20話 レイチェルの初めて
レイチェルと話し合った結果、まず俺たちは翌日から冒険者として活動する、と言うことになった。
詳しい話は明日の冒険者登録時に聞ける、とのことだ。
冒険者は十歳以上で犯罪者でなければ誰でも登録可能だそうだ。ギルドや住民からの依頼を受けそれを解決したり、薬草採取や魔獣……ここでは魔物と言っておこうか。魔物退治なんかの仕事もあるらしい。
魔獣……じゃなくて魔物の肉や素材、魔石の買い取りなんかもしてるそうだ。
冒険者登録時に配布されるギルドカードは身分証の代わりにもなるそうで、俺たちにとってはそれだけでもありがたい話だ。
冒険者ギルドは色んな国や地域に存在し、そこには色んな情報が集まるそうだ。もしかしたらエルデリアについても何か分かるかもしれない。
ただ、俺たちがここカーグにやって来た経緯は秘密にすることになった。
まあ、気が付いたらこの辺りにいました! と言っても普通は誰も信じてはくれないだろう。
「とまあ、こんな感じでいいんじゃないでしょうか。村を探して移動するにしても、単純に生活するにしてもどうしてもお金は必要になりますし」
まあ、魔術を駆使すれば最悪自給自足で生活出来なくもない。
ただ、俺一人なら兎も角リディにそんな生活はさせたくないしな。
「ほんと助かるよ。俺たちだけだと何していいか分からず途方に暮れるとこだった」
「いえ、わたしにはこれくらいのことしか出来ませんから。二人みたいに魔法……じゃなくて魔術を使ったり、リディちゃんみたいに魔物をテイムしたりとか出来ませんし」
苦笑しながらレイチェルが語る。
俺とリディはお互いの顔を見ながら頷き合う。
「あのね、レイチェルお姉ちゃん」
「!! お、お姉ちゃん! あ、あのね、リディちゃん。出来ればこれからもそう呼んでくれると嬉しいかなぁ、なんて」
「う、うん」
「なあリディ、俺のこともお兄ちゃんって」
「ん? どうしたのおにい?」
「……何でもない」
……別にいいんだ。
悔しくなんかないからな!
「えっとね、使えるよ魔術」
「……え?」
「だからね、レイチェルお姉ちゃん魔術使えるよ」
「…………え、えええぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
――ドタドタドタ! バンッ!
「レイチェル! 何があった!?」
あまりのレイチェルの大声に、レイチェルの家族が何事かと飛んで来る。
「な、何でもない、何でもない! ちょっとビックリしただけだから」
それをレイチェルがどうにか宥めると、首を傾げながらもレイチェルの家族たちは宿の業務に戻る。
「はぁ、はぁ、すみません。ちょっと取り乱しました」
「お、おう」
「そ、それで! わたしが魔術を使えると言うのは」
前のめりにレイチェルが訪ねてくる。
「あーうん。リディ、実際にアレ見せた方がいいんじゃないか」
「そうだね。レイチェルお姉ちゃん、ちょっと待ってね」
そう言ってリディが亜空間から紙とペンを取り出す。
「え? ええ!? 今何処から!?」
「あー、それも後で説明するからちょっと待ってくれ」
「は、はい!」
レイチェルは姿勢を整え固まる。
その間リディは時々レイチェルを見ながらペンを走らせる。
「出来た! はいこれ」
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レイチェル 16歳
身体能力:D
【属性】
水:C 風:D
無:E
【素質】
気配察知
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レイチェル十六歳だったんだな。俺より一つ上か。
「……えっと、これは?」
「リディはな、『分析』って言う自分や相手の潜在能力を視る魔術が使える。これはその魔術で視たレイチェルの潜在能力だ」
レイチェルに書かれていることの詳しい説明をする。
魔術と属性についてもここに無いものを含め、一通り解説することにした。
俺の説明をレイチェルは非常に熱心に聞いているようだ。
「これが……私の」
実は、リディの『分析』は以前より視ることの出来る範囲が広がっている。
名前と年齢はそのまま。
身体能力は、その人物の素の身体能力を表す。
属性は以前と同じ。
レイチェルにはまだ存在しないが、『分析』みたいな属性に関わらない魔術も視える。
素質、これはその人物が持つ優れた才能や特殊な加護なんかを指す。リディ曰く、この項目はまだ完全に視えている訳ではないらしい。
ちなみに、今現在の俺とリディについてはこんな感じだ。
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ジェット 15歳
身体能力:B
【属性】
火:S 水:S 地:S 風:S
光:S 闇:S 無:S
亜空間収納:劣化版
【素質】
魔力操作
女神の祝福
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『亜空間収納』が劣化版とは言え増えた。ただし、容量が増えても表記は変わらないみたいだ。
素質の魔力操作は読んで字の如く、魔力の操作が得意なんだろう。
女神の祝福。俺の属性がオールSなのはこの祝福のお陰なんだと思う。こうやって実際この祝福が視えるのは、あの時のことが夢じゃなかったんだと感慨深いものがあるな。女神様には感謝しかない。
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リディ 10歳
身体能力:D
【属性】
火:D 水:D 地:D 風:D
