35話 その頃のエルデリア
後書き部分に今後の予定を書いております。
ジェットとリディの兄妹が行方不明になってから約二週間が経過した。
エルデリアでは村の大人たちが必死の捜索を行ったものの、二人の痕跡は何一つ見つけることが出来ないでいた。
森で魔獣に喰われた、海で流され溺れた等様々な憶測が流れる。痕跡一つ無いことから、神隠しにあったのではないかと言う者も存在した。
目に見えて落ち込むアベルとナタリアの夫婦をどうにかしてやりたいと皆思うものの、自分たちの生活もある為、行方不明の兄妹の捜索ばかりをしている訳にもいかない。
徐々に捜索時間は減っていき、今では狩りに出た時に痕跡が見付かれば捜索する、と言う形に落ち着いた。
そうやって、表面上は村全体が元の生活に戻りつつあった。
兄妹の家でも、父のアベルと母のナタリアが生活を続けている。
ただ、二人とも気を紛らわせるように狩りや畑仕事に赴くものの、普段ではまずやらないような細かなミスを繰り返していた。
それを見かねた他の村人たちからは暫く休めと言われ、その厚意に甘える形で今は二人揃って休養をしている。
「あなた、おはよう。朝食の準備は出来ているわよ」
「おはよう、ナタリア……あ」
ナタリアに朝の挨拶をした後、アベルは並べられた朝食に視線を移す。
そこには四人分の朝食が並べられていた。
「あ……ごめんなさい、私また」
時々、子供たちが行方不明になってからもナタリアは無意識に家族四人分の食事を用意していた。
それが自分たちにとってはさも当たり前であるかのように。
「いや、いいさ。俺たちは四人家族なんだから。さ、食べよう」
そう言ってアベルは席に着く。ナタリアもそれに続いた。
「「いただきます」」
そうして夫婦二人きりの朝食は静かに進んでいった……
二人は朝食を食べ終え、特に何をするでもなく過ごしていた。
「アベル、ナタリア、ちょっといいか?」
すると、そこへ村長が訪ねてくる。
「村長か。ああ、見ての通り今はいくらでも時間はある」
アベルがそう言って自嘲気味に笑う。
その表情に村長の心が痛む。
「実はな、お前たちにも『静寂の城跡』の探索を手伝ってもらおうと思ってな」
「それって……南の遺跡か。何でまた? それにあそこは」
「ジェットとリディの捜索だ。実は今までも時間がある時に儂と息子たちで進めてはいたが、もう少し人手が欲しくてな。ナタリアがいればお前たち二人くらいなら問題無い筈だ」
「私がいればって……それはどう言う」
「詳しい話は手伝ってくれるなら後で話そう。ただ、あそこについて伝わる話は口外無用で頼む。徒に遺跡へ赴く者を増やしたくないからな。どうだ?」
アベルとナタリアはお互いに目を合わせ、同時に頷く。
もしかしたら子供たちについて、何か分かるかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
その後、村長とその息子三人の計四人と共に二人は遺跡へと向かう。
出生率のやや低いエルデリアにおいて、村長は男三人女一人と子宝に恵まれている。
これは、村長には嫁が二人いるからと言うこともある。
そして、その息子三人は村長から闇属性の適性を受け継いでいる。
徐々に遺跡に近付くにつれ寒気がアベルとナタリアを襲い、どんどん足が動かなくなっていく。
「くっ、村長。これ以上は……」
「ええ……村長たちは平気なのですか?」
「ああ。とは言ってもずっと、とはいかないがな。この寒気の正体は、遺跡から漂う闇の魔力が作用したものだ。儂らのように闇魔術で同調するか、光魔術で中和すればどうにかなる。闇魔術は自身にしか影響しないが、光魔術なら相手に触れておけば周囲にも効果はある筈だ」
「それで私が……」
「そう言うことだ。ジェットは光にも闇にも適性があるからな。恐らくその影響で全く何も影響が無かったのだろう」
ナタリアはアベルと手を繋ぎ、自分たちに光魔術を使用する。
薄い光の魔力が幕となって二人を包む。
すると、二人を襲っていた寒気が徐々に消えていく。
「おお、これなら!」
それを見て村長が頷く。
「さて、魔力が切れる前に帰る必要があるから急ぐとするか」
そうして六人は移動を再開する。
