177話 秘密基地ダンジョン
「おにい、あの時の門の場所だよ」
ポヨンの灯りを頼りに暗闇の通路を進んだ俺たちは、リディが『転移陣魔術』を暴走させた広い空間へとやって来た。
どうやら、見た所あの時と変わった様子は……あるみたいだ。
「門が……開いてる。前に来た時は開かなかったのに」
「ふむ。門と言うより大きめの扉に見えなくもないが」
ああ、それは確かに。
ライナスの冒険者ギルドでもある城には、これくらい大きくて立派な扉が幾つもあったな。
ここを初めて見た時は大きさから考えてこれは門なんだと思ってた。
だけど、ここが元々女神様の住む城だったことを考えると、この場所は沈んだ城の頂上付近になる筈だ。
そう考えると、アガーテの言う通り門ではなく大きな扉が正解なのかもしれない。
「あの黒スケルトンが開いたのでしょうか?」
「うーん、どうだろうな。あいつがこの奥にいたのは間違いないとは思うけど」
「この中うっすら瘴気が漂ってるもんね」
やはり、この地に沈んだ女神様の城は遺跡型ダンジョンになっていると見て間違いないだろう。
「ん? ジェット、何やら扉の鍵に当たる部分が溶け落ちているように見えるのだが、前からこうだったのか?」
アガーテに言われた場所を見てみると、確かに何かによって溶かされたような跡があった。
これがこの扉が開いた原因なんだろうか?
「いや、古いものだったけど、前はこんな風にはなっていなかった。明らかにスケルトンの仕業じゃないよなこれ。用心しよう」
俺の言葉に皆が頷く。
「村長殿がこの地には夜な夜なアンデッドが現れると言っていた。そうなると、この奥に現れる魔物もアンデッドが多くなるだろうな」
「それならこの前のエルデリアを奪還した時と同じように進んで行こう。レイチェル、気配察知は通用しない可能性が高いから風魔術での探知を」
「はい、任せて下さい!」
そうして、光魔術で全身の保護をした俺たちは、開いた扉を通りダンジョンと化した城へと足を踏み入れた。
◇◇◇
「どうやら、ジェットたちが一年前に迷い込んだ場所は城のバルコニー部分だったようだな」
階段を降りながらアガーテがそう語る。
アガーテはライナスで城については見慣れているだろうからな。
ある程度構造なんかも予測が出来るのだろう。
「と言うことは、やっぱりお城が地面に沈んじゃってるんだね」
女神様の見せてくれた過去の記録でも、この辺りは吹き出す瘴気に呑まれて地の底に沈んでいたからな。
やはり、あれは実際にこの地で起こったことで間違いないんだ。
遺跡型ダンジョンは、その名の通り古い建築物が瘴気に呑まれてダンジョンになってしまった場所だ。
ダンジョンの構造は呑み込まれた建築物による所が大きく、仮にダンジョンになる前の地図なんかが発見されると一気に探索が進むこともあるそうだ。
ただ、何かしらの影響で道が変わってしまっていることもあるそうで、確実なことではないらしい。
「うーん、ヴォーレンドのダンジョンと同じで穴をあけるのは無理そうだな。それに、石壁の維持にも結構魔力を持って行かれる」
洞窟型と同じく壁や天井には強力な修復力が働くらしく、穴をあけて無理矢理進むことは無理みたいだ。
更に、その修復力は洞窟型よりも強いようで、地面から石壁を作り出しても即座に元に戻ろうとしてしまう。
「でも、地面や壁を利用しないで直接魔力で作った石壁なら問題無いみたいだな」
ただ、直接魔力で生み出す場合、その場にあるものを利用するより魔力を多く消費するからな。
休憩目的で使う場合は場所も考慮した方が良さそうだ。
それと、遺跡型ダンジョンには他のダンジョンには無い特徴が幾つかあって……
ガシャンッガシャンッ
「ん? 金属音?」
「師匠! 少し遠くの前方角から何か出て来ます!」
風魔術による探知でレイチェルが魔物の存在を捉えたようだ。
レイチェルの言葉に俺たちは武器を構え、その場で魔物を待ち受ける。
そうして、謎の金属音と共に魔物が姿を現す。
「え? 全身鎧?」
「な、中にスケルトンが入っているんでしょうか?」
「いや、おそらくあれはリビングアーマーと呼ばれる空洞の鎧の魔物だ! スケルトンと同じく体内の魔石が核となって動いている!」
「皆! こっちに向かって来るよ!」
俺たちの姿を確認したリビングアーマーと呼ばれた魔物が、持っていた剣を構え足早に迫って来る!
遺跡型ダンジョンではスケルトンのようなアンデッドや、こう言った物体に命が宿った魔物が多く出現する傾向があるらしい。
ダンジョンによって傾向は違うから絶対にそんな魔物しか出ないって訳じゃないんだけど、この秘密基地ダンジョンには当てはまるようだ。
さてどうしようかな?
