55話 廃棄されたものたちの主
「よしっ! 金属っぽい見た目通り、やっぱり雷魔術が弱点だったな!」
「はぁああ、凄い音と威力でしたね。爆発でもしちゃうんじゃないかと思いましたよ……」
「ねえおにい、なんかあたしたちの魔術をぶつけた場所が特に雷が流れてなかった?」
「あー、言われてみれば確かに。次出てきたら試してみるか」
おにいが崩れた薄鈍色のゴーレムに地魔術を使い、体の中の魔石を抜き取る為に穴をあける。
「あ、魔石が真っ二つになってるな。だからゴーレムが動かなくなったのか」
どうやら、体の中を激しい雷が流れた影響で魔石が割れちゃってたみたいだ。
おにいの言う通り、このゴーレムには特に雷魔術が有効なんだろうな。
「多分このゴーレムって岩の見た目の奴より上位種ですよね? わたしたちの魔術じゃ傷一つ付かなかったですし……」
「俺としてはこっちの方が戦いやすそうなんだけどな」
「多分、そんなのはおにいだけだよ。このゴーレム鋼も持って帰るんでしょ?」
「おう。ダグラスさん喜びそうだな」
「ケイナさんは悲鳴を上げそうですけどね……」
あたしはゴーレム鋼を亜空間に仕舞う。
なんかこのゴーレム鋼ってさっきまでのゴーレム鋼とはちょっと違う感じなんだよね。
「ねえおにい、このゴーレム鋼でもお風呂って作ってみるの?」
「おっ、そうだな! 拠点になりそうな場所を確保出来たらやってみるか! よし、それじゃ進もう」
道中、また上の階層でも見た岩のゴーレムが出てきたけど、これはあたしとレイチェル姉で普段通り問題無くやっつけることが出来た。
どうやら岩のゴーレムとあの薄鈍色のゴーレムとでは、ちょっと有効な属性が違っているみたいだ。
「師匠、このまま進みますか?」
「一旦昼休憩でもしたいな。良さそうな場所を探そうか」
「それじゃあ風魔術で近くを探査してみるね。んむむむ……こっちの道の先が少し広い部屋になってるみたい」
「じゃあ行ってみようか」
あたしたちは休憩出来そうな場所を目指して脇道に逸れた。
この道では特にゴーレムに遭遇することなく目的地に辿り着けた。
「確かに良さそうだな。中はどうだ?」
「……特に変な感じはしませんね」
「地魔術でも特に何もないよ。ポヨンは……あ、壁に中に何か見付けたみたい」
ゴーレムはいないみたいなので、あたしたちはここで一度休憩をすることにした。
亜空間からイスとテーブルを取り出し、テーブルの上にアルマおばさんに貰った料理を並べていく。うん、とても美味しそうだ。レイチェル姉も久しぶりのアルマおばさんの料理を見て嬉しそうにしている。
その間、おにいはポヨンに催促されて壁から素材の採掘をしていた。
掘り出した素材を見てポヨンも上機嫌みたいだ。
「おー、美味そうだな! 食べる前にこの辺光魔術で浄化しとくか」
おにいが光魔術を使って辺り一面を浄化していく。
すると、少し息苦しかった空気が澄んでいくのが分かった。
「師匠! なんだか息苦しさが和らいだような」
「ああ……どうやら光魔術での浄化は瘴気にも有効だったんだな」
「風魔術で飛ばすよりこっちの方がいいかもね」
「確かにな。何かあってからじゃ遅いから、進む時は光魔術で浄化しながら進んでいくか」
「はい。そ、それはそうと、早く食べましょう!」
どうやらレイチェル姉は待ちきれない様子だ。
その気持ちはよく分かる。あたしたちも、久しぶりにママの料理を食べようとした時に同じ気持ちだったから。
「はは、そうだな。それじゃあいただきます」
「「いただきます!」」
ふかふかのパンを千切り、シチューに絡めて口に運ぶ。
アルマおばさんの作ったシチューを吸ったパンを噛むと、そこからシチューに溶けだした肉と野菜の旨味が口の中に広がる。
ふぁああ、美味しい。ちゃんとエルデリアに帰って落ち着いたらまた皆に会いに行きたいな。
「うん、美味い」
「ですねえ! それに、やっぱりうちで焼いたパンが一番ですよ! ヴォーレンドのパンはちょっと硬くてパサパサなのが多くて……」
「確かになあ。冒険者のダンジョンでの携帯食だって聞いたけど」
「……なんかこれが当たり前みたいになっちゃってましたけど、普通はダンジョン内でこんな食事なんて出来ないんでしたね」