「儂は兄妹二人ともが遺跡に赴いていた可能性が高いと思っておる。ジェットが最後に目撃された時は村を出て南に向かっていたと言うし、リディについては目撃情報は無いが、おそらく村から抜け出してジェットについて行ったのではないかと思う。この辺りには魔獣は出ないし、二人とも光と闇に適性もあるしな」
「村長、どうしてこの辺りには魔獣どころか生き物の姿が無いんだ?」
「さっき言った闇の魔力の影響もあるが、原因は他にある。それは遺跡に到着してから話そう」
暫く森を進み、一行は遺跡に辿り着く。
そこにはジェットたちが持ち込んでいたボロボロの武器が幾つも落ちていた。
「こ、これがジェットたちが拾ってたって言う武器か……」
「何度拾ってもまた落ちていると言っていたけど……」
「この遺跡が何故城跡と呼ばれているのか……それは、ここはかつて儂らの先祖たちの王が住んでいた城だったからだ。詳しいことは分からんが、こうなっていると言うことは何かがあって滅びたのだろう」
そう言って村長たちは遺跡の中へと進む。
アベルとナタリアも慌ててそれについて行く。
「この遺跡にはな、夜になると無念を抱えた当時の兵士たちのアンデッドが出没する。この落ちている武器はおそらくそのアンデッドたちの所持するものだ。ジェットたちが拾っても、いつの間にかまた落ちていたのは無くなった武器を何処かからまた調達していたからだろう。全く……お前たちの息子の行動には毎回驚かされてばかりだ」
笑いながら村長が語る。
「じゃあ、生き物がこの周辺にいないのって」
「ああ、そのアンデッドが遺跡に近付くものを襲うからだ。それを恐れて魔獣も動物もここの近くには近付かんなった、と言う話だ。まあ、鈍感なものが稀に近付くことはあるかもしれんがな」
アベルたちはその話に息を呑む。
それと同時に嫌な考えがアベルの頭を過る。
「ま、まさか、子供たちはそのアンデッドに襲われて……」
そのアベルの発言にナタリアが手で口を覆う。
「……分からん。少なくとも儂らが探索した範囲にはそんな痕跡は見当たらん」
周囲を見回しながら一行は更に奥に進む。
すると、おそらく昔は城だったであろう瓦礫の山が目の前に現れた。
「ここは……」
「今は瓦礫しか残っていないが……かつての王が住んでいた城だろう。儂らの住むエルデリアは、この城から落ち延びた者たちが開いた村らしい。当時はここで余程のことがあったのだろうな。儂らの家に伝わるご先祖様の書物には、過去の愚かな諍いなど繰り返さず、村を平穏に導いていけ、と記されておる」
村長家は、今の代の村長まで先祖代々その言いつけを守り、村を導いてきた。
村人全員で協力して生活し、子供たちにはきちんとした教育を施した。そして徹底的に余計な諍いの火種を無くす為、過去の歴史やこの遺跡の一切は僅かなことのみを書物に残し、子孫たちには秘匿することとした。
そうした先人たちの努力の甲斐もあって、今現在当時の歴史やこの遺跡について詳しく知る者は、村長家含めエルデリアには存在しない。
そうやって今のエルデリアが形成されていったのだった。
「更に……その書物には、王は極彩色の石に封じられてしまった、とあるが詳しいことは分からん」
極彩色の石と言う言葉を聞いて、アベルとナタリアはとある石を思い出す。
先祖代々の家宝として祀られ、当時四歳の息子が誤って割ってしまった石を。
「村長、その石はもしかしたらうちに伝わっていた家宝の宝石かもしれない」
「なに?」
「ですが、ジェットがまだ小さかった頃、誤って割ってしまって……不思議なことに、割れてしまったその宝石からは色が失われ、その時からジェットの前髪が白く」
「そう言えば、その時ジェットは女神様がどうとか言っていたような……」
「ふーむ……一度、儂もその石を見てみたかったものだな」
暫くそんな話をした後、一行は周囲の探索を開始した。
ただ、幾ら周囲を探索しても、あるのは瓦礫とボロボロの武器ばかり。
ジェットと違ってボロボロの武器を拾おうとする者は誰もおらず、皆がそれを触らないようにしていた。
全員で幾ら周囲を探索しても特に何も見付からなかった為、そちらは村長たちに任せてアベルとナタリアは瓦礫を退けてみることにした。
もしかしたら、自分たちの子供はこの瓦礫の山の中に埋まっているのかもしれない。その可能性を考えたのだろう。
