28話 ゴブリンキング討伐部隊
「おお、結構多く集まってるんだな」
「緊急依頼ですしねえ。大体三十人くらいでしょうか?」
緊急依頼当日の朝、手早く朝食を食べ終えた俺とレイチェルは、冒険者ギルドへと赴いた。
そこには依頼に参加するであろう男女が集まっている。
中には俺たちと同年代くらいの姿も見える。
「おーし、集まってくれたようだなお前ら。うん? リューゴーたちのパーティーはいないのか?」
ギルドマスターのブルマンさんが声を上げる。
重厚な鎧を身に纏い、大斧を担ぐその姿は歴戦の勇士そのものだ。
俺? 俺は基本的には普段とそう変わらない格好をしている。
ミスリル糸の服と『身体活性』のお陰で防御力には特に不安は無いし、何より鎧を着たらとにかく動きづらい。
「リューゴーさんたちは調査依頼からまだ帰還していないようです」
メリアさんが答える。
「そうか。まあ今回はしゃーない。もし俺たちが出ている間に帰って来たら、念の為町の防衛を頼んでおいてくれ」
「かしこまりました」
「それじゃ、一度軽く説明するぞ。今回再びゴブリンの異常発生の原因を調査した所、北の山の麓の以前は何もいなかった場所にキング率いるゴブリンの大群が確認された。幸い今はそこから移動はしていない。そうだなガンドフ?」
「ああ、俺たちのパーティーから見張りを出している。特に変わった様子は無い筈だ」
「分かった。俺たちはこれから討伐部隊として、そのゴブリンの大群を殲滅しに向かう。部隊の指揮は今回は俺が執る。キング以外にも上位種が確認されている。報酬は最低限だしキツイ戦いになるだろうが、俺たちがやらなきゃこの町が危ねえ。お前ら、俺に命を預けてくれ! ゴブリンどもを殲滅して全員で生きてこの町に帰って来るぞ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
ギルド内が冒険者たちの熱気に包まれる。
こうして俺たちゴブリンキング討伐部隊の進軍が始まった。
町の北へと進むと南側とは違い、小麦畑と草原が続いている。
今の時期はまだ緑色をしているが、収穫期になるとそれはもう見事な一面黄金色が広がるのだとか。
その小麦畑を抜け、草原を暫く北へ進むと、南側と同じく森に到達する。
その森を抜けると山があるそうだが、今回はその山の麓の森が目的地だ。
麓をゴブリンたちが切り開いて住処にしてるんだとか。
まず俺たちは小麦畑を抜け、草原を突き進む。
小麦畑では警護のEランクであろう冒険者たちがこちらに手を振っていた。
途中、草原にて何度もゴブリンと遭遇するが、冒険者が三十人も揃っていると俺たちの出番なんて全く無い。
見付けたそばからゴブリンたちは殲滅される。
一度リーダー率いる集団に出会うこともあった。
だがこれも、Cランクパーティ-が率いられたゴブリンたちを効率よく足止め、及び殲滅し、その間にリーダーはブルマンさんの大斧の餌食となった。
そうして俺たちは途中、携帯食で腹を満たしながら昼頃には森の入り口付近に辿り着いた。
ブルマンさんが俺たちを見回しながら指示を出す。
「ここまでは順調に辿り着いたな。いいか、ここからが本番だ! 今回はゴブリンどもの殲滅が目的だ。ここからはパーティー毎にある程度離れて森に入る。全員で固まってても狭くて戦いづらいからな。森の中のゴブリンどもを倒しながら徐々に群れの包囲を狭めていく。最後にキングの本隊に一気に雪崩れ込む予定だ。ガンドフ、キングの動きはどうだ?」
「それが……アルゴスが見当たらない。昼前には様子を伝えにここに戻ってくる手筈だったんだが……」
「うぬぅ、アルゴスがただのゴブリンにやられるとは思えん。何かトラブルがあったのか……」
「どうするマスター?」
「……時間が惜しい、予定通り突入する。いいか、お前ら! もし予定外の場所でキングを見付けても、手柄に逸って突っ込むんじゃねえぞ。必ず俺でもガンドフでもいい、報告しろ。回復薬も渡してある分は危ないと思ったらすぐ使え。やばい時は迷わず逃げろ! 行くぞ!」