光:D 闇:D 無:D
分析
亜空間収納
【素質】
テイマー
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リディは属性が全てDだけど、どれも器用に使うことが出来る。
『亜空間収納』には追加表記が何も無い。おそらくリディのものが完全版だからであろう。
素質のテイマーは魔物を従える才能だ。リディ曰く、仲良くなれそうな相手は何となく分かるらしい。
「……わたし、昔から人の視線とか気配とかが妙に気になることが多かったんですけど……こう言う事だったんですね」
レイチェルの気配察知、これも読んで字の如く、気配に敏感になるのだと思う。
町の中で妙に落ち着きが無かったのもこれが原因なのかもしれない。あの時は俺たちへの好奇の視線がかなり多かったからな。近くにいたレイチェルもそれが気になってしまったんだろう。
「薬草採取で外に出た時も、不思議と魔物がいそうな方向が分かりました。まあ、さっきは他の大きな気配に気を取られてゴブリンたちに見付かっちゃいましたけど、はは」
実際とても優秀な素質だと思う。
風属性も扱えるし、レイチェルは斥候の素質が高いんだろう。
それと、その他の気配ってのは状況的に俺たちのだな。うん、すまん。
「それで! どうすれば私も魔術を使えるんですか、ジェットさん! いえ、師匠!」
な!? し、師匠だと!? ……そう呼ばれるのも悪くないな。
そうか、よく考えたらレイチェルってカエデ、ゴーシュに続いて俺にとっては三人目の教え子になるんだな。
でも、今の状況だと俺はカエデとゴーシュには何もしてやれない。最後までちゃんと面倒を見てやりたかったな……
その分三人目の教え子……いや、師匠に合わせて弟子としようか。弟子のレイチェルには今俺に出来る全てを教えよう。
「……俺の修業は厳しいぞ。ついて来れるか?」
「はい! よろしくお願いします!」
レイチェルが勢いよく頭を下げる。
それに合わせて豊かな胸も……はっ! いかんいかん。
「あー、レイチェルお姉ちゃん。おにいに教えてもらうのは兎も角、修業は止めておいた方がいいと思うよ」
「「え?」」
何を言い出すんだい妹よ。
「だっておにいの言う修業ってアレでしょ? 水と風だから真冬にパンツ一枚で何時間も寒中水泳したりとか、嵐の中に素っ裸で飛び出して肌に風を感じるとか」
え? 魔術の修業だと普通の事じゃないのか?
不思議と誰も一緒にやりたがらなかったけど。
「…………えっと、もう少し一般的な方法でお願いします」
……解せぬ。
気を取り直して、まずはレイチェルに魔力と言うものを感じ取ってもらうことにした。
聞いてみたところ、今までそんなもの一切感じたことは無いとのこと。
魔力を認識出来なければ魔術以前の問題だ。
そうとなれば、あの修業だな。
「えっと、こうですか?」
レイチェルが手を差し出してくる。
俺はそこに自分の手を重ねる。すると、レイチェルが一瞬硬直し、顔がみるみる赤くなる。
「…………な、なんだか恥ずかしいですね。こ、こう言うの全然慣れてなくて……」
何故だか見ている俺まで恥ずかしくなってくる。
ちらっと見てみると、リディは特に何もなく状況を見守っている。
「そ、それじゃあ今から俺がレイチェルに自分の魔力を送る。それを感じ取ってみてくれ。そうしていれば徐々に自分の魔力も感じ取れるようになる筈だ」
「は、はい! お手柔らかに!」
俺は掌に魔力を集中させ、それを徐々にレイチェルに流していく。
この修業は今でもリディと続けているからな。慣れたものだ。
「ふぁっ!? 師匠の手から何か暖かいものがわたしの中に……」
「それが魔力だ。このまま流し続けるからしっかり感じ取るように」
うーむ……今まで全く魔術に触れてこなかった影響なのかな? どうにもレイチェルは魔力の流れが悪い気がする。魔力自体が固まっていると言うか、何かが栓のようになって邪魔していると言うか。
少し流す魔力量を増やしてみるか。
「ん……し、師匠、体中が熱くなって……」
んんんん、もうちょい、この栓みたいになってる部分をどうにか出来れば……よし、通った!
「あぁん! ちょっ、ししょ……ぁん、ん、体が……ゃ、ひゃん!!」
……そう言えば、リディはこの修業がくすぐったくて楽しいって言ってたっけ。
さっきからレイチェルが体をくねらせながら妙に艶っぽい声を出してるんだが……
……何だかいけないことをやっている気分になってきたな。
と、とりあえず今回はこれくらいにしておこうか。
俺は徐々に流していた魔力量を抑えていく。
流していた魔力が止まると、レイチェルは汗だくになりながら荒い吐息を漏らしていた。
「はぁ、はぁ、ん……ぁん、はぁ」
「き、今日はここまでだ。続きは明日からだ」
「は……はい。はぁ、ありがとう……ございました。き、今日は、疲れたので……もう休ませてもらいますね。おやすみなさい……」
「あ、ああ、おやすみ。ゆっくり休んでくれ」
「おやすみなさい、レイチェルお姉ちゃん」
ぐったりした様子でレイチェルが出ていった。
何故かちょっと内股になってたような……
「おにい、体拭いてあたしたちも寝よう」
「おお、そうだな! 明日からまた忙しいだろうしな。お湯用意するからちょっと待ってろ」
亜空間から桶と布を取り出し準備をする。
体を拭き終わり、俺たちは灯りを消してベッドに入る。
「それじゃ、おやすみおにい」
「おやすみ、リディ」
……
…………
…………何だか目が冴えて眠れん。
ポヨンが一匹、ポヨンが二匹、ポヨンが――
俺はどうにか眠ろうと必死にポヨンの数を数えるのだった。




