172話 夢の中の先生
「ふぅ、こんなもんか?」
「はっはっは、これぐらい元に戻れば上等だ。いやぁ、お前さんたちが偶々来てくれて本当に助かったぞ」
黒スケルトンを討伐した翌日、避難先の洞穴で夜を明かした俺たちはエルデリアとその周辺の瘴気の浄化と残ったスケルトンの討伐を行っていた。
やはり、あの黒スケルトンが瘴気の発生源だったようで、奴を討伐することで瘴気の発生は止まり徐々に薄まってはいた。
だけど、流石にこのまま待っているだけじゃ村の人たちがいつエルデリアに戻れるか分からなかった。
そこで俺とリディとアガーテ、母さんやゴーシュ、他にも数人の光属性を扱える村人たちで協力してエルデリアとその周辺の瘴気を浄化したのだ。
この作業でもあの白炎が大活躍した。
かがり火として設置しておけば、周囲の薄い瘴気くらいなら勝手に浄化してくれるのだ。
あの黒スケルトンが設置したような濃い瘴気の場合は、そっちに引火してしまうから注意が必要だったけど。
どうやら漂っていた瘴気からスケルトンの発生もあったらしく、魔石を持ったスケルトンが時折現れたので、それは父さんやグレンたちが対処していた。
ただ、魔石の存在しないスケルトンはあれからは見ていないそうだ。
「ふぅう、疲れたーー」
リディがぐっと伸びをする。
「村自体が無事だったのは良かったのだが、畑の作物は随分と駄目になってしまったな」
アガーテが少し悔しそうにそう語る。
家や道具なんかは瘴気を浄化すれば問題無かったんだけど、作物なんかは瘴気を取り込んでしまっていて植えていたものは全て廃棄することになってしまった。
今畑に植えていた作物はアガーテも畑仕事を手伝っていたものだったからな。
やはり相当悔しかったのだろう。
「なぁに、作物はまた育て直せばいい。お前たちのお陰で人的被害が最小限に抑えられたんだ。それだけで十分エルデリアは幸運だ」
被害って言うのは、逃げる時やスケルトンとの戦いの時に一部怪我をした人が出たことだ。
まあ、それも多少治療しておけば放っておいても治るようなものなので問題無い。
光魔術で治療しようとしたら、自分の怪我より村の浄化に魔力を使ってくれって言ってたぐらいだしな。
「皆ー、お疲れさま! 食事の準備が出来ましたよー」
丁度そこへレイチェルがやって来る。
さすがに今日は各家庭で料理をするのも大変だからな。
俺たちも幾らか食材を提供して、村全体で炊き出しを行っていたのだ。
食材の代わりに、村長からは俺たちにミスリルが提供されている。
別に要らないと断ったけど、エルデリアでは持ちつ持たれつが当たり前なんだから持っていけ、と半ば無理矢理渡された。
まあ、持っていて困るものじゃないからありがたいんだけどな。
そんなこんなでエルデリアは無事スケルトンたちから取り返すことが出来た。
村の人たちも少しすれば今まで通りの生活に戻れることだろう。
俺たちも当初の目的通り、父さんと母さんに今後の予定を話すことが出来た。
二人は別に遠慮なんてしなくていいからいつでも帰って来ていいと言ってくれた。
俺たちはエルデリアでの諸々を終え、今日は自宅で泊まっていくことになった。
そうして、日課を終えた後程なく眠りに就くことになったのだった。
◇◇◇
「ん、んん……あれ? ここどこだ?」
目が覚めると、俺は何とも奇妙な場所にいた。
辺り一面何も無い真っ白な世界。
「もしかして……あの時みたいにどこかに飛んじゃったのか!?」
今日は父さんと母さんとリディと四人並んで寝ていたのに、周囲には俺以外誰も存在しない。
もし、あの時のようにリディの『転移陣魔術』が原因なら、少なくとも近くにリディはいないとおかしい。
「あっ、そうか。目が覚めたと思ったけど、ここは夢の中だな。そもそも何も無い真っ白な空間なんて聞いたこともないし。それならもう一回寝るか。ふぁぁああ」
夢の中だと結論付けた俺はその場で横になり目を瞑る。
倒れる程ではないけど、村の浄化に魔力を結構使ったからな。
もう少し眠りたい。
そうやってその場でもう一度眠りに就こうとしていると、ふいに誰かに体を揺すられた。
「もう、おにい! なんでこんな状況で寝てられるの!?」
リディの声だ。
目を開いてみると、ポヨンを頭の上に乗せたリディが俺の体を揺すっている所だった。
「ん? おお、リディとポヨンか。まあ夢の中だし出て来ても不思議じゃないか」
「確かに夢の中だけど……でも違うの! ここ、あたしが先生と会う時に来る場所なんだよ!? 今まではあたししか来たことなかったのに……今回は何故かおにいとポヨンも」
その言葉に眠気が吹き飛び、俺は急いで立ち上がる!
