180話 賢者の妄執
「食らえっ!」
通路の奥から現れたブロッブに白炎の槍を突き入れる。
触手とか消化液で攻撃されたら面倒だからな。先手必勝だ。
「なんだかブロッブの数が増えてきたような」
さっきから俺もそれを感じていた。
奥へ向かうにつれてブロッブとの遭遇頻度がどんどん高くなっていったのだ。
《ふむ。やはり、そのブロッブからあのねちっこい魔力を感じるのう》
ねちっこい魔力……
女神様が言うねちっこい魔力の持ち主なんて一人しか思い付かない。
「ギリアムとこのブロッブに何か関係が……」
《流石にどんな関係かまでは分からんが……まず無関係ではないであろうな》
まあ、そりゃそうだよな。
「ねえ先生。前に暴走させた『転移陣魔術』は意識すればある程度融通が利くって言ってたよね?」
《そうじゃな。特定の魔力や魔道具なんかを目印にすれば、わずかながらそちらに移動先を調整出来んことも無いが……それがどうかしたか?》
「あ、うん。それを上手く使えば、ここから皆のいる場所に脱出出来ないかなーって思って」
そうか。カーグの南の森に飛んだのと同じ要領でさっき休憩してた部屋へ移動するんだな。
《可能か不可能かで言えば一応可能じゃ。だが止めておけ。あくまでわずかにそちらの方に飛ぶ可能性が高くなると言うだけで、実際は想定外の遥か彼方に飛ぶ可能性の方が圧倒的に高い》
「そ、そうなんだ。やっぱりやめておく」
《くふふ、それが良い》
うん、やっぱり楽しようとしても駄目だな。
ただ、さっきの会話で一つ思い出したことが。
「それにしても、あの時は妙な場所に飛んだよなあ。普通に考えたらカーグ周辺だとしても森の中にでも飛びそうなのに」
「あー、変な洞穴の中だったね。町中にいきなり飛ぶよりは良かったのかもだけど」
確かにな。
それだと俺たちは町に入る金も払わず入ることになって捕まってたし、何よりレイチェルはゴブリンに殺されていたかもしれない。
その時、ポヨンが体を揺らしながら前方に光の触手を向ける。
これは、敵が現れたみたいだ。
白炎の槍を構え敵を待ち受ける。
暫くすると、前方から幾つかの黒い水たまりがゆっくりとこちらに向かって来た。
「やっぱりブロッブか!」
ブロッブの体から触手が伸びようとしていたので、そこを狙って白炎の槍で突く。
ブロッブの崩れた体が白炎に包まれ、灰となって崩れ去った。
同じ要領で残りのブロッブも始末していく。
「ふう、対処は難しくないけど、幾らなんでも数が多すぎないか?」
「多分、あたしたちを狙って来てるんだよね」
アガーテが生きたものしか襲わないって言ってたしな。
すると、ポヨンがリディに向かって何かを伝えようと体を伸ばす。
「どうしたの? ふんふん、お腹を空かせてる?」
どうやらご飯の催促……と言う訳ではないだろうな。
ポヨンは頭のいいスライムだ。この状況でそんな無意味なこと言わないだろう。
《ポヨンも一度あの状態になりかけたことがあるのじゃ》
「え、ポヨンが?」
《エルデリアを抜け出して暫くしてじゃったか。うまく食料の調達が出来ず、ポヨンは体の形を維持することが困難になっておった。そこでポヨンは近くにあった鉄鉱石を消化して……》
へえ、それで金属の消化も出来るようになったのか。
こいつも色々大変だったみたいだなあ。
《まあ、それはよい。その経験から、ブロッブは極限まで飢えたスライムが変異した魔物だと伝えたかったのじゃろう》
ポヨンが大きく頷く。
成程なあ。
それで俺たちを食おうとして群がって来てるんだな。
《じゃが、見た所ブロッブと言うのは破れた袋のようなものみたいじゃ。食っても食っても養分が抜け落ちていくのじゃろうな。くふふ、ポヨンのお陰で妾もスライムに詳しくなったものじゃ》
ポヨンにとっては自分の体だしな。
そこから分かることを自分の中に残っている女神様の魂に伝えているんだろう。
《ここからはポヨンの推測になるが、その抜け落ちた養分が新たなブロッブになっているのではないかと言っておる》
「えっと、つまり、この奥にブロッブの大元がいて、そいつが食ったものから得た養分で新たなブロッブが生まれ続けていると」
ポヨンが体で丸を作る。
どうやらその考え方で合っているみたいだ。
「おにい! それって危ないんじゃない!? もしここから溢れ出たブロッブがエルデリアに向かったら……」
「村が襲われる!」
おいおいおい!
