36話 モノクローム
今日から新章です。
引き続きよろしくお願いします!
「あ……や、やっぱり服も全部脱いじゃった方が……いいですかね?」
顔を真っ赤にしたレイチェルがそう尋ねてくる。
「い、いや、無理にそこまでしなくても……」
俺の言葉を聞いて、レイチェルは一度深呼吸をした。
「お願いします! 一思いにやって下さい!」
レイチェルが覚悟を決めた眼差しで俺を見る。
その体は少し震えてはいるが、一歩も引くつもりは無いようだ。
「……本当にいいんだな? 分かった、いくぞ!」
そのレイチェルの覚悟に応える為、俺も全力を出そう。
ここまで言ったレイチェルに恥を掻かせる訳にはいかない。
「はい! いつでもあびゅぶぁあああ!!」
「うわっ! 大丈夫レイチェル姉!? おにい、もっとちゃんと加減して!!」
「す、すまん……」
押し流されたレイチェルにリディが駆け寄る。
全身ずぶ濡れで仰向けに倒れていたレイチェルが、どうにか起き上がった。
うっ、水で思いっきり濡れたことで衣服がぴっちり張り付いて、身体のラインがはっきりしてその豊かなむね
「おにい! あっち向いてて!」
……リディに怒られた。
仕方ないので俺は後ろを向く。
「あはは……わたしが頼んだことなので師匠は悪くないですよ」
後ろから風の音と衣擦れのような音が聞こえる。
リディが風魔術を使ってレイチェルを乾かしているのだろう。
今俺たちは、三人でカーグ南の森の人目につかない所にやって来ている。
ゴブリンキングを討伐してから約二週間、すっかりこの辺りからゴブリンは消え去っていた。
今日はレイチェルに頼まれて、レイチェルの属性魔術の修業を行っている。
しかも、レイチェルたっての希望により、実際にその属性を体で覚える俺流の修業だ。
ここ数日、レイチェルの魔術の修業に対する熱意が凄まじい。
何度か魔力切れで倒れたりもしている程だ。
そんなレイチェルを見てリディも心配になったようで、今日は宿の手伝いは休んでレイチェルのサポートをしについて来たのだった。
リディはゴブリンキングの一件で、10歳にしてDランクまで昇格してしまったので、特に止められるようなことも無く町の外に出ることが可能だ。
俺としては色々と心配なんだけどな。
「お待たせしました師匠、もう大丈夫です」
特にやることも無かったので魔力操作の練習をしていたら、後ろから声がかかった。
その声に振り向くと、少し軽装になったレイチェルが立っていた。
その近くではリディがレイチェルの乾いていない衣服を火魔術と風魔術を使って乾かしていた。
「あー、その、悪かったな。つい力んじゃって」
「いえ、わたしが言い出したことですし。そ、それより! 水ってあれだけの量があると物凄い力が襲い掛かって来るんですね。立ってられませんでしたよ。宿の手伝いで水を使ったりすることもあったけど、あんな激しい水を受けたの初めてです」
「普段飲んだり使ったりしてるだけじゃ、案外分からないことだからな。それでどうだ?」
「は、はい。ちょっとやってみます。……んんっ!」
レイチェルが目を瞑り集中し始める。
魔力がゆっくりレイチェルの掌に集まっているのが分かる。
その集まった魔力が最初は緩やかに、次第に激しく揺らぎ始め……
「やあああっ!」
レイチェルの気合の声と共に、魔力が水へと変わったのだった。
「お、おおおおお! やりました師匠! ほんのちょっぴりだけど水になりました!」
「え? うわぁ、凄い! やったねレイチェル姉!」
リディとレイチェルが手を取り合って喜ぶ。
その様子を俺は満足げに眺めていた。
「よくやったレイチェル! それが水魔術だ。もっと練習すれば水の量を増やすことも出来るし、氷を作り出すことだって出来る」
「はい!」
それにしても、ほんの少し前まで魔術どころか魔力のことすら知らなかったレイチェルが水魔術を使うとは……
やはり俺流の体で覚える魔術の修業は正しいと言うことが証明されたな。
エルデリアに帰ったら皆にもこの事をもっと広めよう。
「師匠! 次は風をお願いします!」
「レイチェル姉、まだおにい流のをやるの!? ……おにい、ちゃんと威力は考えてよね」
