45話 賞金首
レイチェルがゴブリンを倒した後、暫くそのまま道なりに進んだ。
道中、他のゴブリンや角兎なんかの比較的弱い魔物が何回か現れたけど、リディとレイチェルが特に苦も無く倒していく。
「なんで洞窟の中にこんな色んな魔物がいるのかねえ」
俺は誰に聞くでもなく、頭に浮かんだ疑問を呟いた。
「買った情報の中に書かれてたんですけど、ダンジョンって場所によって発生する魔物に傾向があるらしいですよ」
「確かブルマンさんが、ダンジョンの魔物や素材は瘴気ってやつから発生するって言ってたな。瘴気って大地に溜まった余分なエネルギーなんだったか」
「そう言われてましたね。それに、野生の魔物も元々ダンジョンで生まれたものが外に出ちゃったのが大半だって書かれてました。普段は発生した魔物ってあまりその付近から動かないらしいんですけど、ダンジョン内に魔物が増えすぎたり、何かしらの手が加えられたりすると、大きく移動する場合があるそうです。そう言う理由もあって、ダンジョンを見付けたら、冒険者ギルドで管理してるそうですね」
冒険者は発生する魔物を間引く役割もあるのか。
「基本的に瘴気の発生源に近付く程、強力な魔物や貴重な素材が見付かることが多いらしいです。ここだとずっと下の階層でしょうか。瘴気の薄い場所だと特に問題無いですけど、濃い場所になると瘴気自体への対策も必要になるんだとか。偶に、瘴気の発生源から遠い場所で例外的に強力な個体が発生することもあるみたいですよ」
「ああ、もしかしてそれが賞金首か」
「はい、階層に見合わない強力な個体が発生したらそう呼ばれて、討伐報酬が発生してるみたいですね。単純に強力な魔物が奥から移動しちゃった場合もあるみたいです」
成程なあ。単純な階層の情報だけでなく、ダンジョンについての色んなことが書かれてるんだな。
面白そうだし俺も後でじっくり買った情報を見ておこう。
「あ、行き止まりだ」
風魔術で前方を探査していたリディが呟いた。
緩やかなカーブを曲がると、そこには壁が現れた。
「特に何も無さそうだな。戻るか」
「うん。あ、どうしたのポヨン?」
ポヨンがリディの頭の上から飛び降りて、壁に向かって身体の一部を伸ばし始めた。
「……えっと、壁の中に何かあるの?」
リディの言葉にポヨンが体の一部を丸の形にする。
野生のスライムだと、絶対にこんな変形しないだろうな……
「それじゃ掘ってみるか」
俺は地魔術を使って、ポヨンが指し示した場所に穴をあける。
ん? なんかこの壁、魔力の通りが悪いな。
瘴気ってやつの影響だろうか。
どうにか無理矢理穴をあけると、そこから黒っぽい塊が転がり落ちてきた。
「お、これ鉄鉱石か。ポヨン、お前これ食いたくて見付けたな?」
ポヨンが小刻みに震える。
リディが鉄鉱石を拾って何かを訴えかける目で俺を見るので頷いておいた。
早速リディはポヨンに鉄鉱石を与えていた。
「あはは、ポヨンちゃん凄いです。ダンジョンではこうやって素材が手に入ることもあるみたいですね」
「ダンジョンの壁って地魔術の通りが悪いんだな」
「洞窟型ダンジョンって、壁に穴をあけたりしてもいつの間にか元に戻るらしいんです。特に地面や天井はその修復力が強いんだとか」
試しに俺は、地面に地魔術で穴をあけてみる。
あ、確かに抵抗が凄まじい。これは下の階層へ繋げるとかは出来そうにないな。
他にも、ダンジョンの壁や地面から石壁や石柱を出してみたんだけど、これは問題無く行えた。
どうやら破壊することに対して強い抵抗があるようだ。
いつの間にか元に戻る、か。
その言葉に俺は、エルデリアの秘密基地に落ちていたボロボロの武器を思い浮かべていた。
あれも拾ってもいつの間にか元に戻ってたんだよな。