「トイレもお風呂も困るよね。もしかしたらあたしたちもあの休憩所みたいな臭いに……」
「うっ……しょ、食事時だしもっと美味しくなる話題にしましょう!」
「はは……ああそうだリディ、エルクおじさんって何属性の魔術が使えたか分かるか?」
「うん。でもどうして?」
「ほら、ミスリル糸の制作を試すって言ったろ? あれ多分エルクおじさんが作ったものだろうし、おじさんが使える属性が分かれば何か参考になるかなって」
「ああ、そうか。えっと……確かエルクおじさんの使えたのは火属性と水属性だよ」
「火と水か」
「ミスリルを茹でたりするんでしょうか?」
「いや、料理じゃないんだから……まあ絶対そうじゃないとも言い切れないけども」
「……ポヨンが茹でたミスリル食べてみたいって」
「食い意地の張ったスライムだなお前は」
おにいがポヨンを指でつつく。
ポヨンはちょっと擽ったそうだ。
そんなこんなであたしたちはアルマおばさんの料理を美味しく食べ終え、奥を目指して探索を再開した。
◇◇◇
「リディ! レイチェル! あいつに水をぶっ掛けてやれ!」
「分かった!」
「はい!」
あたしたちは地下十八階までやって来た。
地下十六階ではあれから一度も薄鈍色のゴーレムとは遭遇しなかった。
だけど、地下十七階でもう一度、そして地下十八階で現在二度出くわしている。今目の前に鎮座している金属の塊がその地下十八階での二度目の薄鈍色のゴーレムだ。
このゴーレム、他の属性も色々と試してみた結果、岩のゴーレムと違い火属性がそれなりに有効だった。
一度ぶつけたくらいじゃ効果は薄いんだけど、何度もぶつけていると少しずつだけど体が溶けているようなのだ。
ただ、こんな狭い所で盛大に火を使っていると、そのうち息が出来なくなって危ないらしい。エルデリアでの村長の授業で教えてもらってて良かったよ。
そして、火属性以上に有効なのが、
「どりゃあああっ!!」
ドガッバヂバヂバヂヂヂッヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ
パキンッ
おにいの使う雷属性だ。
しかも、ただ雷を流しているだけじゃない。
最初このゴーレムに雷魔術をぶつけた時、あたしたちが攻撃した部分に特に雷が流れていた謎を突き止めたのだ。
この雷、水魔術で生み出した水に濡れた場所をよく通るみたいなんだ。
普通の水で濡らしても効果はあるんみたいなんだけど、水魔術の水の方がより効果的みたい。
多分、雷自体も魔術で生み出したものだからじゃないかと思う。
「よし! こいつら岩のゴーレムより見付け易いからむしろらぁばばばばば」
「おにい!」 「師匠!」
「だ、大丈夫だ……水を掛けすぎると自分も危ないな……」
どうやら雷の通りが良すぎて、水を伝っておにいにまで雷が流れてきちゃったみたいだ。
ちょっと派手に水を出しすぎちゃったかな……
「ご、ごめんおにい。次からは気を付けるね」
「まあ、下手したらこうなるって今知れといて良かったよ」
崩れ落ちた金属のゴーレムを『亜空間収納』で仕舞う。
「よし、今日はここまでだ。丁度いい広さだしここを使おうか」
そう言っておにいは早速部屋の改造を始める。
あたしとレイチェル姉も料理の準備を進める。
今の所、あの声の主にはまだ出会えていない。
随分近くなってきたとは思うんだけど……
行こと思えばこのまま地下二十階までは行けると思うけど、今は移動する時にも瘴気を浄化するのに光魔術を使っているから、どうしても上の方の階層の移動と比べて魔力の消費が多くなっちゃってる。
だから、今回は無理をしないで早めに休むことにしたんだ。
それに、薄鈍色のゴーレム鋼で作ったお風呂にも興味があるし。
あたしとレイチェル姉は、お米を研いで水に浸した後ゴーレム鋼を加工するおにいの様子を見に行った。
「おにい、どう?」
「ん? ああ、出来たぞ! 今日は前に作った方と入り比べだな! 実際に入ってみて良かった方を追加で作る」
「うわぁ、楽しみですね!」
その後はおにいも合流して今日の夕飯を作っていく。
今日は鹿肉を甘辛いタレで炒めてご飯の上にたっぷり乗せた鹿丼だ!
