170話 エルデリア奪還②
「師匠、前方にスケルトンと思われる何かが一、二、三……四体います」
「了解。姿を確認し次第氷の槍をぶち込んでやれ!」
「はい!」
俺たちは村の人たちが山へ向かう為に切り拓いた道から少し離れ、森の中をエルデリアに向けて移動している。
気配が読めないスケルトンに対し、レイチェルは風魔術による探知で対応しているみたいだ。
気配察知に比べるとどうしても有効範囲が狭くはなるけど、それでも十分にありがたい。
「見えたな、あれか」
前方にスケルトンが四体うろついているのが目に入る。
スケルトンに向けレイチェルがブラックディアの角の長杖を構え、先端から氷の槍を連射する。
連射された氷の槍はスケルトンたちの足下に突き刺さり、そこから地面ごとスケルトンの足下を凍らせる。
引き摺っていたボロボロの武器共々、スケルトンたちは身動きが取れなくなってしまった。
「後は任せておけ! はぁぁあっ!」
そこへ鎚と盾に光属性『エンチャント』を発動したアガーテが迫る。
身動きの取れなくなったスケルトンの頭蓋骨が鎚によって砕かれ、盾によって殴りつけられた体がバラバラに崩れる。
光属性によって崩れ落ちたスケルトンは体が粉々になり、そのまま再生する気配は無い。
「よし、やっぱり光属性が有効だな」
エルデリアで戦った時は武器にまで光属性の魔力を通せてなかったからな。
まあ、出来ていた所でもしかしたら村の人たちかも? と言う考えのせいで剣が振れなかったとは思うけど。
「ニャウッ!?」
スケルトンの一体をサシャが影で縛り上げようとしたみたいだけど、どうやら上手くいかなかったようだ。
「確か、サシャの影遊びは闇属性の魔力が必要だったな。となると、スケルトン相手に闇属性は効果が薄いみたいだな」
「キュッキュゥゥウ!」
次はルカが光の水を使ってスケルトンを縛り上げる。
どうやら、こっちは効果的みたいだな。
縛り上げられたスケルトンがミシミシと骨を軋ませる。
そこへ、キナコから魔力弾が放たれる。
体内にリディの光属性の魔力を吸収して、それを魔力弾として放っているようだ。
縛り上げられたスケルトンが魔力弾によりどんどん削られていく。
「……ゥニャウ」
サシャが面白くなさそうに声を出す。
どうやらちょっぴり悔しかったみたいだ。
「皆おつかれ。これで大体どんな攻撃が通用するか分かったね」
リディが従魔たちを撫でながら光属性の魔力を補充していく。
今回ポヨンはレイチェルの保護優先で戦闘には参加しないようだ。
残ったスケルトンは俺とアガーテの光属性『エンチャント』で片付けていく。
「師匠、山への道の方にもそれなりに多くのスケルトンがいるみたいですけど……」
「おそらく避難している村人たちの方へ向かっているのだろうな。どうするジェット?」
「……このままエルデリアを目指そう。俺たちの目的は、おそらく上位種だろうと思われる黒いスケルトンだ。それに、ここで時間を掛けていたら瘴気がもっと広がってしまう」
「パパもママも村の皆も強いしね。大丈夫!」
リディの言葉に頷く。
それに、俺たちが行方不明になっている間に『身体活性』や属性『エンチャント』なんかは随分村に浸透したみたいだった。
仮に母さんの分しか光属性が無かったとしても、皆ならあの程度の相手に負けることは無いだろう。
「分かりました! なら、前方の探知に集中します!」
そうして、時折森の中に出没するスケルトンを討伐しながら、俺たちはエルデリアに急いだ。
◇◇◇
森の中を突っ切ると、俺たちは村の北側の防壁の前に辿り着く。
「むっ、これは村の防壁か。これを飛び越えるのは今の私たちでは難儀する。となると、村の入り口は」
「村の入り口の方にはスケルトンが大量にいるみたいだよ? 師匠、強行突破しますか?」
「あー、大丈夫。ちょっと待ってろ」
アガーテの言う通り、この防壁を飛び越えるのは無理ではないけどちょっと大変だ。
防壁の上部には魔獣対策用の仕掛けが施されているからな。
もし、無理矢理飛び越えようとして足でも引っ掛けちゃったら後が面倒だ。
それよりも、ここは懐かしい方法で村の中に入るとしよう。
「レイチェル、この防壁の向こう側にスケルトンは?」
「は、はい。えっと、この近くにはいないみたいです」
「あ、おにい。あれで入るんだね」
「おう」
どうやらリディには分かったみたいだな。
まあ、リディも同じように村を抜け出してた訳だしな。
俺は防壁の前へ移動ししゃがみ込む。