「え? リディの先生!?」
そう言えば、『転移陣魔術』を習得した時にリディが言っていたな。
夢の中の先生が近いうちに俺たちに正体を教えてくれる、と。
それが今、と言うことなのか。
周囲を見回してみるも、今の所それらしい人物は存在しない。
念の為剣に手を掛けようとしてふと気付く。
「あれ? 剣が無い!?」
「だって、寝る時に装備は外してたでしょ?」
言われてみればそれはそうだ。
だけど、今の俺たちの姿は寝間着ではなく普段着だ。
これは夢と言うことが影響しているんだろうか。
念の為『亜空間収納』も試してみるけど、それもこの場では開くことが出来ない。
他の魔術も、この場で俺が使えたのは無属性くらいだった。
「えっと、確か先生が安全の為に魔術の使用を制限しているって前に言ってたよ」
……そうか。ここは夢の中とは言ってもその先生とやらの領域。
自分が不利にならないようにこの場に干渉出来ても何ら不思議ではない。
くっ、もしかして俺たち結構ピンチなんじゃ……
「リディ、油断するな! 俺たちはその先生とやらに嵌められたのかもしれない」
「ええ!? そんなことないと思うんだけど……それに、それだったらあたし一人の時に被害を受けてると思うんだけど」
「いや、それはお前を油断させる罠だったのかもしれない。そして、油断した所で俺たちを」
『くふふ、別に取って食ったりはしないぞ、ジェット?』
その時、背後から声が聞こえる。
周囲には誰もいなかった筈なのに……
でも、俺の名を呼ぶこの綺麗な声、どこかで聞いたことが……
この声を聞いた瞬間から心臓がうるさいくらいに早鐘を打つ。
そして、覚悟を決めて俺は後ろに振り返った。
『久しぶりじゃなジェット。直接こうやって会うのは十二年ぶりになるか』
そこにいたのは……
左右で白黒に分かれた長い髪、青色と赤色の色違いの目、少し尖った耳、そして大きくて綺麗な形の胸!
髪色と同じく白黒のドレスと一体化した鎧を着込み、優雅に立つ神秘的な女性。
当時弱冠四歳の俺にとっての初恋の人だった。
「女神様!」 「先生!」
「「え?」」
俺とリディの声が重なる。
『くふふふ、流石は兄妹。息ぴったりじゃな』
女神様が面白そうに笑う。
「リディの夢の中の先生って女神様だったのか!?」
「あたしもびっくりしてるんだけど……先生がおにいの言う女神様だったなんて」
『兄妹揃ったことじゃし、改めて自己紹介をしておこうか。我が名はリディアーヌ。魔族の頂点に立つ者、魔王リディアーヌである。今は女神様か先生と言った方がいいかもしれんがな』
魔王……
そうか! ライナスで『勇者と賢者の物語』を読んで魔王って言葉を見た時、どこかで聞いたことがあると思ってたけど……
女神様が自己紹介でそう言っていたんだった!
「女神様! 魔王って、もしかして勇者ライナス、賢者ギリアムと戦ったって言う……」
『懐かしい名じゃな。そう言えば彼奴らの物語を読んでおったか。いかにも。その魔王が妾じゃ』
なんと、あの物語に出て来た魔王とは女神様のことだったらしい。
え? あの物語の魔王って極悪非道の存在だったような……
「ねえ、先生。前から少し疑問だったんだけど、なんで先生はあたしたちのことをまるで近くで見ていたみたいに知っているの?」
「そ、そう言えば! 父さんと母さんに俺たちの無事を伝えてくれたって」
『ふむ』
俺たちの言葉を聞いて、女神様は少し考えるそぶりを見せる。
『そうじゃな。色々伝えたいことはあるが、まずはそこから話そうか。ジェット、妾が最後に言った言葉を覚えておるか?』
「勿論! もしかしたら、今後違う形で俺と会うかもしれないって」
その後女神様はどこにもいなくなって、それから次の年にリディが産まれて……
『うむ。妾の魂はあの後暫くして新たなる命へと転生した。封印される前に元々そう言う秘術を使っておったからな。そして、転生した次なる命を通してお主たちを見ておった』
どうやら、俺が解放した女神様の魂は既に新たな存在として生まれ変わっていたみたいだ。
俺が女神様と別れた後に産まれて、俺たちが行方不明になったことも無事だったことも知っている相手……
更に、迷子になる前にもリディは夢の中で先生に『分析』や『亜空間収納』を教えてもらったと言っていた。
そうすると、迷子になる前からつい最近のことまで俺たちのことを知っていると言うことになる。
そうなると、女神様が生まれ変わったのって……
女神様がある一点を指さす。
その指先はリディ……の頭の上をさした。
「え? ポヨン?」
リディの頭の上でポヨンが大きく伸び縮みする。
『くふふ、そうじゃ。妾が新たに生まれ変わったのはそこにいるポヨンじゃ』
