44話 初めてのダンジョン
「モノクロームの皆さん、今回はありがとうございました。もし何かご入用があれば、私どもの商店に是非。一部ですが、ダンジョンからの出土品なんかも扱っておりますし、何よりサニーが喜びますから」
「それじゃあ世話になったな。儂は職人地区の方に工房を構えとる。新しい武具が欲しい時や、武具のメンテナンスが必要なら来い。と言うか、用が無くても来い。それでミスリル製武器やそのミスリル糸の服をよく見させてくれ、いいな!」
報酬を受け取りギルドを出た所で、そう言って二人は帰っていった。
テオドールさんにはお勧めの宿も紹介してもらい、そこまでの簡単な地図も書いてもらっている。
「じゃあ、俺たちもまずは宿を確保しに行こうか」
「はい、宿でダンジョンの予習もしておかなきゃですね」
ヴォーレンドギルドでは、ダンジョンに関する情報が販売されていた。
銅貨一枚から金貨十枚と値段設定があり、銅貨一枚では地下三階まで。金貨十枚では地下二十階までの情報となっていた。
俺たちは迷わず金貨十枚のものを購入した。
金で安全が買えるのなら安いもんだ。幸いカーグでの報酬やさっき貰った報酬もあったので、金貨十枚くらいなら問題無く払える。
それに、ここで暫く旅の資金を稼ぐ予定なのだ。使った分以上に稼げばそれでいい。
他にも、『賞金首』と呼ばれる討伐賞金のかかった危険な魔物の情報も公開されていた。
これに関しては、レイチェルがメモしていたので後で見せてもらおう。
「ダグラスさん、工房に来いって言ってたど、職人地区って何処なんだろう?」
「あー……まあ有名な人みたいだし、誰かに聞けば分かるだろ」
ダグラスさんには、レイチェルの装備を整えてもらおうと思っている。
もし可能だったらだけど、リディの『亜空間収納』に放り込んでいるボロボロのミスリル武器を加工出来ないかな?
まあ、多分お金は結構掛かるだろうから、頼むだけ頼んでみて、それから安全な階層で稼ぐ予定だ。
俺たちは周囲を観察しながら、テオドールさんに書いてもらった地図を頼りに宿へと向かう。
道中、美味そうな屋台やダンジョン探索用の道具を扱っている店もあったから後で見に来よう。食料品や生活用品は、今度テオドールさんの所で見せてもらうとするか。
大通りから一つ向こうの通りへ移動し、暫く歩くと三階建ての大きな建物が見えてきた。
看板には『渡り鳥亭』ってあるし、ここみたいだな。
「着いたみたいだぞ」
「三階もあるよ! おっきいね」
「ま、まあ宿の良し悪しは大きさだけじゃないですからね! お手並み拝見させてもらいましょうか!」
どうやらレイチェルの変なスイッチが入ってしまったようだ。
どうも実家の宿と張り合っているみたいだ。
「いらっしゃいませ。ただ今部屋がほぼ埋まっておりまして……大きめの部屋が一部屋だけ空いていますが、いかがいたしましょう?」
宿に入るなり、従業員であろう男からそう声を掛けられた。
な、なんだと? 二部屋頼む予定だったんだが……
俺とリディだけなら一部屋でいいんだけど、レイチェルもいるしな。その辺りはちゃんと配慮したい。
うーん、折角テオドールさんに紹介してもらったんだけど、まあ仕方ないか。
「えっと、出来れば二部屋欲しいから他を当たらせて」
「あのー……わ、わたしだったら二人と一緒の部屋でいいですよ。余計にお金も掛かっちゃいますし」
そうレイチェルが提案してきた。
「え? い、いいのか?」
「はい……体拭いたりとか着替えとかの時、配慮してもらえたらそれで大丈夫です」
少し顔を赤らめたレイチェルがモジモジしながら答える。
お、おう。レ、レイチェルがそう言うんならそうしようか!
