174話 エルデリアの真実
「こいつが賢者ギリアム……」
「うーん、あたしこの人なんか嫌かも」
リディが賢者ギリアムを見て嫌悪感を口にする。
まあ、俺としてもこの状況を見てこいつをいい奴なんて思える訳もないんだけどな。
おそらく、この血の滴る剣で女神様を……あれ?
「なあリディ、この剣、色こそ違うけどエルデリアに現れた黒スケルトンが持ってたものと同じじゃないか?」
「え? うーん、どうなんだろ? あたしは前に出て黒い骨と戦った訳じゃないからなんとも」
まあ、それはそうか。
俺はもう一度賢者ギリアムの持つ剣をまじまじと見る。
刀身の色こそ黒ではなく鈍色だけど、それ以外はあの黒スケルトンが振るっていた剣と全く同じものだった。
『この状況は妾がギリアムにこの剣で刺された場面じゃな。どうやらこの剣は奴が何か細工を施した魔道具であったようでな。妾は属性魔術の一切を封じられてしまった』
「なんでそんな状況に……」
そこで俺たちは少し離れた場所にいる人物に注目する。
女神様を見て泣き叫ぶ女の人と、その人の後ろから刃を突きつける黒地に金の装飾が入った鎧を身に付けた黒髪の大男だ。
女の人は女神様と同じく白黒の髪の毛をしている。見た目も女神様を幼くした印象だった。
『あそこにいるのが妾の妹のエリーディア。その後ろでエリーディアに刃を突きつけておるのが魔族の将軍ダミアンじゃ』
妹の名を呼ぶ時、女神様は少し柔らかい表情になった。
「え? じゃあこの状況って先生の妹が人質に取られて……でも、なんで魔族の将軍がこんなこと」
『くふふ。なんてことはない。ダミアンとギリアムが裏で手を結んでいた、それだけのことじゃ。確か、勇者と賢者は海を渡って魔王の城を急襲した、と伝えられておったな。現実は裏切ったダミアンとそれに与する者たちが奴らを引き入れた、と言う訳じゃ』
なんてことはない、と言いつつも、女神様の表情はどこか寂しそうだ。
『ギリアムの目的は妾の持つ魔王の魔力、それを自分のものにすることじゃった。その為、人間の国に表向きは協力し機会を窺っておったのじゃろう。ダミアンも魔族の中では珍しく好戦的で貪欲な性格の男じゃった。魔術の力を駆使した魔族による世界の支配を妾に訴える程にはな。妾を含め周囲の者は皆ダミアンを窘めておったが……おそらく、この二人が協力していたのは何かしらの事情で利害が一致したからであろう。魔王に関する能力もダミアンから聞き出したことが多々あるじゃろうな』
「じゃあ、勇者ライナスと賢者ギリアムは本当は魔族の国を襲った極悪人で……あの物語は勇者と賢者を都合よく英雄に仕立て上げたまがい物の……」
この事実を知ったらアガーテは悲しむだろうな。
あの物語のこと大好きだったみたいだし……
『ああいや、ギリアムに関してはそうだがライナスに関しては少し事情が違う。まあ、まずはこの続きを見せることにしようか』
女神様の手の上のポヨンが伸び縮みを繰り返すと、まるで時が止まっていたかのような周囲の景色が動き始める。
ギリアムが見下すような態度で女神様を見下ろして笑う。
くそっ、こいつぶん殴ってやりたいな!
『この時、エリーディアを人質に取られ属性魔術を封じられ、更には致命傷を受けた妾に取れる選択肢はそう多くなかった。そこで妾は『転生の秘術』を使い、妾の魔力をエリーディアに託し、せめてエリーディアだけでも助けようと考えた』
「てんせいのひじゅつ?」
その時、大量の血を流し膝をついていた女神様の体が光を放ち始めた!
