182話 一難去って
「よし、今日の所はこれでいいか」
俺たちは秘密基地ダンジョンを脱出し、地魔術を使って入り口の扉を石壁で覆いガチガチに固めた。
ブロッブが鍵の部分を溶かしてたみたいだからな。そのまま放っておくとダンジョンの魔物が外に出て行きかねない。
これだけだと不安だし、エルクおじさんに頼んでこの扉の修理をしてもらおうかな。
「さっき改めて見た感じ、ここの扉は内部のものとは全然印象が違いますね」
ダンジョン内の扉は周囲に合わせて違和感無いような装飾が施されたりしてたけど、この扉は何と言うか無骨なんだよな。
「もしかしたら、昔のエルデリアの村人によって後から取り付けられたものなのかもしれんな」
やはり、ここから魔物や瘴気が出て来ないよう抑えてたんだろうな。
入り口がしっかり塞がれたことを確認した俺たちは、出口に向かって歩き始める。
「それにしても、元凶だった賢者ギリアムがブロッブに喰われていたとはな……はぁ、真実を知らなかったとは言え憧れていた過去の英雄だ。哀れな末路を見ずに済んだのは、ある意味幸運だったのかもしれんな」
アガーテがそんなことをぽつりと漏らす。
確かに、あのブロッブに浮き出るギリアムの顔は、アガーテに見せるにはかなり刺激的だったかもなあ。
「それで、リディちゃんの鞄の中の卵が、カーグ南の洞穴の中にいたブロッブなんだね」
「うん。ほら」
リディが鞄を開いて中を俺たちに見せると、薄青緑の卵が顔を覗かせる。
「わわっ、今卵が動いたよ!?」
「うん。時々こうやって動くんだよ。この中でこの子が頑張って生きようとしているみたいなの」
「ふぅむ。しかし、ブロッブに魔力を求める特徴があったとはな。ジェット、リディ、ブロッブの生態のことをギルドに報告しても大丈夫か?」
「おう。それくらいなら問題無いんじゃないのか? ブロッブの被害を抑えることにも繋がるだろうし」
「感謝する。スライムやブロッブは良く知られる魔物の割にあまり研究が進んでいなくてな」
言われてみれば、普段どこにいるのか結構謎だよなスライムって。
ポヨンがそばにいるから感覚が麻痺してたみたいだ。
瓦礫の所まで戻って来ると、既に辺りは暗くなっていた。
ダンジョンの探索を行っているうちに夜になっていたようだ。
「んーー、疲れたー。今日はゆっくり休みたいね」
「そうだな。時間も時間だし早く帰ろう。村長たちへの報告は明日でいいか」
「ジェット、ここはこのままでいいのか?」
「あー、そうだな。魔物が入ったら面倒だし塞いでおこうか」
ダンジョンへ続く通路を石壁でがっちり塞ぐ。
エルクおじさんに扉をきちんと修理してもらったら、改めてここをどうするべきか村長に決めてもらおう。
「周囲に魔物はいないみたいです」
「よし、それじゃ帰ろうか」
この辺りがどうなっているのか確認したかったので、今回はリディの『転移陣魔術』を使わず歩いて帰ることにした。
夜になっているけど、結局秘密基地でアンデッドに遭遇することは無かった。
それに、相変わらずこの辺りにも生き物の気配が感じられるままだった。
レイチェルの気配察知に頼り、魔物を避けエルデリアに到着したものの、既に入り口の門は閉じられていた。
「それじゃリディ、頼む」
「うん、任せて」
リディが足下に転移陣を設置し、使い捨ての『転移陣魔術』を発動する。
周囲の光が収まると、俺たちは自宅の地下室に移動していた。
父さんと母さんはもう寝ているかもしれないので、出来るだけ音を出さずに地下室を出る。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま、ってまだ起きてたんだ」
「あなたたちが帰って来るかもって思ってね。父さんもまだ起きてるわよ」
「そうだったんだ。それだったら何があったか教えるよ」
