171話 エルデリア奪還③
「やぁああ!」
レイチェルが構えた長杖から氷の槍が連射される。
それは黒スケルトンの足下に突き刺さり、黒スケルトンの足下ごと地面を凍らせる。
黒スケルトンは纏った薄い瘴気の『エンチャント』を足下に集中させ、鬱陶しそうに氷の拘束から逃れた。
「やっぱり、あの瘴気で魔術を無効化してたのは間違いないみたいだなっ!」
光属性『エンチャント』を施した剣を黒スケルトンに振るう。
黒スケルトンは骨の体を無理矢理ねじり、勢いよく黒い刀身の剣を振るって俺の剣を受け止め弾く。
こいつ、かなり剣の扱いに慣れている印象だ。
ボロボロになって所々崩れてはいるけど、黒地に金の装飾が入った元は高価そうな鎧を纏っているし、剣の扱いに慣れた冒険者や衛兵がスケルトン化したものだったりするのか?
俺の反対側からアガーテが迫るも、黒スケルトンは俺の剣を弾いた後も体をひねり続け、なんと上半身を一周回転させて剣を振るう。
アガーテは攻撃を諦め、盾を構え黒スケルトンの剣を受け止めた。
「流石は骨だけの体だ。生きている人間ではあり得ないような動きをしてくるな!」
「くっ、それ故に相手の攻撃の軌道を読みづらい!」
俺とアガーテは黒スケルトンから一度距離を取る。
黒スケルトンはむやみに追撃はして来ず、その場で剣を構え俺たちを待ち受ける。
こいつ、瘴気の『エンチャント』無しでも十分強い。
それにこいつの戦い方は、魔物と言うよりどちらかと言うと人間を相手にしているような感じだ。
まあでも、瘴気が無ければ魔術での足止めが可能なことは分かったし、こっちの人数の多さを最大限に活用すれば……
その時、黒スケルトンが纏う瘴気が少し濃くなった。
よく見ると、どうやら奴の黒い骨から瘴気が溢れているみたいだ。
「あいつ、瘴気を生み出す能力が徐々に回復しているのか!?」
強力な光魔術を直接食らわせれば封じられるとは言え、先程と同じ方法では警戒されてしまい無理だろう。
すると、今度は濃くなった瘴気の一部を次々と地面に向け放ち始めた。
地面に着弾した瘴気がまるで地の底まで続く深く昏い穴のようにその場に広がる。
「奴は一体何を……なっ!?」
広がった瘴気から白い何かが這い出して来る。
その姿は二本足で立っていたり、四本足の獣だったりと様々だけど、全てに共通することは全身が骨だと言うことだ。
「こいつ、瘴気からスケルトンを発生させたのか!」
「そのようだな……その証拠に、奴が発生させたスケルトンには心臓部に赤黒い魔石が見える」
成程。あれが本来見られるスケルトンの姿のようだ。
地面の瘴気からは更にスケルトンが発生しようとしているみたいだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
黒スケルトンが不気味な声をあげると、生み出された様々なスケルトンたちが一斉にこちらに向かって来た!
「師匠!」
「おにい、あたしたちも手伝う!」
どうやらリディとレイチェルもスケルトンたちに対処する為に前に出て来たようだ。
「リディ、レイチェル、あのスケルトンたちには心臓部に魔石がある! あれを破壊するか抜き取るかすれば討伐可能だ!」
アガーテが二人に簡単にスケルトンの説明をする。
それを聞いた二人は早速行動を開始した。
「やっ!」
レイチェルが長杖から氷の槍を放ち、二足歩行の人型スケルトンの動きを止める。
そして、心臓部にある魔石に氷の槍を発生させたままの長杖を突き入れる!
