37話 レイチェルの決意
初めて感想を頂けました! ありがとうございます!
続きも頑張って書いていきます!
「わたしも……わたしも! 二人のパーティーに参加させて下さい! それで、わたしも二人の旅に連れて行って下さい! お願いします!」
気が付いたらわたしはそう言って頭を下げていた。
あれ? 本当は二人にとって、念願だった故郷の手掛かりが見付かったことをお祝いする筈だったのに。
でも、近いうちにカーグから二人がいなくなる、もう一生会えなくなるかもって考えたら頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって、それで……
どうしちゃったんだろ、わたし? 自分でも自分がよく分からない。
「えっと、レイチェル、勿論参加してくれるのは俺たちとしても助かるし嬉しいんだけど」
「でも、いいの? ディンおじさんやアルマおばさん、ヴァン兄はこの事を……」
「いえ、まだ……話してません」
部屋の中に沈黙が広がる。
ううぅ、顔が熱い。気を抜いたら涙が出そうだ。
でも……この二人と一緒に世界を旅してみたい。これは、わたしにとって嘘偽りない本心だ。
「レイチェル、お前がこの町を飛び出したいって考えてたことは俺も知ってる。やはりそれはリゲルたちの事が原因で」
ブルマンさんが私に問いかけてくる。
「ち、違います! 確かに最初は父と母のこともあったけど、今は父と母がそうしていたように、世界を自分の目で見てみたいと言うのは私の夢なんです!」
「リゲル? 父と母ってディンおじさんたち?」
「あ、ジェットたちはリゲルたちの事は知らなかったのか……すまん、レイチェル」
「いえ……師匠たちになら大丈夫です」
師匠とリディちゃんが心配そうな表情でわたしを見てくる。
多分今、酷い表情になってるんだろうなわたし。
「えっと……リゲルって言うのはわたしの実の父です。今の父さん母さんは父の兄夫婦にあたります」
ブルマンさんと目が合う。その瞳には憂慮の色が浮かぶ。
わたしはそれに頷きで返した。
ブルマンさんは深く息を吐き、重々しく口を開いた。
「続きは俺が話そう」
ブルマンさんのその言葉に、わたしは内心安堵した。
だって……このままだと絶対に泣いてしまっていただろうから。
「レイチェルの実の父と母は、リゲルとシンシアと言ってな。共にBランクの冒険者だった。あいつらとは短い間の付き合いだったが……特にリゲルとは妙に馬が合った。夫婦揃って旅好きなやつらでな、レイチェルが生まれてからもそれが収まることは無く、幼いレイチェルを連れて色んな所を転々としてたそうだ。カーグには兄夫婦に顔見せに立ち寄ったそうでな。その時レイチェルが体調を崩しちまって、それで暫くの間滞在してたんだ」
師匠とリディちゃんが驚きの表情を浮かべていた。
「それが今から6年前だったか。丁度そんな時にな、このカーグ近辺にこの辺りじゃ見られないような凶悪な魔物が出没した。そいつは緊急依頼で討伐されることになってな、リゲルたちも当時は一冒険者だった俺もその依頼に参加したんだ」
ブルマンさんがもう一度大きく息を吐いた。
「だが……依頼開始の前に、当時の勢いに乗ってた新人パーティーが手柄に逸ってギルドに内緒で勝手に魔物に挑んだ。結果は惨敗、そいつらは全員喰い殺され、その魔物はそのままカーグへ迫って来やがった。碌な準備も出来ずそいつと戦うことになって……どうにか撃退出来たものの、冒険者側にも多くの犠牲者が出た。その中にはリゲルとシンシアも含まれていた……その後レイチェルは伯父夫婦に娘として引き取られたんだ」
「……そのことで当時、わたしは……ずっと塞ぎこんじゃって……」
わたしが体調を崩さなければ父と母は死なずに済んだんじゃ……って。
「……その後、ここのマスターが逃げるように退職してな、色々あって俺がそのままマスターになった。それから俺は、二度と同じ過ちは繰り返さないように、新人の教育に力を入れ始めたって訳だ」
