41話 野盗と言う魔物
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ダグラスさんによる馬車の修理が完了し、俺たちは再びヴォーレンドを目指す。
「今日は野営をすることになりますので、よろしくお願いします」
「分かりました」
野営か。今日明日の分の食事は宿場で既に確保したし、火や水は魔術で出せるから問題無い。
あとは夜の見張りだな。流石にリディには厳しいと思うから、後でレイチェルと相談して分担するか。
少しずつ町から遠くなってきた影響か、徐々に魔物との遭遇が多くなってきた。
その中には勿論、カーグで嫌と言う程戦ったゴブリンの姿もある。
本人たちの希望もあったし折角なので、訓練も兼ねて主にリディとレイチェルに魔物の対処をしてもらっている。
勿論、危なそうな時は即助けに行くけども。
「ポヨン! 『魔装変形』!」
リディはポヨンを自身の武装として戦闘を行っている。
ポヨンの変幻自在な動きとリディの魔術が合わさって、中距離メインのなかなかバランスのいい戦い方だ。
と言うか、いつの間にかあんなこと出来るようになってたんだな。
知らぬ間の妹の成長にちょっと寂しくなったり。
「やぁあああああ!」
レイチェルには、最近『身体活性』を教えた。
属性魔術習得の件もあるし、習うより慣れろ! と言った修業方針だ。
レイチェルとは今でも魔力操作の修業は続けている。まあ、その度に妙に艶っぽい声を出すもんだから、偶に夜寝付けなくなって困るけど……
その修業の甲斐あってか、体内で魔力を巡らせる感覚を掴むのは早かった。
更に最近では、手数を増やす為に両手にナイフを持って魔物と戦っている。
「ほぅ、スライムをあんな風に使って戦うとはなあ。そこらの剣よりよっぽど切れ味いいんじゃないのか、あのスライム……」
「お弟子さんも素晴らしい動きです。とても最近まで魔物と戦ったことが無かったとは思えませんね」
「リディちゃんとレイチェル姉ちゃんすごーい!」
「こらサニー! 馬車から身を乗り出しちゃいけません!」
どうやら依頼主たちも、魔術や従魔を使った戦いに興味津々のようだ。
「おにい、終わったよー」
「おう、お疲れ」
「ふうぅぅぅううう。実戦での『身体活性』って制御が難しいですね」
「まあそれに関しては慣れだな。魔力切れを起こさない程度に普段も常に発動しておくと、維持の修業になっていいぞ」
「うっ、む、難しい……」
三人で倒した魔物の処理を行い、再び馬車は進む。
途中で一度昼休憩を挟み、俺たちは少し薄暗い森の中を通る道へと差し掛かった。
「ここは薄暗く危険なので、一気に通り抜けます。通り抜けた先で野営場所を決めましょう」
「分かりました」
テオドールさんの言葉に俺たちは頷く。
道があるとは言え、確かにあまり長居したくない場所だ。
恐らくここを通る時は皆同じように急いで通るんだろうな。
俺たちは警戒を強めながら移動する。
これだけ薄暗いと、何処に魔物が潜んでても不思議じゃない。
なんだか緊急依頼で赴いた森を思い出すな。
あの時は、木の上から奇襲して来ようとしたゴブリンたちもいたんだけど……
その時、俺は前方に何かを見付けた。
あれは……馬車か?
