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32話 カーグ防衛戦②

「おおお、怪我が治った! ありがとう!」


 壁の穴を塞ぎ、周囲のゴブリンを殲滅した後、あたしは光魔術を使って怪我をした冒険者たちを治療していた。

 魔力量は、おにいといっぱい練習してたお陰かまだ余裕はある。


「お疲れ様でしたリディさん。本当はFランクのあなたにこんなことをさせるべきではなかったのですが……」


 メリアさんが声を掛けてきた。

 そうだ! おにいはどうなったんだろう?


「あの、メリアさん。おにいは……緊急依頼に出た人たちはゴブリンに……」


「いえ、今回町を襲っているのは緊急依頼のものとは別の大群のようです」


 それを聞いてあたしは強張っていた体の力が抜けるのを感じた。

 良かった……おにいは無事なんだ。


「今、移動力のある冒険者に討伐部隊の方へ赴いて、救援を頼むようお願いしています。ただ……どんなに急いでも救援が来るのは夜になってしまうと思います。それまで殆どDランク以上もいない、回復薬の予備も少ない状態で耐えなければいけませんが……」


 メリアさんが難しい顔になる。


「リディちゃーーーん!!」


 あたしを呼ぶ声に振り返る。

 そこには、


「ヴァン兄! どうしてここへ!?」


「宿は父さんたちに任せてリディちゃんを迎えに来たんだよ。さあ、早く避難しよう」


 ヴァン兄が辺りを見回して呆然とする。


「町の中にこんなにもゴブリンが……!?」


「そうですね。リディさん、今回は本当に助かりました。後のことは私たちに任せて避難を」


「え? でも」


「あなたはFランクの冒険者です。先程も言いましたが、本来ならこの様な危険な行為をさせる訳には」


「メリアさん!! 大変だ!!」


 そこへ他のギルド職員が息を切らして走って来た。


「東門が突破された! ゴブリンたちが雪崩込んで来る!!」


「なっ!?」


「お、おい、どうすんだメリアさん!? 最悪町を放棄するしか」


「……いえ、西門から外に出ようにも外はゴブリンの群れが。それに今西門に住民が殺到すれば大混乱になってしまいます……マスターたちが駆け付けるまでどうにか耐えなければ」


 こんな状況じゃ宿に閉じ篭っていたっていずれ……

 周りの冒険者たちの表情が、見る見る絶望に染まっていく。中には泣き出した人もいる。

 よくよく考えたらここにいる人たちは、冒険者とは言えEランクの新人ばかりなんだ。

 ヴァン兄の顔も青くなっていた。


「……ここにいても仕方ありません。皆さん、一度冒険者ギルドまで戻ります。籠城しつつ、少しでもゴブリンの数を減らしましょう」


 メリアさんの言葉で皆が移動を開始する。

 悲壮な覚悟で死地に赴くように……


「メリアさん!」


 あたしはメリアさんを呼び止めた。


「あたしも連れて行って!」


「リディちゃん!!」


 ヴァン兄が大声を上げてあたしの肩を掴んだ。


「だって! このまま隠れていたってどうにもならない! あたしだって少しくらいは戦える! 怪我人の治療だって出来る! もう……もう指をくわえて待ってるだけだなんて嫌だっ!!」


 メリアさんと目が合う。

 少し戸惑ったような表情を見せたが、それも一瞬のことですぐに真剣な表情を取り戻す。


「……分かりました。特例措置でリディさんをEランク冒険者として扱います。正直、今は少しでも人手が欲しい」


「! はい!」


 メリアさんのその言葉に、肩を掴んだヴァン兄の手から力が抜ける。

 それと同時にヴァン兄も覚悟を決めた顔になる。


「分かった。もう止めない。ただし、俺も一緒に行く」


「え? 宿はいいの?」


「あっちには父さんたちが残ってる。それに、少しでも人手が必要なんでしょう?」


 ヴァン兄の言葉にメリアさんが頷く。


「では急ぎましょう」


 そうだ!