「わ、分かってるよ。それじゃいくぞ」
「はい! わっ、わわわっ、わぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ」
目の前のレイチェルに向かって徐々に風を強く吹かせた。
本当はもう少し離れて風魔術を使えたらいいんだけど、そうなると制御が効かなくなって余計危ないし。
次第にレイチェルの顔が風によって崩れていき、風を受けた胸が……
で、案の定俺は力んでしまい、そうしてレイチェルが強風に耐え切れなくなって吹き飛んだ。
俺はリディにまた怒られてこの日の修業は終了した。
「おっ! おかえり。君たちのお陰で壁が頑丈になったって皆喜んでるよ」
「ただいま! わー、本当? 良かった~」
町に入る時に衛兵に声を掛けられた。
これもゴブリンキング討伐後からは当たり前の様な光景になっている。
実は、少し前に初めて指名依頼と言うものを受けた。
正確にはリディ宛てだったんだけど、内容が地魔術を使っての壁の補強だったので、俺もついて行って一緒に受けることになったのだ。
ゴブリン軍団が町を襲撃した時、リディが地魔術で穴を塞いで補強した壁が他に比べてとても頑丈だったらしく、その腕を見込んで町の衛兵たちから依頼されたのだ。
そして俺とリディで協力して、数日掛けてぐるりと町一周分の壁を補強した。
所々古くなって痛んでいる箇所もあったので、そこも地魔術で新しい壁にしている。
その甲斐あって、今の壁の強度ならゴブリンが寄って集って叩いた所でビクともしないだろう。
予想以上の仕事の成果に追加で報酬が上乗せされたくらいだしな。
衛兵に軽く挨拶をし、俺たちは宿を目指す。
周囲から声を掛けられるものの、今ではそれも大分落ち着いている。
そんな中でも、
「あ、白黒兄妹だ! なあなあ、ポヨンにご飯あげていい?」
「うん、いいよ」
「やったー! はい、ポヨン」
「俺もー」 「私も!」
声を掛けてきた子供たちからポヨンは小さなパンを受け取り、体に取り込み消化を始める。
体をぷるぷる揺らし、子供たちに感謝を伝えている……んだと思う。
実際に、その様子を見た子供たちは嬉しそうにしているし。
ここカーグでもポヨンは子供たちに大人気なのだ。
実際には子供どころか大人にも人気なんだとか。
特にぷるぷるしていてカワイイ! と女性人気が高いそうだ。
屋台のおっちゃんなんかもポヨンによくおまけをくれたりする。
一部のパン屋ではなんと! ポヨンパン、なるものが販売されていたりもする。
生地に野菜を練り込んで薄く緑色にしたパンで、中に色んな種類の具材が詰められている。
果物が入った甘いものが特に人気らしい。
実際俺も、中に味付けされた肉の入っているものを食べたけど、正直美味かった。
この町の名物にする! とパン屋の店主は鼻息荒く語ってたっけ。
そんなこともあって最近は、町中でポヨンは鞄の中ではなくリディの頭の上の乗っていることが多い。
まあ、もしリディやポヨンに良からぬことをしようとしても、町中から袋叩きにされるだろうしな。今のカーグなら外に出していてもおそらく大丈夫だろう。
「「「ただいま」」」
そうこうしながら宿に帰るとディンおじさんが俺たちを待っていた。
「おや、おかえり。少し前に冒険者ギルドの受付さんが君たちを訪ねて来ていたよ。戻って来たらギルドに顔を出してくれとのことだ」
冒険者ギルド……もしや!
「おにい! もしかして」
「ああ! 早く話を聞きに行こう」
「……あの、わたしもついて行っていいですか?」
レイチェルが少し遠慮気味に聞いてくる。
「おう。よし、行くか」
俺たちは少し足早にギルドを目指す。
俺もリディもどうしても逸る気持ちを抑えられないのだ。
意気揚々と冒険者ギルドに入ると、早速メリアさんに奥に案内される。
そして、俺たちにとって三度目となるブルマンさんの部屋へと通された。
「おお! 来たか。へへ、待ち切れねえって顔してるな。お前たちの想像通り、ようやく黒いゴブリンの生息地域が分かった」
おおおおおおおおおおお!!
遂に、遂に待ち望んだエルデリアの手掛かりが!