やはり、一度どんな攻撃が有効か試しておいた方がいいだろうな。
「どんな攻撃が有効か試してみよう! レイチェル、氷の槍を!」
「はい!」
こちらに向かって来るリビングアーマーの足元に、レイチェルが構えた長杖から氷の槍が連射される。
着弾した氷の槍がリビングアーマーの金属製の足ごと地面を凍らせる。
「スケルトンと同じく氷での足止めは可能……ん?」
ビシッビキビキビキッバキッ
なんと、リビングアーマーは力尽くで氷からの拘束を振り切った。
一部鎧の部品や破片が氷の中に残っているものの、それらを気にすること無く再び俺たちに向かって来る。
「スケルトンに比べるとかなり力が強いみたいだ。長時間の拘束は氷をもっと分厚くしないと出来ないみたいだな。だけど、それだと無駄に魔力を使うから……」
スケルトンもそうだけど、ああ言った痛みを感じない相手はほんと厄介だ。
「ジェット、あれと少し戦ってみてもいいか?」
装備に光属性『エンチャント』を施したアガーテがそう俺に確認を取る。
「そうだな。アガーテ、頼んだ」
「了解した」
アガーテが戦っている所を少し観察してみようか。
流石にアガーテが受け止められないような攻撃を放って来るとは思えないし大丈夫だろう。
アガーテはリビングアーマーへ素早く迫る。
迫って来るアガーテを確認したリビングアーマーは、構えていた剣をアガーテへと振り下ろす!
「はぁああ!」
ガギィィイインッ
アガーテが振り下ろされた剣を見事盾で受け止める。
「ふむ。やはりスケルトンに比べると幾らか攻撃が重い」
暫く溜めを作った後、アガーテはリビングアーマーの剣を勢いよく弾く。
そして、がら空きになった胴に鎚を叩き込む!
ドゴァァアアッ
ガシャガシャァアアン
胴体部分に風穴をあけたリビングアーマーが後方に吹き飛び、盛大に音を出し倒れる。
その衝撃で兜が吹き飛び奥に転がっていく。
そんな状態になりながらも、リビングアーマーはよろよろと立ち上がる。
首部分と風穴の空いた胴体分から瘴気が漏れ出す。
そして、胴体部分の穴から赤黒い魔石が姿を見せた。
「はぁっ!」
起き上がろうとするリビングアーマーに対し、アガーテは即座に距離を詰め盾ごとぶつかっていく。
その衝撃で再度倒れたリビングアーマーの胴体の穴に向け、アガーテが鎚を振り下ろす!
剥き出しになった魔石が砕かれると、リビングアーマーはスケルトンと同じく鎧の体がバラバラになって崩れ落ちた。
「おつかれ、アガーテ」
「ああ。動きは鈍いが、その分力が強く鎧の体なのもあって硬い面倒な相手だな」
「足止めもスケルトンに比べるともっとタイミングを計らないと駄目みたいですね」
「中身は魔石と瘴気だったね。あ、それだったら」
「キュゥウウ?」
リディがルカへと視線を送る。
「ねえ、次出て来たらあたしたちに任せて!」
「お、おう。俺も色々試してみたいんだけど」
「おにいはどうとでもなるだろうから大丈夫」
まあ、最悪アガーテがやったみたいに力業で倒すことは可能だろうしな。
それだったらまずは皆の対策を考えた方がいいか。
「分かった。それじゃ次出たらリディに任せる」
「うん!」
そうして、俺たちは普段よりも慎重にダンジョンを進む。
こうやって慎重に進むのにも勿論訳はあって……
「うーん、特に近くに違和感は無いな」
地面や周囲の壁を地魔術で調べて皆に報告する。
「むう、私も協力出来れば良かったのだが、まだまだ二属性の同時使用は難しくてな……」
「あたしも光魔術での保護に集中しないといけないから……」
「気にするな」
俺が何をしているのかと言うと、地面や壁に設置されているかもしれないトラップの探知だ。
遺跡型ダンジョンは元々の建築物の特徴がそのままダンジョンに適用されるんだけど、その建築物にある仕掛けをダンジョン自体が他の場所にまで再現してしまうことがあるそうなのだ。
例えば侵入者用の落とし穴みたいなトラップが元々どこかにあったとして、それと同じものが他の場所にも発生する危険性があるのだ。
元々トラップなんかが設置されていない建築物なら特に気にする必要も無いんだけど、ここみたいな城には必ず何かしら侵入者に対するトラップがある筈だとアガーテが語る。
だから、念の為トラップを警戒しながら慎重に進んでいるのだ。
ただ、俺は遠距離まで魔術を届かせることが致命的に下手だ。
なので、この地魔術での探知も一度にあまり広い範囲を行えない。
どうしても頻繁に探知を繰り返す必要が出て来る。
本来ならリディかアガーテに任せた方がいいんだけど、二人には瘴気への対応を優先してもらいたいので余裕のある俺が行っているのだ。
だけど、こう少し進む度に何度も何度も地面や壁を調べるのも面倒は面倒なんだよな。
頻繁に調べるにしても、もっと楽に出来たらいいんだけどなあ。例えば歩きながらとか……
うん、そうだよ。歩きながらやればいいじゃないか。
例えば、黒獣の森の湿地帯でぬかるみに沈まないように足から地面に地属性の魔力を流してたけど、あんな感じで……
早速、あの湿地帯の時のように足に地属性の魔力を集める。
その集めた魔力を地面を踏みしめる時に周囲に軽く流す。
湿地帯の時は出来るだけ地面の下に向かうように魔力を流していたけど、今回は薄く周囲に広がるように魔力を流す。
お、これなら地面の様子を歩きながらでもちゃんと把握出来るな。
「あの、師匠。普通に歩いて進んでますけど、大丈夫なんですか?」
「おう、歩きながらちゃんと探知出来てるから大丈夫だぞ。今の所特に違和感は……あった」
違和感のあった右前方の地面を注意深く探る。
すると、何やら地面の一部が出っ張っているのを発見した。
「おー、これがトラップか」
「踏むと作動するタイプのようだな。これと同じタイプのトラップが他にもある筈だ。注意して進もう」
そうして、俺たちは出っ張った地面を避けて通りながらダンジョンを奥へと進んだ。