42話 お風呂でスッキリしよう
「……どうやらこの男は非合法な商品を扱う売人だったようですね。女性陣を攫って奴隷にでもするつもりだったのでしょう。こんな男に気付かずいいようにされてしまうとは……」
「野盗どもとグルだったとはな。もしくは手下だったか。護衛をケチったと言っておったが、恐らく若いの三人だけしか雇っていないのを見てカモだと思われたのだろうな。馬車の細工もこいつらの仕業だろうよ。元々は違う予定だったのだろうが……儂が修理すると聞いて慌てて出発して、ここで待ち伏せしていたと言った所か」
テオドールさんとダグラスさんが、偽商人の馬車の中から何かの書類を見付け、それを見ながら推測を立てている。
オリアーナさんは、馬車の中でサニーちゃんに付き添っている。サニーちゃんは何事も無かったかのように眠っている。
念の為もう一度治療をしておいたし、暫くすれば目を覚ますだろう。
テオドールさんたちには何度もお礼を言われたけど、元々は俺の覚悟が足りなかったせいだ……お礼を言われる資格なんて無い。
偽商人は縛り上げて転がしている。死なない程度の治療は、俺に気を使ってリディがやってくれた。
テオドールさん曰く、次の宿場の冒険者ギルド出張所に突き出すそうだ。背後関係を洗う方が今後の為だろうとのこと。余罪も大量にありそうだ。
はあ……なんだか心がモヤモヤする。
集団で人から色んなものを奪おうとしたり、リディやレイチェルを襲おうとしたり、挙句罪の無い子供を殺そうとするなんて。
そんな奴、エルデリアには一人もいなかったのに……
人って助け合って生きていくのが当たり前なんじゃなかったのか?
ここじゃこんな奴らがいるのが当たり前なんだな。
……はぁ、エルデリアに早く帰りたい。
……とりあえず野盗どもの死体を片付けなきゃな。
このまま放っておいたら血の臭いに釣られて魔物が寄ってきてしまう。
それに、今後ここを通る人たちの迷惑にもなるし……
俺は地魔術を使って大きな穴を掘る。
そこに野盗どもの死体を全て放り込んでいく。
死体を全て放り込んだら火魔術を使い、延焼に気を付けながら死体を灰にしていく。
肉が焦げる嫌な臭いが漂って来たので、風魔術で瞬間的に強風を発生させ、臭いを上に飛ばす。これくらいなら暴発の心配も無いから大丈夫だ。
その間、リディも黙って手伝ってくれていた。
野盗の血を地魔術で埋め、血の臭いを風魔術で飛ばしていた。
レイチェルも、俺たちの分までテオドールさんたちの周囲を警戒してくれている。
そちらに届いてしまった臭いも、まだ不慣れな風魔術をどうにか使いながら散らしてくれていた。
死体が全て灰になったところで念の為水魔術で鎮火させ、地魔術で穴を埋め直す。
念には念を入れて、周囲を光魔術で浄化しておいた。
偽商人の馬車にあった書類を含む荷物は、俺の『亜空間収納』に放り込んでおいた。ギルドに証拠品として提出するそうだ。
こうして全ての片付けを終えた俺たちは、森を抜けるべく移動を再開した。
偽商人は、偽商人の連れていた馬に横たえ、それをダグラスさんが引いて運んでいる。
そうして暫くすると森を抜け、少し進んだ先に大きな岩があったのでその陰で今日は夜を明かすことにした。
その頃にはサニーちゃんも目を覚ましていた。
幸いなことに、蹴り上げられたショックであの時の記憶があやふやになっているらしく、怖い夢を見ていたと思っているみたいだった。