「それで、それで何処に!?」
「まあ落ち着け。メリア」
「はい。まず、各地のギルドから情報を集め、あの黒いゴブリンはゴブリンアビスと呼ばれる魔物だと判明しました」
ゴブリンアビス……単にゴブリンって名前じゃなかったんだな。
「ゴブリンに似合わぬ体躯で黒い体表を持つ。単独で行動し、凶暴な性格で同種だろうとお構いなしに襲い掛かる。間違いないですか?」
俺とリディは同時に頷く。
間違いなくエルデリア近辺で見られるゴブリンの特徴だ。
「そのゴブリンが確認された地域……それは、『冒険者国家ライナギリア』と言うここより遥か東方の国です」
冒険者国家ライナギリア……当たり前だけど聞いたことも無い名前だ。
「ライナギリアってのはな、国そのものが冒険者ギルドを運営してるって変わった国だ。カーグからずっと東へ向かい、海を渡ったその先にある島国だ。その国に隣接する森林型ダンジョンがあってな、その深部で確認されたことがあるそうだ」
森林型……だんじょん?
「森林型だんじょんって?」
「ああ、ダンジョンを知らなかったのか。ダンジョンってのは、瘴気と呼ばれる物が何らかの理由で大量に発生する場所で、その瘴気が魔物や時に見たことも無い素材なんかになって産出される。冒険者にとっては危険と富が隣り合わせの場所だ。瘴気ってのは大地に溜まった余分なエネルギーを排出したものだと言われている」
「森林型と言うのは、文字通りそのダンジョンが森林だと言うことですね。ダンジョンには他にも、洞窟型や遺跡型なども存在します」
「で、その森林型ダンジョンの名前が『黒獣の森』。主に黒い魔獣型の魔物が棲息し、奥へ行けば行くほど強力な個体が現れるそうだ」
俺が倒したヌシも黒い巨大猪だった。
エルデリアで他の肉になる魔獣も確か黒い魔獣ばかりだった筈だ。
「それに、ライナギリアでは米が主食になっている地域もあるそうですよ」
「遠い他国の情報だから、集めるのにちょっと時間が掛かっちまったが……どうだ? お前たちが望むものだったか?」
ブルマンさんがニヤリと笑う。
今までの話を聞く限り、エルデリアとの共通点は多い。
「……ああ、俺たちの探すエルデリアがその近くにある可能性はかなり高いと思う」
「「ありがとうございます」」
俺とリディは自然に頭を下げていた。
これで、俺たちが今後目指すべき場所が決まった。
冒険者国家ライナギリア。そこにエルデリアが存在する可能性が高い。
「だっはっは! 言っただろ、協力を約束するって」
「それでジェットさんとリディさんはライナギリアを目指すのですよね? それなら兄妹でパーティーを組んではいかかでしょうか? パーティーを登録しておくと、この前の指名依頼のようなものだとパーティー単位で受けることが可能ですし、通常の依頼でもパーティーでの受領が可能になり、功績もパーティー全体に反映されます」
リディと目が合う。
そして、お互いに頷いた。
「はい、それじゃお願いします」
「おう、そんじゃパーティー名も決めなきゃな。やっぱ白黒兄妹か?」
ブルマンさんがニヤニヤしながらそう言ってくる。
「いや、白黒兄妹はちょっと……」
「……あたしもそれはやだ」
リディも流石に嫌だったようだ。
もし、リディが白黒兄妹がいいと言ったら、どう説得するか頭を悩ませる所だったな。
しかし……パーティー名か。
何がいいんだろ? やはりエルデリア関連になるのかねぇ。
「あはは……お二人の場合、どうしても白黒のモノクロームな印象が強いですからね」
モノクローム……モノクロームか。
「モノクローム」
うん、響きも悪くないんじゃないか。
「おっ?」
「決めた。俺たち兄妹のパーティー名は『モノクローム』だ。リディ、どうだ?」
「うん! それならいい」
「おうおう、おめぇらにはピッタリじゃねえか」
「はい、私もそう思います。それではその名でお二人のパーティーを」
「あのっ!!」
今まで一言も喋らなかったレイチェルが突然口を開いた。
少し驚いてレイチェルの方へ振り向くと、どこか切羽詰まった表情をしていた。
「わたしも……わたしも! 二人のパーティーに参加させて下さい! それで、わたしも二人の旅に連れて行って下さい! お願いします!」
そう言ってレイチェルは、俺たちに向かって頭を下げた。
あまりに突然のレイチェルの発言に、俺たちの誰もがまるで時間が止まったかのように動きを止めたのだった。




