47話 残念な人
ダンジョンから外に出ると、入る前とは違って周囲はしんと静まり返っていた。
そして、ダンジョンを囲む石壁にある門が固く閉ざされている。
「な、何があったんだ!? ダンジョンに入る前はもっと騒がしかったのに」
「人の気配もまるでしませんね」
「き、君たち! 無事だったのか! 今通用口を開けるから早く中へ!」
石壁の向こう側に備えられた櫓の上から係員が大声で話し掛けてきた。
あれは、確かダンジョンに入る時に対応してくれた人だな。
もう一人の係員と短く何やら話をした後、急いで櫓を降りて門の近くにある通用口を開けてくれた。
その係員に急かされながら、俺たちは石壁の向こう側へと戻った。
「良かった……戻って来ないから魔物にやられたものかと」
どうやらかなり心配してくれていたみたいだな。
「大丈夫だよ。今日は地下二階まで様子見に行ってただけだから」
「地下二階から戻って来たのか!? と言うことは運良く鹿の群れには出遭わなかったのか」
鹿の群れ……ああ、そう言うことか!
あの時逃げていた冒険者たちが伝えたんだろう。
「君たちがここに戻って来れたと言うことは、入り口付近までは来ていないようだが……今ダンジョンの奥から賞金首の魔物の群れがやって来ている! 冒険者たちがギルドへ報告に行ったから、今討伐隊が組まれている筈だ。君たちも早くここから離れて」
「あー、その鹿の群れは俺たちが倒した」
「……は? 今はそんな冗談を言っている場合じゃ」
「リディ」
「うん」
俺の呼びかけを受け、リディが亜空間からライトニングホーンの頭を取り出す。
「うおっ!? ど、何処から!? い、いやそれより、この角は……間違いなくハーレムの主ライトニングホーン……」
「他のビッグディアも出せるけど」
「いや! いい! ここで出されても困る!」
リディの提案に係員が物凄い勢いで首を横に振る。
とりあえずライトニングホーンの頭は仕舞っておく。
「はっ! ギルドに報告に行かないと! おーい! 俺はギルドに賞金首討伐の報告に行ってくる! ここを頼む! 君たちも一緒に来てくれ!」
櫓の上で唖然としていたもう一人の係員に呼びかけ、対応してくれた係員と共に俺たちは足早にギルドへ向かう。
そうして辿り着いたギルドは、多くの冒険者で騒然としていた。
鹿の群れの討伐隊に参加予定の冒険者たちだろうか。
中には芋虫を討伐していた冒険者や、鹿の群れから必死に逃げていた冒険者の姿も見えた。
逃げていた冒険者は、俺たちの顔を見るとギョっとした表情を浮かべていた。
「ちょっと待っててくれ!」
そう言って係員は足早にギルドの奥へ向かう。
途中受付にも声を掛けていたようで、待っている俺たちの元へ覚えのある受付嬢がやって来た。
「えーと、あななたちを解体場まで連れて行くように言われたのですが」
確か……ジャネットさんだったか。
解体場か。大量の鹿を解体してもらわなきゃだし丁度いい。
「あー、うん。よろしく頼む」
「分かりました。それではついて来て下さい」
少し訝しげな表情をしたジャネットさんに案内されて、俺たちはギルドの奥から一度外に出て、裏手に建てられた解体場へと向かった。
中に入ると少しむせ返るような血の臭いがした。どうも臭いがこびり付いているみたいだ。
その中でも広い場所へ案内してもらう。
「それで……一体何の用事でしょうか? 今ギルドではダンジョン入り口付近に現れた賞金首への対応で忙しく、あまり時間は取れないのですが」
俺たちが忙しい時に無駄に時間を使わせていると思ったのか、ジャネットさんは少し不機嫌な様子を見せた。
まあ、手ぶらでこんなとこ来てるのを見たらそりゃそうか。
「リディ、この辺に全部頼む」
「うん、分かった」
広い空きスペースの前にリディが進む。
そして大きく亜空間を開き、その中からビッグディアの死体を取り出し並べていく。
