40話 護衛依頼
「えーと、こんな感じかなリディちゃん?」
「うん、そうそう。その後は風に乗せた自分の魔力を意識して違和感を探すの」
「わ、分かった。んむむむむ……あ、この感じ師匠たちかな?」
俺の周囲を風が舞う。その風に微かにレイチェルの魔力を感じる。
「やっぱりレイチェル姉はこれ得意だろうなあって思ってた。もっと巧くなればより遠くを、より正確に把握出来ると思うよ」
「えへへ、頑張って練習するね」
俺たちは今、カーグを出発してヴォーレンドへ向けて一台の幌馬車と共に進んでいる。
本来は、依頼者のテオドールさんたちの荷物や買い付けた商品を乗せる為に、冒険者ギルドから荷馬車を借りる予定だったんだけど、それらは全てリディの『亜空間収納』に仕舞っている。
馬車の数が多くなれば、必然的に護衛の数も多く必要になる。俺たち三人だけで依頼を受けられたのは、これがあることも大きい。
今回、テオドールさんは護衛が俺たちしか見付からなかったこともあって、運ぶ積み荷は少なくする予定だったらしいんだけど、『亜空間収納』を説明し実際に見せると、急遽買い付ける商品の量を増やしていた。
現在、馬車の御者台にはテオドールさん。荷馬車が必要無くなってダグラスさんの手が空いたので、道中交代で御者を務めるそうだ。
馬車前方には俺が、後方にはリディとレイチェルがそれぞれ護衛を務めている。
前方は俺が強化された視力と聴力で警戒し、周囲と後方は定期的にリディの風魔術で索敵している。気配察知が得意なレイチェルもいるので、油断さえしなければこの近辺の魔物が現れてもまず遅れを取ることは無いだろう。
後方では今、どうやらリディがレイチェルに風魔術での索敵のやり方を教えてるみたいだ。
時々俺の周囲を、レイチェルの魔力を含んだ風が舞っていてちょっとくすぐったい。
まあ、これに関しては俺では実演して教えることが出来ないからな。このままリディに任せよう。
「ん? あれは角兎か。ちょっと行ってくる」
前方に魔物を発見する。
角兎は、文字通り頭から角を生やした兎だ。
基本的には臆病なんだけど、興奮した場合頭の角で刺してくることもある。
俺は素早く近付くと剣で軽く首を撥ねた。よし、肉をゲットだ!
こんな感じで、偶に魔物が出現しても、出て来たそばから誰かに即発見されて対処される。
それ以外には特に何事も無く道を進み、丁度いい時間になったので俺たちは近くに小川のある大きな木の木陰に入って昼休憩をすることになった。
どうやらここは休憩の定番場所の一つらしい。今は俺たちだけだが、時には数組の旅人や商人たちが休んでいることもあるのだとか。馬に必要な水が確保出来るので、水の積み込みも減らすことが出来てありがたいとのこと。
まあ、今回に関しては俺たち三人全員が水魔術で水を確保出来るので、普段使わないような場所でも休憩可能だ。レイチェルも、今は自分の飲み水を作るくらいが限界だけど、修業を続ければもっと大量の水も作り出せる筈だ。
リディが亜空間から馬の飼料や全員分の昼食を取り出す。俺も馬の手入れ道具を取り出しテオドールさんとダグラスさんに渡す。
「いやぁ……何度見ても驚きますね。おかげさまで今回の移動は、少人数ながら普段に無いくらい快適です。商人としては非常に羨ましい能力ですよ」
「ええ……まさか馬車での移動で焼き立てのパンが食べられるとは思いませんでした」
「この緑のパン、甘くてふかふかでおいし~」
「最初はこんなわけぇのだけで大丈夫か? と思ったが……こりゃギルドが太鼓判を押す訳だ」
馬の世話をして、皆で昼食に早速モリーさんに貰ったポヨンパンを食べる。
「うーん、俺とリディは馬車での移動なんて初めてだからよく分からないんだよな」
「師匠、馬車での移動って本来はもっと大変なんですよ? 食料や水、馬の飼料も嵩張るし……この辺りは道も整備されてて宿場もあるからまだましですけど」
「ははは、これだけの魔法……いえ、魔術ですか。魔術が使えるならそんな大変さとは無縁なのかもしれませんね」
予定より早く進んでいることもあって、ここで少し多めに休憩することになった。
早速、サニーちゃんはリディと一緒にポヨンと遊んでいる。年が近いこともあってかもう仲良くなったみたいだ。
「ふむぅ、これほどふんだんにミスリルが使われておるとは……これを打った鍛冶師とは一度ゆっくり話してみたいのぉ。こっちのナイフも素晴らしい出来だ」
「へぇ、やっぱりエルクおじさんって腕が良かったんだな」
俺とレイチェルは、ダグラスさんにどうしても武器を見せてほしいとしつこく頼まれて、最後には折れてしまった所だ。
ちなみに、ミスリルのナイフはあれからずっとレイチェルに渡している。
元々は魔術の修業の為だったんだけど、俺たちがカーグを発つ時には卒業祝いとしてそのまま渡す予定だったので問題無い。普段は剣がメインで、ナイフは解体に使ってたくらいだったしな。
「そう言えば、レイチェルさんってジェットさんのお弟子さんなのかしら? さっき師匠って呼んでたけれど」
「はい。師匠には魔術の修業をつけてもらっています」
