17話 迷子の兄妹とレイチェルさん
「あ、えっと、その……」
おっと、少し警戒させてしまったみたいだ。
この人にはこの辺りについて色々聞きたいことがある。いや、あり過ぎる。
どうにか会話を試みないと。
「あー、大丈夫だったか?」
うむ、我ながら全く気の利いた言葉が出なかったな。
「……良かった、言葉は通じる……あの! さっきは危ない所を助けていただいてありがとうございました! わたしレイチェルって言います」
「お、おう。困った時はお互い様だ。えっと、俺はジェット、こっちの子が妹の」
「リディです!」
「ジェットさんとリディちゃんですね! ……よし、覚えました」
どうにか自己紹介を終える。
うーむ、初対面の人と話すのは緊張するな。
村の中だと大体皆知り合いだからなあ。
それにしても。
俺は改めてレイチェルと名乗った女の方を見る。
どれだけ見てもやはり見たことの無い顔だ。
そもそもこんな目立つ水色の髪なんて忘れる訳がない。
そう、水色の髪だ。
俺たちが住むエルデリアの住民は殆どが黒髪だ。
父さんも母さんもそうだし、エリン姉やグレン、カエデだってそうだ。村長は白髪混じりだけど……まあ黒髪でいいや。
ゴーシュは少し茶色っぽい髪だけど、それでも他に村の中にいないって訳でもない。
俺とリディに関しては前髪の一部だけ白かったりするけど、大部分はやはり黒髪だ。
女神様は、まあ住人ではないし女神様だしな。似合ってたから問題無し!
そう考えるとこのレイチェルは間違いなくエルデリア以外に住んでいる人間だ。
ただ、エルデリアの周辺には他に人の住む場所は無いって聞いている。
あとさっきから気になるのは、何故かレイチェルの俺を見る目がやけに尊敬の色を帯びているような。
確かにゴブリンから助けはしたけど、それにしては大袈裟な感じだ。
あ、ゴブリン。
「えっと、ちょっと色々聞きたいことがあるんだけど、先にゴブリンを処理してもいいかな? このままだとかなり生臭いし」
「あ、あーすみません! どうぞどうぞ! と言うか手伝わせて下さい」
許可も貰ったしゴブリンの魔石を剥ぎ取るとするか。
よっと。……あれ? このゴブリンの魔石って小さいな。他のも……同じくらいか。
レイチェルもおっかなびっくり魔石を取り出している。少し気分が悪そうだな。
リディは少し休憩中だ。絶対ゴブリンの方は見ようとはしない。
魔石を剥ぎ取ったゴブリンはどうするかな。
ポヨンは出て来る気が無さそうだから、闇魔術で腐敗し易くしてから穴にでも埋めるか。
と言う訳でゴブリンたちの死体を一纏めにする。
そこに闇魔術を使って腐敗を促進させる。
それを地魔術を使ってそのまま埋める。辺りに飛び散った血やはらわたもだ。
この臭いに釣られて他の魔獣が寄って来たら厄介だしな。
「うわぁぁぁあああ、凄い! あ、これ魔石です。どうぞ!」
「え、あー、俺も剥ぎ取ったから大丈夫」
「そんな、駄目ですよ。わたし何も出来てないですし」
そう言って、何故かやけにキラキラした目をしたレイチェルに魔石を押し付けられた。
「あの! さっきのって魔法ですよね!? わたし初めて見ました! さっきゴブリンの群れを倒した鮮やかな戦い方も凄かったです! ジェットさん高ランク冒険者ですよね!? この辺りでは見たこと無いですけど他の国から来たんですか?」
「え? まほう? こうらんくぼうけんしゃ? ちょ、ちょっと待ってくれ」
「え、あ、はい」
俺はリディの方を向く。
どうやらリディも困惑してるようだ。
色々と分からないことも多かったけど、一番驚いたのは俺の魔術を見て初めて見た、と言ったことだ。
まほう? って言ってたけど、多分それが魔術のことだと思う。
レイチェルは見た目だけなら多分俺と同年代くらいだ。
少なくともリディよりは間違い無く年上だ。
それが魔術を初めて見たっておかしいだろ?