付け合わせにあっさりした味わいの野菜スープもある。
あたしも含め、皆今日もいっぱいゴーレムと戦ってお腹が空いていたのか、大盛の鹿丼と野菜スープはあっと言う間に無くなってしまった。
「ごちそうさま。結構米の炊き方上手くなってきたんじゃないか?」
「そうだね。今はべちゃべちゃもしてないし芯も残ってないし」
「お米って実際食べてみると、色んなおかずと相性が良くて食べやすくていいですね。これだったらサニーちゃんたちも美味しく食べてくれるんじゃないですか?」
「次外に戻ったら約束を果たさないとな」
「そうだね! その時は炊き込みご飯とか焼き飯も作ろうね」
どっちもあたしの大好物なのだ!
「分かったよ。さて、お待ちかねの風呂に入るとするか」
そうして、まずはあたしとレイチェル姉が楽しみにしていたお風呂に入ることになった。
新しいお風呂はどんな感じなのかな?
◇◇◇
「……風呂に関しては最初に作った岩のゴーレムの方がいいな」
お風呂から出てきたおにいがそう語る。
実際入り比べてみると、確かにおにいの言う通りなのだ。
最初の浴槽にあった保温効果や疲労回復効果は、新しい浴槽だとそれほど感じることが出来なかった。
あたしもレイチェル姉も多分おにいも、最終的には最初の浴槽でお風呂に入り直していた。
期待が大きかっただけにちょっと落胆の色を隠せない。
「お風呂は駄目でしたけど、他に使えるかもしれないじゃないですか」
「そうだな。帰ったらダグラスさんに聞いてみようか」
『――、――――』
「あ、聞こえた! やっぱり近くなってるよ!」
「よし、今日はもう寝て明日その声の主を探し出してやるとするか!」
「ですね。どんな子なんでしょうかね」
「仲良くなれる子だったらいいなぁ。それじゃおやすみ!」
「「おやすみ」なさい」
あたしは勢いよく毛布を被る。
早く明日にならないかな。
◇◇◇
「ここが地下二十階か」
翌日、あたしたちは地下二十階までやってきた。
「あれ、もう下に続く道があるんだ」
「えーと、この地下二十階はただ通り抜けるだけなら何も問題は無いそうです」
「だけならって、他に何かあるのか?」
「はい。えーと、こっちの道かな?」
レイチェル姉の案内に従って進む。
すると、あたしたちの目の前に崖が姿を現した。
そして、その下を覗き込むと……
「な、なんだこれ!? この下にあるのって全部ゴーレムの残骸か!?」
「物凄い数だよ……地面が見えない」
「そうです。ここは『廃棄場』って呼ばれている場所らしいです。古代のゴーレム製造や研究がされていた場所が何らかの理由でここに沈んだんじゃないかって言われているみたいですね」
「ゴーレムって作れるもんなのか?」
「昔は出来たみたいですね。多分だけど、魔物のゴーレムを参考に製造してたんじゃないでしょうか。現在生活にも使われている魔道具の一部も、元は壊れたゴーレムを研究して作られたそうですよ」
「てことは、この下のあるゴーレムの残骸って全部誰かに作られたゴーレムなのか」
「そこまでは分かってないみたいですね。この下は、昔凄腕の冒険者パーティーが調べたそうなんですけど、ゴーレムの残骸が広がっている以外何も無かったそうです。今わたしが見ているこの情報も、その凄腕パーティーからの情報をギルドが纏めているものらしいです」
「何も無いって言ってもゴーレム鋼は大量に採れるんじゃないか?」