「おにい、ポヨンが食べ終わったよ」
「じゃあ、一旦戻ろうか。次も別の脇道に行くか? それとも下に進むか?」
「あたしは次は下に行ってみたい」
「わたしは二人が行きたい方で」
リディは下に進む、レイチェルはどっちでもいい、か。
それなら、
「よし、それじゃ下に降りてみようか」
俺たちは来た道を引き返す。
道中、魔石や素材を剥ぎ取った魔物の残骸を、数匹のスライムが消化していた。
「死んだ魔物はこうやってスライムが消化してくれるみたいですね」
「ここでもそうなんだな。エルデリアの周辺でも同じだったよ」
食事をしているスライムは、青い半透明のスライムだった。
やはり、ポヨンみたいなスライムはそうそういないみたいだ。
大きな道まで戻り、今度は脇道には逸れず真っ直ぐ進む。
多くの冒険者が通った後だからか、魔物には全く出遭うことはない。
暫く歩くと、地下へと続く坂道が俺たちの前に現れた。
どうやらここが、次の階層への道みたいだな。
「よし、降りるぞ。今日は地下二階をある程度探索したら、外に戻るからな」
俺の言葉にリディとレイチェルが頷く。
今日はダンジョンの雰囲気の様子見みたいなものだからな。
最終的には、情報を買った地下二十階までの階層で、俺たちに適した場所を探そうと考えている。
そうして、俺たちはダンジョンの地下二階へと足を踏み入れた。
「ここが地下二階! って言っても上とあまり変わり映えしないね」
「まあ同じ洞窟の中だしな」
「もっと奥へ進むと、ガラリと雰囲気が変わる場所もあるみたいですよ」
ここも買った情報のお陰で次の階層への道順は分かっている。
俺たちは、まずは地下三階への道を見てみることにした。
ん? 奥から戦闘音が聞こえるな。
少し警戒しながら進むと、次第に状況が分かってきた。
他の冒険者たちが魔物と戦っているみたいだ。
「えーと、こういう場合は基本的には手出し無用だそうです」
ダンジョンでの魔物の討伐や、素材の採取に関しては、早い者勝ちと言う暗黙のルールがあるらしい。これを破って横やりを入れてしまった場合トラブルになってしまい、最悪斬りかかられたりもするそうだ。
ただし、相手から許可があったり、助けを求められた場合は問題無いそうだ。
目の前の冒険者たちは……危なげなく芋虫型の魔物を相手にしていた。
ただ、ここを通るとなると魔物が討伐されるまで少し待たなきゃ駄目みたいだな。
俺たちは邪魔にならない位置で魔物が討伐されるのを待つ。
すると、そう時間の掛からないうちに芋虫たちは全て撃破された。
「おお、すまんな。もう通ってもらって大丈夫だ」
「ああ、それじゃ俺たちはこれで」
相手パーティーと軽く言葉を交わし、俺たちは先に進む。
彼らは芋虫から魔石と素材の剥ぎ取りを始めていた。
「リディちゃんは、さっきみたいな魔物とは仲良くなれそう?」
「……うーん、相手次第かなあ。少なくともさっき倒された魔物たちからは特に何も感じなかったよ」
さっきの芋虫をリディが頭に乗せている所を想像してみる。
……うん、ちょっとリディが頭から喰われているみたいだな。
俺は想像したことを後悔した。
「おにい、どうしたの」
「いや、気にするな。何でもない」
どうやら思い切り顔に出ていたようだ。
特に魔物と遭遇することも無く、俺たちは地下三階への入り口がある大部屋まで辿り着いた。
「やっぱ順路だと魔物は大体狩り尽くされてるみたいだな」
「ん、あれ? 師匠、なんだか大勢の気配が下の方からこっちにやって来るみたいです」
レイチェルが何者かの気配を感じ取ったらしい。
「潜っていた冒険者たちが帰って来たのかねえ」
「あー、そうかもしれませんね」
俺も『身体活性』をより耳に集中させてみる。