穂先が氷で出来た槍として長杖を使った訳か。
魔石を氷の穂先で突き崩されたスケルトンはその場で崩れ落ちる。
レイチェルは他のスケルトンも同じように足元を凍らせてから氷の長杖を使い倒していく。
ナイフを使わないのは、単純にリディから不用意に離れられないのと、スケルトンに近付きたくないからだろうなあ。
よく見てみると、微妙に腰が引けているし……
ま、まあ、ちゃんと戦えてるんなら問題無いだろ。
「キュゥゥウウ!」
ルカが光の水を操り、迫って来た獣型のスケルトンを拘束する。
そこへキナコから光弾が放たれ、スケルトンの骨が砕け魔石が剥き出しになる。
「ニャアァゥン」
剥き出しになった魔石をサシャが爪で斬り裂く。
魔石がサシャの爪によって破壊されると、拘束されていた獣型スケルトンはバラバラに崩れ落ちた。
リディたちとレイチェルは問題無くスケルトンの処理が出来ているから大丈夫だな。
「はぁあああっ!」
アガーテがスケルトンの一撃を盾で受け止めながら殴り飛ばす。
光属性『エンチャント』を発動した盾で殴り飛ばされたスケルトンは、それだけで腕が崩れ落ちてしまう。
さらにそこへ鎚による追撃を受け、魔石を破壊せずとも再起不能に陥る。
「ジェット! 今はまだ大丈夫だが、スケルトンの発生を抑えないといずれ魔力が尽きるぞ!」
飛び掛かって来た獣型スケルトンを盾で地面に叩き付けながらアガーテが声を上げる。
黒スケルトンが地面に放った瘴気からは次のスケルトンたちが生まれようとしていた。
「ああ、分かってる!」
目の前のスケルトンを光の剣で斬りながらアガーテに答える。
さっきからあの瘴気をどうにかしようとは思ってるんだ。
ただ、あの黒スケルトンが剣を構え、瘴気のそばから動こうとしない。
瘴気をどうにかしようと近付いた所を迎撃するつもりなんだろう。
だからと言って、このまま発生するスケルトンたちを倒しているだけでは何の解決にもならない。
黒スケルトンが地面に瘴気を放ったことで纏っていた瘴気はまた薄くなったけど、それも時間と共に回復してしまうと思う。
やはり、無理矢理にでも攻めるべきか。
俺は『限界突破』を使って一気に黒スケルトンへ迫る。
その勢いのまま剣を振るうも、同じく俺に迫って来た黒スケルトンの黒剣に阻まれる。
更に数度剣を振るうも、全て黒スケルトンの黒剣で受け止められてしまった。
それならこれでどうだ!
剣を力を込め黒スケルトンを押さえ込んだまま、俺は足に光属性の魔力を集中させ蹴りを放つ。
すると、黒スケルトンは体の瘴気を俺の蹴りに合わせ移動させ、瘴気で蹴りを受け止める。
瘴気によって俺の光属性の魔力は減衰し、普通の蹴りを黒スケルトンに放つだけに終わってしまった。
「ぐぉっ、かったい!」
黒スケルトンの骨は普通のスケルトンに比べると圧倒的に硬く、単純な蹴りぐらいではビクともしなかった。
一度剣を弾き俺は後退する。
「あいつ、かなり戦い慣れしてる! このまま普通に攻めてもしんどいな」
「どうするのだジェット!?」
「どんどん瘴気も回復してるみたいです!」
「うー、何かもっと強力な攻撃があれば……」
リディは現状、光魔術での保護優先で『光の矢』を使えないしな。
あれがあれば地面の瘴気くらいなら簡単に吹き飛ばせそうだけど……
濁流の剣を使えばあの硬い骨でも斬れるだろうけど、瘴気で無効化されそうなんだよなあ。
光属性も混ぜ込めば無理矢理斬れるかもしれないけど、三属性を混ぜ合わせるのはここでいきなりやるには難しい。魔術の制御も甘くなるしな。
そうなると、相手がアンデッドなこともあるし光属性と何かを一緒に使うのがいいだろうけど……
そこで、ふとエルデリアに帰ってからのある記憶が蘇る。
◇◇◇
「うん? なんか違うな」
あれは確かカエデの黒炎を教えてもらってた時だったな。
最初は上手く火属性と闇属性が混ぜ合わせられず苦労してたんだけど……
「えっとね先生。混ぜ合わせると言うより、闇属性を火種にして火を燃やしているイメージかな」
「成程。考え方が間違ってたんだな。よし、早速…………おおおお! 出来た!」
このことで分かったのは、属性の組み合わせごとに最適な混ぜ方があるんだろうと言うことだ。
例えば火属性と水属性なんかは普通に混ぜ合わせて熱湯にしてる訳だしな。
「わぁぁああ! やっぱり先生は凄いなあ!」
「まだまだカエデに比べたら発動に時間が掛かるけどな。ん? もしかして、このイメージなら火属性と混ぜられなかった他の属性も混ぜ合わせられるんじゃ……」
「わぁあ! 他にどんなことが出来るんだろう?」
◇◇◇
あの後、カエデと一緒に色々試したんだよなあ。
結局、同じイメージで混ぜ合わせられたのは光属性だけで、その効果もちょっと普通の火より燃えやすくて火の粉が光ってるだけの残念な結果に終わってたんだけど……
今にして思えば、あれって単純に使う場面が悪かったのでは?
そう一度考えてしまうともう駄目だ。
こんな時だけど、ちょっと試してみたい!