ブルマンさんとCランクパーティーがこのまま真っすぐキングの群れに、他の冒険者は少し離れた場所から森に入る。
俺とレイチェルはブルマンさんたちからそれなりに離れた場所から森に入った。どうやら経験豊富なパーティーが中央である派手に暴れてゴブリンの注意を引き付け、経験の浅いパーティーが、その隙に離れた場所から進むようだ。
そのまま進んでも群れに当たらず山に差し掛かったら、今度は山沿いに進めばいいらしい。俺たちの場合は西だな。
「い、行きましょう師匠!」
「ああ、こっちは南に比べて薄暗いんだな。敵の気配を探るのを怠るなよレイチェル」
「はい」
少し進んでいると、ブルマンさんたちがいるであろう方角から派手な音と怒号が響いてきた。
「注意を引く為だろうけど、派手にやってるな」
「あっちでは既にゴブリンたちと遭遇したみたいですね……師匠! この先気配があります」
「よし、さっさと片付けて進もう」
俺たちもゴブリンを倒しながら奥へと進む。
ただのゴブリン程度なら問題は無いけど、リーダーが率いてると木々を上手く利用してきて結構鬱陶しい。レイチェルも少し苦戦気味だ。
倒したゴブリンは、ある程度集めてそのまま置いて行く。魔石の回収と死体の処理は後で行うそうだ。
一度、木の上から奇襲を仕掛けてこようとする奴らもいた。
だけど、これはレイチェルが先に発見したお陰でバレバレだったので、離れたところから石なんかを拾って投げつけてやった。魔術もこうやって遠くに飛ばせたらもっと楽なんだけどな……
奇襲が失敗して慌てたのか、木の上から落ちるゴブリンなんかもいた。
もし相手の奇襲が成功していたらちょっと面倒だったろうな。
そんな風に見掛けたゴブリンを殲滅しながら進んでいく。
やはり中央部隊に比べるとゴブリンが少ないのか、俺たちは程なく山の麓に到達する。
「こっからは山沿いに西だったな」
「はい。なんか思ったより早く森を抜けましたね」
「中央部隊に集中してるのかね。とりあえず行こうか」
一度森の中に戻り、そのまま西に向けて進む。
特に何かに遭遇することも無く、俺たちは何者かに木々が切り倒された開けた場所まで来た。
所々にボロい小屋のようなものや、草で作った寝床のようなものも見える。
どうやらここがゴブリンたちの住処のようだ。
周囲を見回してみる。まだ誰もここには到達していないようだ。
「俺たちが最初みたいだな。しかし、ゴブリンにボロいとは言え家を作る知能があったとは……」
俺の中でゴブリンは、やはり頭の悪い脳筋と言うイメージが強い。
最初、こっちで見掛けたゴブリンはずる賢いのかと思ったけど、特にそんなこともなかったし。
ああ、でもリーダーはちゃんと考えて動いていたな。
「こんなゴブリンの住処が出来てたなんて……あれ? やけに静か過ぎませんか? 近くに気配も感じないし」
それは俺も思っていた。
少なくとも中央部隊がここに攻めてきているのはゴブリンたちも分かっている筈だ。
そっちにゴブリンが集中したとしても、流石にこれだけ静かなのは違和感がある。
それに、
「うっすら血の臭いがする」
「え? わたしはよく分からないんですけど……」
「嗅覚を強化しているからな。もう少し向こうの方だ」
俺は森を出て、ゴブリンの住処の中心へ向かう。
「し、師匠! 勝手に行っちゃ駄目ですよ!」
「少し調べてくるだけだから。流石にこの状況は何かおかしい」
レイチェルの警告を聞き流し、俺はそのまま進む。
迷ったレイチェルも俺について来ることにしたようだ。
中心に向かっていくと、どんどん血の臭いが濃くなっていく。
「うっ、ここまで来たらわたしでも分かります……」
「一体や二体の血の量じゃないな」
「ここまで血の臭いが濃いと気持ち悪……うっ、師匠! あそこに倒れてるの人じゃ」
レイチェルが指さした方向を見る。
すると、ゴブリンの建てたボロ小屋の陰に隠れるように、革鎧を着た人らしきものが横たわっているのが見えた。
警戒しながらも急いで近寄る。
どうやら男のようだ。冒険者だろうか?