地面に地魔術を発動し、深めに穴を掘って防壁の下を抜ける通り道を作り出す。
「ほら、これで大丈夫だ。流石に防壁も地下深くまでは通ってないからな」
「おにいはこうやってしょっちゅう村から抜け出してたんだよ」
「あはは……師匠らしいと言うか」
「ま、まあジェットだしな。むしろ納得した」
そんな理由で納得されるのも釈然としないけど……まあ今はいいや。
俺たちは穴を抜けてエルデリアに侵入する。
今回は、念の為穴はそのまま脱出用に残しておく。
リディは今光魔術での防御に忙しいから、咄嗟に『転移陣魔術』は使えないだろうからな。
「うわぁ……なんだか村の中の瘴気がさっきより濃くなってるね」
「これは、他の人たちを連れて来なかったのは正解でしたね」
「やはり、瘴気の発生源が村の中に存在すると言うことか」
「よし、それじゃグレンが見たって言う黒いスケルトンを捜そうか」
そうして、レイチェルの風魔術での探知を頼りに俺たちは村の中を移動する。
回避出来るスケルトンは回避して、邪魔なスケルトンは周囲に気付かれる前に光魔術による攻撃で倒していく。
そうやって村の中で黒いスケルトンを捜していると、とある方向へ行くと瘴気が濃くなることに気付いた。
「こっちは村長の家の方向か。こっちへ行く程瘴気が濃くなっているな」
「あ、師匠、村長さんが授業をしていた広場に大きなものがいます。ただ、何かに探知を邪魔をされてどんな相手かまではよく分かりませんけど……」
「確かグレンが他のスケルトンより一回り大きいって言ってたし、そいつが黒いスケルトンじゃない?」
「黒いスケルトンの周りだけ瘴気が濃いとも言っていたな。となると、この瘴気の濃さもやはりそのスケルトンが原因なのだろう」
このまま真っ直ぐ広場に向かうのは流石に危ないので、俺たちは村長の家の裏手の方に回ることにした。
そして、エルデリアに侵入した時と同じ方法で塀の向こう側、村長宅の敷地へと入る。
「なんだか悪いことしてるみたいでちょっとドキドキするね」
「し、仕方ないだろ、緊急時なんだから」
全員が通った所で穴を塞いでおく。
そうして、村長の家の周囲をぐるりと回って正面まで辿り着く。
塀から少し顔を出して広場を覗いてみると、そこには黒い塊が鎮座していた。
その黒い塊から瘴気の流れが出来ているので、奴が瘴気の発生源と見て間違い無いだろう。
そして、その周囲には警護の為か十体前後のスケルトンが配置されている。
「俺たちに気付いた様子は……無いみたいだな」
「瘴気が濃くてはっきりと姿は見えませんけど、確かに骨が黒いみたいですね」
「あんな所で動かずに何やってるんだろう?」
「おそらく、瘴気を動かすことに集中しているのだろうな。ジェット、どうする?」
そうだなあ。
何にしても、俺たちに気付いていないのなら都合がいい。
先制攻撃で動きを封じた後、苦手な光属性でも叩き込んでやるか。
「俺とアガーテでもう少しあいつに近付く。リディとレイチェルはここに残って、合図をしたら氷の槍をスケルトンたちの足元にばら撒いて動きを封じてくれ」
「はい、分かりました」
「動きを封じた後は、俺とアガーテで一気に踏み込んで周囲のスケルトンごとあいつに攻撃する」
「了解した」
「予想以上に手強い場合は一旦下がって仕切り直す。その時はリディ、キナコとルカに頼んで援護してくれ」
「うん。キナコ、ルカ、その時はお願いね」
「キュッ!」
リディの言葉にキナコとルカが頷く。
そうして、リディたちとレイチェルをその場に残し、俺とアガーテは周囲の物陰に隠れながら黒い塊に近付いていく。
村長が授業で使う道具なんかが色々置かれていて助かったな。これが無かったら、広場には隠れられる所なんて無かったからなあ。
「よし、この辺でいいか。アガーテ、準備はいいか?」
「ああ、いつでも行ける」
俺は指先だけに強めの光魔術を発動し、それをリディとレイチェルの方に向ける。
本当なら『念話』が使えたら良かったんだけど、今はリディの魔力を他のことに使わせたくないからな。
俺の合図を確認したレイチェルから、広場の黒い塊とスケルトンたちに向けて氷の槍が放たれる。
氷の槍が地面に突き刺さり周囲を凍らせていくのと同時に、俺とアガーテも武器を構え黒い塊に向けて駆け出した。
ザシュンッ
ドゴァアッ
すれ違いざまに動きを封じられたスケルトンを撃破していく。
そうして黒い塊に近付いた所で、
「オォォォオオオオアァァアアアア」
黒い塊が奇妙な声を出しながら何かを振り回してきた!
