21話 冒険者始めました
「えっと、それじゃ冒険者ギルドに案内しますね」
「ああ、よろしふぁああ~~~~……」
「おにい、みっともない」
しょうがないじゃないか妹よ、あまり眠れなかったんだから。
朝食を食べてから少し遅めの時間に宿を出る。
朝早くだと依頼を求めて冒険者が殺到するから、とレイチェルがこの時間を指定したのだ。
そう俺たちに伝えに来た時、レイチェルは顔を真っ赤にしてたりしたけど、今は落ち着いたみたいだな。
冒険者ギルドに行くにあたって、ある程度のことはレイチェルから聞いている。
レイチェル曰く、冒険者は血の気が多い者が少なくない。この町に関しては、ギルドマスターの教育がしっかりしているから、いきなり絡まれたりとか滅多なことにはならない……と思うとのこと。
まあ俺はいいんだ、万が一絡まれたって無視すればいいんだから。ただ、リディにちょっかいを出すような奴がいたら、その時は容赦せん。
あとは、基本的に他の冒険者のことを詮索するのはマナー違反なのだとか。
下手に詮索した場合、そのまま斬り付けられても文句は言えないそうだ。
これについてはリディにも言い聞かせておいた。
それと、登録時に少々お金が必要だそうだ。
これは既にレイチェルから渡されている。
町に入る時と言い、レイチェルには世話になりっぱなしだ。自分でお金を稼げたらちゃんと返さなきゃな。
「ここが冒険者ギルドです」
大通りに面した、町の中でも一際大きな建物の前に辿り着いた。
看板には剣と魔物のシルエットのようなロゴがある。
ここが冒険者ギルドか。何かエルデリアについて分かればいいんだけど……
レイチェルに続き俺たちも中に入る。
すると、まばらにいた冒険者だと思う人たちから一斉に視線を向けられた。
俺たちを値踏みするような視線、訝しむような視線、すぐに興味を失くした者もいた。
あとは、レイチェルにだろうか、少々下品な目線を向ける輩もいた。
レイチェルが真っ直ぐ受付であろう女性の元へ向かう。
視線を気にしてか少し足早になっているな。
「レイチェルさん、おはようございます。そちらのお二人は?」
「おはようございますメリアさん。二人はウチの宿に泊まっている兄妹です。今日は二人の冒険者登録をお願いしようと思って」
「登録ですね、ではこちらへ」
メリアと呼ばれた女性に登録用のものと思われる個室に案内される。
レイチェルにも勿論ついて来てもらう。
「初めまして、今回お二人の冒険者登録を担当しますメリアです。よろしくお願いします」
「俺はジェットです。よろしくお願いします」
「リディです。よろしくお願いします」
丁寧に対応されるのってちょっと緊張するな。
メリアさんは俺たちより幾らか年上かな。とても落ち着いた美人だ。
胸は……普通かな。あ、見るんじゃない俺!
そんなことを考えていると、何やら紙とペンが用意された。
「文字の読み書きは出来ますか?」
「あ、はい」
俺に続きリディも頷く。
文字は村で習ったものと同じようだ。ちゃんと勉強してて良かった。
「では、こちらの用紙に必要事項をお書き下さい。分からない箇所は白紙でも大丈夫ですよ」
えーと、名前、年齢、出身地、か。
ジェット、十五歳、エルデリア……っと。
これだけでいいのか。案外登録って簡単なんだな。
俺たちは必要事項を書いた用紙をメリアさんに渡す。
「はい、それでは確認させてもらいますね。……お二人の出身はエルデリア……ですか」
「はい、知ってますか?」
「いえ……初めて聞きました」
「あ、そうですか……」
やはり知られてないみたいだな。
「それではまずは冒険者と冒険者ギルドについて簡単に説明しますね」
これはちゃんと聞いておいた方が良さそうだ。
最初にされた説明は、昨日レイチェルに聞いたものと同じだったから問題ない。
冒険者登録後、犯罪を犯した場合は登録抹消されると言うのは初めて知ったけど、そんなことはするつもり無いから問題ない。
そもそも犯罪って言うのがあまりピンと来ないんだよなぁ。普通人って助け合って生活するものだろ? エルデリアでは皆そうだったしレイチェルだって俺たちを助けてくれてるし。
「ではランクの説明をさせてもらいます。ギルドでは冒険者に対し、実力や実績に応じてFからSまでのランク分けをしております。基本的にはEが一番低く、Sが一番上となっています。Fは少し特殊ですので後で詳しく説明しますね。依頼を解決したり魔物の討伐が仕事だと最初に説明しましたが、この実績によってランクが上がっていきます。B以上のランクアップには試験が必要となりますね。ここまでは問題無いでしょうか?」