「皆、少し試してみたいことがある。ちょっと発動に時間が掛かるから、少しの間スケルトンを」
「止めておけばいいのだな? あの黒スケルトンは私が抑える。リディとレイチェルは周囲のスケルトンを!」
「うん!」 「分かった!」
アガーテが黒スケルトンに迫り、リディとレイチェルが新たに発生したスケルトンを討伐していく。
ははは、頼もしいな。
どうやら、何も聞かなくても俺のことをちゃんと信頼してくれているみたいだ。
だったら、その信頼に応えないとな!
早速火属性と光属性の『融合魔術』を発動する為に集中する。
周囲のスケルトンたちは三人に任せておけば何も問題は無い。
光属性魔力は既に用意してるからな。
あとは、この光属性魔力を火種として火属性魔力を燃え上がらせるイメージで……
剣に発動していた光属性『エンチャント』の上から更に火属性の『エンチャント』を発動し、火属性魔力を燃え上がらせていく。
燃え上がっていた火は、やがて光属性の魔力を火種として更に勢いを増す。
すると、剣が纏っていた火が段々と白くなり輝きを放ち始める。
よし! 『白炎』の発動が出来た!
もっと使い慣れたらカエデの黒炎みたいに時間を掛けずに発動出来るようになるだろうけど……まあ、それについては要練習だな。
周囲を確認すると、丁度レイチェルがスケルトンの足元を凍り付かせた所だった。
丁度いい。少しあのスケルトンで試してみよう。
「レイチェル! そのスケルトン貰うぞ!」
「え? は、はい!」
すんでの所で踏み止まったレイチェルの横を通り、スケルトンに向け白炎の剣を振るう。
すると、剣の通り道にあった瘴気が白炎によって燃やし尽くされていく。
シュパンッ
何の抵抗も感じずにスケルトンを斬ると、白炎の剣で斬られた場所から引火し、白く輝く炎がスケルトンを燃やし尽くした。
おお、瘴気やアンデッドにとんでもなく有効だ!
「えええええええっ!? 何ですかその綺麗な炎!?」
そう言えば、あの時は特に役に立たないと思って皆には話してなかったな。
「後で説明する。リディ、レイチェル、奴に隙が出来たら上手く動きを封じてくれ!」
白炎の剣を構え、二人の返事も待たず俺は黒スケルトンの元へ迫る。
アガーテは守ることだけに集中していたようで、黒スケルトンを抑え込んでくれていた。
「おおおりゃぁあっ!」
その隙に、俺は黒スケルトンに白炎の剣を振るう。
アガーテを相手にしながら剣で弾くのは無理と判断したのか、黒スケルトンは更に濃くなった瘴気を左手に集め、その瘴気で白炎の剣を受けようとする。
すると、白炎が黒スケルトンの瘴気に触れた瞬間、瘴気に引火し黒スケルトンの左手を白炎が襲う!
黒スケルトンは瘴気を更に集め消火を試みるも、むしろ白炎の勢いは強くなる。
黒スケルトンは無理矢理アガーテを弾き距離を取ると、黒剣で燃える左腕を斬り落とした。
「キュッキュゥゥウウッ!」
左腕を失った黒スケルトンを、ルカの光の水が急襲する。
光の水は残った右腕ごと黒スケルトンの上半身を拘束する。
瘴気を集めどうにか拘束を解こうとするも、さっき白炎に瘴気を燃やされた影響で苦戦しているようだ。
そこへ、駄目押しにレイチェルから氷の槍が黒スケルトンの足元にばら撒かれる。
黒スケルトンは足元から凍り付き、その氷はルカの光の水まで及ぶ。
さらに硬く拘束された黒スケルトンは身動き一つ取れなくなってしまった。
すかさず俺は黒スケルトンへ踏み込み、白炎の剣を脳天へと振り下ろす!
シュパァァアンッ
脳天から股下まで白炎の剣で斬られた黒スケルトンは、体の中心から瘴気ごと白炎に呑み込まれていく。
俺アガーテの元まで一度下がり、黒スケルトンの様子を見る。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァ……」
白炎に包まれた黒スケルトンは苦悶の声を上げる。
ただ、戦う意思だけはまだ残っていたようで、その状態のまま黒剣を振り上げ俺たちに迫る。
「させんっ!」
アガーテが、振り下ろされた黒剣ごと黒スケルトンを盾で弾き飛ばす。
アガーテに吹き飛ばされた黒スケルトンは、地面に転げ落ちると同時に体がバラバラに崩れる。
そして、白炎はスケルトンを生み出していた瘴気にも引火し周囲を浄化していく。
程なくして、黒スケルトンは黒剣ごと灰も残らず消滅していくのだった。




