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2話 ジェット7歳

「にぃにー」


 二歳になったうちの妹が僕目掛けて走って来る。

 生まれた時からふさふさだった両親譲りの黒髪は今では肩くらいまで伸びている。前髪は僕と同じく一部分だけが白くなっている。

 満面の笑みを浮かべて走ってくる姿を見ていると、転んでしまわないかと冷や冷やしてしまう。


「にぃに、だっ」


 これは抱っこの催促だな。抱き上げてやると必死に僕にしがみ付いて来る。よーしよし、可愛い奴め!


「あらジェット、丁度良かったわ。母さんこれから晩御飯の準備をするからリディのこと見ててくれる?」


「うん、分かった」


「じゃあお願いね」


 そう言ってお母さんは台所の方へ向かって行く。

 ふっふっふ、遂に日頃の練習の成果を見せる時が来たようだな。


 リディは抱っこモードに入ったら降ろされることを物凄く嫌う。妹に悲しい顔をさせない為にも飽きるまでは抱っこを続けなければならない。

 しかしだ。非力な七歳の僕にとって妹を抱っこし続けると言うのはあまりにも辛い。そのうち重さに耐え切れなくなって降ろすことになってしまう。

 そこで僕は秘策を用意した。魔術だ。魔術を使って可愛い妹を抱っこし続けてやるのだ!



 ◇◇◇



 三年前、女神様から祝福を貰った。

 あの夢のような出来事はどうやら本当にあったことらしい。その証拠なのか、あの時以来僕の前髪の一部が白くなってしまった。黒髪と白髪で女神様とお揃いだ。

 まあ、女神様は黒と白が半分ずつだったけども。


 その後、お父さんとお母さんに魔術について聞いてみた。女神様が言うには僕は努力すればするほど魔術が巧くなるらしいし、とても興味があった。

 何処で知ったのか不思議がられたけど、少しだけ教えてくれた。


 魔術と言うのは、体の中にある魔力と言うものを使って色んなことを起こせる技術らしい。

 例えば魔力を使って火を出したり水を出したり、他にも自分の体を強くしたり。

 勿論僕は教えてくれとお願いした。でも、まだ早いと言って教えてもらえなかった……

 何でも僕たちの住んでいる村では十歳になってから魔術の勉強を始めるのだとか。読み書きや計算の勉強なら七歳から始めたんだけど……


 でも、どうしても魔術を使ってみたかった僕はこっそり自分だけで練習を始めた。


 最初に苦労したのは魔力についてだ。

 魔力がそもそも何なのか分からない。お父さん曰く体の中にあるモノらしいけど……

 手から出してみようと色々やってみたけど勿論何も出てこない。口からも出してみようとしたけれど、ただ生暖かい息を吐くだけだった。


「あーーーーー、駄目だぁ」


 しばらくはそんな感じで何の成果も無かった。

 変化が起こったのはリディが生まれてからだった。

 

 生まれたばかりのちっちゃな妹。お母さんに抱っこされて大きな声で泣く妹。

 お父さんが抱っこすると、何かが気に入らなかったのかもっと大きな声で泣き始めたり。

 眠そうにしている妹を撫でてみると、そのとてもとてもちっちゃな手で僕の指を掴んでそのまま幸せそうに眠ったり。


「リディの手は暖かいなぁ」


 リディに指を掴まれているととても暖かい気分になる。まるで女神様から暖かい祝福を送って貰った時みたいに……

 その時に僕はふと思った。あの暖かい気のようなものが魔力なんじゃないかって。

 試しにあの時のことを思い出しながら自分の体の中を意識してみる。指先の暖かさと同じものを感じてみる。

 そうしたら自分の中に同じ暖かいものを感じることが出来た!