俺とリディが同時に頷く。
まあ、俺たちにとってランクってあまり重要じゃないしな。
身分証が手に入って、魔物素材や魔石を買い取ってもらえて、もしかしたらエルデリアについて何か情報があるかもしれない。
それだけで十分だ。
「次はランクによる制限を説明しますね。依頼にも冒険者同様ランクが設けられていて、基本的には自分のランクの一つ上までしか受領出来ません。そこでFランクの説明になるのですが、Fランクでは町の外での依頼を受けることが出来ず、Fランクの依頼のみを受領出来ます。冒険者の登録自体は十歳以上からとはなっていますが、十五歳未満の場合はFランクからのスタートとなります。十五歳以上の場合は、本人からの希望が無い限りはEランクスタートです。Fランクからのランクアップは少し特殊で、十五歳になるかEにランクアップしても問題ない戦闘能力がギルドから認められた場合が該当します。お二人の場合、ジェットさんはEランク、リディさんはFランクから、と言うことになりますね」
「まあリディは危険なことをする必要は無いからな。Fランクでも大丈夫だ」
「え……ぁ、うん」
「ではそのように処理させていただきますね。それではジェットさん、得意な武器等はありますか? 今現在で特に無い場合は使う予定のものでも構いません」
「あー、基本は剣かなぁ。時々槍とか槌なんかも使うけど」
「成程、近接戦闘が得意なのですね」
そう言いながらメリアさんがさっきの用紙に何かを書き込んでいく。
「でも、やっぱ一番得意なのは魔術かな」
「成程、魔術で……え!? 魔術……魔法が使えるのですか!?」
メリアさんが驚愕の表情で固まってしまった。
「あ、えっと、魔法じゃなくて魔術です。こんな風に」
俺は掌から光の玉を出す。
メリアさんは光の玉を凝視したまま動かない。
「嘘……本当に、しかも無詠唱で……」
あ、あれは説明しておいた方がいいか。
「その詠唱ってのは必要ないです。ただ、俺この魔術で遠くを狙うのが苦手で……こうやって直接使ったり武器と併用したりしてます」
メリアさんが微動だにしない。
もしもーし、メリアさーん?
「はっ!? し、失礼しました! ジェットさんは魔剣士なのですね」
再起動したメリアさんが何やら凄い勢いでペンを走らせる。
魔剣士か。レイチェルもそんなこと言ってたな。この辺りでは俺みたいなのがそう呼ばれるんだろうな。
「リディちゃん、メリアさんにポヨンちゃんの紹介もしておいた方がいいかも」
レイチェルからの提案にリディが頷く。
そして、鞄からポヨンを取り出し机の上に置く。
あ、またメリアさんが固まった。
「あたしの友達のポヨンです。スライムだけどちゃんとあたしの言うことを聞くいい子です」
ポヨンが誇らしそうに胸を張っ……た気がする。
「…………き、今日だけで一年分くらい驚いた気がします。リディさんはテイマーなのですね。スライムの名前はポヨン、と。……この辺りでは見たことのない種のスライムですね……」
「あ、それと、あたしも魔術使えます。おにいみたいに難しいことは出来ないけど」
三度メリアさんが固まる。
見ててちょっと面白いと思ってしまった。
「わ、分かりました。……ふぅ、落ち着け私。そ、それでは少し特殊な依頼の説明をさせていただきますね。通常の依頼はギルド内にある掲示板に張り出されています。それ以外に指名依頼と緊急依頼と言うものがあります。指名依頼と言うのは依頼者が直接冒険者を指名した依頼ですね。ギルドから指名をさせていただく場合もあります。これは基本的には通常のものと変わりありませんが、少々難しい案件が多い傾向があります。勿論、断っていただくことも可能です。次に緊急依頼についてですが、これは町に危機が迫った場合等の急を要するものです。内容次第ではありますが、一定ランク以上の冒険者は特殊な事情が無い限りは参加の義務が発生いたします。もし理由も無く不参加だった場合は何かしらペナルティが発生しますのでご注意下さい」
メリアさんが軽く咳払いをする。
どうやら説明は終わったようだな。
「もし何か分からないことがあれば、気軽に聞いて下さい。では、登録手数料として銀貨一枚が必要になります。今すぐ用意出来ない場合、一ヶ月以内に用意していただければ大丈夫です。Fランクの場合はEランク昇格時でも問題無いですよ」
俺たちはレイチェルから渡されていた銀貨を渡す。
「はい、確かに」
そう言ってメリアさんが席を立つ。
「それではお二人のギルドカードを作成してきますね。後程ギルド内の施設についても説明いたしますのでここで少々お待ち下さい」
個室を出ていくメリアさんを見送り……ん?