『転生の秘術とは、魔王が死期を迎えてその役目を終える時、次代の魔王に自身が継承してきた魔王の魔力を託し、自らはその生涯を終え次なる命へと転生する秘術じゃ。本来ならこれを使う為の条件に死期が近いと言うものがあるが……まあこんな状況じゃしな。それに、本来は妹のエリーディアに使う予定は無かったのだがな。だが、このままでは妾はそう時間を置かず死ぬことになる。それなら、エリーディアに魔王の魔力を託し、この場を切り抜ける力を与えようとしたのじゃ。まあ、それがギリアムとダミアンの思う壺じゃったが……』
女神様の体が光の粒となり、その光の粒は捕らえられたエリーディアの元に向かう……ことなくギリアムが懐から取り出した奇妙な石に吸い込まれていく。
女神様だった光の粒が全て吸い込まれると、ギリアムの持っていた石が見る角度によって色を変える宝石へと変わった。
「あれは……うちの家宝の宝石!」
「え!? あたしが生まれる前におにいが割っちゃったってやつ!?」
リディの言葉に頷く。
あの家宝の宝石、女神様を封印していたものだから絶対ろくでもない物だと思ってたけど……
その様子を見て、エリーディアが悲痛な表情で何かを叫ぶ。
声は聞こえないけれど、きっと女神様のことを呼んでいるんだと思う。
対してギリアムは恍惚の表情で大笑いを始めていた。
『ここから先は封印石から見ていた記憶じゃ。本来は見せることは出来ない筈じゃったが、ポヨンの体が元はあの封印石だったお陰でこの場に引き出すことが出来た』
エリーディアを見る女神様の表情はひどく辛そうだ。
すると、この場に駆け付けて来る男の姿があった。
剣を持ち、耳が尖った細身の黒髪の男で、全身に切り傷を負い血を流している。
肩で息をしている所を見るに、全速力でここまでやって来たんだろう。
「あの人、なんだかおにいにちょっと雰囲気が似てるかも。おにいがもう少し歳を重ねて凛々しくなればあの人みたいになるのかな?」
『言われてみれば……あの男はジェド。妾やエリーディアの護衛を務める近衛隊長だ。妾たちにとっては護衛と言うよりも兄のような存在だったな』
そう言いながら女神様はどこか懐かしそうに目を細める。
「なんで女神様たちの護衛を務める奴が今頃……」
この男がちゃんとしていれば……つい、俺はそんなことを考えてしまう。
すると、その後に続くように数人の男女が現れる。
こちらは黒髪でもないし耳が尖ってもいない。
そして、先頭の男はジェドと同じく全身に傷を負い血を流していた。
『あの先頭に立っている金髪の優男が勇者ライナスだ。ジェドは妾たちを逃がす為、一人あの者たちと戦っておった』
勇者ライナスと呼ばれた男がギリアムに対し何かを叫んでいた。
それを見てギリアムとダミアンは高らかに笑い始める。
『ライナスは正義感を重んじる正々堂々を信条とした戦士じゃった。まあ、言い換えればただの甘ちゃんじゃったが、そんな真っ直ぐな性格だった故多くの者たちがライナスを慕い、この度の戦いに参加していたと聞く』
「なんか、険悪な雰囲気が漂ってるけど……」
『要はそう言ったライナスの人気を人間の王やギリアムに利用されていた、と言う訳じゃな。人間の王はライナスの人気を使い兵となる人を集め、ギリアムは更にその状況とライナスの力を利用しここへ至った。ギリアムが妾の力を奪うことを目的とし自分を利用していたこと、魔王が魔物や魔獣と何の関係も無いことを今ここで初めて知らされたのじゃ』
「ライナスは騙されやすい可哀想な人だったんだね」
『くふふ、あーっはっはっはっは! 言うではないかリディよ。まあその通り、人間の王には魔族が魔物や魔獣の元凶だと騙され、ギリアムには自らの目的のための駒として使われた、実に哀れな男よ』
エリーディアを人質にされていることでジェドは動けない。
真実を突きつけられたライナスは茫然自失となっている。
後ろの仲間たちもそんなライナスを見て言葉を失ってしまっている。
このままだと、全てがギリアムとダミアンの思い通りになってしまいそうだけど……
その時、この場が急激に揺れ始めた。
それと共に、周辺から黒いもやが溢れ出してくる。
これは……瘴気!?