普通に考えたら今のリディくらいの時に誰かに習ってる筈なんだ。
「……リディ、あの人を『分析』で視てくれ。それで後で結果を教えてくれ……」
「……分かった……」
小声でリディに頼んでおく。
そしてレイチェルの方に向き直る。
「えっと、色々よく分からないんだけど、魔術を初めて見たって本当?」
「まじゅつ? ああ、魔法のことですね。はい! 魔法を使えるなんて凄いですね! 十万人に一人使えたらいい方だって聞いたことあります」
「十万人に一人!? そ、そうか。えーとそれじゃあレイチェル……さんは魔術を使えないのか」
「あ、わたしのことはレイチェルでいいですよ。わたしみたいなのが魔法なんて凄いもの使える訳ないじゃないですか。あの、それでさっきも聞いたけど、ジェットさん高ランク冒険者の方ですよね!? しかも魔剣士の!」
「あー、そのこうらんくぼうけんしゃ? って何? あとまけんし? もちょっと分からない」
「え?」
「「え?」」
レイチェルに不思議そうな顔をされる。
そしてお互い間抜けな声が出る。リディも訳が分からないって顔してるな。
「「「……」」」
どうにも気まずい空気が流れる。
お互いに何を言っていいのか分からなくなってしまった。
だが、レイチェルにこれだけは聞いておかなければならない。
「あー、ここって一体何処なんだ? あとエルデリアって何処にあるか知ってるか?」
「あ、すみません! えっと、ここはカーグって町の南にある森です。それとえるでりあ? でしたっけ。ちょっと聞いたこと無いです」
……ある程度そんな予感はしていた。ここは俺たちの住んでいるエルデリアの近くじゃないんじゃないかって。
でも、心の何処かでそれを認めたくなかった。
さっきから口の中が乾いて仕方ない。
リディも今の言葉を聞いて放心状態になっているようだ。
「あの、ごめんなさい。何か、わたし酷いこと言っちゃったんじゃ」
「あ、いや違う。別にレイチェルの発言が悪い訳じゃないんだ」
「それなら良かったです。えっと、わたしもちょっと聞きたいんですけど、ジェットさんは冒険者ではないんですか?」
「ぼうけんしゃ? ってのが何なのかがよく分からないけど、多分違うと思う」
「あ……そ、そうだったんですね。すみません、なんかわたし一人で勘違いして舞い上がっちゃって」
「「「……」」」
また気まずい沈黙が広がる。
すると、そんな空気を気にすることもなくポヨンがリディの鞄から飛び出してきた。
そしてリディの前でぷるぷる震え始めた。
「急にどうしたのポヨン!? え、お腹減った?」
それを見てレイチェルがポヨンを指さしながら後ずさった。
「あ、え? すすすすすスライム!?」
「あ、このスライムはポヨンって言って、あたしの友達だから大丈夫……です」
リディがポヨンを抱きかかえながらレイチェルに紹介する。
それを聞いてレイチェルはようやく落ち着きを取り戻す。
「リディちゃんはテイマーだったんですね。わたし初めて見ましたよ。何と言うか……兄妹揃って凄い」
とりあえず、今の俺たちの状況を知ることが出来た。
さっきのレイチェルの言葉が間違っていないのならば、ここは俺たちの知っている土地ではない。
何故こんなことになってしまったのか……遺跡での一件が原因なのはほぼ間違いないとは思うけど、それ以上のことはさっぱり分からない。
そして何より、俺たちはこれからどうすればいいんだろう?
村へ帰ろうにも、その肝心の村が何処にあるのかが分からない。少なくともこの近くには無さそうだ。
先行きの不安が顔に出ていたんだろう。
レイチェルが心配そうに俺に話しかけてきた。
「あのー、もし良かったらカーグに一緒に行きませんか? 日も傾いてきてますし、ここより落ち着いて話も出来ますよ。それに助けてもらったお礼もしたいですし」
「えっと、いいのか?」
「勿論です! あ、ウチ宿屋なんですよ。部屋は空いてたから是非泊まっていって下さい!」
「やどや?」
「え? あー、お金で寝る場所を提供するお店です。ウチは朝と夕方の食事も付いてきます!」
「おかね?」
「……えっと、く、詳しいことは町に着いてから説明します!」
レイチェルが困惑した表情でそう答える。
多分、この辺りでは知っていて当たり前なことを俺が知らなかったんだろうな。
今ここでこれ以上質問を繰り返すのも迷惑だろうから頷いておく。
「それじゃ、レイチェル、そのカーグって所に案内してもらおうと思うんだけど、リディもそれでいいな?」
「う、うん」
「はい、任せて下さい! カーグはここから北に歩いて行けば到着します。行きましょう」
レイチェルに先導されながら、俺たちはカーグって言う町に向かうことになった。
今のうちにリディに『分析』の結果を聞いておこうかな。
俺たちはレイチェルから少しだけ距離を取り、小声で話し始めた。
「リディ、『分析』はどんな感じだった?」
「詳しく説明した方がいい?」
「いや、とりあえず魔術に関する部分だけで頼む」
「分かった。えっと、レイチェルさんは魔術は使える訳無いって言ってたけど、魔術自体は使うことが出来る筈だよ。属性は水がDで風がE、無もEだった」
「分かった。ありがとな」
うーむ、魔術が使える筈なのに使ったことが無い。使えるのは十万人に一人だとか言ってたし、一体どうなっているんだ?
その理屈だと俺たちの村は十万人に一人の人間しかいないってことになるし……うむむ。
俺はレイチェルについて行きながらそんなことを考えていた。