「……え? 何処からビッグディアが……と言うか何この数!?」
そして、最後にライトニングホーンの死体を取り出して横たえた。
「え、ええええええええええええええええええええ!? ちょ、ちょっとどうなってんのよあんたたち!?」
丁寧な言葉遣いを何処かに忘れてきたジャネットさんが大声を上げる。
なんだか目が血走っているようにも見えてちょっと怖いぞ……リディとレイチェルは極力気配を消して俺の後ろに隠れている。
「はぁ、はぁ、はぁ、し、失礼しました」
慌てて取り繕うジャネットさん。
「えーと、この大量のビッグディアとこっちの白銀の牡鹿は賞金首で間違いないようですね……もしかして、これをあなたたちだけで?」
ジャネットさんがキラリと目を光らせて俺たちを見た。
「あ、ああ」
「こ、これは賞金首の鹿の群れですか……」
声の方に振り返ると、さっきのダンジョンの係員とギルド職員であろう男が驚愕の表情を浮かべて立っていた。
ジャネットさんが丁寧に説明を始めた所を見るに、おそらく上司に当たる人なんだろう。
三人は鹿の死体や俺たちをちらちら見ながら話し合いを続けた。
「それでは、この方たちの対応は私がやっておきます」
「分かった。私はギルドに集まった冒険者たちの対応をしよう」
「私はダンジョンに戻り、門の管理を再開します」
ジャネットさんだけがこの場に残り、他の二人は足早にそれぞれの持ち場に向かっていった。
「ぅおほんっ! このヴォーレンドでのあなたたちの担当は私がすることになりました。いいですね!?」
有無を言わさぬ視線で俺たちを見て、ジャネットさんがそう語り掛けてきた。
その迫力に気圧され、俺たちは反射的に首を縦に振ってしまった。
「ぐふふふ、有望株をゲットよ。これでこの子たちが活躍してくれたら、担当である私の評価もうなぎ上りに……」
なにやらブツブツ呟くジャネットさん。
この人あれだな。同じ美人の受付嬢でも、メリアさんに比べるとなんだか残念な人なんだろうな。
「はっ! ぅおっふぉん! えーと、とりあえず、この鹿の群れについて色々話し合いたいと思います。報告書にも記載しなきゃいけないから聞くけど、どうやってこの数を?」
「えーと、ビッグディアは石の檻に閉じ込めて一体ずつ倒して、ライトニングホーンは自分の雷で痺れた所を始末した」
「……ごめん、ちょっと何言ってるかよく分からない」
って言われてもなあ。
実際倒し方はそうだったんだから、それ以外に言いようが無い。
「ま、まあ報告書にはそれっぽく書いておくとして」
そんなんでいいのか!
この人大丈夫なのかな?
「この大量の鹿の素材、どうする予定なのかしら?」
それについては事前に三人で決めている。
「えっと、ビッグディアは肉だけ俺たちが貰う。ライトニングホーンに関しては、肉と角一本、毛皮半分を俺たちが。残りは魔石含めて全部ギルドに売ってうおっ!!」
「本当に? 本当に半分この大きい鹿の素材もギルドに売ってくれるのね!?」
「あ、ああ」
「よし! 早速いい仕事よあなたたち! 今回に関しては解体費用はギルドで持つわ」
最早丁寧な喋り方などする気も無いジャネットさんは、嬉々として小躍りしていた。
あー、これがこの人の素なんだろうな。
その後、ジャネットさんと細かい部分を詰めていく。
そして、今回の賞金首の討伐報酬と、ギルドに売る魔石や素材の細かい取り分も話し合った。
その結果、俺たちの取り分の肉と素材は、二日後に討伐報酬と素材売却報酬と合わせて受け取ることになった。
流石に量が量なので解体と計算に少し時間が掛かるとのこと。肉は冷暗所に保管しておいてくれるそうなのでその点は安心だ。
この後から解体スタッフ総出で解体を行っていくそうだ。
「あ、そうだ。ジャネットさん、職人地区の場所が知りたいんだけど」