一台の馬車の周囲には数人の男たちが立っている。
よく見ると、馬車は車輪が破損しているようだ。
「テオドールさん、前方に車輪が壊れた馬車と、恐らくその護衛が見える」
「え、私には全然分かりませんが……ジェットさんが言うのだから間違いないのでしょう。予定通りこのまま進みましょう。念の為警戒はお願いします」
リディとレイチェルにも前方の様子を伝え、俺たちはそのまま道なりに進む。
警戒しつつ馬車の前まで進むと、そこでは宿場で別れた商人とその護衛と思われる男たちが、壊れた馬車の前で立ち往生している所だった。
向こうの商人がやって来た俺たちに気付いたので、テオドールさんは馬車を止めた。
「おや、あなた方は……」
「ええ、今朝ぶりですね。その馬車は一体……」
「ははは……どうやら私どもの馬車の車軸も細工がされていたようでしてな。気付かぬまま馬車を動かし続けて御覧の有様です……」
「それは……お互い災難でしたな。私たちも気付かぬまま出発していたらこうなっていたと思うと……」
「ええ、全く。今は他の馬車に救援を呼びに行ってもらっていまして。この馬車の放置も考えましたが、積み荷のことを考えるとそれも難しく……」
そこでテオドールさんは馬車を降り、様子を見に出てきていたダグラスさんに声を掛ける。
「ダグラスさん、どうにか修理出来ませんか?」
「うむぅ、宿場のように資材や設備があるならともかく、ここまで派手に壊れるとこんな所じゃ難しいな」
「なんとかなりませんか? お礼でしたら十分にさせて頂きますので……」
「そうは言われてもなぁ」
どうやらダグラスさんでもここまで壊れたら難しいみたいだ。
テオドールさんがちらりと俺を見る。
多分、テオドールさんとしては、ここでこの商人を助けて繋がりを持ちたいんだろうな。
確かに俺やリディの『亜空間収納』があれば、この人の積み荷を確実に運ぶことは可能だ。
そんなことを考えていたまさにその時、
「え? 師匠! わたしたち囲まれてます!」
レイチェルが叫ぶ。
その声を聞いて、俺は咄嗟に剣を構え、テオドールさんたちの前に立つ。
くそっ! 人の気配に釣られて魔物が寄って来たか!
でも……寄って来たのは魔物は魔物だったのだけれど、俺の考える魔物とは少し違うものだった。
「ちっ、感のいい小娘だ」
俺たちの周囲を十五人前後の薄汚れた男たちが囲う。
なんだこいつら!?
「くっ、野盗か。この近辺の野盗は少し前に殲滅された筈だったのに」
「何処かからまた流れて来たんじゃろうな」
「ひ、ひぃいいいいいいい。い、命ばかりはお助けを!」
こいつらが野盗……
まさか本当に出遭うことになるとは……
「おにい……どうするの?」
いかん。
呆けている場合じゃない!
テオドールさんたちを守らないと!
「テオドールさん、ダグラスさん、馬車まで下がって! あとあんたも」
テオドールさんたちと商人の安全をまず確保だ。
「儂は大丈夫じゃ。最初に言っただろ? 一応護衛も兼ねとると」
そう言ってダグラスさんは腰にぶら下げていた槌を手にする。
「私たちは下がります」
「ひぃいいいいぃいいい」
テオドールさんと商人が馬車へと下がる。
「リディ! レイチェル! そっちの守りは任せる!」
「う、うん」 「は、はい」
こっちは俺たち三人とダグラスさん、商人の護衛たちが四人の計八人。
対して相手は約十五。しかも人間だ。
それだけのことで、どこか躊躇してしまう自分がいる。
くそっ! ブルマンさんにあれ程「野盗は魔物と思え」って言われたのに……!
「へっへっへ、この人数差だ。大人しくしろや」
「おうおうおう、あの嬢ちゃんいい乳してんじゃねえか! 後が楽しみだぜ~」
「あっちのちびっ子もなかなか……ぐふふ」
なんて下品な……まるでゴブリンみたいな奴らだ!
くっ、しっかりしろ俺!
俺がちゃんとしないとテオドールさんたちだけでなく、リディもレイチェルも危ない!
「おめえら、女は売りもんになるってこと忘れんなよ! かかれ! 男は殺せ!」
リーダーの号令と共に野盗たちが突っ込んで来る。
覚悟を決めろ、俺!
俺は目の前の野盗に剣を振るう。
剣は野盗を浅く斬り付けた。
「ぎゃっ! いてぇえええええ!!」
……自分では相手を真っ二つにしたつもりだった。
だけど出来なかった。
ちらりとリディたちの方を見る。
二人も魔術を使ってどうにか応戦は出来ているけど、やはり戦いづらそうにしている。
二人を生け捕りにする為か、野盗たちが積極的に傷付けようとはしていないのもあるだろう。
ダグラスさんと商人の護衛たちは野盗たちと拮抗していた。
暫くそうやって戦うものの、お互い決定打がなく戦況は膠着状態に陥る。
「ちっ! 護衛をケチったって聞いてたのに話が違うじゃねえか!」
ん? 聞いてた? 一体誰に?
