31話 カーグ防衛戦①
「お疲れリディちゃん、そろそろお昼御飯にしようか」
「はーい」
もうお昼か。
おにいたちは大丈夫かな?
今日おにいとレイチェル姉は、北の方に現れたゴブリンの大群を退治するため、朝から緊急依頼に出ている。
あたしは町で宿の手伝いをしているんだけど、その緊急依頼で冒険者たちが多く出払っている影響か、今日はいつもより町が静かだ。
ディンおじさんと一緒に食堂へと向かう。
そこには既にアルマおばさんとヴァン兄も来ていたようだ。
あたしたちとポヨンの分のまかないも用意されている。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
この食事前のいただきますは、カーグでは無い習慣だったらしいんだけど、いつの間にか皆にも伝わっていたみたいだ。
早速パンに齧りつく。ふわふわで美味しい。
「今頃はもう二人はゴブリンどもと戦ってるのかねえ」
アルマおばさんがそう口にする。
なんだかんだ言ってもやはり心配なようだ。
「そうだね。待つしか出来ないと言うのは、どうにも不安になっていけないな」
うーん、どんどん雰囲気が暗く……
「ねぇリディちゃん。俺もポヨンにご飯食べさせてみてもいいかな?」
「え? うん、いいよ」
「ありがとう。ほらポヨン」
ヴァン兄が自分のパンを千切ってポヨンに与える。
ポヨンはプルンと一度体を震わせた後、器用にパンだけを体に取り込んだ。
「ポヨンがありがとうって」
「へえ、リディ、あんたこの子の言ってること分かるのかい?」
「うん、なんとなくだけど」
「私もあげてみてもいいかな?」
「うん、どうぞ」
ヴァン兄が上手く話を逸らせてくれたお陰で雰囲気が和やかなものに戻っていった。
その後は、ポヨンに教えた色んなジェスチャーを皆に披露したりしながら昼食を食べ終えた。
動きを披露する度にご褒美を貰っていたポヨンは、とても上機嫌だった。
昼食後は少し休憩したら宿の手伝いに戻る。
緊急依頼があったこと以外は特に普段と変わらない時間が過ぎていく。
……筈だった。
◇◇◇
「東門の横転した馬車はまだ撤去出来ないのか!?」
「ゴブリンどもが邪魔をして作業が進まん! このままだとどんどんゴブリンどもが」
「ギァギィ」
「くそっ! 潜り込んで来やがったか!!」
宿の外から冒険者かな? それとも衛兵? たちの怒号とゴブリンの鳴き声、住民たちの悲鳴のような声も聞こえる。
今、カーグはゴブリンたちの襲撃を受けている。
宿は住民たちの避難場所の一ヶ所になっていて、手伝いはいいから、とあたしも部屋へ避難させられている。
椅子を使って少し高い所にある窓から外を覗いてみると、丁度冒険者だと思う数人がゴブリンを倒す所だった。
え? なんで?
ゴブリンはおにいたちが退治しに行ったんだよね?
それなのにどうして町がゴブリンに襲われてるの?
おにいたちはどうなったの!?
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
何がなんだか分からない。
「大変です! 南の壁が破壊されました!! 至急応援を!!」
「くそおおおおおお!! なんでゴブリンどもがこんなにも!!」
ギルド職員だろうか? 冒険者たちを呼びに来たようだ。
冒険者たちと職員が南の方へ走って行った。
南の壁が破壊されたって……
今、おにいたちDランク以上の冒険者は緊急依頼で出払っている。
このままじゃ町は持たないんじゃ……
「早くこっちへ!」
ディンおじさんの声が聞こえた。
誰かを呼んでいるみたいだ。
あたしは窓から周囲を見渡してみた。
すると、少し離れた所から女の人がこっちに走って来ているのが見えた。
逃げ遅れてた人なのかな? その人は大きくなったお腹を庇うように走っている。
「ギュエギイイ」
あ、その後ろから三体のゴブリンが追って来ている!
このままじゃ宿に辿り着く前に追い付かれちゃう!!
「「きゃああああああああああああ」」
その状況を見て宿の一階から悲鳴が上がる。
そして、ディンおじさんとヴァン兄が女の人を助ける為に外に飛び出した。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?