「ん? ああそうか。あなたたちはまだこの町には来たばかりだったわね。それならこの町の簡単な地図をあげるからついて来なさい」
上機嫌なジャネットさんに続いて俺たちは解体場を後にする。
ギルド内に戻り、そこで町の地図を受け取り職人地区の場所と行き方を教えてもらった。
少し前まで騒然としていたギルド内は、今ではすっかり落ち着きを取り戻していた。
そうして満面の笑みを浮かべるジャネットさんに見送られ、俺たちは冒険者ギルドを出て職人地区へと向かった。
「な、なんか凄い人でしたね……」
「受付嬢ってメリアさんみたいな人だけじゃないんだね……」
リディもレイチェルも、ジャネットさんの勢いに少々疲弊したようだ。
「ほら、元気出せ二人とも。次はダグラスさんのとこに行くぞ」
「師匠、わたしの装備を整えてくれるって言ってましたけど、本当にいいんですか?」
「当たり前だろ? レイチェルは大切なパーティーメンバーだし俺の弟子でもあるんだからな」
「そうそう、レイチェル姉がいてくれて、あたしたち凄く助かってるんだから!」
俺たちの言葉にレイチェルは顔を真っ赤にしてはにかんでいた。
地図とジャネットさんの言葉を頼りに俺たちは町を歩き、何やら金属音や怒鳴り声が鳴り響く一画へとやって来た。
辺りには屈強な男たちが多く見られる。
「この辺りが職人地区みたいだな」
「うわぁ、凄い熱気だね」
「なんか、わたしたち場違い感が凄いですね」
「確かにな」
俺たちみたいなのがここにいるのが気になるのか、周囲からチラチラ見られているのを感じる。
視線に敏感なレイチェルは尚更視線を感じていることだろう。
「とりあえず、誰かにダグラスさんのこと聞いてみようか」
俺は近くにいた職人であろう男に声を掛ける。
「すみません、ダグラスさんって人を探してるんだけど、何処にいるか知りませんか?」
「ん? おお、おめぇらダグラスの旦那に何か用なのか? 誰かから旦那のこと聞いて来たんだろうけど、あの人はお前たちみたいな駆け出し冒険者は相手してくれないと思うぞ」
「あ、いや、俺たちはダグラスさんの知り合いで、ダグラスさんには会いに来いって言われてるんだけど」
「本当かぁ? まぁいいや。ダグラスの旦那の工房は、ここから四つ目の十字路を左に曲がって……おめぇら字は読めるか?」
俺たちは揃って頷く。
「そんなら大丈夫だな。その曲がった先を暫く歩くと『ダグラス武具工房』って看板があるから見たら分かる筈だ」
「成程、四つ目の十字路を左でその先か。ありがとう」
男に礼を言い、俺たちは教えられた通りに進む。
すると、『ダグラス武具工房』と言う看板が見えてきた。
「あそこみたいだな」
金属を打つ音の響く工房の前に辿り着き、俺たちは中の様子を窺う。
「「「ごめんくださーい」」」
「はいはーい、今行きますよー」
中から元気な女性の声が返ってきた。
あれ? ここで間違いないよな?
「……あー、すみませんねえ。親方は駆け出し冒険者の武具は取り扱ってないんですよ。悪いけど他当たって下さいな」
奥から出てきた女性は、俺たちの顔を見るとそう捲し立ててきた。
「いや、俺たちダグラスさんに呼ばれてて」
「ちっちっち、よくいるんですよーそう言う人。私の目が黒いうちは騙されませんよ」
全く話を聞く気が無いようだ。
どうしたもんか、と思っていると、
「おいこらケイナ! 白黒の兄妹と水色の髪の嬢ちゃんが来たら儂を呼べと言っておいただろ!」
奥からダグラスさんが出てきた。
「あれー? そうでしたっけ? あはは、すみませーん」
……うん、この人もどうやらちょっと残念な人みたいだ。
「全く……まあいい。よく来たなジェット、リディ、レイチェル。とりあえず中に入ってくれ」
俺たちはダグラスさんの工房に足を踏み入れた。
さて、ダグラスさんにレイチェルの装備製作を頼まなきゃな。




