24話 進展の無い日々
ここ数日は、朝から晩までひたすらに町の外でゴブリンを倒しまくった。
三百は軽く超えたと思う。
それで気が付いたことがある。この辺りのゴブリンはとても弱い。それはもう、エルデリアで魔術を習い始めた子供でも勝てるんじゃないか? ってくらいには。
最初は油断を誘う罠かと思ってたんだけど、どうやら普通に弱いだけのようだ。
まあ、俺も薄々おかしいとは思っていたんだ、うん。
そんなゴブリンでも積もれば山となる。お陰で資金の調達は順調だ。宿代を払うのも問題無い。
レイチェルの魔術の修業もそれなりに順調だ。
魔力操作の修業では相変わらず妙に艶っぽい声を出してるけど……
少しだけだが魔力の扱い方が分かってきたらしく、まだまだ弱いとは言え『身体強化』にも成功した。
そろそろ魔物との実戦を考えてもいいのかもしれないな。
ただ、エルデリアについての情報収集は芳しくない。
時折時間を取って資料室にも通ってはいるが、エルデリアに関することは一切何も見付けることが出来てない。
仮に情報を求めて他へ拠点を移すにしても、何かしらの目的地の指針は欲しい。
それと、現在もう一つ重大な問題が……
「……ごちそうさま」
「リディ、もういいのか? まだ全部食べてないじゃないか」
「……もうお腹減ってない。残りはポヨンにあげる」
どうやらリディが精神的に参ってきているようなのだ。
ポヨンもそんなリディを見て、潰れたおにぎりのような……寂しそうな姿でリディの残りを食べている。
まだ十歳の子供だもんな、無理もない。見知らぬ地で父さんも母さんもいないこの状況、とにかく不安なんだろう。
早く何とかしてやりたい、とは思うものの欲しい情報は手に入らない。
俺の中にも焦りばかりが募っていくのが分かる。
……駄目だな。この子の為にも俺がしっかりしなきゃ。
朝食を終え、今日も町の外へ出掛ける準備をする。
「それじゃリディ、行ってくる。昼食はいつも通りアルマさんに頼んでいるからな」
「……うん。…………ねぇ、おにい」
「どうした?」
「……ううん、何でもない。いってらっしゃい」
……そんな辛そうに笑うんじゃないリディ。
絶対に俺がエルデリアに連れて帰ってやるからな。
◇◇◇
「リディちゃんの様子は変わらないですか?」
「ああ。相当参っているみたいだ。早く村に連れて帰ってやりたいんだけどな……」
「そうですか……今回の探索で何か分かれば元気出してくれるかなぁ」
「そうだと嬉しいな。お、前につけた目印か」
俺たちは今、レイチェルの案内で南の森の奥に向かっている。
こっちに来て最初に俺とリディがいた洞穴を、一度確認しておこうと思ったのだ。
正直、あの場所のことについてはすっかり忘れていた。
今朝になってふと思い出し、レイチェルに場所が分かるか聞いてみたのだ。
よし、このまま進んで行けば次の目印が……ん? またゴブリンか。
珍しく一体だけ。さっさと倒して先に……いや、あれならレイチェルの相手に丁度いいかもな。
「レイチェル、この先にゴブリンが一体だけいる。今回はお前が倒せ」
「えええ!? だだだ大丈夫ですかね?」
レイチェルは滅茶苦茶焦り始めた。
「『身体強化』の練習も兼ねて、そろそろ実戦もしたい所だったしな。おあつらえ向きに一体だけだし。あと、『エンチャント』って魔術も教える。『身体強化』が出来るから今なら多分使える筈だ」
そう言って俺は、適当に拾った枝に軽く『エンチャント』を発動する。
今回は分かり易くする為、あえて自分の剣は使わない。
枝から俺の魔力が溢れ出す。少しでも魔力を多く込めたら破裂しそうだ。
「わっ、師匠の持ってる枝から魔力が! その『エンチャント』って武器を強化する魔術ですか?」
