178話 古代の亡霊
「キュゥウウウ」
ルカが操る光の水がリビングアーマーを包み込む。
すると、光の水が兜や鎧の隙間からリビングアーマーの内部に侵入する。
ガシャッガシャガシャガシャン
リビングアーマーが苦しそうに体を痙攣させる。
そうか! 鎧の内部は瘴気で満たされていた。
その瘴気が奴にとって鎧を動かす為の体代わりだとしたら……
奴は今、体中を光の水で浄化されているようなものだ。
「キュ? キュキュゥ~」
そして、ルカが何かを発見したようだ。
水を操ってリビングアーマーの兜部分を無理矢理外し、そこから赤黒い物体を引きずり出す。
あれは、リビングアーマーの魔石か!
すると、リビングアーマーは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち動かなくなった。
「おりゃっ! おお、凄いじゃないかリディ、ルカ」
「キュッキュウ!」
目の前の足下が凍り付いたスケルトンを光の剣で斬り捨てながらリディたちに声を掛ける。
ルカもどこか誇らしげだ。
よし。通常のスケルトンが相手なら白炎は必要ないな。
発動にも時間が掛かるし、維持にも多く魔力を使うからなあ。
温存出来るなら温存しておきたい。
「はぁあ! 成程、確かに水ならば隙間から幾らでも侵入し放題だ。そうなれば、鎧が幾ら硬かろうと関係は無いな」
アガーテも目の前のスケルトンを討伐しながらそう語る。
「ふっふーん! まあ、あたしが考えたのは魔石を抜き取ることだったんだけどね。あんなにリビングアーマーが痙攣するなんて思わなかったよ」
「やっぱり、鎧の中の瘴気の影響でしょうか?」
「多分な。あの瘴気が鎧を動かす為に必要なんだろうな」
「それをルカの光の水が内部から浄化していた、という訳か」
「わたしたちにしてみれば、毒の水を無理矢理大量に飲まされたようなものですね……」
「その上心臓を引きずり出される……か」
レイチェルとアガーテがルカの方を見る。
当のルカは何故視線を向けられたのか理解していないようで、
「キュゥウ?」
首をコテンと傾げて不思議そうな顔をしていた。
レイチェルとアガーテの表情が緩んだのは言うまでもない。
それからも、時折遭遇するスケルトンやリビングアーマーを討伐しながらダンジョンを地下へ進む。
どうやらこの城が沈んだ時、場所によって沈み方にばらつきがあったようだ。
その影響で通路の繋がりが一部滅茶苦茶になっており、本来先に進めそうな通路や階段を進んでも行き止まり、と言うことが多々あった。
「ここは……何も無い部屋だな」
「元々倉庫か何かだったのかもしれんな」
「ねえ、ここだったら入り口塞げば休めるんじゃない?」
「そうだな。一度休憩しておこうか。レイチェル、見た感じ大丈夫だとは思うけど中に魔物は?」
「はい。えっと、特に何もいないようです」
「それじゃトラップの確認をしてくるからちょっと待っててくれ」
部屋の中の地面や壁を地魔術で念入りに調べる。
どうやら何も無さそうだったので、俺たちはこの部屋で休憩をすることにした。
入り口を地属性魔力で直接作り出した石壁で塞ぎ、部屋の中を徹底的に光魔術で浄化する。
石壁上部には空気穴を作っているから、そこからちょっとずつ瘴気が入ってきてしまうけど、それでも暫くは光魔術での保護を解いても大丈夫だろう。
そうして、安全を確保した部屋で俺たちはリディから飲み物を受け取る。
ポヨン、ルカ、サシャはちょっとしたおやつも貰っている。
飲み物もおやつも必要ないキナコはリディの手伝いをしていた。
「それにしても、わたしたちが初めて入る遺跡型ダンジョンな筈なのに何も無い所ですね」
遺跡型ダンジョンは古い時代の建築物がダンジョン化したものなので、当時の貴重な魔道具や調度品なんかが見付かることが多いそうだ。
しかも、それらはダンジョンの修復力によって保護されていることが多く、ほとんど痛みのない状態で見付かるものもあるのだとか。
それらはダンジョンの修復力に保護されているとは言ってもダンジョンの一部とはならないようで、持ち帰ったものがとんでもない高値で取引される場合もあるらしい。
そういえば、キナコのボディになっているこのマリオネットって戦闘人形も、確か遺跡型ダンジョンから発掘されたものだって言われてたな。
「確か、あたしたちのご先祖様が村での生活の為に色々持ち出したって先生が言ってたような」
「成程。魔物除けの魔道具などどこで調達出来たのかと思っていたが、このような城だったら元々そんなものがあっても不思議は無いな」
「と言うことは、あそこの扉が閉ざされていたのって、昔の村人がここから魔物が溢れ出ないようにする為に閉ざしてたのか」
「村長殿が言っていた夜な夜な現れるアンデッドは、それ以前にここから出て行ったものが地上に住み着いていたのだろうな」
「ここに通ってた時は全然気付かなかったなあ……」
そう考えると、父さん母さんに怒られない為に明るいうちに帰っていたのは正解だったようだ。
「それで思い出したんですけど、あの魔石の無いスケルトンは何だったんでしょう? 黒スケルトンが生み出したスケルトンも、ここに現れるスケルトンも魔石があるのに」
「はっきりとは確認出来ていないが、あの黒いスケルトンも魔石を持っていないように見えたな」
あのスケルトンたちか。
魔石の無いスケルトンたちは、ほとんどの奴がボロボロの武器を持ち崩れ落ちた鎧や服のようなものを身に付けていた。
「多分だけど、あの魔石の無いスケルトンは、昔ここで命を落とした人だったんじゃないかと思う」
俺の言葉にレイチェルとアガーテが息を呑む。
「あの黒スケルトンもそうだったよね。ダミアンだったっけ、あの裏切り者」
リディの言葉に頷く。
あれから魔石の無いスケルトンを見掛けないのは、おそらくあの時黒スケルトンとなったダミアンが全てを率いて来てたからだろう。
「あの時にそのことを聞いてなくて良かったです」
「ああ、別に気にしなくてもいいと思うぞ。むしろ、あんな姿でずっと彷徨い続ける方が不憫だからな」
少なくとも、もし俺がスケルトンの立場だったらそう思うだろう。
まあ、ギリアムやダミアンやそれに与した奴らには一切同情はしないけど。
「なあジェット。やはり、このダンジョンに賢者ギリアムはいるのか?」
「多分。今は影響が無くなっているみたいだけど、元々この周辺にはギリアムの闇の魔力が漏れ出していたみたいなんだ」
「ねちっこい魔力だね!」
ああ、女神様がそう言ってたな。なので、俺はリディの言葉に頷く。
レイチェルとアガーテはよく意味が分からずに首を傾げていたけども。
「だから、少なくともギリアムがここにいたのは間違いなくて……」
あれ?
