29話 黒いゴブリンとの再会
「な、何言ってんだお前!? あれがゴブリンな訳ないだろ!!」
「いや、間違いない。よく知ってるから」
こちらに向かってボロボロの大剣を引き摺って来るアイツは間違いなく俺の知るゴブリンだ。
誰かにやられたのか、右目が潰れて左腕が無いけど……
「とにかく俺たちの手に負える相手じゃない! 俺が少しでも時間を稼ぐから早くマスターたちの所へ行け!!」
いや、その必要は無い。
俺は一歩前に出る。
「あいつの相手は俺がする。大丈夫、慣れてるから。アルゴスさん、レイチェルを頼む」
俺はゴブリンに向かって一気に駆け出す。
剣には光の『エンチャント』を発動しておく。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
向かって来る俺に対してゴブリンが大剣を横に薙ぎ払う。
流石にこれを受け止めたくはないな。
俺は素早く後ろに飛び退く。
さっきまで俺がいた場所を、ゴブリンの振るった大剣が轟音と共に通り過ぎる。
ゴブリンと目が合う。どうやら俺を敵と認識したようだ。
「アルゴスさん、レイチェルを連れて早く行ってくれ!」
「……くっ! マスターたちを連れて必ず戻って来る! 絶対死ぬんじゃないぞ!」
「し、師匠! 師匠ぉぉおおおお!!!」
アルゴスさんがレイチェルを引き摺ってこの場から逃げ始めた。
これで二人は大丈夫だろう。
それに俺はこんな所では死なないよ。俺の帰りを待っている妹がいるんだから。
二人が十分離れた所で光の『エンチャント』に込める魔力の出力を上げる。
剣が光の魔力により眩く輝き始める。
「ギッ? ギエエエェェェエアアアアアア」
眩しいだろ?
お前たちゴブリンは魔術にとことん弱いからな。
それに、俺は闇の魔力で視界を確保しているから問題無い。
光で怯んだゴブリンに斬りかかる。
今のうちにもう片方の目も潰してやる!
俺は勢いよく剣でゴブリンの残った左目を突き刺そうとし、
「グガアアアアアアァァアアアアアアアアッ!!」
ガギャァァアアンッ!!
ゴブリンの持つ大剣によって弾かれた。
「何っ!?」
がら空きになった俺の腹目掛けてゴブリンが蹴りを放つ。
「がはっ!?」
咄嗟に腹部に魔力を集中させる。
それでも、あまりの威力に吹き飛ばされる。
地面を暫く滑った後、俺は急いで立ち上がる。
シリンおばさんたちが作ってくれたミスリル糸の服で衝撃を吸収してもこの威力か……
この服が無ければ今の一撃でやられていたかもしれない。
それにしても……あの光の中動いて来るなんて。
このゴブリン、俺の知ってるゴブリンより強い!
今度はゴブリンの方から突っ込んで来る。
「グオアァアアアアアアアアアアアアアア!!」
引き摺っていた大剣を勢いよく振り下ろしてきた。
俺はゴブリンの左側に避ける。
右目が潰れているこいつにとって、こっち側は死角だ。このまま追撃を……
すると、攻撃を外したゴブリンは、体を無理矢理捻って俺の方へ大剣を振り回してきた。
こいつ、戦い慣れてる!
俺は堪らず後ろへ下がる。
そうして再びゴブリンと睨み合う形となった。
やはり魔術で隙を作ってからじゃないと……ん?
あいつの持っているデカい剣、なんか薄っすらと黒く光っているような。
それに剣だけじゃない。黒い肌だから目立たなかったけど、あいつ自身が薄っすら黒い光に覆われて……
おい、まさかアレは。
闇の魔力!
光で目潰ししたのに動いてきてたのはあれの影響か!
それに、あの魔力の動き。僅かだけど『身体強化』の魔術の効果もある!