「そうだ。『身体強化』を武器にまで広げるイメージだ。レイチェル、ナイフを持ってやってみろ」
「は、はい! んんんっ!」
レイチェルを淡い魔力が覆い始めた。
『身体強化』の発動は問題無いな。練度はこれから上げていけばいい。
レイチェルが集中し始めて暫くすると、レイチェルを覆う魔力が持っているナイフも覆い始めた。
「お、出来たな。それが『エンチャント』だ。その感覚を忘れるなよ」
「はい! 凄い、わたしが魔術を使ってるんだ……」
一度『身体強化』を解除させ、ゴブリンの背後に回る。
今のレイチェルだと長い時間は使えないからな。
『身体強化』そのものが魔力効率が悪いのもあるし。
『身体活性』も早く教えたいけど……レイチェルにはまだ早いか。
「そ、そそそ、それじゃあいってきましゅ!」
噛んでしまって顔を真っ赤にしながらレイチェルが『身体強化』と『エンチャント』を発動する。
そして、ゴブリンの背後からこそこそ忍び寄り、
「やああああ!」
勢いよくナイフで切り付けた。
折角背後を取ったのに声を出したのは減点だぞ、レイチェル。
「ギェアアアアアアア!」
ゴブリンは急な背中の痛みに悲鳴を上げる。
「わ、わわわわっ」
「レイチェル! 一気に始末しろ! 今のうちだ!」
二度、三度とレイチェルがゴブリンを切り付ける。
そのまま滅多切りにされたゴブリンは、振り向くことなく地面にうつ伏せに倒れた。
そして、暫く体が痙攣した後一切動かなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁあああああああ……や、やりましたよ師匠!」
「お疲れ。念の為にゴブリンに止めを刺しておけ。心臓は……この辺だ」
うつ伏せのゴブリンをひっくり返して心臓の位置を説明する。
ゴブリンの目からは既に光は失われている。
けど念の為だ。俺もヌシと戦った時は油断して死にかけたし。
「はっ! そうですね!」
レイチェルがゴブリンの心臓を一突きする。
そして、そのまま魔石の剥ぎ取りを始めた。
「乱戦だときっちり止めを刺す余裕は無いだろうから、腕とか脚を狙って相手の戦力とか機動力を奪うことを意識するといいかもな」
「はい! これが……わたしが初めて自分の力で手に入れた魔石」
剥ぎ取った魔石を感慨深げに眺めるレイチェル。
この調子で少しずつ実戦に慣れさせていくか。
道中、同じ要領でレイチェルにゴブリン退治をさせながら進む。
集団でいた場合は一体だけをレイチェルに任せる。仕留めきれず焦って攻撃を食らい、怪我をすることもあったけど、それなりに順調ではないだろうか。
怪我は俺がちゃんと治療したし問題無い。
「あ、ここじゃないですか?」
俺たちの前に見覚えのある蔦に覆われた崖が現れた。
「ああ、多分そうだと思う。えーっと、あ! あったあった」
付近の木に以前俺が付けた目印を見つけた。
やはりここで間違いないようだ。
俺は蔦を掻き分けて洞穴に入り、光魔術で視界を確保する。
レイチェルが慌ててついて来た。
「こんな所に洞穴があったんですね……」
「元は殆ど木の根に塞がれてたけどな。……この奥だ」
奥の広い空間の手前で俺たちは立ち止まる。
中に立ち入らないようにしつつ、俺はその空間を覗き込んだ。
「中に入って調べなくていいんですか?」
「前に話したけど、俺たちは気が付いたらこの中にいたんだ。もし不用意にここに入って、また何処か知らない所に飛ばされたら困るからな。リディを一人残していく訳にはいかない」
俺の言葉にレイチェルが頷く。
そうやって暫く調べてみたものの、特に何も発見することは無かった。