「受け止める! 『闘気盾』!」
光属性『エンチャント』の出力を増し、アガーテが盾で黒い塊の攻撃を受け止める。
すると、受け止めた部分の瘴気が晴れ、黒い刀身の剣とそれを持つ黒い骨の手が見えた。
「こいつ、武器持ちか!」
「どうやらレイチェルの氷の槍の影響を受けていないようだな」
黒スケルトンの足元を見てみると、こいつの周囲だけ凍らずにそのままの地面が広がっていた。
黒スケルトンが一歩踏み出すと、奴の周辺の濃い瘴気に触れた地面の氷が消え去っていった。
「あの濃い瘴気が魔術の邪魔をしてるんだ!」
「だが、光属性で対処は可能……むっ!?」
アガーテの盾を見ると、光属性の『エンチャント』が失われていた。
どうやらさっきの黒スケルトンの剣を受けた時に、奴の瘴気と相殺されたみたいだ。
アガーテは急いで盾に『エンチャント』を掛け直す。
それと同時に、黒スケルトンの剣も再び瘴気に包まれる。
「一度下がろう! リディ!」
俺の声を聞いたリディの指示で、後方から光の魔力弾と光の水弾がばら撒かれる。
着弾した周囲のスケルトンはどんどん体が削り取られていく。
黒スケルトンにも着弾するも、それは一瞬瘴気を払うだけに止まった。
だけど、そのお陰で黒スケルトンの動きを制限出来たようだ。
俺は足元に光属性の『設置魔術』を仕掛け、アガーテと共に一度リディたちの場所まで後退する。
「師匠、アガーテ!」
「大丈夫だった!?」
「おう、助かった」
「どうも、あの瘴気が私たちの使う『エンチャント』のようになっているみたいだ。相手に使われると厄介だな」
その瘴気の『エンチャント』が魔術による影響をかき消してしまうみたいだな。
レイチェルの氷の槍が一切効いていなかったのはそのせいだろう。
それと、アガーテが攻撃を受け止めた時のことを考えると光属性なら相殺出来るようだ。
よし、それなら、
「レイチェル! あいつの手前に仕掛けた『設置魔術』に向けて氷の槍を撃て!」
「っ! はい!」
レイチェルが即座に長杖を構え、『設置魔術』に向けて氷の槍を連射する。
その間に、俺は自分とレイチェルの目元を闇魔術で保護する。
「リディ、アガーテ、ポヨンたちも目を瞑れ!」
レイチェルの氷の槍が『設置魔術』に着弾し、周囲に強烈な光が放たれる。
その光によって残っていたスケルトンは崩れ、黒スケルトンの瘴気の『エンチャント』も吹き飛んだ。
全身の骨が黒く、額に何やら穴のあいた黒スケルトンの全身があらわになる。
暫く様子を見るも、黒スケルトンは薄く瘴気の『エンチャント』を発動し直しただけだった。
「どうも、強い光魔術を食らうと瘴気が保てなくなるみたいだな」
「アァァアアアアオオオオォォ」
黒スケルトンは全てを吸い込みそうな黒い目の窪みを俺たちに向け、怨嗟の入り混じった声を上げるのだった。