折角ダミアンの黒スケルトンを倒して村を取り戻したのに、今度はブロッブの大群だと!?
しかもギリアムの奴が関わってる可能性があるって……
くそっ! どこまでも迷惑な奴だ!
「よし、急いで」
《落ち着けジェット。焦って動いた所で事態が好転する訳ではない。まずは今やるべきことをやれ》
ふう、そうだ落ち着け俺。
今俺たちがやるべきこと、それはこの隠し通路から脱出して皆と合流することだ。
「ありがとう女神様、もう大丈夫。さあ、行こうリディ!」
「うん!」
《くふふ、目的の場所まではもう少しじゃ》
ブロッブを討伐しながら隠し通路を進むと、ふいに広い通路に出た。
その通路の片側は崩落によって完全に崩れてしまっていた。
「ここは……」
《脱出通路と合流したようじゃな。この崩れた先が、妾たちがギリアムとダミアンに襲われた場所じゃ》
「あのダミアンって黒スケルトン、どうやってこんな場所から出て来たんだろう?」
「うーん、所々隙間はあるけどあの黒スケルトンが通れるような大きさは無いな。となると、どこか別の場所と繋がっているのかもな」
《まあ、そちらは今はよい。制御の魔道具は反対側の道じゃ》
この通路にもやはりブロッブは溢れているようで、次第に少し大きめの個体も現れ始めた。
「くそ、キリが無いな!」
白炎の槍を突き刺し周囲のブロッブを討伐していく。
通路が広くなったここではポヨンも攻撃に加わり、光の触手でブロッブを打ち据える。
すると、ポヨンの攻撃を受けたブロッブが黒い煙を出しながら縮んでいく。
「単純な光魔術も効果的みたい!」
そうか。
それだったら……
俺は足元に光属性の『設置魔術』を仕掛ける。
一匹一匹槍で突くよりこれで広範囲を一気に始末した方が手っ取り早い!
すると、周囲のブロッブが動きを止める。
そして、なんと一斉に俺に向かって迫って来た!
「うおっ!? なんだ!?」
俺は慌ててその場から離脱する。
ブロッブたちは俺に構うこと無く、そのまま『設置魔術』に群がって行き……
「リディ! 目を瞑れ!」
「う、うん!」
俺たちが急いで目を瞑ると、ブロッブたちの消化液に反応した『設置魔術』が激しい光と共に爆ぜた。
光が収まってから目を開くと、そこにはブロッブも『設置魔術』も何も残っていなかった。
「あー、びっくりした。いきなりあんなに向かって来るとは……」
「物凄い勢いだったね。お陰でこの辺りのブロッブは一掃出来たみたいだけど」
その時、ポヨンが伸び縮みを始めた。
「えっと、おにいの『設置魔術』の魔力を食べようとして群がってた?」
伸びたポヨンが頷く。
《ふむ。どうやら、あのブロッブたちは魔力を感知し食料としておるようじゃな。生きたものが襲われると言うのも、基本的に死体に比べ多くの魔力を蓄えておるからかもしれん》
『設置魔術』は魔力をその場に設置する魔術だ。
だから、周囲のブロッブたちが一斉に感知して群がって来たのか。
幾ら食料となる魔力を食べても破れた袋みたいに外へ流れ出る。そして飢えて新たな獲物を求める……
そうやって飢え続ける魔物なんだなブロッブは。
栄養を蓄えることが出来ないから、元のスライムに戻ることも出来ないんだろう。
「でもそうなると、大元のブロッブは一体何を食べてこんなに……」
《ジェット、リディ、この先にある魔道具は隠し扉の制御をするものだけではない。魔族の国境を作っておった障壁の魔道具も管理されておる》
「んー。よく考えたら、なんで五百年も前の魔道具が整備もされてないのに動いてるんだろ……あ! 遺跡型ダンジョン!」
「ダンジョン内の魔道具にも修復力が働くから、未だに起動し続けてる!」
そうか、それであの彷徨いの森は維持されているのか。
とすると、
「その魔道具にブロッブが取り付いて魔力を食ってる!?」
《その可能性が高そうじゃな。む、見えたぞ。あそこの崩れておる壁の向こうじゃ。あそこは隠し部屋になっておったが、どうやら崩落時に壁が崩れたようじゃな》
さっきの『設置魔術』のおかげで行く手を阻むブロッブはいない。
俺たちは女神様に教えてもらった崩れている壁の前まで辿り着いた。
そしてその内部をポヨンが照らすと……
「うっ、なんだこれ!?」
「これが……全部ブロッブ」
壁の向こう側の大きめの空間には、床を埋め尽くす黒いブロッブの海が広がっている。
ブロッブの表面には波紋のような波が立つ。
時折巨大ブロッブの一部が分離する。すると、そこから新たな小さいブロッブが生まれていた。
《あの中心に幾つかある光る球が障壁の魔道具の本体じゃ。隠し扉制御の魔道具は奥にあるのじゃが……ブロッブに埋め尽くされていて見えんな》
障壁の魔道具にもブロッブの体がへばりついていた。
心なしか、魔道具の放つ光が弱弱しい気がする。
「おにい、さすがにこの中のブロッブを白炎で燃やすのは危ないんじゃ」
「ああ。修復力があるとは言え、どんな悪影響があるか分からないからな。とにかく魔力を使ってここからおびき出して……」
その時、ブロッブの海が俺たちに向けて流れて来た!