ぐったりとして起き上がる様子はない。
「こ、この人、Cランクパーティーの人じゃ……」
「さっき戻って来ていないって言ってた人か」
「…………ぅっ……」
「まだ微かに息がある!」
「ははは早く回復薬を!」
「こんな状態じゃ飲ませるのは無理だ! 俺が治療する!」
俺は急いで男に光魔術を使う。
今の練度だったら多少の傷ならすぐ治せるんだけど、相当危ない状態だったのか治療に時間が掛かる。
このまま続けたら、俺の魔力をかなり消費することになりそうだ。
「うっ、……お、俺は……生きてる、のか?」
「師匠! 意識が戻ったみたいです!」
ふう……どうにかなったか。
少なくとも、ここにはこの男を瀕死に追い込んだ相手がいるのは確かだ。
そう考えると、出来れば魔力量は余裕を持たせておきたかったからな。
「よし! 回復薬を飲ませろ。ゆっくりだぞ」
「は、はい! どうぞ! 飲めますか?」
「あ、ああ……すまない、助かった」
レイチェルが男に持っているだけの回復薬を飲ませる。
男はどうにか動けるくらいには回復したようだ。
男がふらつきながらも立ち上がる。
装備している鎧の胸部に、何かに殴られたような凹みが見える。その周りには血が滲んでいた。
「おじさん、何があったんだ? この鎧の凹み、殴られた跡に見えるけど」
「お、おじさん……」
男は少し呆然としているように見える。
やはり、まだ体の調子が良くないのだろう。
「ぅおほんっ。俺はアルゴス、カーグのCランク冒険者だ」
「俺はジェット、こっちが」
「レイチェルです。二人ともカーグのDランク冒険者でゴブリンキング討伐の緊急依頼でここまで来ました」
「ジェットとレイチェルか。改めてありがとう。お陰で命拾いしたようだ」
アルゴスさんがそう言って頭を下げる。
そして、何かを思い出したのか焦ったように辺りを見回す。
「お前たち、二人だけか? マスターやガンドフたちは何処だ!?」
「他の皆は森の入り口からゴブリンたちを殲滅しながらこっちに向かってる。俺たちだけ早く到着したみたいだけど」
「なら早く皆に伝えてくれ! キングを含むここに残っていたゴブリンたちは皆殺しにされた! この鎧もそいつに物凄い力で殴られて出来たものだ!」
既にゴブリンキングたちは全滅していた!?
この濃厚な血の臭いはそれが原因だったのか……
「み、皆殺し!? いい一体誰が……」
「……隻腕の黒い鬼だ。そいつがゴブリンどもを皆殺しにして喰い始めた。俺は隠れて様子を窺っていたんだが、様子を見ようと不用意に近付いちまって……気付かれて物凄い力で殴られ吹き飛ばされてそのまま気絶した。だが、そのお陰で喰われずに済んでたらしい」
黒い鬼……か。
「分かった。なら早く本隊に合流しようアルゴスさん」
「今の俺は素早く動けん。置いて行け」
「で、でも……」
「馬鹿野郎! 早く行け! 今あいつはいないようだが、またいつ戻って来るか分からん!」
「はっはい! ……え? 何この気配……何かが凄い勢いでこっちに向かって来てる!?」
レイチェルが山の方角を見ながら震える。
耳を澄ますと確かに何かが力強く地面を踏みしめる音と、何かを引き摺るような音が聞こえる。
「ギュオアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
肌を突き刺すような、何者かの雄叫びが聞こえる。
まるでこの世の全てを呪うかの様な……
あれ? 何だろう、この声の感じ聞いたことある?
「くそっ! 奴が戻って来やがった! お前たちは早く行ってこの事を伝えてくれ! ここは俺が足止めする!」
「いや、もう遅い!」
少し遠くにあったボロ小屋が物凄い力で吹き飛ばされる。
その小屋が崩れた向こう側には……
「あ……あ、あ」
その姿を見てレイチェルがへたり込む。
「お、おい! 早く立って走れ! 殺されるぞ!」
アルゴスさんがレイチェルを無理矢理立たせる。
そして俺たちに早く逃げろと何度もまくし立ててくる。
だが俺は……目の前のヤツから目を離せない。
「何ボケっとしてんだ! 早くこの嬢ちゃんを連れて逃げろ! おいっ!!」
「ギギュアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ああ、大体二年振りか。
「おい!! くそっ!」
こんな所でまたお前に遭えるなんて思ってもいなかったよ。
黒い肌。
俺より大きい体躯。
片腕だけど丸太のように太い腕。
醜悪な顔つき。
ボロい腰布。
自然と俺の顔に笑みが浮かぶ。
「あいつは……ゴブリン!」
かつて、俺が十二歳の時に初めて遭遇した魔獣、黒いゴブリンがそこにいた。