余計なことを思い出させない為、偽商人は猿ぐつわをした上で顔を布で縛り上げ隠しておいた。サニーちゃんには悪い奴を捕まえて運んでいる、と説明している。
どうにも皆が俺に気を使ってくれて、何だか申し訳なかった。
レイチェルが見張りは全部自分がやる、と提案してきたが、流石にそれは断っておいた。
ダグラスさんが見張りを手伝ってくれると言ってきたので、それはありがたくお願いした。
三人で話し合ってレイチェル、ダグラスさん、俺の順番で見張りを行うことになった。なので、俺は少し早いけれどもう休ませてもらうことにした。
少し重苦しい雰囲気のまま一夜を過ごし、朝食を終えた俺たちは次の宿場を目指して移動を再開した。
途中偽商人が目を覚ましてしまい、布の中で何かを喚いていた。
俺は殴りたい衝動を必死で抑えながら、闇魔術を使って無理やり眠らせた。
そうして夕暮れになる前に目指していた宿場に辿り着いた。
宿の確保と馬車のことはテオドールさんたちに任せ、俺たち三人とダグラスさんは偽商人と証拠品を引き渡す為、冒険者ギルド出張所へと向かった。
冒険者ギルド出張所の受付で俺はギルドカードを見せ、昨日あったことを説明した。
受付の男は最初、俺のギルドカードを見て少し驚いた表情を浮かべたが、俺の説明を聞いてすぐに真剣な表情になった。
ダグラスさんが、偽商人を馬ごと職員に引き渡し、俺たちと合流した。
その後俺たちは、出張所の奥の部屋へと通される。
そこは応接室のようで、暫く待っているとこの出張所の責任者と先程の受付がトレーにお茶を乗せて入ってきた。受付は俺たちの前にお茶を並べると、一礼して応接室を退室した。
俺たちは責任者に促され、先程と同じ説明をする。
あらかじめ亜空間から取り出しておいた証拠品も提出し、それを交えてダグラスさんが説明を補足していく。
「成程……分かりました。この件に関しましては一旦こちらで預かり、近くの大きなギルドへと引継ぎさせて頂きます。これから向かう先はヴォーレンドとのことですし、そちらでよろしいでしょうか? 事と次第によっては情報提供料が支払われる可能性もありますので」
「儂もテオドールさんもヴォーレンドで商売しとるし構わん。お前さんたちはどうだ?」
「俺たちも当分の間はヴォーレンドで活動する予定だから問題無いよ」
「では、そのように手配させて頂きます。件の偽商人と証拠品に関しましては、こちらで責任をもって移送させて頂きますので」
「うむ、それで頼む」
その後、簡単な書類を書いた後、俺たちは出張所を後にしテオドールさんたちと合流する。
テオドールさんへの説明は、ダグラスさんがしてくれるそうなので頼んでおく。
それからは、夕飯を食べ、宿で一泊し、翌日には特に何事もなく宿場を出発した。
ただ、道中他の馬車や旅人とすれ違う度に必要以上に警戒してしまう。
中には俺を見て、悲鳴を上げて逃げ出す旅人もいた。
テオドールさん曰く、鬼の様な形相で相手を睨んでしまっていたそうだ。
その後の移動時も昼食時も、俺はどうしても張り詰めた空気を出してしまい、見兼ねたテオドールさんが気を利かせてくれて、今日の野営は早めに行うこととなった。
……はぁ、何やってんだろ俺。
依頼者に気を利かせてもらうなんて、ブルマンさんに聞かれたら間違いなく説教コースだな。
ああ! もう!
こんなんじゃ駄目だ!
どうにか気持ちを切り替えないと!