『魔族と人間の争いが激化することによって、この地の底に溜まっていた瘴気が刺激されこの時ついに限界を迎えたのじゃ。おそらく、これと同じことが森でも起こり、あそこに黒獣の森と呼ばれるダンジョンが生まれたのじゃろう。あの森で見るような黒い魔物なぞこの当時はどこにもおらんかったからな』
そして、その瞬間を逃さずジェドが動いた!
ジェドはエリーディアを人質とするダミアンに一気に迫り、その額に持っていた剣を突き刺した!
揺れと瘴気に気を取られていたダミアンはジェドの動きに対応出来ずに息絶える。
額を貫かれたダミアンを見て俺はあることに気付く。
「あ! この黒地に金の装飾の鎧、それに額の穴、こいつエルデリアを襲った黒スケルトンだったんじゃ」
剣の扱いにも慣れた様子だったしそうとしか思えない。
その間にも更に状況は進む。
ジェドの行動を見て、今度は茫然自失としていたライナスが動く。
ライナスはギリアムへと迫り、ギリアムに向かって剣を振るう。
すると、ライナスの剣はギリアムの右腕を斬り落とし、女神様を封印した石が宙を舞う。
その石をジェドが見事受け止める。
それを見たギリアムが激高する。
顔に脂汗を滲ませ、腕を斬り落とされた痛みに涙を流しながらも口は何かの言葉を紡ぎ続ける。
すると、ギリアムの残った腕に高密度の魔力が集中する。
だけど、その残った腕も『限界突破』を使ったジェドによって斬られる。
斬られたギリアムの腕は魔力と共に大爆発を起こし、周囲が崩れ落ちていく。
両腕を失ったギリアムと息絶えたダミアンは城の崩落に巻き込まれ、その姿が見えなくなった。
あの状況ではまず助からないだろう。
この崩落を皮切りに、周囲がどんどん崩れ落ちていく。
それどころか、この城自体が地に沈んでいっているように見える。
ジェドとライナスはこの場で再び争うようなことはせず、それぞれエリーディアと仲間たちを連れて崩れる城からの脱出を図った。
そして、ポヨンが大きく膨らむと、映る景色は森の中の開けた場所になった。
周囲には封印石を持ったジェド、エリーディア、ライナスとその仲間たち、それ以外にも人間や魔族の姿がある。
すると、ライナスとその仲間たちが身に付けていた指輪が一斉に砕けた。
ライナスたちは慌てて手を前につき出しながら何か言葉を紡ぐも、特に何かが起こることは無い。
「ライナスたちは何をしているんだ?」
『あの指輪がギリアムの作り出した魔法習得の為の魔道具であることは既に話したな。どうやら、それが砕け散ることによって魔法が使えなくなるばかりか魔力の流れを阻害する作用もあったようなのじゃ』
「どうして急にそんなことが…」
『妾にも正確なことは分からんが、ギリアムが何かしらの方法で発動するか、死ぬなりなんなりした時にそうなるよう細工が施されていたのではないかと思う。元々の筋書きでは、ギリアムは妾の力を奪った後、こうやって利用した人間たちの力を無力化しようとしていたのではないかと』
「それで、魔法の行使の為にとこの指輪の魔道具を作り出し、人間たちに普及させた……」
最初、レイチェルの体は魔力の通りがとても悪かった。
もしかしたら、このギリアムの指輪による魔力阻害の影響が親から子に、そのまた子にとずっと引き継がれてしまっているのかもしれない。
そう考えると、あのギリアムって奴はとんでもない奴だ。
五百年以上経った今でもその影響を世界に残しているんだから。
『人となりまでは詳しく知らんが、あのギリアムと言う男は紛れもない天才じゃったのだろう。封印石、魔法の指輪、己の欲望の為とは言え、そう言ったものを自ら生み出す程の男だったのじゃからな』
「ねえ、おにい。この場所ってなんか見覚えない?」
そう言われてみれば。
少し向こうにある川なんて物凄く見覚えが……
『くふふ。それはそうじゃろうな。この場所は、後のエルデリアとなる場所なのだから』
そこで、周囲の景色が切り替わる。
ここは、簡素な造りだけど家の中か?