『――早く――ろ!』
『――でこん――らが!』
『やば――ままだ――外に出――!』
ん? 途切れ途切れに聞こえてくる会話が何か不穏な雰囲気なんだけど……
「二人とも、警戒しろ! 様子がおかしい!」
「「!」」
俺たちはそれぞれ武器を構え、『身体活性』の出力も上げておく。
すると、何組もの冒険者パーティーが必死の形相で地下三階から走ってきた。
その様子は、まるで何か危険なものから逃げているようで……
「ど、どけぇ! 邪魔だあああ!」
先頭の冒険者が、俺たちに怒鳴り散らしながら地下一階の方向へ逃げて行った。
それに続くように、他の冒険者たちも我先にと逃げていく。
とてもじゃないが、何があったのか聞ける雰囲気ではない。
「二人とも、少し下がるぞ」
「! 師匠! かなりの数の魔物が下から来ます!」
『クルァアアアアアアアアアアアアアア』
逃げた冒険者たちに続き、何かの鳴き声が響いてきた。
そして、次第にその姿が確認出来るようになった。
「あれは……ビッグディアの雌か!」
「凄い数だよ!」
ビッグディアは鹿型の魔物だ。
雄は大きな角を持つのが特徴で、個体によっては角に魔力を溜め込む奴もいるらしい。
雌には角は無く、討伐自体は雄の方が難しいとされている。
そして、こいつらの毛皮は素材になるし、肉は食うことが出来る!
「え? 情報によると、ビッグディアってもう少し下の階層で出る筈なのに……」
「おにい! このままじゃ町まで出て行っちゃうんじゃ!」
俺たちのいた大部屋に、大量の雌のビッグディアが雪崩れ込んできた。
武器を構えた俺たちに気付くと、短く威嚇音を発した。
「なあ、この場合って横やりにはならないよな」
「は、はい! 皆逃げちゃいましたし」
「よし、なら俺たちで狩るぞ! 俺があいつらを分断するから、リディとレイチェルは協力して各個撃破を!」
「うん!」 「は、はい!」
俺はビッグディアの群れの前に飛び出し、地面に地魔術で石壁を形成した。
突然現れた石壁にビッグディアは驚き警戒する。
その隙に俺は更に石壁を増やし、奴らの移動場所を誘導して石壁の檻に閉じ込めていく。
そして、その石壁の檻にあえて一ヶ所作っていた出入り口では、待ち伏せしていたリディとレイチェルが協力して、出てくるビッグディアを一体ずつ確実に狩っていた。
よし、これで少しずつ数を減らしていけばぁぐぁあっ!
突然、何かが俺を襲った。
体の中を何かが駆け巡ったような感覚があり、体が痺れている。
「おにい!」 「師匠!」
「大丈夫だ! 目の前に集中しろ!」
俺は光魔術で体を治療する。
よし、痺れにも効果はあるようだ。
俺は地下に続く道に視線を向ける。
するとそこには……幾重にも枝分かれした巨大な角を持つ白銀の鹿が悠然と立ち、怒気を孕んだ目で俺を睨み付けていた。
「クルルルルルゥゥウウウ」
バチッバチッバヂヂッ!
鳴き声と共に、何かが弾けるような音がする。
よく見ると、白銀の鹿の角に何かエネルギーのようなものが蓄えられているのが分かる。
突然そこから一本のジグザグした光の線が俺に向かってきた!
その光は俺の持つ剣に吸い込まれていく。
「ぐぅあ! さっきのもコイツか!」
「し、師匠! この鹿の群れ賞金首です! その白銀の鹿、ライトニングホーンって強力な個体が形成しているハーレムです! ライトニングホーンは雷を操るそうです!」
「ど、どうするのおにい!?」
成程……それが何かの原因でここまで移動してきたのか。
それにしても……あいつの角から出る雷……面白いな!
どうにか俺にも同じこと出来ないかな?
「勿論、ここで倒す!」
俺は痺れを治療し、剣を構えてライトニングホーンと対峙した。




