3話 ジェット9歳①
「はい、今日はここまでにしてお昼ご飯にしましょうか。準備するからちょっと手伝ってね」
「うん、分かった」
今日の分の勉強の時間が終わる。母さんに二年間教えて貰ったお陰で難しい字じゃなければ大体は読み書き出来るようになった。
計算も足し算と引き算は完璧だ!
掛け算と割り算は難しいからまだまだだけど。
ちなみにリディも俺と一緒に勉強してる。本当はまだ早いんだけど、一人で待ってるのが退屈だったみたいだ。
物覚えの早いリディはもう既にある程度の読み書きは出来るようになっている。今もうんうん唸りながら、時折こっちを見て何かを一生懸命紙に書いている。
その姿はとても可愛らしい。
そうそう、ここ最近自分のことを俺って言うようになった。だってその方が何かカッコいいから! 父さんも自分のこと俺って言ってるしね。
「はい、それじゃお昼ご飯食べるわよ。リディー、早く来なさーい」
「はーい」
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます!」」
今日のおかずは魚の干物だ。ご飯との相性が抜群だ!
「ごちそうさまでした!」
「あら、もう食べちゃったの? ちゃんとよく噛んで食べないと駄目よジェット」
だって美味しかったんだから仕方ないじゃないか。
リディの方を見てみると口いっぱいにご飯を頬張ってもむもむしている。控えめに言って可愛い。
そしてそれをゴクンと飲み込むと、さっき何かを書いていた紙をこちらに渡してきた。
「はい、おにいこれ」
「リディ、ちゃんとご飯食べてからにしなさい」
「はい、まま」
まだまだ舌足らずだけど、リディは四歳になって色んな言葉を喋り始めた。
お兄ちゃん、と呼んで貰おうと何度もお兄ちゃんと言う言葉を教えた結果、俺の呼び方はおにいになってしまったようだ。……こんな筈じゃなかったのに。
それはともかく、リディが渡してきた紙に目を向ける。俺に手紙でも書いてくれたのかな?
「リディは何を書いてくれたのかな~」
――――――――――――
じぇっと
【ぞくせい】
ひ:S みず:S ち:S かぜ:S
ひかり:S やみ:S む:S
――――――――――――
「?」
俺はリディが書いてくれた怪文書に頭を捻らせる。
じぇっと、は俺の名前だからまあいい。【ぞくせい】って何だ? その後の七つの文字もよく意味が分からない。
「「ごちそうさまでした」」
しばらく怪文書とにらめっこをしていると、母さんとリディが食事を終えたようだ。
「ふふ、どうしたのジェット? さっきから随分面白い顔してたわよ~」
「あ、うん。ちょっと書いていることの意味が分からなくて……なあリディ、これってどう言う意味?」
「? わかんない」
書いた本人が分からないんじゃお手上げだ。
「うーん……母さん、ちょっと見てみてくれる?」
「ちょっと待ってね。先に食器を片付けて来るから」
「おにい、だっこ」
母さんが食器を持って行くと同時にリディから抱っこの催促だ。
ふふふ、もう俺は二年前の俺ではない!
あの初めての筋肉痛地獄から俺は学んだ。どうやら体の中を強くする魔術を強く使い過ぎると筋肉痛と言う悲劇を生むようだ。
あれから俺は練習を重ね、今ではもうそんなへまはしない。
体の成長と共に筋肉痛までの限界値が上がっていくことも分かった。
……まあ、その間に何度悲劇が繰り返されたかは秘密だ。
ちなみにあの体を強くする魔術は父さん曰く『身体強化』って言うらしい。
体の動きを纏った魔力が補強してくれる魔術だとか。
俺が独学で使えるようになっていることを知ったら父さんたちに凄く驚かれた。
ただ、体の中を強くする魔術の方は、父さんたちもそんな使い方は初めて知ったらしい。やり方も教えてみたんだけど、どうにもしっくり来ないみたいだ。
そっちの方の魔術は父さんに『身体活性』って名付けてもらった。
「お待たせ」
軽く『身体活性』を使ってリディを抱っこしていると母さんが戻って来た。
早速リディの怪文書を見て貰う。
「どれどれ~。……? じぇっと、はそのまま名前よね。【ぞくせい】は、属性のことかしら? よくこんな難しい言葉知ってたわね~リディ」
母さんがリディの頭を撫でる。リディはとても嬉しそうだ。
「となると、ひは……火、みずは水ね。ちは……地のことかしら。かぜは風で、ひかりは光、やみは闇かしら。むは無なのかしらね。それぞれにSって書いてあるけど……」
「母さん、属性って?」
「え、ああそうか。ジェットは一人で勝手に魔術を覚えてたもんだからすっかり忘れてたけど、まだ属性のことは習ってなかったわね。うん、魔術にとても関係のある大事なことだから今のうちに教えておこうかしら」
お、魔術のことを教えてくれるみたいだ!
