねー」
持ち込んだマリオネットをダグラスさん、マイケルさんは職人の目で、ケイナさんは少女の様な目でそれぞれ眺めている。
「ダグラスさん、このお人形をこの子が使えるようにしてもらいたいんだけど」
「ふーむ、そうしてやりたい所だが……生憎魔道具は専門外でなあ」
「親方、他の職人方にも相談してみるのはどうでしょう? こんな普段出来ないような面白そうなこと、俺たちだけでやったと知られると後が怖いですよ」
「成程、確かにそれがいいかもしれんな」
あ、そうだ。
新しいゴーレム鋼も渡しておこうか。
「ダグラスさん、昨日は忘れてたんだけど、また新しいゴーレム鋼を取って来たから見てくれ。リディ」
リディが亜空間から薄鈍色をしたゴーレム鋼を取り出す。
全身金属のゴーレムから取ったやつだな。
それを見たダグラスさんとマイケルさんは、目の色を変えて薄鈍色のゴーレム鋼に飛びついた。
「お、おい! ゴーレムメタルまで取って来てたのか!? お前たち、どこまで潜ってたんだ!?」
「えっと、地下二十階まで。昨日言わなかったっけ?」
「ダンジョン内でマキナゴーレムを見付けたことしか聞いとらんわ! まさかメタルゴーレムまで倒せるとは……」
あの薄鈍色のゴーレムってメタルゴーレムって言うんだな。
「むしろそっちのゴーレムの方が戦い易かったんだけど」
「ぐはっ、がっはっはっはっは! デタラメ過ぎて笑いが止まらんわ!」
「ちなみに、ゴーレムメタルって言うのはゴーレム鋼を製錬して作られる金属のことです。武器や防具にも人気だし、高級な食器や調理器具にも使われますね。しかも、メタルゴーレムから直接取れるゴーレムメタルは純度が高く貴重品なんです」
ほう、ゴーレム鋼より更に貴重なものなんだな。
こっちは風呂じゃなく食器や調理器具に使えば良かったのか。
「えっと、ゴーレム鋼もそのゴーレムメタルもまだまだいっぱいあるんだけど」
「ストップ! ストーーーーーーーップ!! それ以上は駄目ですジェットさぁああん!」
「よしジェット! ここに一旦全部出せ! 早くしろ!!」
「お、おう。リディ、頼む」
「う、うん」
「リディちゃん、並べるの手伝うね」
ダグラスさんの工房の空きスペースにゴーレム鋼とゴーレムメタルを並べていく。
ゴーレム風呂二号もここに並べておいた。
「こ、これは……とんでもない量ですね……しかも浴槽ですかこれ?」
「ああ、うん。ゴーレム鋼で作った風呂が凄く良かったからゴーレムメタルでも作ってみたんだけど……こっちは思った程でもなくて」
「がっはっはっはっはっは!! よし、マイケル! ケイナ! ちょっとクロードとマルグリットの奴を呼んで来い!」
「うぅ……また私のお給料が遅れそうな雰囲気が……」
「は、はい! ほらケイナ、元気出せ。こんなこと滅多に体験出来ることじゃないんだぞ」
マイケルさんがケイナさんを慰めながら二人で工房を出発する。
二人を待つ間、ダグラスさんはゴーレム鋼とゴーレムメタルの物色をしていた。
暫く工房で待っていると、マイケルさんとケイナさんが男性と女性を連れて戻ってきた。
男性の方は片眼鏡を掛けていて、この職人地区では珍しく線が細い。
女性の方は何やら派手な服装をしている。
「ダグラスの旦那に呼び出されるとは珍し……な、何だこの量のゴーレム鋼は!? こっちはゴーレムメタルだと!?」
男性の方が目の前の光景を見て叫ぶ。
「おう、クロード! マルグリットも来てくれたようじゃの」
「うっふっふ、そりゃあねえ。何やら面白そうなことを始めるそうじゃない」
ダグラスさんがクロード、マルグリットと呼ばれた二人に今回のマキナゴーレムとマリオネットのことを説明する。
更にマルグリットさんにはミスリルの糸とライトニングホーンの毛皮のことも話したみたいだ。
二人はダグラスさんの説明を聞きながら、時折興味深そうにこちらに視線を向けて来る。
「よし、その話乗った! そんな面白そうなこと僕抜きでやらなかったのは賢明だよ」
「うふふ、勿論私もお手伝いするわ。是非そのミスリル糸を使ってみたいものだわ」
「よし、決まりだな! おう、お前さんたちに紹介しておこうか。こっちの線の細いのがクロード、こっちの派手なのがマルグリットだ」
「もうちょっといい紹介の仕方は無かったのかい? 初めまして、モノクロームの皆さん、魔道具職人をやっているクロードです」
「初めまして。私は裁縫職人のマルグリットよ。うふふ、あなたたち、とてもいい仕立ての服を着ているのね」
二人の自己紹介を受け、俺たちも自己紹介をする。
そして、マキナゴーレムとマリオネットを見せた所でクロードさんはマキナゴーレム、マルグリットさんはマリオネットに目が釘付けだ。
「ほう! ほうほうほう! これが君たちがダンジョンから連れ帰って来たマキナゴーレムか……素晴らしいじゃあないか!」
「あらぁ、素敵なお人形ね! そうだわ、折角だしこの子にも素敵なお洋服を作ってあげましょうか」
「がっはっは! 儂らで大昔の魔道具を新たな形で復活させるぞ!」
「親方、俺も手伝いますよ!」
「はぁ……こうなったら何言っても無駄だし、私も一緒に楽しまないと損ですかねえ」
俺たちは全員の熱気に圧倒される。ヴォーレンドの職人たちは気合十分なようだ。
その後、細かいことも色々話し合って俺もダグラスさんの所でミスリルの加工を手伝うことになった。
もしミスリル糸の制作が出来たら、その時はマルグリットさんがレイチェルの服の制作と俺とリディの服の強化もしてくれるそうだ。
マルグリットさんはリディの服を繁々と観察しながらうっとりとした溜息を吐く。
何としてもミスリル糸の制作を成功させないとな。
肝心の依頼料は、ダグラスさんとクロードさんにはゴーレム鋼とゴーレムメタルで、マルグリットさんには余ったライトニングホーンの毛皮と制作出来たらミスリル糸で支払うことになった。もしミスリル糸の制作が出来なかった場合はダンジョンから何か採取でも頼むとのこと。
どうやらゴーレム鋼やゴーレムメタルは、魔道具作成にも活用出来るらしい。
お金も支払うと提案したが、ケイナさん以外は現物を貰う方がいいと言って聞かなかった。
この人たち、結構似た者同士みたいだな。
こうして、本格的にレイチェルの装備の制作と、マキナゴーレムとマリオネットの復活計画が始動したのだった。