「……師匠、普通はここまで来るのも大変だし、この下からあんな重いゴーレム鋼を引き上げるなんてとてもじゃないけど無理です。それに、どうにか引き上げたとしても、それを持って外まで来た道を帰らなきゃいけないんですよ?」
レイチェル姉が苦笑いをしながらおにいに説明する。
「その凄腕パーティーって、地下二十一階には行かなかったんだな。あんなに近くに道があったのに」
「そうみたいですね。多分無理することを避けたんでしょう。地下に行けば行くほど瘴気も濃くなっているでしょうし」
『――――、――』
聞こえた! あれ? でもこれって、
「おにい、レイチェル姉、この下の……『廃棄場』にいるみたい」
「えっ、そうなの!? ……周囲には降りれそうな道はありませんね。その凄腕パーティーってどうやって下に降りたんだろう?」
「うーん。ちょっと待ってろ」
そう言っておにいは崖の前にしゃがみ込み、何かをし始めた。
すると、崖の先端から石壁が横に突き出した。
そしておにいがその上に乗る。
「し、師匠! 危ないですよっ!」
「大丈夫だよ。えーと、これで」
更におにいはその突き出した石壁に手を突く。
そして地魔術を使って何かをしているようだ。
「お、いけそうだな」
おにいがそう言うと、突き出した石壁が崖に沿って下に移動し始めた!
「え、ええぇえええええええええ!?」
「流石おにい! それで下まで降りれそう?」
「おお、多分大丈夫だ。ほら、二人とも早く乗れ」
あたしはポヨンを抱え、おにいの横に立つ。
レイチェル姉は出来るだけ下を見ないようにしながらどうにか石壁に乗り、ぎゅっと目を瞑った。
「それじゃゆっくり降りるぞ」
おにいが操作する石壁は、崖に沿ってゆっくり下に降りていく。
そして、暫くすると崩れたゴーレムたちが広がる崖下まで到達した。
あたしたちは石壁を降り、ゴーレムの残骸の上に降り立つ。
「リディ、何処へ向かえばいいんだ?」
「ちょっと待って。むむむ…………こっち」
どうやらポヨンも声の主の存在を感じているようで、あたしの頭の上で頻りに動いている。
あたしたちは存在を感じる方へと進む。
「これ全部持って帰ったら凄い量になるな」
「さすがにダグラスさんもギルドも買いきれないと思いますよ……」
「あ、そろそろ近いかもしれ」
「二人とも! 下に何かいます!」
突然レイチェル姉が叫ぶ。
その声におにいが剣を抜き、あたしの前に立って構える。
ゴゴ……ゴゴゴゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオォォオ
目の前のゴーレムの残骸が何かに引き寄せられる。
そしてそれは次第に集まり一つになっていき……
「……ゴーレムで出来たゴーレムか」
「な、なんか仲良くなれそうな雰囲気じゃないんじゃ……」
『――――! ――』
「……呼んでたのはあの子だ。えっ、自分を止めてくれって……」
目の前の巨大なゴーレムからあたしに意思が届く。
そして、そのゴーレムは巨大な腕を振り下ろしてきた!
あたしたちは咄嗟にそれを躱す。
「おにい! レイチェル姉! あたし、あの子を止めてあげたい! 手伝って!」
「分かった! まずは一旦距離を取るぞ!」
「う、うぅ、怖いけどわたしも頑張る!」
こうして、あたしたちの廃棄場での戦いが始まった。