ここから弓矢か魔術で援護する?
駄目、ここからだと碌な威力にならないし、下手をすれば女の人に当たってしまう。
なら、急いで一階に降りてあたしも外に飛び出す?
それも無理、その間に女の人はゴブリンに追い付かれる。
身篭った女の人と、明らかに戦いなんてしたことのないおじさんたちじゃ、ゴブリン三体が相手だとまず無事では済まない。
お世話になっている人たちが傷付く所なんて見たくない!
今ならおにいが一人でヌシと戦いに行った時の気持ちがなんとなく分かる。
「ポヨン! おいで!」
あたしはポヨンを抱え、勢いよく窓を開け放ち、覚悟を決めて外に飛び降りた。
『身体活性』を発動し、風魔術を思い切り地面に向けて放ち着地の衝撃を抑える。
……パンツも丸見えになっちゃうけど気にしている場合じゃない!
ぁいたっ!
どうにか着地するも衝撃を殺しきることは出来ず、足に痛みが走る。
それでも、あたしは痛みを無視してゴブリンに向かって走り出す。
おじさんたちが驚いた後、あたしを止めようとしたけど無視する。
ポヨンを放し、亜空間から短弓と矢を取り出しながら走る。
「宿へ逃げて!」
女の人と入れ替わるようにゴブリンの前に立ちはだかる。
矢を番え、ゴブリンに向かって撃つ。
「ギャッ」
よしっ! 矢はゴブリンの腹へ突き刺さった。ゴブリンは腹の痛みに悶えている。
また矢を取り出し射る。今度は少し外してしまった。
ゴブリン二体があたしに迫る。
そこへポヨンが追い付いて来る。
「ポヨン! 左!」
あたしの声を聞いて、ポヨンが左側のゴブリンの前に躍り出る。
ポヨンは体の一部を伸ばし、おにいの持つ剣のような形を作る。
そして体を硬質化し、その剣に変形した部分でゴブリンを斬り付けた。
「ギュアアアア」
脚を斬られゴブリンが転ぶ。
あたしの魔術の練習と一緒に、ポヨンも色んな変形や戦い方を練習している。
実戦は今回が初めてだったけど上手く決まったみたいだ。
残り一体が目前まで迫る。
でも、この距離なら!
あたしは火魔術で火球を生み出す。
「やああああああああああああ!」
そしてそれをゴブリンに向けて放った。
火球はゴブリンの顔面に炸裂し、あまりの熱さにゴブリンはのたうち回る。
そして、自分が相手にしたゴブリンに止めを刺したポヨンが、あたしの目の前の大火傷したゴブリンにも止めを刺す。
その後、最初に矢を当てたゴブリンにも止めを刺し、的を外した矢を回収する。
ゴブリンに刺さった矢は、ゴブリンに折られて使えなくなっていた。
「ありがとう、本当にありがとう」
逃げて来た女の人に泣きながら何度もお礼を言われた。
女の人はディンおじさんに支えられながら宿の中に避難していった。
……良かった。
「リディちゃん、俺たちも早く戻ろう」
ヴァン兄があたしに呼びかけてくる。
でも、このまま宿の中に隠れてて本当に大丈夫なのかな?
まだ少ないとは言え、既に町中にはゴブリンが入って来ている。
さっき聞こえた声によると、東門は閉じることが出来ず、南は壁が破壊されたって……
このままだともっと多くのゴブリンたちが町に入って来る筈。
そうなったら、確実にこの宿にもゴブリンたちが群がって来ると思う。
それに……何よりおにいがどうなったのか気になる!
「ヴァン兄、あたしちょっと行ってくる!」
「えっ? 待て、待つんだ! リディちゃあああああああああああん!!」
ヴァン兄の静止を振り切り、あたしはギルド職員たちが向かった南に走り出す。
壊れた壁なら、もしかしたらあたしの地魔術でも応急処置くらい出来るかもしれない。
南へ向かうにつれて、冒険者やギルド職員がゴブリンたちと戦う姿が目に入るようになる。
幸い壁の穴自体はそう大きいものではないようで、そこから入って来たゴブリンはどうにか抑え込めているようだ。
でも、ゴブリンたちが邪魔で穴を塞げないでいる。
それに怪我をしている人たちも多い。
このままだと時間の問題だ!