「魔術の属性って言うのは種類みたいなものね。火水地風光闇と無属性が基本になっているの」
「ふむふむ。基本ってことは他にも何かあるの?」
「って言われているわね。でも詳しいことは分からないわ。話を戻すけど、火って言うのはお肉焼いたりする時の熱いあれね。水は飲んでるから分かるわね。地は土とか石とか地面とかのこと。風はお外でびゅうびゅう吹いているやつよ。光はお日様とかの眩しいやつでしょ、闇は夜の真っ暗けみたいなやつね。無って言うのは魔力そのものだって言われているわ。ジェットも使える『身体強化』とかもそれね」
「おー、魔術ってそんなに色々なことが出来るんだ」
「そうよ~、母さんだって火水地は得意だったりするのよ。ちなみに今言った中でも光と闇はなかなか使える人がいない珍しい属性よ」
「じゃあ、この:Sって?」
「うーん、これだけじゃちょっと分からないわねぇ。ねえリディ、これってちゃんと意味があって書いたものなのよね?」
「うん! ゆめでおしえてもらったの!」
「夢で? 誰に?」
「よくおぼえてないけどきれいなおんなのひと!」
「うふふ、夢にママが出て来たのかな~」
確かに母さんはお世辞抜きで美人だと思う。自慢の母さんだ。
父さんも細身だけど鍛えた体がとてもかっこいい。
「ちがう、ままじゃないきれいなひと」
「うーん、そう言う遊びなのかしら? ねえリディ、これのママやリディの分は書ける?」
「うん!」
リディはそう言って別の紙に何かを書いていく。母さんをじっと見たり目を瞑ってうんうん唸ったり。
うん、うちの妹はやはり可愛い。
「ままのできた!」
そうこうしているうちに母さんの分が出来たようだ。母さんと一緒にその紙を覗き込む。
どれどれ~。
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なたりあ
【ぞくせい】
ひ:C みず:B ち:A
ひかり:E む:D
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うーん、俺のやつとは色々違うな。属性の数も違うし:Sの部分も違う。
「……私が使える属性と同じね。一番得意な地がAってことは得意な属性程Aに近付くのかしら。なんでリディがそのこと知って……ん? 光って私使えなかったような……」
母さんが掌に魔力を集め始めた。すると、掌の上に淡い光の玉が出て来た。
「うそ……出来た」
「りでぃのできた!」
今度は自分の分が出来たようだ。
母さんと一緒にそちらを見てみる。
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りでぃ
【ぞくせい】
ひ:D みず:D ち:D かぜ:D
ひかり:D やみ:D む:D
あならいず
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「あならいず? 母さん、何のことか分かる?」
「聞いたことないわねえ……」
「みんなをみれるっていってた!」
「誰が?」
「ゆめのなかのひと! もっとじょうずになったらいっぱいみれるって」
「……冗談で言っている感じでもないわよね。とりあえず、お父さんが帰って来たら見てもらいましょう」
だんだんリディが眠そうになって来たので、一旦父さんが帰って来るまで待つことになった。
◇◇◇
「ぱぱのできた!」
父さんが帰って来たので、お昼のリディのことを紙を見せながら話してみた。
その流れで、晩御飯の後父さんの分も書いてもらったんだけど……父さん、顔が滅茶苦茶ワクワクしているな。
「おー、リディはお利口さんだな~、よしよし」
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あべる
【ぞくせい】
ひ:D かぜ:C
む:A
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かなりすっきりしているな。
前に見た父さんの『身体強化』はかなりのものだった。
この書いていることが本当だとすると、無がAってことはやはりAに近付く程優秀なんだろう。じゃあSって?
「……確かに俺が使える属性と同じだな。子供たちに教えたことは無かった筈だが」
「昔は使えなかった光属性も、リディの書いたこれを見て今は使えることを知ったのよ」
そう言いながら母さんは掌から淡い光の玉を出す。
俺にも出来るのかな? 光って言うと……女神様に会った時のあの眩しい感じか。
掌に魔力を集める。あの時の眩い光を強くイメージしながら魔力を放出する。
「うわっ」
あまりの眩しさに咄嗟に目を瞑る。
「眩しっ! いきなり何だ!?」
「きゃっ!」
「ぴゃっ!」
眩しすぎて目を開けられない!
俺は急いで魔力を散らせる。そうするとようやく光が落ち着いたようだ。
「うあぁぁああああああああああん!!」
「よしよし、もう大丈夫よ」
……びっくりし過ぎて泣き出してしまったリディを母さんがあやす。
父さんは俺と俺のことを書いた紙を交互に見詰めている。
「な、何だ今の光は。このジェットのSって相当凄いんじゃ……」
『お主が努力すればするほど魔術が巧くなっていく祝福じゃ』
ふと俺は女神様の言葉を思い出していた……