まさかゴブリンが魔術を使うなんて……
俺は全身に嫌な汗を掻くのを感じた。
◇◇◇
ジェットが黒いゴブリンと対峙しているまさにその時、アルゴスはレイチェルを引き摺りながら森の入り口の方へと逃げていた。
背中の方に眩い光を感じたり、金属の打ち合う音を聞きながらも……あの場に残った後輩の覚悟を無駄にせぬよう振り返らず必死に。
「離して下さい! 師匠が……師匠が!」
聞き分けの無いレイチェルに多少イラつきながらも懸命に逃げる。
「落ち着け! 俺やお前が戻った所でただ足手纏いになるだけだ! あいつを助けたいんだろう!? だったら俺たちに出来ることは、マスターたちに今の状況を早く知らせることだ!」
その言葉にレイチェルは幾らか冷静になる。
そして瞳に力が宿る。
「す、すいません……もう大丈夫です」
レイチェルの状態を確認して、アルゴスは一度立ち止まる。
「よし。まずはこの森に入った時の状況を教えてくれ」
「は、はい! まずわたしたちはアルゴスさんとの合流地点に討伐部隊全員で辿り着きました。そこからマスターとガンドフさんたちは、そのまま真っ直ぐ進んでゴブリンたちを引き付けながらこっちに進んでいる筈です」
「成程……となるとこっちへ行けば落ち合える筈だ。急ぐぞ!」
「はい! ……師匠、どうか無事で」
(くそっ! 情けねえ! 多分冒険者になって一年もしねえだろうひよっこに全部任せて逃げなきゃならねえなんてよ! 坊主、俺たちが戻るまで絶対死ぬんじゃねえぞ!)
悔しさ、不甲斐なさに唇を噛みながらも、アルゴスは死地に残してきた後輩を助ける為、懸命に走り続けた。
その頃、ブルマン率いる中央部隊は引き付けたゴブリンの集団を殲滅し終えた所だった。
「マスター、ここら辺のゴブリンどもは全部始末した」
「おお、ガンドフ。よし、進軍を再開するぞ!」
ブルマンは得物の大斧を一振りし、付着したゴブリンの血を払う。
そうして進軍を再開しようとしたその時だった。
森の奥から何者かがこちらに走って来る足音が聞こえた。
「新手かも知れねえ! 油断するなよ!」
武器を構え警戒を強める。
すると、そこへ躍り出たのは見知った顔の男女だった。
「アルゴス! 無事だったか!」
仲間の無事を知ったガンドフたちの顔に笑みが浮かぶ。
一方ブルマンは、アルゴスの様子にただならないものを感じた。
「アルゴス、その鎧の凹みは……それに何でレイチェルと一緒なんだ? ジェットの坊主はどうした!?」
「マスター! キング含め住処に残ってたゴブリンどもは黒い鬼に皆殺しにされて喰われた! 俺もそいつに殺されかけたんだが、駆けつけて来たこの子たちに助けられた」
「な……黒い鬼!?」
ブルマンたちに緊張が走る。
「師匠が、師匠がわたしたちを逃がす為に一人で残って……お願いです! 師匠を助けて」
涙ながらにそう言ってレイチェルが崩れ落ちる。
まだ体が全快でないアルゴスもその場に膝をついた。
「状況は大体分かった。ガンドフ! 案内を頼めるか!?」
「ああ! こっちだ!」
「アルゴス、レイチェル、よく知らせてくれた。後は俺たちに任せて休んでろ」
「頼む、マスター、皆。あいつを死なせないでくれ……!」
ブルマンたちは力強く頷き、ゴブリンの住処へと急ぐ。
(あの馬鹿が……一人でかっこつけやがって。何とか持ち堪えろよ!)
◇◇◇
くそ、このまま長引くと厄介だな。
俺はゴブリンの攻撃を避けながら思案していた。
元々馬鹿力のゴブリンが『身体強化』を使うなんて反則だろ!