あそこにいるのは、ジェドとエリーディアか。
さっきまでの二人より少し年齢を重ねているのかもしれない。
それに、エリーディアが抱いているのは赤ちゃんか?
そこに誰かが家を訪ねて来る。
あれは、勇者ライナス!
どうやら、ライナスの方も幾らか年齢を重ねた後のようだ。
ジェドがライナスの方に向かうと、ライナスと親しげに何かを話し始めた。
そして、周囲の景色は元の何もない白い世界へと戻る。
『これ以降の記憶は、妾の魂が封印石の中で眠りに就いたことで残っていない。次に目覚めるのはジェットにより解放される数十年前になるか』
なんだか、色々と信じられないものを見た気分だ。
「エルデリアって、この地に取り残された魔族と人間が作った村だったんだ」
『そう言うことじゃな。全てを見た訳ではないが、魔族、避難していた人間、勇者ライナスたち、それなりに紆余曲折あって現代のエルデリアが形成されたみたいじゃ。村で使われておる魔道具なんかは滅んだ魔族の町や城から運んで来たのじゃろう』
あんな場所に一から村を作るんだ。
お互いの立場を忘れて協力し合わないとどうにもならなかったんだろうな。
「あ! それじゃあライナギリアを作った人たちって」
『ライナスやギリアムと共にこの地に来ていた人間の兵士たちと、元々彼の地に住んでいた人間たちだろう。全員が全員魔族の国に避難していた訳ではないしな。直接見た訳ではないが、他の国に合わせて形だけの爵位を取り入れたり、国自体が冒険者ギルドの運営を行っているくらいじゃ。あの地もあの地で色々と面倒があったのじゃろう』
と言うことは、以前アガーテから聞いた一部の研究家の説は当たっていたんだな。
「ねえ、あの石がうちの家宝として扱われていたんでしょ? それがジェドとエリーディアの所にあったってことは、二人があたしたちのご先祖様?」
『くふふ、おそらくはな。直系ではないが、お主たちは妾にとっても子孫、と言うことでもある』
そ、そうだったのか……
と言うことは、俺たちは今ご先祖様と話しているってことなのか。
なんだか不思議な感覚だ。
『元々魔族は人間に比べ魔力に秀で長命であったが、この地で人間と混ざり合うことでそう言った特徴は薄れていったようじゃな。エルデリアで子供が産まれづらいのはそう言った魔族の特徴だけが残ってしまった結果じゃろう』
「魔力が弱くなっていくことで、その間に『身体活性』や『限界突破』の使い手がどんどんいなくなっていったのか……」
女神様が頷く。
『それに、ここに逃げた者たちは大半が普通の町人じゃ。元々戦闘に関する魔術の訓練を受けていなかったのも一因じゃろう。そうして、世代を重ねるごとに、生活に役立つ簡単に使える魔術だけが受け継がれたのじゃな』
それを俺が今の人たちにも使えるようにして蘇らせたのか。
「ねえ先生。ジェドやエリーディアは先生を解放出来なかったの?」
『そうじゃな。ライナスも含め色々な手段で囚われた妾の魂を解放しようとしたようじゃったが、どうにもならなかったようじゃ。それだけギリアムの作った封印石が優れていたと言うことじゃ。腹立たしいことではあるがな』
「え? でも、あの石って落っことしちゃったら簡単に割れたんだけど……」
『ふむ。やはり、五百年以上と言う月日が流れた影響じゃろうな。封印の力が弱まることで、眠りに就いていた妾の魂も目覚めたのじゃろう。まあ、お主たちの父アベルには妾の声が届かなかったことを考えると、ジェットにはそう言った素質があったのじゃろうな』
そうして、ポヨンが女神様の手から飛び降りてリディの頭の上に戻る。
『少し長くなってしまったが、話を現代へと戻そうか』
そう言って、女神様は色違いの目を俺とリディに向けて来たのだった。