まだ魔力の餌も出してないのに!
おびき寄せる手間が省けたのは助かったけど……
ん? なんかブロッブの中に白いものが見えるような……
その白いものが俺たちに向かって来てるのか!?
すると、俺たちに向かって来るブロッブの体が何かを形作る!
これは、人の顔!?
しかもこの顔は……!
「おにい、この陰険そうな顔、夢で見せてもらったギリアムじゃない!?」
「ああ! それに、あの白いものは骨だ! 頭蓋骨だ!」
《くふふ、ねちっこい魔力も感じるのう。こやつ、ブロッブに喰われておったのか!》
そうか!
ブロッブが大きい魔力に反応するんだとしたら、ダンジョンの外まで漏れ出していたギリアムの魔力は最高のご馳走だ!
それに、頭蓋骨だけ食われていると言うことは……ダミアンと違ってギリアムの体はあの崩落によって失われてしまってたんだろう。
そして、頭だけがアンデッドとして蘇ってしまった。
「頭蓋骨だけのギリアムは動きたくても動けなかったんだ」
「それで、あの時はあたしたちを自分の元へおびき寄せようとして」
ダミアンたちを使って俺たちを捕らえる気だったんだろうな。
でも、俺たちがリディの『転移陣魔術』で逃げてしまったから。
《結果、招かれざる者を引き寄せてしまい喰らい尽くされた、と。死してなお、どこまでも愚かで哀れな奴よギリアム》
俺たちの声を聞いてか聞かずか、ブロッブの体が形作ったギリアムの顔の口が動く。
動くだけで声は出ない。
だけど、その口の動きは……
『――リ――ディ――アァ――ヌ――』
女神様の名を呼んでいるようで、
『――ヨ――コ――セ――』
ブロッブに喰われてなお、己の欲望を失っていなかったようだ。
《ふん。貴様に我が名を馴れ馴れしく呼ばれたくはないなギリアム》
女神様が嫌悪感を露わにする。
それと同時に、リディとポヨンが何かに反応した。
「え? 今声が聞こえて……お腹空いた、苦しい、気持ち悪い、楽にしてくれって」
「もしかしてギリアム!?」
リディは静かに首を横に振る。
「ううん。多分、このブロッブ。この子がそう言ってる」
声が聞こえるってことは、このブロッブはリディの従魔に……
そして、リディがポヨンに光属性『エンチャント』を発動し直す。
「おにい、あたし、この子を楽にしてあげたい。力を貸して!」
リディの表情は辛そうだ。
おそらく、キナコの時と違ってもうどうしようもないんだろう。
「……分かった。せめて、これ以上苦しまないようにしてやろう」
少しずつ後退しながら剣を構える。
構えた剣に、光属性『エンチャント』を発動する。その上から火属性『エンチャント』を勢いよく燃やし、剣に白炎をまとわせる。
《ジェット、リディ、この愚かな賢者の妄執からこやつを救ってやってくれ》
俺とリディは視線を合わせ頷く。
その間も、ブロッブの体にはギリアムの顔が増え続ける。
『――リ――ディ――アァ――ヌ――』
『――ヨ――コ――セ――』
その顔は、呪詛のように声にならない言葉を呟き続けていた。