「ジェットさんたちは参加していませんが、成人前や新人を対象とした冒険者講座もいくつもあるんですよ。マスターの尽力もあって、ここ数年カーグの冒険者の問題行動の数は著しく減少しました」
その後、父さんたちの気遣いもあって、どうにか立ち直ったわたしをブルマンさんはよく気に掛けてくれてたっけ。
メリアさんの言う冒険者講座も幾つも受けた。
ただ、ずっと父と母と一緒に各地を転々としてたのもあって、わたしはどうにも親しい相手を作るのが苦手だった。
必要以上に警戒心が強かったり、自信の無い性格もあって、同年代とは全く馴染めなかった。
それどころか、父さんや母さん、兄さんにも遠慮が勝ってしまう。
最後の一歩がどうしても踏み出せない。
「最初……冒険者になろうと思ったのは、父さんたちに……迷惑を掛けず生きていきたい……と言う思いがあって……父と母が死ぬことになった……この町から早く出て行きたいとも思って……でもそれと同時に、父と母のように……世界を自分でも見てみたい……と言う思いも……それはいつの間にかわたし自身の夢……に」
だから……こんなことは家族にすら話したことはない。
怖いんだ。もし「お前なんか本当の家族じゃない」って拒絶されたら、と思うと……
「……レイチェル姉!」
震えながら喋るわたしを、涙声のリディちゃんが抱き締めてくれた。
わたしもそれに応え、リディちゃんの背中に手を回す。
最初に助けられたって言うのも勿論あるんだけど、この兄妹に親身になれたのは昔のわたしが重なっちゃったのもあるんだと思う。
全く知らない土地で、一人取り残されていた昔のわたしと。
「レイチェル……事情は分かった。最初にも言ったけど、俺たちとしては一緒に来てくれるのは凄く助かる。正直今でもこっちのことは知らないことばかりだし、レイチェルが一緒だと心強い。ただ、ディンおじさんたちに黙って連れて行くことは出来ない……」
「分かり……ました。父さんたちにも……ちゃんと話してみます」
わたしはどうにかそう声を絞り出した。
「……もし、お前が後ろ向きな気持ちでこいつらについて行くってんなら力尽くでも止めたんだが……お前自身がちゃんと前向きに考えて結論を出したんなら俺から言うことは何もない。ジェット、リディ、もしそうなったらレイチェルをよろしく頼む」
ブルマンさんのその言葉に師匠たちは頷いてくれた。
後はわたし自身の問題だ。
父さんたちにちゃんと話そう……わたしの本当の気持ちを。
◇◇◇
「それで、改まってどうしたんだい、レイチェル?」
師匠たちに事情を話した後、どうにか落ち着いたわたしは師匠たちと共に家まで帰って来た。
そして夕食を食べた後、わたしは父さん、母さん、兄さんと向かい合って座っている。
師匠たちはこの場にはいない。
二人は付き添ってくれる、と言っていたんだけど、それはわたしが断った。これはわたし自身が自分の力で解決しなきゃならない問題なのだから。
「えっとね、父さん、母さん、兄さん。今日ギルドで師匠たちが近いうちに旅に出ることが決まってね。それで……その……わたしも……わたしも二人について行きたい」
心臓がうるさいくらいに早鐘を打つ。
これだけのことを喋るだけで喉もカラカラになる。
「「「……」」」
全員が押し黙る。
怖くて父さんたちの目を見ることが出来ない。
暫く沈黙が続いた後、大きな息を吐いて父さんが口を開いた。
「……最近のレイチェルを見ているとね……正直、近いうちにこうなるんじゃないかとは思っていた」
「え……」
どうやら父さんたちにはわたしの考えなんて見透かされていたらしい。
「レイチェル、一つだけ聞かせて欲しい。私はレイチェルのことを本当の娘だと……家族だと思っている。アルマやヴァンだって同じ想いだ。レイチェルは……私たちのことを家族だと思ってくれて」