 あたしは亜空間からボロボロの剣を取り出しヴァン兄に渡す。

 エルデリアの秘密基地で拾っておいたものだ。


「これは?」


「使ってヴァン兄。ボロボロだけど、その棒切れよりは強いと思う」


「……ああ、ありがとう、リディちゃん」


 あたしたちは冒険者ギルドまで移動を開始した。




 大通りに出て冒険者ギルドまで急ぐ。

 ギルドの前では既にゴブリンたちとの戦闘が開始されていた。

 多数の怪我人も出ているようだ。


「既に矢も尽きましたか……リディさん、ヴァンさん、下がっている怪我人の治療を!」


「「はい!」」


 ヴァン兄と一緒に怪我人の元へ駆けつける。

 ヴァン兄はその場のギルド職員の指示を受けながら怪我人の治療を開始した。

 包帯や残り少ない治療薬を考えながら使っているみたいだ。


 あたしも早速治療を開始する。

 残りの魔力量を考えて治療しなきゃ!


「うっ……なっ! 怪我が治っていく!?」


「治療を終えた方は前線の怪我人と交代を!」


 メリアさんの指示が飛ぶ。


「ありがとう! 行ってくる。うおぉおおおおお!!」


 治療を終えた冒険者が武器を構え前線に躍り出る。

 それと交代して怪我人が後ろに下がる。


 あたしはどんどん治療を続けていく。

 ただし、細かい怪我までは治していく余裕は無い。

 おにいだったらここにいる人たちくらいなら簡単に治療しちゃうんだろうけど……


 次第にどうにか前線を押し上げることが出来てきた。

 でも、ゴブリンの中に青いゴブリンが混じり始めてからは、またこちらが不利になってくる。

 このまま治療してるだけじゃ魔力が持たない!


 あたしは弓矢を構える。

 残った矢全てに闇の『エンチャント』を施し、ゴブリンの集団目がけて山なりに射る。

 矢が命中したゴブリンが狂った動きをし始める。

 周囲のゴブリンたちは動揺し動きが止まった。


「! その矢が当たったゴブリンは正気を失います! 今のうちに周囲の動揺したゴブリンたちに攻撃を!」


「「「うおぉぉおおおおおおおお!!!」」」


 メリアさんの声を受け、前線の冒険者や衛兵たちが奮起する。


 どうしよう、もう矢を使い切っちゃった。

 ここも既に矢は底を突いてるみたいだし……


 あたしは闇球を作り出し、それをゴブリンに向けて放つ。

 命中したゴブリンは、一瞬動揺した様子を見せたものの、すぐに正気に戻ってしまう。


 やはり、あたしの闇魔術だともっと相手に接近しないと効きが悪過ぎる!

 それに、出来れば矢のように、相手に直接怪我を負わせた方が効きがいい。


 どうする?

 ナイフに闇の『エンチャント』を使って攻撃する?

 おにいぐらい動けるならそれでもいいんだろうけど、あたしがそれをやるのはいくら何でも無謀だ。

 それに、相手の数は膨大だ。とてもじゃないけど捌ききれない。


 何か……何か無いのか!?

 