俺がそう言うと、母さんが首を横に振る。
「あなたたちの顔を見れば大体分かるわ。それは明日でいいから今日はゆっくり休みなさい。ご飯まだだったら用意するけど」
「あたしもうお腹ペコペコ」
ご飯と言う言葉にポヨン、ルカ、サシャがピクリと反応する。
「わたしも手伝います」
「ならば私も手伝うとしよう」
「そう? ならお願いしようかしら」
そうして、母さんとレイチェル、アガーテが台所に向かって行く。
その後をリディの従魔たちがついて行く。
キナコは手伝いだろうけど、他はつまみ食い目的だろうな。
「ねえ、おにい。パパにこの子のことお願いしに行こう」
「そうだな」
俺たちは居間にいる父さんの元へ向かう。
父さんに元気になるまでブロッブを預かっておいてほしいと頼むと、二つ返事で引き受けてくれた。
卵がひっくり返らないよう明日にでも寝床を作ってくれるそうだ。
そうして俺たちは少し遅めの晩ご飯を食べ、日課の修業をこなし風呂に入ってから眠りに就いた。
◇◇◇
翌日、俺たちはダンジョンでの出来事を村長に報告しに行った。
「ふぅむ。そうなると、南の遺跡周辺は普通の森と変わらなくなったと言うことか。それならエルクと共に儂らでその城の入り口は塞いでおこう」
この件については村長に任せることにしているので、俺は村長の申し出に頷いた。
「ふぅむ、人喰いスライムにそのような習性があったとはなぁ。それで、賢者ギリアムだったか。確かに倒したんだな?」
「うん。ブロッブに取り込まれてたのを白炎で消滅させたから。それに、ギリアムの魔力の影響はどこにも残ってないみたいだし」
「わたしたちが普通に南の遺跡にいても、特に気分が悪くなったりはしませんでした」
村長は俺たちの話を聞きながら手元の紙にメモを取っていた。
「ジェット、ブロッブを引き剥がした後、障壁の魔道具とやらは元通りとなって正常に機能していたんだったな?」
「ああ。ブロッブに取り付かれていた時は弱弱しい光り方だったけど、後で見た時は光も強くなってたからな。それがどうかしたか?」
「ふと思ったのだが、黒獣の森の魔物の生息範囲の乱れ。あれはその魔道具にブロッブが取り付いていたことで発生していたのではないかと」
ああ、言われてみれば確かに。
ここ最近、あの魔道具はブロッブによって魔力を喰われ続けていた。
そうなると、あの魔道具が発生させていた障壁にも、何かしら影響があってもおかしくない。
それによってダンジョンの瘴気の流れが乱れ、魔物たちの生息範囲に影響を及ぼしていた、って所か。
全く、ほんと迷惑な存在だなギリアムって。
「だったら、今は黒獣の森の様子も元に戻ったんでしょうか?」
「多分。一度ライナスに行って状況を聞いてみるか?」
「昨日の今日だからな。流石にギルドが状況を把握出来ているとは思えんが……」
ああ、そう言えばそうだったな。
なんか、スケルトン襲来から今日まで色々なことがあり過ぎて、どうも時間の感覚が狂ってしまっていたみたいだ。
「でも、どっちみちライナスには一度行った方がいいんじゃない? ブロッブのこともあるし、この間使った食材を補充しておいた方がいいだろうし」
この前の炊き出しで提供したからな。
まだ十分持つとは思うけど、補充出来る時にしておいた方がいいのは確かだ。
「いやぁ、すまんなあ。本当は村から提供したいんだが、畑以外にも一部の備蓄が被害を受けていたからなあ」
「いや、いいよ。あの時はその代わりにミスリルを貰ったんだし……あ、それだったらこのお茶菓子貰っていってもいい?」
村長の奥さんが作ったものだったっけ?
これ結構美味しいんだよなあ。
「おうおう、好きなだけ持って行け!」
「キュゥウウ!」 「ニャァアン」
村長の言葉に食いしん坊たちが反応する。
お前たち、さっきもいっぱい貰ってただろ!