そこで俺は、今日の野営場所は街道から少々離れた場所にしてもらい、以前から考えていたことを実行に移すことにした。
リディたちが野営の準備を始める中、俺は付近を探索し近場に丁度いい場所を見付けた。
よし、サクっと準備をするか。
まず俺は、ミスリルの剣でその場所の草を刈り取った。
そして、地魔術を使って地面に穴を空けていく。
「おにい、何してるの?」
リディが俺を探しに来たようだ。
「ん、ああ。ちょっと風呂でも作ってサッパリしようと思ってな」
そう、俺はここに風呂を作ろうとしていたのだ。
エルデリアにいた時も、多少嫌なことがあっても風呂に入ったら気分がサッパリしたもんだ。
こっちに来てからは湯で体を拭いたり、頭だけを軽く洗ったりしか出来ていないので風呂が恋しくなったのもある。
「うわぁ、お風呂! あたしも入りたい!」
「そうだなあ。それじゃ皆にも聞いてみるか」
「うん!」
一度皆と合流し、風呂のことを説明する。
そうしたら、皆にも「是非とも入らせてくれ!」と言われたので、折角だから大きめの風呂を作ることにした。特にレイチェルやオリアーナさんの女性陣の食いつきが凄かった。
テオドールさんは、ここまで快適な移動をさせてもらうのだから、と報酬を上乗せしようとしてた。けど、それは断っておいた。元々今回のことは自分の為にやってることだしな。
野営の準備を皆に任せ、俺とリディは風呂の準備を進めることにした。
風呂予定地を最初の予定より広げ、地魔術で穴を空け浴槽にする。
泥が染み出さないように念入りに土を固めておく。そして水魔術で表面を洗い流し、光魔術で浄化もしておく。
そして浴槽の周囲にも同じ処理を施し、そして地魔術で覗き防止用の壁も作っておいた。
まあ、周囲には誰もいないとは思うけど、女性陣はこれで安心出来るだろう。リディの風呂を覗くなんて俺が許さん。
浴槽と浴室の制作が終わった後は、水魔術で浴槽に直接湯を張っていく。
うーん、少し温かったかな?
温度調整は俺かリディがいれば問題無いから今は少し熱めにしておこう。
「「出来たー!」」
こうして元々何も無かった場所に、即席の浴場が完成した。
まずは俺から入ってほしいとのことなので、男性陣で風呂に入る。
その間、リディとレイチェルが周囲の見張り役だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、まさかこんな場所で風呂に入れるとはのう」
「ふぅぅぅ、風呂なんて余程の高級宿でもないと、そうそうお目にかかれませんからねぇ」
ああ~、少し熱めの温度が気持ちいい。
心のモヤモヤが晴れていく気分だ。
「……ジェット、野盗たちを殺めたことを気にしとるようだが、お前さんのお陰で儂ら全員助かったんだ。気にするな、とは言わんがあまり思い詰めるな」
ダグラスさんが空を見上げながら俺に話しかけてきた。
「あ、いや、それは大丈夫。あんな奴ら死んで当然だと思う。どうせあれが初めてじゃなかっただろうし。まあ、気持ちいいもんではないけど、他の誰かがこれ以上不幸にならなくて済むと思えばどうってことないよ」
「うん? そうだったのか。何かずっと悩んでおるように見えたからなあ。いらぬお節介だったか、がっはっは」
「……俺とリディが産まれた村ってさ」
自然と口が動いていた。
ダグラスさんもテオドールさんも、黙って俺の話に耳を傾けてくれている。
「周囲に他に人里も無くて結構厳しい場所でさ。今はちょっと訳あって離れてるんだけど、そこでは村の人全員が協力しながら生活してるんだ。協力して狩りをしたり、協力して田畑を耕したり、協力して子育てしたり。だから、俺の中では人って助け合うのが当たり前でさ。でも、この辺だと平気であんなことする奴らもいたりで。なんかそれがショックで……村の外にはあんな奴らばかりいるのかと思ったら、早く村に帰りたいなあとか考えちゃって」
あー、こんなこと話すつもり無かったのにな。
これも風呂でスッキリした効果か。
「……儂もな、元々はドワーフの集落で暮らしておってな。ああ、ドワーフってのは儂らみたいな小柄で筋肉質な外見で、手先が器用な者が多い種族じゃ。それでいざ外へ出てみると、集落との違いに苦労したわい。信じてたもんに騙されることもあった。その当時は儂も集落に帰ろうかと何度も思ったが……それ以上に助けてくれる人たちも沢山おってのう。テオドールさんなんかもそんな一人じゃ」