あたしは矢に闇の魔力を込める。
確かおにいが言っていた。
ゴブリンの集団には闇の魔術がよく効くって!
「あたしも手伝う!」
そう言って、ゴブリンの集団に向けて山なりに矢を放つ。
矢は集団の真ん中あたりに落ちていき、矢が刺さったゴブリンが見境なく暴れ始めた。
「え? あ、あなたは……リディさん!?」
あ、この人確かあたしたちの登録をしてくれた人だ。
えーと……名前は確か、
「メリアさん! あの穴はあたしが塞ぎます! だから周りのゴブリンをお願い!」
「はあ? 何言ってんだ嬢ちゃん!! 邪魔だし危ねえからさっさと家に帰れっ!!」
近くにいた冒険者の男の人が突っかかって来る。
もう! そんなことしてる場合じゃないのに!
メリアさんは黙って何かを考えているみたいだ。
そして、真剣な顔であたしに視線を向ける。
「……あなたなら可能なんですね? リディさん」
「はい」
「お、おい! メリアさんも何言って」
「今は言い争っている時間はありません! 皆さん! 彼女が穴を塞ぎます! 援護を!」
穴の前のゴブリンたちを押し止めていた冒険者たちにメリアさんが指示を出す。
数人の冒険者がちらっとこちらを見て、訝し気な表情になったものの短く頷いた。
あたしはそちらに素早く近付き、闇の『エンチャント』を施した矢をゴブリンたちに数発放つ。
「その矢が当たったゴブリンは正気を失います! 上手く活用して!」
狂ったゴブリンたちが敵味方関係なく暴れ回る。
中には壁の方に走って行き、頭を何度もぶつけ始めたゴブリンもいた。
皆も最初は戸惑ったものの、逃げ出して孤立したゴブリンを数人の冒険者で倒したりと、徐々に冒険者側が優勢になっていく。
暴れ回って力尽きたゴブリンも出始め、それと共に冒険者たちが残ったゴブリン全てを足止めする。
壁までの道が開けた。今だ!
あたしはポヨンを抱えて穴に向けて全力で走る。
穴から増援のゴブリンが入って来ようとする。
「ポヨン! 吹き飛ばして!」
ポヨンに地の『エンチャント』を発動する。
ポヨンは体の一部を拳のような形に変形させ、地の魔力を纏って入って来ようとしていたゴブリンを殴り飛ばした。
「ギョブアッ」
後ろのゴブリンも巻き込んで先頭にいたゴブリンが外に吹き飛んだ。
あたしは光魔術で、魔力を思い切り注ぎ込んだ光球を作り出し穴の外の地面に放つ。
「「「ギョエエアアアアアアア」」」
外のゴブリンたちの悲鳴が響く。
あたしは閉じていた目を開け、穴の前でしゃがみ込み地魔術を使って穴を塞ぎ始める。
壁が徐々に塞がっていく。
ドンドンドンッ!
暫くすると、視界が戻った外のゴブリンたちが壁を叩き始めた。
「ポヨン、上から止めて!」
ポヨンは周辺の瓦礫を自分の体に取り込み、近くにあった木を器用に登って枝から壁の上へと移動する。
そこから下のゴブリンに向かって瓦礫を弾き飛ばした。
その隙にあたしは壁の補修を進めた。
穴は塞いだので、次は塞いだ部分を固く補強する。
ついでに近くの壁も補強しておこう。
「ギョブエバギヴェエエエエエエ」
壁の補強に気を取られ、ゴブリンの接近に気付かなかった!
壁に頭を打ち付けていたゴブリンだ!
ポヨン……は壁の上だ。
あたしは突然のことに頭が真っ白になってしまった。
「ギョボッ」
あたしに向かって走って来たゴブリンが横から剣で刺されて絶命する。
その剣を辿ってみると、あたしに帰れ! と言っていた冒険者がばつの悪そうな顔をして、ゴブリンからあたしを助けてくれていた。