 それをどうにか動かそうとしてみる。ゆっくりだけど少しずつ体の中を巡っている感覚がある。

 その流れを手から出るように意識してみる。そうしたら今までとは違って何かを手から出している感触があった。


「これが魔力! ……なのかな」


 段々面白くなってきて、そのまま魔力を手から出し続ける。しばらくすると、ふっと意識が遠のいた気がした。気が付くとリディと一緒に眠ってしまっていたようだった。


 それからは魔力を自由自在に動かす練習を始めた。その時に魔力を使い過ぎると回復のために眠くなってしまうことを知った。

 そんなことを続けていると、次第に魔力を動かせる量が増え、動かし続けることが出来る時間も伸びていった。

 ただ、お父さんが言っていたみたいな火を出したり体を強くするのはどうしても出来なかった。


 お父さんたち村の大人は魔術で体を強くして狩りをしているそうだ。

 六歳の時に連れて行ってくれと頼んでみたけれど、勿論駄目だと断られた。

 魔術を見せてくれと頼んでも十歳になってからな、と言われるばかり。


 そんなある日、狩りで大物が獲れたらしく村の広場で宴会が行われた。

 勿論僕も参加して美味しいお肉をいっぱい食べさせてもらった。

 流石に一歳のリディにはまだ早かったようで、ぐずり出したのでお母さんが連れて帰って行った。

 お母さんが家に帰ったからか、お父さんはいつもより羽目を外して酔っぱらっているみたいだ。

 これはチャンスかもしれない。


「ねえお父さん、大物を獲った時の魔術見てみたいなあ」


「はっはっはーー! そうかそうか! よーし、見てろよ~。ふんぬぅ!!」


 お父さんの体から魔力が噴き出る! それと同時に周りから歓声が上がる。


 おお、これが体を強くする魔術! 魔力で鎧を纏ってるみたいだ……


 次第に周りでも大人たちが体を強くする魔術を使い始める。どうやら誰が一番強い魔術を使えるか競い合っているみたいだ。

 ちなみに僕の見た中だとお父さんの魔術が一番強そうに見えた。


 よーし、これで魔術の練習が出来る!



 ◇◇◇



 こうしてこっそり魔術の練習を始めておよそ一年。ようやく僕は体を強くする魔術を身につけた。

 最初はいまいちコツが分からなくて苦労したけどもう大丈夫だ。

 去年見たお父さんの魔術と同じようなことは出来ている筈だ。……まあまだまだお父さんの魔術の方が強そうだけど。


 よーし、見てろよリディ! 今日はお前に悲しい顔はさせないからな! うおぉぉおおお!!


 気合を入れて全身から勢いよく魔力を捻り出す。そして魔力を鎧のように全身に纏う。


 おー、凄い! 全然腕が疲れない。


「にぃに、あたかい~」


「よーしよし、今日はずっと抱っこしててやるからな~」


「やったーー」


 そのまま突っ立てるだけじゃ面白くないので少し動きもつけてみる。勢いよく揺らしてやるとリディがきゃっきゃと喜ぶ。

 ただ、しばらくするとガクンと腕の力が抜ける。慌てて魔術を掛け直す。


 うぐぐ……思ってたより魔力の消費が激しい。体の外に出してる分どんどん魔力が抜けていっている気がする。


 このままではまた妹に悲しい顔をさせてしまう。


 今のやり方じゃ短い時間しか魔術を使えない。何か……何か方法は。


 一度体の外に纏っている魔力を体の中に戻してみる。魔力の抜け自体は収まったけど、今度はリディの体重が僕の両手を襲う。


 これじゃあ今までと何も変わらない! くぅ、女神様! 僕に妹を抱っこし続ける力を!


 その時ふいに思い出す。女神様の暖かい魔力が僕の中に流れ込んで来た時の感覚を。


 そうだ、あの時僕は凄く力が湧いて来る気がしたんだ。もしかしたら。


 体の中に戻した魔力を今度は外じゃなく体の中を流れるように勢いよく動かしてみる。手や足の先まで隅々に。

 ある程度動かし方のコツが分かってきた所で更に勢いを増していく。

 すると、体中が暖かくなってきた。

 それと共にリディの重さが気にならなくなっていく。


 うおおおおおおおおおおおおおおお!! これなら抜けていく魔力も少ないし、何だかとても体が軽い!


 試しにその場で跳ねてみる。

 おお、リディを抱っこしてるのに体が羽みたいに軽い!

 少し走ってみるけど全然平気だ!


「にぃに、はやい~~~!」


 リディもご機嫌だ。


「よしリディ、このまま家中を探検に行こう!」


「にぃに、いく~~」


「ただいまー、ってうわっ!」


 丁度狩りから帰って来たお父さんの前を駆け抜けて行く。そのままお母さんの居る台所を一周して走り去って行く。


「こらー! ジェット、家の中を走り回っちゃ駄目でしょ!!」


 お母さんの声を置き去りにして元居た居間の方へ。

 これだけ動いてもまだまだ余裕がある。

 さらにもう一周回ってみる。

 リディも凄く上機嫌だ!


 よーし、このまま今日は限界までリディと遊んで……うわっ!


 不意に後ろから肩を押さえられる。背中の方から嫌な感じがヒシヒシ伝わってくる。

 僕は恐る恐る後ろに振り返る。

 そこにはお母さんと言う名の鬼がいた……


「あなた、リディを宜しくね。さてジェット、ちょっとお母さんとお話ししましょうか」


 その日、僕はお母さんにだけは絶対に逆らってはいけないと言うことを知った。

 そして、本当の悲劇は次の日にやって来たのだった……




「グギギッ、あが」


 体中がとんでもない筋肉痛で悲鳴を上げる。寝返りを打つことすらままならない。


「にぃにー」


 そこに無邪気な悪魔がやって来る。


「にぃに、だっ」


 だ、駄目だリディ! それだけは!


 僕の願いも空しく、小さな悪魔は横たわる僕の上に勢いよく飛び乗ってくる。


「あんぎゃああああああああああああああああああああ!!」


 僕の絶叫を聞いて面白そうに笑う悪魔リディ。

 結局は筋肉痛が和らぐまで三日程、このような光景が続くのだった。

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