「そ、それじゃあその部屋で」
「はい、畏まりました。何泊程のご予定でしょうか」
「おにい、どうするの?」
「あー、そうだなあ。とりあえず、今はひと月くらいかなあ。折角だからここでやりたいこともあるし。もし長引くようだったら延長したいんだけど」
「はい、前もって言って下されば問題ありません」
「リディとレイチェルもそれでいいか?」
「うん」 「はい」
「はい、ありがとうございます」
俺たちはひと月分の代金を払い、部屋に案内してもらう。
ここの宿は、ダンジョンに潜る冒険者が多く利用することもあり、食事に関しては別料金なようだ。ダンジョンの奥へ向かうのならどうしても泊まり込みになるみたいだしな。
その分一泊分の値段はレイチェルの実家『満月亭』に比べ安くなっている。
とりあえず、今日の夕食と明日の朝食は四人分頼んでおいた。四人分、と言う所で不思議そうな顔をされたけど、特に何かを聞いてくることはなかった。
「……ふーん。ま、まあこれなら合格をあげてもいいですかね」
宿泊予定の部屋はレイチェルにとって合格だったようだ。
今回泊まるのは三階の一室で、広めの部屋に五つのベッドが並んでいる。
部屋はきちんと掃除されていて清潔だし、テオドールさんが薦めるのも納得だ。
「よし、それじゃあ今日はここで休んで、明日一度ダンジョンの浅い階層に潜ってみよう」
明日はダンジョンがどんな所なのか、試しに比較的安全な浅い階層に潜ってみる予定なのだ。
「おにい、買い物は?」
「あ、それじゃあわたしは留守番してギルドで買った情報に目を通しておきます」
「分かった。なら俺とリディで必要そうな道具を見てくるよ」
そうして留守番をレイチェルに任せ、俺とリディは買い物に向かい、ダンジョン用の道具を幾つか買っておいた。
大体のものは亜空間に入っているしな。
実際行ってみて、もし不足があるならその時に買い足せばいいだろう。
それと、仕切りになりそうな物も買っておく。着替えの時なんかにはこれがあれば大丈夫だろう。
とりあえず、美味そうな屋台で幾つか買い物をし、宿に戻り夕食を食べながらダンジョンについて三人で話し合う。
その後、俺たちは湯で体を拭いて就寝した。
そのうちまた風呂を用意して入りたいな。
翌日、宿で朝食を食べてから、俺たちはヴォーレンドの中心部へ向かった。
そこには町中に不釣り合いな岩山が鎮座しており、その周囲を分厚い石壁がぐるりと囲んでいる。
石壁の一部には門が取り付けられており、冒険者たちがカードを見せてそこから中に入っていた。
「おお、これがダンジョン!」
「うわぁ、朝から人がいっぱいだね」
「臨時のメンバーを募集している人たちも結構いますね」
レイチェルの言う通り、メンバーの募集する声がそこらから聞こえる。
逆に自分を売り込んでいる冒険者もいるみたいだ。
まあ、俺たちは三人で潜る予定だから特に問題は無い。
「それじゃ、行こうか」
俺たちは門の前で暫く順番待ちをする。
……やけに周囲からの視線を感じるな。
そうして俺たちの順番になろうとしたその時、係員が慌ててこちらにやって来た。
「お、おい! ここは危険なダンジョンだぞ! どう見ても成人前のFランクの子を連れて行こうなんて何考えてるんだ!」
あ、さっきからやけに見られてたのってリディがいたからか。
確かに、何も知らなければどう見てもリディはFランクだからな。
「……あたし、Dランクなので大丈夫です」
リディは少し不機嫌に口を尖らせて、係員に自分のカードを見せた。
「いや、流石にそんな嘘は……ほ、ほんとにDランクだと!? す、すみませんでした!」
係員が物凄い勢いで俺たちに頭を下げてきた。
「いや、いいよ。知らなかったら仕方ないと思うし」
この係員は仕事だとしても、リディを心配して止めてくれたんだしな。
別に目くじら立てるようなことじゃない。
リディに続き、俺とレイチェルもカードを見せる。
「……はい、確認しました! ど、どうぞお通り下さい」
許可が出たので、門から石壁の中に進む。
すると、岩山にぽっかり空いた大きな洞窟の入り口が、俺たちの目の前に現れた。
「な、なんだか緊張しますね」
「おにい、レイチェル姉、早く入ろう!」
ポヨンを鞄から頭の上に出し、リディは準備万端なようだ。
「よし、俺たちモノクローム、初めてのダンジョン探索だ!」
俺たちは意気揚々とダンジョンに足を踏み入れた。
「うわぁ、本当にダンジョンの壁全体が薄っすら光を放ってるんだね」
「大地から排出された瘴気の一部がこうやって光源になっているみたいですね」
「これだったら灯りは無くても問題無さそうだな」
「地下一階は大きい道を真っ直ぐ進むだけで次の階層に辿り着けるみたいです」
「ねえねえ、皆そっちに進んでるだろうから、ちょっと脇道の方に行ってみようよ」
今回に関しては、別に奥に潜るのが目的じゃないし、それもいいかもしれないな。
「分かった。それじゃあそうしてみようか」
俺たちはリディの提案を採用し、あえて脇道の方に進んでみた。
さっきまでの道と比べると少し横幅は狭いようだ。
俺、リディ、レイチェルの順番で周囲を警戒しながら奥へ進む。
時折、リディやレイチェルの魔力を含んだ風を肌に感じる。
レイチェルもちゃんと魔術を練習しているみたいだな、感心感心。
「ん? 二人とも、この先に何かの気配を感じます」
「よし、警戒して進むぞ」
レイチェルの気配察知はほんと頼りになるな。
こんな曲がりくねった狭い道だと、視力を強化したってレイチェルみたいに索敵なんて無理だ。
俺たちは警戒しながら曲がり角の向こうを覗く。
するとそこには……
「ギャギャギャ」
「ギギャギャ」
ゴブリンが二体いた。
またお前らか! ほんと何処にでもいるな!
「ゴブリンはもういいよ!」
リディも同じようなことを思っていたみたいだ。
「あ、師匠、わたしに任せてくれませんか?」
「おう、魔術の修業のつもりで倒してこいレイチェル」
「はい!」
レイチェルは、腰に吊るしていた二本のナイフを手に取り、少し集中して『身体活性』を発動した。
そして、足元の石をゴブリンの向こう側に投げた。
ゴブリンは音に反応して、二体とも奥を向く。
その隙にレイチェルは素早くゴブリンに近付き、二本のナイフでゴブリンたちの腕と足を、素早く何度も斬り付けた。
「「ギュエアアアアアア」」
突然の痛みに悶絶するゴブリンたち。
「やあああ!!」
レイチェルが片方のゴブリンの首にナイフを突き立て絶命させる。
もう片方も、そのまま流れるような動きで止めを刺す。
「おお、成長したなあレイチェル」
「レイチェル姉、かっこ良かったよ!」
「えへへ、ありがとうございます。いっぱい魔術の修業をした成果ですね」
俺は師匠として、弟子の確かな成長を喜ぶのだった。