おそらく誰かがここを掘ったのだろうけど、それ以外は何の変哲もない洞穴だ。
「……もう出るか」
「……はい」
俺たちは特に何も見つけることが出来ず外に出た。
はぁ……どうにも落胆の色が隠せない。
ああそうだ、念の為ここは塞いでおくか。
俺は地魔術で洞穴の入り口を塞いだ。
「ここ、ギルドに報告しなくてもいいんですか?」
「出来ればあまり踏み荒らされたくないからな。もしかしたら今後帰る為の重要な場所になる可能性もあるし。レイチェルもここのことは黙っててくれ」
「分かりました……ん? 何かの気配がこっちに近付いて来ます!」
俺たちは身構える。
そして茂みが揺れる。
「ギョエ?」
現れたのはゴブリンの集団だった。
八体と少し離れて三体の集団。
ただ、普段と違うのは、八体の集団の中に一体だけ青いゴブリンが混じっていることだった。
「あの青いのは……ゴブリンリーダー!」
「リーダー……あいつがこの集団のボスか」
「はい。気を付けて下さい。普通の緑のゴブリンより数段強いです……」
青いゴブリンは手に薄汚れたナイフを持っている。
そして、周りのゴブリンに向かって何か指示を出しているように見える。
「レイチェル、俺が八体の方を引き受ける。三体の方を頼む。最悪時間を稼げればいい」
俺は亜空間からミスリル製のナイフを取り出してレイチェルに渡す。
「これを使え。魔術との相性と切れ味は保証する」
レイチェルは一瞬驚きながらもそれを受け取る。
そして決意の表情を浮かべる。
「うう、やってみます! 師匠も気を付けて」
俺は八体の集団に向けて飛び出した。
リーダーの指示を受け、七体のゴブリンが列を組む。
残りの三体はそのままレイチェルに向かっていったようだ。
青いゴブリンの強さもよく分からないし、指示を出してくるのが厄介だな。
まずは前の集団をどうにかするか。
俺は剣に闇の『エンチャント』を発動する。
ゴブリンの棍棒を避けつつ軽く斬り付ける。
すると、斬り付けたゴブリンが見境なく棍棒を振り回し暴れ出した。
リーダーがギュエギュエ言ってるが前線のゴブリンたちの混乱は収まらない。
その隙に、更に二体を斬り付ける。
合計三体のゴブリンが錯乱して暴れ始めた。
よしよし、こっちのゴブリンにも魔術はよく効くみたいだな。
闇魔術の効果で錯乱したら、リーダーの指示も聞こえないようだ。
お、一体がリーダーにも襲い掛かった。
リーダーを含め乱闘を始めたゴブリンたちを確認し、俺はレイチェルの方へと視線を向ける。
そちらの方では一体のゴブリンが脚を押さえて蹲り、残り二体とレイチェルが対峙していた。
そのうち一体も右腕が深く斬られたようで、だらんと垂れ下がっている。
レイチェルにも多少引っ掻き傷みたいなものも見えるけど、あれぐらいなら大丈夫だろう。
あっちはあのまま任せて良さそうだ。
俺はリーダーの集団へ視線を戻す。
二体のゴブリンが錯乱したゴブリンに倒され、リーダーに向かった一体が倒されたようだ。
まず俺は残った正常なゴブリンを始末することにした。
取っ組み合いになって暴れている二体のゴブリンに近付きそのまま両方の首を撥ねる。
もう一体の方を見ると、リーダーと共に残った錯乱したゴブリンに止めを刺している所だった。
俺はその隙に素早くリーダーの背後に回る。そして一閃。
リーダーの首を撥ね、それに驚いて固まっていたゴブリンの首も撥ねる。
レイチェルの方は……お、あっちもそろそろ片付きそうだな。
俺が視線を向けた時には既に二体のゴブリンが倒れ、脚を押さえていたゴブリンに止めを刺している所だった。
俺もゴブリンに倒されたゴブリンに念の為に止めを刺す。
こうして俺たちは、ゴブリンリーダー率いる十一体の集団を討伐した。