ギリアムの魔力が溢れていた時って、確か光魔術か闇魔術で保護していないと体調が悪くなるって父さんたちから聞いていたような。
まあ、何故か俺とリディは平気だったんだけど……もしかして女神様の魔力の影響だったのかな。
いや、それは今はいい。
よく考えたら、今俺たちは休憩中で光魔術での保護を一時中断している。
それだったら、ギリアムの魔力があるのならレイチェルやアガーテは体調を崩しそうなもんなんだけど……
「なあ、レイチェル、アガーテ。寒気を感じたり気分が悪くなったり、なんてことないか?」
「今ですか? いえ、特には。ここの瘴気も彷徨いの森程濃くはないですし」
「私もだ。そもそも今この部屋はジェットが浄化して瘴気などほぼ無いしな。それがどうかしたのか?」
「えっと、このダンジョンの周辺に漂っていたギリアムの魔力は、耐性が無い人が長く触れていると体調を崩すみたいなんだ。光魔術か闇魔術で防御すればある程度対処は出来たみたいだけど」
「今、私たちは『身体活性』しか使っていない、か」
つまり、ここにギリアムの魔力は漂っていないと言うことになる。
ダンジョンの入り口があんなに固く閉ざされていたのに外に漏れ出していたんだ。
普通に考えると、ダンジョンの中に入ったのならギリアムの魔力に触れない訳はないと思う。
入り口が開いていたこともあるし、この一年で一体何が……
「ねえ、おにい。あれ何?」
俺たちはリディが指さす方を見る。
壁の隅の方を指さしてるけどあんな所に何が……ん?
「なんだ? 一瞬何か青白いものが見えたんだけど……」
その青白いものがこの部屋に入ろうとして逃げていく。
だけど、暫くするとまた戻って来て、部屋への侵入を試みて逃げていく。
そんなことを繰り返しているのだ。
あれは何をやってるんだ? もしかして、ここへは入れないのか?
「皆、そろそろ休憩は終わりにした方がいいかもしれん。あれは、おそらくゴーストと呼ばれる魔物だ」
「ゴーストって、確か実体を持たないアンデッドの魔物で、扉や壁なんかでもすり抜けて来るって」
レイチェルの言葉にアガーテが頷く。
「おそらく、休憩をしている私たちに気付いて寄って来たのだろう。そして、ゴーストは生あるものに憑りつき徐々に命を奪っていくそうだ」
「徐々に命を奪う……命魔術か!」
「言われてみればそうかもしれん。今まではそのような概念が無かったからな。それと、ゴーストにはもう一つ厄介な性質があって」
「師匠! 少しずつここに向かって魔物が集まっているみたいです!」
「それがゴーストの性質だ。奴らは周囲の魔物の斥候も兼ねているのだ」
「よし、囲まれる前に急いでここを出よう! リディ、アガーテ、光魔術の準備を!」
リディとアガーテが準備を整えたのを確認して、設置していた石壁を取り除く。
部屋から通路へ出ると、そこには体が透けた青白い男が二人佇んでいた。
よく見ると、耳の先が少し尖っている。
「な、こいつらは」
「惑わされるなジェット! ゴーストはダンジョンが生み出した魔物だ! ダンジョンとなった建築物の記憶から得た姿を取っているだけだ!」
二体のゴーストが俺に向かって来たので、咄嗟に光の剣を振るう。
すると、光の剣で斬られたゴーストたちは苦悶の表情を浮かべながら体が溶けるように消えていった。
「光属性がとてもよく効くみたいですね」
「あ、ああ。本来ならゴーストの討伐には浄化用の魔道具を使うらしいのだが……」
「これだったらあたしたちでもどうにかなりそうだね!」
「キュウゥウ!」
キナコとルカが任せろと胸を張る。
サシャはアンデッドが得意じゃないからな。今回もリディとキナコの機動力に徹するみたいだ。
ガシャンガシャンガシャン
俺たちが来た方向から金属音やスケルトンの足音が響く。
「よし、あいつらに見付かる前に奥へ進もう!」
そうして、休憩を切り上げた俺たちはダンジョンの奥を目指して探索を再開した。