「パーティーメンバー全員が魔術師とは……いやはや、今回モノクロームの皆さんとご縁があった私たちは運が良かったようですな」
「そうだのぉ。今となっては護衛がなかなか見付からんかったのは、逆に幸運だったと言うことじゃな。お陰で儂もこうやってミスリル製の武器を見ることが出来る」
「いえいえいえ、わたしなんてまだまだ見習いなので」
レイチェルが褒められ慣れてないのか、顔を真っ赤にして照れていた。
そんな様子を見て、テオドールさんたちは穏やかな笑みを浮かべていた。
そうして休憩を終えた俺たちは再び出発した。
御者がダグラスさんに変わったことと、途中他の馬車の集団とすれ違った以外は特に変わったことも無く、俺たち今夜宿泊予定だった宿場へと辿り着いた。
テオドールさんたちは今夜の宿を取り、馬車を預け馬の世話を従業員に頼んでいた。
宿場と言うだけあって、ここには宿や食事処が多く並んでいる。
どうやらこう言った所では町の宿と違って、特に馬車等で移動する人たちに向けたサービスが充実しているようだ。
実家が宿屋のレイチェルが色々と教えてくれた。
ただ、なんだかやけに大人の男が多く向かう一画があったけど、そのことをレイチェルに聞いても何故か苦笑いで誤魔化すだけだった。
俺たちはテオドールさんお勧めの店で食事を始めた。
そこそこの値段の割に、味もボリュームも満足のいく店らしい。
ちなみに、ポヨンは後で宿で食事をさせる予定だ。
俺たちは、早速運ばれてきた料理を頬張る。
齧り付いた鶏肉は、皮はパリパリに焼かれ、噛めば肉汁が溢れてくる。程よい香辛料の辛みがまたいいアクセントになっている。
「「「おいしい!」」」
「ははは、お口に合ったようで良かったです」
鶏肉のソテー以外のものも、味もボリュームも申し分ないものだった。
ただ、やはりパンに関しては小麦が名産のカーグには及ばないようだな。
ポヨンの為に幾らかこっそり亜空間に仕舞いながら、俺たちは満足のいく食事を終えた。
テオドールさんは声を掛けてきた商人風の男と、軽く酒を飲みながら何かを話している。
「あれは商人同士、情報交換をしている所だ。商人にとって新鮮な情報ってのは何よりの武器だからな」
そう言いながら、ダグラスさんは浴びる様に酒を呑んでいた。
「明日も馬車での移動なんだろ? そんなに呑んで大丈夫なのか?」
二日酔いに苦しんでいた父さんの姿が脳裏を過る。
だけど、ダグラスさんはどこ吹く風だ。
「がっはっはっはっは! この程度、ドワーフにとっちゃ水と変わらんわい」
……まあ、本人が大丈夫と言ってるんだしいいか。
食事を終えたサニーちゃんとリディが少し眠そうにしていたので、俺たちはオリアーナさん、サニーちゃんと共に先に宿へと戻ることにした。
テオドールさんとダグラスさんはもう少し飲んでいくそうだ。
「それではおやすみなさい。明日からもよろしくお願いしますね?」
「……おやしゅみなさい」
「「「おやすみなさい」」」
オリアーナさんたちと別れ、俺たちは自分たちの取った部屋へと向かう。
今回俺たちは二部屋を取り、俺が一人、リディとレイチェルが同じ部屋と言う組み合わせだ。
今回リディは、レイチェルと一緒の部屋を選んだ。
……別に寂しくなんかねーや!
「リディ、ちゃんとポヨンにご飯をあげてから寝るんだぞ」
「んー……分かってるよー」
「あはは、もしリディちゃんが寝ちゃったらわたしが……って、よく考えたらリディちゃんじゃないとポヨンちゃんのご飯取り出せなかったんでした……」
「ははは、まあリディが寝ちゃう前にどうにか頼む。それじゃおやすみ」
「おやすみ」 「おやすみなさい」
そうして俺は、一人寂しく床に就くのだった。
翌日、朝食を食べ宿を引き払い、出発の準備を始めた。
馬の飼料等の補充はテオドールさんが昨日のうちに既に手配していたらしく、宿を発つ時に受け取ることが出来た。
それをリディが亜空間へと仕舞うと、宿の従業員は口を大きく開けたまま暫く固まっていた。
出発の準備をしていると、昨日テオドールさんと一緒に飲んでいた男が声を掛けてきた。どうやら同じ宿に泊まっていたようで、向こうもこれから出発する所だったようだ。
「なんと……本当に馬車一台で移動していたのですか」
「ええ、昨日も話しましたが、少し事情がありまして。ですが、むしろ普段より快適に移動出来ていますよ」
「いやはや……私には想像もつきませんなあ」
「テオドールさん、ちょいといいか?」
「どうしました、ダグラスさん?」
「念の為馬車の点検してたんだが、どうも車軸がグラついてるみたいなんだ。昨日はそんなことなかったんだがなあ」
「それは……困りましたね」
「なーに、この程度なら少し時間をくれれば儂がちょちょいと直してやるわい」
「おお、助かります」
「おっと、そろそろ出なければ。それではそちらも無事出発出来ることを祈っております。私はこれで」
そう言って、テオドールさんと話していた男は慌てて出発していた。
とりあえず俺もダグラスさんの修理の手伝いでもしようかな。
そんなこんなで、俺たちは予定より少し遅れて宿場からヴォーレンドに向けて出発したのだった。