 他の冒険者たちの武器に使う?  大きい武器だと魔力の消耗が激しいし、普通の鉄製だと更に消耗するし時間も掛かる。

 亜空間のボロボロの武器に使って皆に渡す? 確かにミスリル製だけど、あの数に『エンチャント』を使うと確実に途中で魔力が切れる。

 それに、どっちにしてもあたしの手から離れたら時間と共に効果は落ちていく。


 もっと消耗が小さくて魔力との相性が良く一気に広範囲を攻撃出来るもの……

 そんな都合のいいものある訳……


 その時、ポヨンがあたしの右腕に絡みついてきた。


「ポヨン!? 今は遊んでる場合じゃ……っ!?」


 絡みついたポヨンがあたしの手を覆う。

 そして、どんどんその形を変えていく。

 ポヨンの変形が終わると、あたしの右腕には薄青緑の籠手が装着されていた。


「ポヨン、これは……え? 『エンチャント』を使って振り回せばいいの?」


 ポヨンの想いがあたしに伝わってくる。

 それに従って、あたしはポヨンに闇の『エンチャント』を使う。

 あたしの右腕のポヨンが黒い魔力に覆われる。


「いくよ、ポヨン! やあああっ!」


 そして、それをゴブリンに向かって一振りする。

 すると、変形したポヨンの一部が籠手の先端から鞭のように伸びていき、しなりながらゴブリンたちを打ち据えた!

 更に、先端は刃になっているようで、打ち据えられたゴブリンたちは血を流しながら、闇の魔力の作用で発狂し始めた。


「す、凄い! 凄いよポヨン!」


 これなら中距離から広範囲を一気に攻撃出来る!

 ポヨンはあたしの右腕に装着されているから魔力の消耗も小さいし、あたしの従魔だからかポヨンとは魔力の相性も抜群だ。


「メリアさん! あたしとポヨンとでゴブリンたちを押し返す!」


「っ! 皆さん! リディさんの攻撃は先程の矢と同様、ゴブリンたちの正気を奪えます! 全員で彼女の援護を!!」


「「「おぉぉおおおおおぉぉお!!?」」」


 ちょっと間の抜けた雄叫びが聞こえた気がするけど気にしない。

 あたしは前線に出て、ポヨンを振り回してゴブリンたちをどんどん打ち据えていく。

 発狂したゴブリンたちが見境なく暴れ回り、次第に目の前のゴブリンの集団全体が混乱していく。

 そこを冒険者や衛兵たちが突いていく。

 更に……


「あんな小っちゃい嬢ちゃんまで戦ってんだ! 俺たちも戦うぞ!!」


「弱ってるゴブリンぐらいなら俺たちだって倒せる!」


「俺たちでこの町を守るんだああああああああ!!」


「「「「「うあぁぁああああああああああああああ!!!」」」」」


 冒険者ギルドや周囲の大きな建物に避難していた住民たちが、調理器具や掃除用具を持って弱ったゴブリンたちに襲い掛かった。

 よく見たら、串焼き屋台のおじさんや雑貨屋のおじさんもいる。

 ヴァン兄も皆と一緒に戦っていた。


「ポヨン、あたしたちも頑張ろう!」


 ポヨンから振動が伝わって来る。


 あたしたちはそのまま奮戦し続け、ついに最後に残った青いゴブリンを倒すことに成功した!


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


「皆さん! 次はこのまま東門を制圧しに行きます!」


「「「「「おう!!!」」」」」


 気合と共に東門まで進軍を開始……しようとした時だった。


「リディちゃんっ!! ぐあぁああっ!!」


 ヴァン兄が最前線のあたしの元まで走って来て、そのままあたしを何かから庇って蹲る。

 その肩には不格好な矢が刺さっていた。


「ヴァン兄っ!!!」


「皆さん! ゴブリンの増援です!! アーチャーを確認!! 警戒を!!」


 あたしはヴァン兄に刺さった矢をすぐ抜いて、治療を開始する。

 傷の周りが黒ずんで、回復に魔力を多く消耗する。

 ヴァン兄の顔色も悪い。

 これは……!


「矢に毒が塗られてる!」


 すると、東門の方角から綺麗に整列したゴブリンの軍団が、こちらに向かって行進してきた。

 その動きはゴブリンとは思えない程整然としている。


「あれが……ゴブリンたちの本隊……」


「リーダーがそこらのゴブリンのように大量に……その後ろの奴らはジェネラル!?」


「更に後方にアーチャーが複数……」


「あの棒切れみたいなの持った奴……まさかマジシャンまで!?」


 マジシャンって、ゴブリンが魔術を!?