そうして後のことを村長に任せ、俺たちは一度ライナスへ向かうことにした。
うーむ、本当なら今頃はサイマールへ向かっている予定だったんだけどなあ。
なんか、ここ最近エルデリアとライナスを行ったり来たりしているな。
◇◇◇
「到着!」
周囲の光が収まると、俺たちはライナスの拠点の地下室に移動していた。
何だかんだ言って、最近はこうやって『転移陣魔術』での移動が当たり前になってきているな。
地下室から家の裏手に出ると、ウィタが俺たちのことを出迎えてくれた。
懸命に短い枝を動かして何かを訴えているみたいだけど……
「ただいま、ウィタ。どうしたんだ? 何か収穫でも出来そうなのか?」
「おにい、違うみたい。ねえウィタ、何かあったの?」
ウィタが枝を動かしたり葉を揺らしたりしながらリディに何かを語る。
いつの間にか従魔たちもそばに移動してウィタの言葉に耳を傾けていた。
「ふむ。どうにも様子がおかしいな」
「どうしたんでしょうか? ん? 何かの気配?」
その時、レイチェルが何者かの気配を塀の向こう側に感じ取ったようだ。
「え? なんだかあっちの方から嫌な感じがするの?」
リディがある方向を指さしたのを見てウィタが頷く。
その指さした方向ってライナスがある方じゃ……
「凄く嫌な予感がするな。まずはレイチェルが感じた気配を確かめておこう。この向こう側か?」
「は、はい! そっちの方から少し小さいですけど気配を感じます」
俺は塀のそばまで移動し、地魔術を使って足場を作る。
その足場の上に移動し、塀の上から向こう側を覗いてみる。
すると、少し遠くにその気配の正体を見付けることが出来た。
そこにいたのは……
「黒角兎! しかも三匹!? なんで黒獣の森にしかいない魔物がこんなとこに!?」
どうなっているんだ!?
少なくとも、今まで黒獣の森の外で黒角兎なんか見たこと無いんだけど……
「師匠! これって黒獣の森の異変が原因なんじゃ……」
「ジェット! 先程ウィタが嫌な感じがすると言ったのはライナスの方向だった! もしかしてライナスは……」
アガーテの奴、かなり動揺してるな。
無理もない。
ライナスにはアガーテの家族やフランさんみたいな大切な人たちがいるんだから。
俺はアガーテの肩に手を置いて目をじっと見る。
「落ち着け、アガーテ。まだ何かあったと決まった訳じゃない。リディ、念の為ウィタをエルデリアに避難させといてくれ!」
「うん、分かった! ウィタ、こっちに。サシャ、外の黒角兎をやっつけておいて!」
「ニャァァン」
指示を受けたサシャが足場から塀を越え、近くの木の上に飛び移り黒角兎の元へ向かう。
その間にリディは足元に転移陣を設置し、ウィタを伴ってエルデリアへと飛んで行った。
「アガーテ、俺たちも付いてる。だから焦るな」
「わたしたちもいるからね」
「キュゥウウ!」
残ったポヨンとキナコとルカがアガーテのそばに移動する。
それぞれアガーテに触れて落ち着かせようとしているみたいだ。
「皆……すまない、もう大丈夫だ」
不安げに揺れていたアガーテの瞳が真っ直ぐ俺に向く。
よし、もう大丈夫そうだな。
丁度その時転移陣が光り、リディがこっちに戻って来た。
それと同時にサシャが黒角兎たちを咥えて塀を飛び越えて来る。
「おまたせ! ママに軽く事情を話してウィタのことお願いしてきた」
リディがサシャから受け取った黒角兎を『亜空間収納』に仕舞い、設置していた転移陣を消去する。
「それじゃあ、これからライナスへ向かう。もし道中黒獣の森の魔物と遭遇したら可能な限り討伐していく。とにかくまずは現状を把握する。焦りは禁物だ。いいな、皆」
「うん!」 「はい!」 「ああ!」
「キュッ!」 「ニャウン」
「よし、行くぞ!」
そうして、俺たちは急ぎライナスへと向かった。