しかも、闇の魔力まで操るなんて。
その影響で光や闇の属性効果が効きが悪い。
まだ扱い方が不慣れみたいだけど、もしもっと的確に使うようになったら……
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ゴブリンが大剣を滅多矢鱈に振り回す。
扱い方が適当なのか、所々刃こぼれしていて切れ味は悪そうだ。
だが、ゴブリンの強化された馬鹿力で振り回される金属の塊なんて、食らったら間違いなくただじゃ済まない。
リーチの長さもあって、近付くのも困難だ。
遠距離魔術が使えればもっとやりようもあるんだけどな。出来ないものは仕方ない。
そうなると、どうにかあの大剣か残っている右腕を破壊したい所だけど……
大剣の破壊方法を考えるも、これは妙案が思い付かない。
『限界突破』でミスリル製の鎚を叩きつけようかとも思ったけど、あのゴブリンの振り回す大剣とかち合ったら俺の腕がどうなるか分からない。
そうなると、右腕をどうにかしなきゃいけないんだけど……
あいつに接近する為にはどうにか注意を少しの間でいいから逸らさないといけない。
出来れば奴に警戒されない方法で。
「グゥァアアアアアア……」
ゴブリンの濁った左目が細められる。
どうやら俺を未だ仕留められないことにイラついているようだ。
俺は亜空間からミスリル製の鎚を取り出し左手に持つ。
急に現れた槌にゴブリンの警戒が強まる。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
激しい雄叫び上げ、ゴブリンが再び突っ込んで来る。
持っている大剣には、今まで以上に魔力が込められているようだ。
これ以上長期戦になると手がつけられなくなる。
俺も覚悟を決めるしかない!
全身に水の魔力を纏い、水を氷に変化させ、その魔力を剣にも込める。
剣から冷気が放たれる。
そして俺は剣を右手で構え、そのままゴブリンに向かって飛び……退いた。
ゴブリンは後ろに下がった俺にそのまま突っ込んで来る。
そして、大剣を振り上げて、
「アギ? グベッ!!」
振り下ろす勢いと共に、前のめりに倒れ込んだ。
大剣が叩き付けられた地面が爆発したように抉れる。
いだだだだ!!
石礫が俺にも飛んでくるけど、頭や手をガードして耐えながら、倒れたゴブリンに接近する。
食らえッ!!
伸びきったゴブリンの右肘を、氷の『エンチャント』を発動した剣で斬り付ける。
「ギェッ!!」
斬り付けた右肘が凍り付く。
更に凍り付いた肘を、『限界突破』を使って左手に持った槌で打ち据える。
「グボァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ゴブリンの右肘が、凍り付いたまま砕け散る。
よし、これでもう腕は使えない!
止めだ!
腕を砕かれのたうち回るゴブリンに、両手で槌を持って何度も叩き付ける。
次第にゴブリンから『身体強化』の魔力が消えていき、動きが鈍っていく。
もう一度武器を剣に持ち替え、風の『エンチャント』をフルパワーで発動し、ゴブリンの首を斬り付ける。
「ギョッ……」
首を斬り落とされたゴブリンは短く呻き声を上げ、しばらく痙攣した後動かなくなった。
か、勝てた……!
俺は緊張の糸が切れ、堪らずその場に座り込む。
魔術を操るゴブリンがこれ程厄介とは……
エルデリア周辺で戦った同じゴブリンよりも頭もずっと良かったみたいだし。何か理由でもあるんだろうか?
それにしても、上手く決まってよかった。足で作った『設置魔術』。
以前、『限界突破』の習得の為、体の一部だけに『身体強化』を使う訓練をしたんだけど、その時に手以外でも魔術の発動が出来るようになった。まあ、手に比べたらそこまで難しいことや大規模なことは出来ないんだけど。
さっきは足で地面に氷の『設置魔術』を広く仕掛け、それをゴブリンに踏ませたのだ。
足元から注意を逸らす為、槌を取り出す所をこれ見よがしに見せたり、剣に氷の『エンチャント』を発動する所を分かり易く見せたりと多少の小細工も使ってな。
そして、思惑通りゴブリンは氷の『設置魔術』を踏み抜き、足元が凍り付き地面に縫い付けられる。
だけど、足が止まっても体と腕の勢いは止まらず、そのまま前のめりに倒れることとなったのだ。
少し地面に座ったまま息を整えていると、こちらに走って来ているであろう何人かの足音が聞こえた。
ゴブリンにしては足音が重いし、金属が擦れ合うような音もする。
俺は足音の方に振り返る。
すると、ブルマンさんと、えーと確か……Cランクパーティーの人たちが、決死の表情でこっちに走って来るのが見えた。
「おい!! 生きてるか!! って、うぉっ!? こいつが黒い鬼……死んでる!? お前がやったのかっ!?」
ブルマンさんたちが俺とゴブリンを交互に見て混乱している。
俺はとりあえず頷いておく。
ああ、良かった。
レイチェルたちは無事に合流出来てたみたいだな。