「もう……お終いだ……」


 周囲から戦意が喪失していく。

 メリアさんも唖然として固まっている。


「リディちゃん……」


 ヴァン兄がどうにか持ち直したようだ。

 でも、今ので殆どの魔力を使ってしまった。


「俺が囮になるから……早く逃げるんだ。もう君は十分戦ってくれた」


「ヴァン兄! 駄目だよ!」


 ゴブリン軍団の行進が止まる。

 夕暮れの大通りで自然と睨み合いの形になる。

 相手のアーチャーやマジシャンはいつでも攻撃出来るよう武器を構えている。


 暫くそうしていると、ゴブリンの軍団が真ん中から左右に割れた。

 すると、その一番奥に赤くてなんだか偉そうな雰囲気の太ったゴブリンが立っていた。


「あれは……キング!」


 キングと呼ばれたゴブリンは、ゴブリン軍団の間を通ってこちらに向かって来る。

 こちらは誰も下手に動くことが出来ない。


 キングでもやっぱり腰布なんだな……なんて下らない考えが頭を過る。

 すると、キングがあたしとヴァン兄の方を見ているのが分かった。

 あ、今キングと目が合った。キングの唇が嬉しそうに吊り上がる。見ているのはヴァン兄じゃなくてあたしだ。

 そして、キングはゴブリン軍団の先頭に立ち、あたしをニヤニヤと見下ろしてくる。


「ギャッギャギャ~。ギギギャ~~」


 上機嫌に何かを喋っているみたいだけど、何を言っているのかは分からない。

 キングの両腕が動く。あたしたちに緊張が走る。

 すると、キングはおもむろに自分の腰布に手を掛けて、あろうことかそれを脱ぎ始めた!

 ヴァン兄があたしを庇うように抱き締める。

 腰布を脱いだキングは、それを手に持ってあたしに向かって……


 あれは……まさか……

 あたしの脳裏に三年前の記憶が蘇る。

 黒いゴブリンのきたない腰布を顔に投げ付けられて、そのまま襲われそうになったあの記憶が。

 体が恐怖に震え出す。

 怖くて涙が溢れ出そうだ。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!


 助けて……

 助けて……おにい!!


 あたしはあまりの恐怖にぎゅっと目を閉じてしまった。

 一瞬がまるで永遠に引き延ばされた様な感覚に陥る。

 キングの腰布が投げ付けられるのを覚悟する。



 ……あれ? 飛んでこない?



「おらああああああああああ!! クソゴブリンどもがあああああ!! 俺の妹に手を出すんじゃねえええええええええええ!!!」


「えっ? おにい!?」


 あたしたちとゴブリンたちが一斉に声の方向へ視線を向ける。

 すると、ゴブリン軍団の後方で剣と槍を使ってゴブリンを蹂躙するおにいの姿が目に入った。


 あんなに『限界突破(オーバードライブ)』を全開にしちゃったら体が……

 今はそんなことを考えている場合じゃない!!


「おにいいいいいいいいいい!! 近くの弓と棒切れを持ったゴブリンを優先的にやっつけて!!!」


 そう叫んであたしは呆然とするキングの元へと走り出した。

 右腕のポヨンにありったけの地の『エンチャント』を施す。

 そして、あたしに気付いて振り返ったキングの大きな腹を思いっ切り右腕で殴りつけた!


「ギャペッ」


 キングは周囲を巻き込みながらおにいの方へ飛んでいく。


「おにいいいいいいいいいいい!! キングが飛んでったあああああ!!!」


「てめえがキングかああああ!? この変態デブゴブリンが!! 死ねええええ!!!」


「ギャボアアアアアギョゥッ!」


 キングは怒り狂ったおにいの剣で真っ二つに切り裂かれた。

 キングを失ったゴブリンたちが混乱し始める。

 更に暴れ回るおにいを見た所で、魔力が切れてしまったあたしの意識は闇に沈んでいった。

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