「ははは、寧ろ私の方が助けられていますがね」
「それで今ではヴォーレンドに自分の工房を構え、弟子を取れるくらいにはなれた」
……ダグラスさんも色々苦労してたんだな。
「……ジェット、お前さんは余程恵まれた環境で育ってきたんじゃろうな。それが、今まで見たことの無い人を人とも思わん悪意ある者たちに出遭ってしまって困惑してしまったんじゃろう。だがな、一つの側面を見ただけで全部を見た気になるな。例えばお前の弟子のレイチェルだったか。あの娘は村の外で出会ったのだろう? 一緒に行動しておるくらいだ、悪い娘ではないのだろう?」
「当たり前だ! レイチェルがいたから俺たちは今こうやって目標に向かって進めているんだし、それにレイチェルの家族やブルマンさんやメリアさん、カーグの人たちも……」
……ああ、そうだ。
村の外にも沢山親切な人たちはいたじゃないか。
「がっはっは、大分スッキリした顔になったな」
魔物にだってポヨンみたいないい魔物もいれば、ゴブリンみたいな悪い魔物もいる。
それは人間だって同じことなんだ。
なんだか、今回のことがあまりにもショックが強くて視野が狭くなってたんだな、俺。
「……ありがとう。もう大丈夫だ」
「そうかそうか。それで……あのレイチェルって娘っ子、ただの弟子と言うだけではないのだろう?」
「え? ああ、同じパーティーメンバーでもあって、それで」
「そうではない。むっふっふ、お前さんが時々ちらちらあの娘の胸辺りを見ているのは知っておるぞ、なあテオドールさん」
「ははは……私からはノーコメントで」
「な? え? ちょ」
その後、ダグラスさんに根掘り葉掘りレイチェルとの関係を聞かれるのだった。
俺は必死に仲間兼弟子だと説明したけど全く信じてくれず、最後にはテオドールさんが止めてくれるまでそれは続いた。
◇◇◇
おにいたちがお風呂を出た後、続いてあたしたちがお風呂へ入った。
おにいはお風呂に入る前に比べたら、随分スッキリした顔をしてたしもう大丈夫だろう。
なんかダグラスさんがニヤニヤしてたけど……
おにいは多分、エルデリアとのギャップに悩んでたんだと思う。村にはあんなことする人は一人もいなかったから。
あたしも思う所が無い訳じゃないけど、カーグの人たちが親切にしてくれたのもあって、あんな奴らも中にはいる、くらいに思うことが出来ていた。
でも、おにいは優しくて面倒見がいいからそうは割り切れなかったみたいだ。特に、サニーちゃんの件が大きいんだと思う。
あたしはそんなことを考えながら、目の前にある二つの大きな山を眺めていた。
「あ、あの、リディちゃん? そんなにじっと見られるとちょっと恥ずかしいかも……」
はっ! あたしとしたことが……ついレイチェル姉の胸を凝視してしまっていた。
……つい見てしまうこの圧倒的存在感! おにいがちらちら見てしまうのも仕方ないのかもしれない。
「ごめん。レイチェル姉のが大きかったからつい……」
「あ、あはは……」
うーん、あたしもいつか大きくなるのかな?
ママは大きいから将来性はある筈だ。そして何よりあたしはまだ十歳だ。まだまだこれからだ。
「そう言えば、少し気になっていたんだけれど、レイチェルさんはジェットさんのお弟子さんだと聞いたけれど、恋人だったりもするのかしら?」
「ぶはっ!? え、ええええええええええええええ!?」
おっと、オリアーナさんが爆弾を投げ込んできた!
ちなみにサニーちゃんはポヨンと一緒にお風呂を泳いでいる。
「ち、ちちちちち違います! 師匠は師匠でパーティーのリーダーで」
「あらそうなの? レイチェルさん、ジェットさんの方によく視線が行っていたし、ジェットさんも時々ちらちらレイチェルさんの方を……特に胸の辺りを見てたから」
「えっと、それは……師匠は、その……女の人の、む、胸が好きみたいで……」
……おにい、おにいは頑張って誤魔化してるんだろうけど、ちらちら胸を見てるの皆にバレてるよ……
「それで、レイチェルさんの方はどうなの?」
「あわ、あわわわわわわわわわわわわわ」
その後もオリアーナさんの質問攻めが続き、レイチェル姉はずっとあわあわしていた。
あたしはそんな会話を聞きながら、お湯に浸かったままぼーっとレイチェル姉の胸を見ていたのだった。
……はっ! またつい見てしまっていた!