二人で協力して目の前の瓦礫を少しずつ脇へ避けていく。
そんな作業を続けていると、ナタリアがある異変に気付く。
「あら? 何かしら……この瓦礫、他と少し違うような」
「貸してみろ。……んん、俺には何が違うのか全く分からんのだが」
「うーん……中身が他とは違うと言うか」
「どうした? 何かあったのか?」
二人の様子を見た村長が声を掛ける。
「ああ村長。どうもナタリアがこの辺の瓦礫に違和感を感じるみたいなんだが……」
「どれ、儂にも見せてみろ。……うーむ、確かに変な違和感を感じるな」
村長の息子たちも同じように瓦礫を調べてみる。
すると、地属性が得意な息子のみがナタリアたちと同じく違和感を覚えた。
「多分だけど……この辺りの瓦礫だけ、何故か中に含まれている成分が少ないみたい。この周辺以外は他と変わらないわ」
「どうやら何か理由がありそうだ。この周辺の瓦礫を退けてみるぞ」
そうして一行は、協力して瓦礫の撤去を進める。
そうやって暫く作業を続けると、アベルが青緑色の小さな何かを見付ける。
「村長! 見てくれ、これミスリルじゃ……」
アベルがその青緑色の金属を手にする。
すると、その小さなミスリルの欠片から強い光が発せられた。
「うわっ!」
「きゃっ」
「ぬぅううう」
その場の全員が咄嗟に目を瞑る。
『ふむ、やっと来たか。時間が無い。手短に伝えるぞ』
その時、アベルたちは聞いたことのない女性の声を聞くこととなった。
アベルたちの困惑をよそに、声の主は話を続ける。
『ジェットとリディ、二人とも無事じゃ。今、二人は共に行動しておる。ただ、少々面倒なことに巻き込まれたせいでここにはおらん。当分は帰ってこれんだろう』
「な? 何者だ!? どうしてそんなことを知っている!?」
アベルたちはどうにか目を開く。
すると、目の前に半透明の謎の女性が立っていた。
白黒半々の髪に、目の色も左右で違う、エルデリアでは見たことも無い人物。
ただ、どこかその面影に親しみを感じる、そんな女性であった。
「あ、あんたは一体……」
『妾は今、リディの残留魔力――って顕現してお――む、も――かん切――――』
半透明の女性はそう言い残し、歪んで消えていった。
その場には、先程アベルが拾ったミスリルの欠片が残されていた。
「な、何だったんだ……」
「で、でも! もしさっきの人の言葉が本当だとしたら二人は!」
「生きてる……生きてる!」
アベルとナタリアが抱き合い、共に涙する。
先程の言葉が嘘か真か確かめる術は二人には無い。
だが、それでも今の二人にとっては何がなんでも縋りつきたい言葉であった。
「今の女性……どことなくリディの面影があったような……」
村長がぽつりと呟く。
その言葉はアベルとナタリアには届かず、代わりに村長の息子たちが頷いたのだった。
そうこうしているうちに魔力の残量が心許なくなってきたので、一行は遺跡を後にしエルデリアへと戻ることにした。
ただ、その足取りは往路と違い、軽いものとなっていた。
アベルとナタリアの繋いだ手には、遺跡で発見したミスリルの欠片がある。
自分たちに希望をもたらしてくれた小さな欠片が。
謎の女性の正体が分からない以上、何も根拠の無い希望なのだが、二人にとっては子供たちの無事を信じ、その帰りを待つ希望へと繋がっていた。
子供たちが家へ帰って来た時は、うんと美味いものを食わせてやり、うんと叱って、そしておかえりと言ってやろう。
そんなことを考えながら、アベルとナタリアはエルデリアでの日常へと戻っていったのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
次話から新章、ダンジョン編に突入します。
明日からの投稿ですが、ここまで一日二話投稿を続けてきた影響で、話のストックがかなり心許ない状況です。
ですので、次章からは一日一話、夜の21時頃の投稿のみとさせて頂きます。
細かいことは特に決めず、その時のノリと勢いで話を書いていることもあり、稚拙な文章や唐突な展開が多々見られることと思います。
実際に話を書いてみて、私自身も己の力不足を痛感しております。
ただ、始めた以上はどうにか完結までは書き切りたいと思っておりますので、最後まで付き合って頂けたら嬉しいです。