「そんなの当たり前じゃない!!!」
わたしは父さんの言葉を大きな声で遮ってしまった。
それを皮切りに口から勝手に言葉が出てきてしまう。
「確かに最初は父さんたちにも心を開けなくて! 父と母が死んだこの町なんか大っ嫌いで! 父さんたちにも迷惑を掛けたくなくて! 早くこの町を出て行きたいって思ってた!」
勝手に涙が出てきて止まらない。
でも、そんなことお構いなしにわたしの口は動き続ける。
「でも……そんなわたしに父さんも母さんも兄さんも優しくしてくれて! わたしのこと家族だって言ってくれて! そのお陰でわたしは二人の死から立ち直れて! そんな大切な家族の事、家族じゃないなんて思える訳ないじゃない!!」
いつの間にかわたしの隣にいた母さんに抱き締められる。
……母さんも泣いてる。
父さんも兄さんも目が真っ赤になっていた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
それから暫くの間、わたしは母さんにしがみ付いたまま泣き続けた……
「……ありがとう母さん、もう大丈夫」
どうにか落ち着いたわたしの頭を撫でて、母さんが席に戻った。
わたしは父さんたちの目を見て、正直な気持ちを語り始めた。
「わたしが冒険者になろうと思ったのはね、最初は確かに皆に迷惑を掛けずに生きていきたい、この町を早く出て行きたいって気持ちが強かった。でも、それと同時に父と母と同じように世界を自分の目で見てみたかったの。……皆のお陰で立ち直った今はね、皆の事とっても大切な家族だって思っているし、皆のいるこの町はわたしの故郷だと思ってる。……ちょっと周囲とは上手く馴染めてはいないんだけどね、あはは」
父さんたちはわたしの話を真剣に聞いてくれている。
「それでね、最後には父と母と同じように世界を自分の目で見てみたいって想いだけが残っちゃって、いつの間にかそれがわたしの夢になってて」
「……そうか。ちゃんと話してくれてありがとうレイチェル。……ジェットさんたちは何て?」
「師匠は父さんたちに黙って連れて行くことは出来ないって。それで、皆にはちゃんとわたしの気持ちを話そうって思って」
「なあレイチェル」
「何、兄さん?」
「レイチェルの気持ちは分かったよ。それで、どうしてついて行こうと思ったのがジェット君たちなんだい?」
……気のせいかな。「ジェット君」の辺りで兄さんの目が鋭くなったような。
「そ、それは、えっと……二人の事情もあるから詳しくは言えないんだけど……放っておけなかったと言うか、何だか昔のわたしに重ねちゃったと言うか……ほんとはちゃんとお別れを言うつもりだったんだけど、わたしもよく分からなくて……気が付いたら口が勝手に動いて連れて行ってほしいって」
うああああああ、自分でも顔が真っ赤になってるのがよく分かる。
なんだか言葉が上手く出てこない……
「レイチェル、彼らを信頼しているんだろう?」
「! そう、そうなの!」
父さんの助け舟に全力で乗っかろう。
「レイチェルがちゃんと考えて決めたことだ。気の済むまで行っておいで」
父さんの許しを貰えた!
「レイチェル、これだけは覚えとくんだよ。例え血が繋がってなくたってあたしらは家族だし、この家はあんたが帰って来る家だ。何かあったらいつでも帰っておいで。それに、近くに来たらちゃんと元気な顔を見せに来るんだよ」
分かってるよ、母さん、ありがとう。
「ジェット君にはよく言い聞かせておくとして……レイチェル、もし寂しくなったらいつでも帰って来て兄さんに甘えていいんだよ」
「兄さん……ばか」
でもわたしは知っている。
わたしが暗くならないように兄さんがそう言ってくれてるって。
こうしてわたしは師匠たちの旅について行くこととなった。
なんだか、わたしは今日皆とやっと本当の家族になれたような気がした。