「きゃあああああああああああ」
突然女性の悲鳴が聞こえた。
俺は慌ててリディとレイチェルを見る。
するとそこには、
「すみませんねえ、どうやら本当にケチった訳ではなかったようだ」
「サニーーーーッ!!」
「パパァアアア、ママァアア!!!」
馬車まで逃げた筈の商人が、サニーちゃんを抱え首元にナイフを突き付けていた。
こいつら……グルだったのか!
それを見て、護衛の四人も盗賊側に回る。
ダグラスさんは、俺の近くまで下がってきた。
「さて、大人しくしてもらいましょうか。出来れば私も商品に傷は付けたくないのでね」
くそ、サニーちゃんを抱えられていたら下手に手が出せない……
どうする? どうしたらいい?
俺が……俺がもっと躊躇せずに野盗の数を減らしていれば……!
野盗たちが下卑た笑みを浮かべる。
あまりの焦りに、テオドールさんやオリアーナさんの声がひどく遠く聞こえる。
覚悟が足りなかった。
どこかで俺は楽観視していたんだと思う。
そんな奴ら本当はいないんじゃないかって。
その結果が今の状況だ。
こうなったら……危険だけど光魔術で全員の視界を奪うか……
事前に対策が出来ていないから、味方にまで被害が出ちゃうけど……
まずはどうにかサニーちゃんを助け出さないと何も。
「ぎゃああああ!」
光魔術の準備をしていたその時、商人が大声を上げた。
サニーちゃんが商人の手に思い切り噛みついたようだ。
「こ、このクソガキッ!」
「ぎゃっ……!!」
商人が怒りのままにサニーちゃんを蹴り上げる。
蹴られたサニーちゃんは短い悲鳴を上げ、宙を舞い地面に落ちる。
その様子を見たテオドールさんとオリアーナさんが泣き叫ぶ。
俺は……頭の中が真っ白になっていた。
全身の血が沸騰していくような錯覚を覚える。
「ちっ! 忌々しい。商品が減ってしまったが他はかくじギュボァッ!!」
気が付いたら俺は、『限界突破』を使って商人の顔を殴りつけていた。
殴られた商人は勢いよく吹き飛び、木にぶつかってそのまま倒れた。
野盗を含め、その場の全員が何が起こったか分からず唖然としていた。
急いでサニーちゃんに近寄り抱きかかえる。
……良かった、息はある。
だけど、このままじゃ危険だ。
俺は光魔術を使っての全力の治療を試みる。
すると、サニーちゃんの顔に徐々に生気が戻り始める。
ごめんな……俺が不甲斐ないばかりに痛い思いをさせて……
治療を終えたサニーちゃんをテオドールさんたちに預ける。
「て、てめぇ! おいお前ら! あの男のガキを始末するぞ!」
そこから先のことはよく覚えていない。
ただ、『限界突破』を駆使して、持っていた剣で何かを大量に斬ったことだけは薄っすら覚えている。
俺は倒れた商人の前に立つ。
殴った顔面はトマトのように真っ赤に腫れ上がっているが、どうやらまだ息はあるようだ。
こいつもさっさと殺さなきゃ。
また誰かが不幸になる。
俺は剣を振り上げ、倒れた商人に向かって、
「おにい!!!」
振り下ろそうと思ったら、リディが背中から抱きついてきた。
「もう大丈夫、もう大丈夫だから……いつもの優しいおにいに戻って……」
リディのその言葉に俺は正気に戻る。
「師匠……」
レイチェルも心配そうな顔をして、俺のそばに立っていた。
俺は周囲を見渡した。
すると……そこには野盗だったものたち全てが、真っ赤な血の海に沈んでいた。