「「えええええええええっ!?」」
た、確かにポヨンだったら迷子になる前から今までずっと俺たちと一緒にいたけど……
「で、でも先生! あたしが夢で先生に初めて会ったのって、確かポヨンに会う前だったと思うんだけど……」
『順を追って説明しよう』
軽く咳払いをして、女神様はポヨンに転生した時のことを語り始めた。
『女神の祝福と称してジェットに妾の魔力を授けた後、妾の魂は再びあの封印石に呼び戻された』
「え? どうして……」
『あの時、本来なら妾の魔力を全てお主に託す筈じゃった。自身の魔力を次代の魔王に託し、自身の魂は新たな命へと転生する秘術。妾はあそこに封印される前にそんな秘術を使っておった』
なんでそんな秘術を……
ちょっと気になるけど、今は女神様の話に集中しよう。
『じゃが、封印されて五百年以上の時が過ぎ、その間に魔力を託す相手はいなくなり、秘術自体にも綻びが現れてしまった。それ故、ジェットには全ての魔力を託すことが出来ず、残った魔力に封印石が反応し、再び引き寄せられたのじゃ』
そう言えば、女神様に祝福を貰ってから俺の前髪って一部白くなったんだよな。
もしあれが女神様の魔力の影響だとすると、俺と同じ髪色を持ったリディは……
『しかし、割れた封印石では魂を封印することは出来ず、妾は封印石の中で新たな命として生まれ変わることとなった。すると、あの封印石からスライムが生まれた。それがポヨンじゃ』
「じゃあ、あの家宝の宝石がいつの間にか無くなってたのって」
『うむ。ポヨンがあの中から抜け出したからじゃな。スライムの体じゃからなあ。蓋をされておっても関係なかったようじゃ』
女神様の言葉に体を伸ばしたポヨンが頷く。
『その後ポヨンはこっそり村を抜け出して行くのじゃが、その前に。お主たちの家を出る時に、無意識にある者と魂が繋がってしまう。それが、当時まだ母のお腹の中にいたリディじゃ』
「え、あたし?」
『うむ。お主のテイマーの素質と惹かれ合うものがあったのじゃろう。その時に、ポヨンの中に残っていた妾の魔力と記憶の一部がお主の中に移ったようじゃな』
「それで、先生があたしの夢に出て来るように……そう言えば、小さい頃不思議な夢を見ていたけどあれって」
『妾の記憶を夢として見ておったのじゃろう』
「それじゃあ、リディが俺たちも使えないような不思議な魔術を使えるのは」
『うむ。残った妾の魔力を受け継いだ結果じゃ。魔王の素質と言い換えてもよいな。代々の魔王は属性に縛られない魔術を扱える者が務めておったからな』
そう言って女神様は自分の白い髪の毛を指さす。
やはり、俺たちの髪の毛は女神様の魔力の影響だったようだ。
『その後はお主たちも知っての通りじゃ。アベルとナタリアにお主たちのことを伝えられたのは、あの時ポヨンが咄嗟に自身の体の一部をあそこに残していたからじゃ。それを通じて、妾が二人にお主たちの無事を伝えた』
リディがポヨンを頭の上から手の上に移す。
「そっかあ。ポヨンのお陰だったんだね。ありがとう」
ポヨンは嬉しそうに体を膨らませた。
「しっかし、ポヨンが女神様だったなんて……」
今後はちゃんと女神様として扱うべきなのだろうか?
『ああ。妾の生まれ変わりと言っても、既にポヨンは妾とは違う命として生きておる。あくまでも魂の奥底に妾の記憶の残滓が残っておるに過ぎん。じゃから、ポヨンはポヨンとして今まで通り接してやってほしい。ポヨンもそれを望んでおるはずじゃ』
女神様の言葉にポヨンが大きく頷く。
「うん、分かった。ポヨンは今までもこれからもあたしの大事なお友達のポヨンだよ!」
リディの言葉にポヨンが体を揺らす。
どうやら、リディの言葉が嬉しかったみたいだ。
あ、そう言えばさっきの話で思い出したんだけど、
「女神様。リディが『転移陣魔術』を暴走させた時のことだけど、女神様はリディに必要に迫られたからだって言ったって」
その言葉を聞いて、女神様が少し難しい表情になる。
『そうじゃな。今こうやってお主たちの前に出て来たのも、そのことがあったからじゃ。本来なら既に過去の記憶に過ぎぬ妾が、今を生きるお主たちに干渉し過ぎるのもどうかと思っておったが……少し事情が変わってな』
そう言って女神様は一度息を吐く。
そうして、俺たちの目を見据える。
『あの時、お主たちはとある者に狙われておった。正確に言えば、狙われていたのはお主たちの中にある妾が託した魔力、と言った方が正しいのかもしれぬがな』
確かに、あの時は誘い込まれるように秘密基地の奥へと向かってしまったけど……
「女神様、そのとある者って」
『うむ。その者の名は賢者ギリアム。妾の魔力を自分のものとする為に、妾の魂をあの石に封印した男じゃ』