「レイチェル? 難しい顔してるけど何かあったのか?」
「え? あ、いえいえ、何でもありません! ちょっと考え事してただけですから」
んー、まあ本人がそう言ってるんだし問題ないのかな。
「ねえおにい、あたしもEランクで良かったんじゃないかな?」
「そうか? お金なら俺が稼いでやるし、リディが危険なことする必要は無いんだぞ。それに緊急依頼だっけ? Fランクだったらそんな危ないもの受ける必要も無いだろうしな」
「……うん」
大丈夫だリディ、お前の分まで俺が頑張って稼いでやるからな。
暫く待っているとメリアさんが戻って来た。
そして出来上がった俺たちのギルドカードを渡された。
「こちらがお二人のギルドカードとなります。このカードは町に入る際の身分証代わりとしても使用可能です。もし紛失した場合は再発行に少々高い金額が必要になりますのでご注意下さいね」
おお、これがギルドカードか。
俺の名前とEと言う文字が書かれているな。リディの方も似たようなものだろう。
「それではギルド内の施設について簡単に説明しますね」
メリアさんにまずは依頼の受け方と達成方法について教えてもらった。
掲示板から依頼を選び受付で受理して、終わった後も受付で報告する。うん、問題無い。
魔物の討伐証明は魔石でいいとのこと。一部の依頼は常設依頼となり、そのまま魔石や採取品を買い取り窓口に持って行くだけでいいそうだ。
ギルドには酒場も併設されており、ここで食事も出来るとのこと。ただ、酔っ払いには注意した方がいいそうだ。リディもいるし、ここは無理に使う必要は無いな。
他にも資料室、なんて場所もあるそうだ。そこならもしかしたらエルデリアのことが何かわかるかもしれない。後で確認しよう。
で、俺たちは今買い取り窓口に来ている。
「ここで魔物の素材や魔石、採取した薬草や鉱石等を買取しています。解体前の魔物を持ち込んだ場合、解体料が引かれるのでご注意下さい」
「師匠、ゴブリンの魔石を買い取ってもらいましょう」
「あ、そうだな」
俺は布袋に詰めたゴブリンの魔石を取り出した。
全部で十個だな。
「メリアさん、実は昨日南の森の浅い所でゴブリンの集団に襲われて……この魔石はその時のものです。全部師匠が倒してくれました」
「はい、報告ありがとうございます。普段あまりゴブリンのいない南の森でもですか。やはりカーグ周辺でゴブリンが異常発生しているようですね。上位種が確認された、との報告もあります。くれぐれもご注意下さい」
ゴブリンの異常発生か。
あんなのが大量にいるとかぞっとしない話だな。
リディも物凄く嫌そうな顔してるな。可愛い顔が台無しだぞ。
まあ、リディにとってゴブリンは、いきなり汚い腰布を投げ付けられたトラウマの相手だからなあ。未だになんでゴブリンがそんなことをしたのかは不明だ。
「それと、今回のゴブリン十体分の討伐はジェットさんの討伐達成分として処理しておきますね」
あ、ゴブリンの魔石と言えばずっと亜空間に入ったままのが幾つもあったな。
あれも買い取ってもらえるのかな。聞いてみるか。
「別のゴブリンの魔石も持ってるんだけど、それの買い取りも出来ればお願いしたい」
そう言って、俺はエルデリア付近で倒したゴブリンの魔石を亜空間から取り出す。
やっぱこっちのゴブリンの魔石はさっきのよりでかいな。
「え? 今何処から……なっ!? これがゴブリンの魔石!?」
メリアさんがまた固まった。この人今日だけで何回固まったんだろう。
そんなメリアさんの様子に周囲も騒然となり始めた。
レイチェルもゴブリンの魔石を見てなんだか落ち着かない様子だ。
リディだけはキョトンとして、何のことか分かってないな。
あれ? もしかして俺なんかやらかしちゃったのか?




