168話 目覚めたモノ
アガーテの家での食事会から数日後、アルバートさん直筆の書状を数枚受け取った俺たちは、拠点で旅の予定を話し合っていた。
「それじゃあ、まずはサイマールからですね」
「キュゥイッ!」
「そうだな。その後は……ヴォーレンドまでは特に長く滞在した所は無いから、あ! ヴァラッドには折角だし寄って行きたいな」
「キュッキュゥゥウウ」
ルカがサイマール、ヴァラッドと言う言葉に盛大に反応する。
サイマールは近海にタイダリアが生息しているし、ヴァラッドはルカと初めて会った場所だからなあ。
ルカもその時のことを覚えているんだろう。
「うん、ウナギいっぱい釣って行かなきゃ!」
ウナギと言う言葉にポヨンとサシャがピクリと反応する。
「サイマールで海釣りもしなきゃな!」
釣りと言う言葉を聞いてレイチェルとアガーテが複雑な表情を浮かべる。
レイチェルはウナギや蛸の釣果を思い出して、アガーテは餌のイソメを思い出してのことだろう。
「おほんっ。サイマールと言えば、あの時の吟遊詩人の……あ、すまん」
「う、ううん。もう流石にあの話は沈静化してると思うから……」
アガーテが言いかけた吟遊詩人って言葉、多分『海姫レチェーリア』だったか。あれのことだろうなあ。
レイチェルは沈静化してるだろうって言ってるけど、確かクイーンタイダリア号の船首の像を制作している彫刻家がレイチェルをモデルに……いや、これ以上考えるのはやめよう。
「今回は前と違って暖かい時期だから、海とか湖でもいっぱい遊べそうだね!」
「去年は丁度寒い時期になっちゃってたもんね」
「あ、あの水着とやらをもう一度着るのか……」
水着……うっ、マール湖での修業が思い出される。
下着のような破廉恥な格好でレイチェルやアガーテの豊かな胸が惜しみなく……駄目だ! 雑念を捨てろ俺!
ポヨンが一匹、キナコが二体、ルカが三頭、ウィタが四体、サシャが五匹――
「……まあ、おにいは置いておくとして、色々お土産も用意しておかないとね」
「普通はライナスで色々用意しても持ち運ぶのが大変だったり、食べ物だと腐らせちゃうんだけど」
「やはり、リディがいれば心強いな。それに、劣化版とは言え『亜空間収納』は本当に便利だな。自分で実際に使えるようになってみてしみじみと思う」
ちょっとしたものや装備を収納しておけるだけでも全然違うからな。
「ウィタちゃんは基本的にお留守番ですよね」
「そうなるな。だけど、『転移陣魔術』があるから安全な場所なら偶に連れ出すのもいいかなとは思ってる」
ウィタにとってもいい気分転換になるだろうしな。
「後は、旅の間は『転移陣魔術』を使って移動するのはこの拠点とエルデリアだけにしておいた方がいいだろうな」
「そうだね。頻繁にライナスや他の町にまで出入りしていたら怪しまれるしね」
そうなんだよなあ。
出来れば将来的にはこそこそ移動したりせず、堂々と各町の恩人たちに会いに行きたいもんだな。
「リディ、道具の補充は済んだか?」
「うん。全部『亜空間収納』に仕舞ってるよ」
「よし、それなら当面のことは問題無いな。サイマール以降のことはまたその時に考えようか。あ、そう言えばカエデのことなんだけど……勝手に連れて行く約束までしちゃって悪かったな」
俺にとっては全員弟子だから気にならなかったけど、よく考えたら皆の意見も聞かずに勝手に決めちゃうのはまずかったよな。
もしレイチェルやアガーテが嫌がるようならカエデには謝らなきゃな。
はぁ、先生失格だな俺。
「あ、いえ、わたしは気にしてませんよ? カエデちゃんいい子ですし」
「そうだな。まあ、相談が欲しかったのは確かだが、私も特に反対する理由は無い。カエデはいいライバルにもなりそうだしな」
「……そうか。ありがとうな二人とも」
……良かった。
二人のお陰でカエデを傷付けずに済みそうだ。
「……おにいは将来大変そうだね」
「ん? 何か言ったかリディ?」
「んーん、別にー」
リディの言葉にレイチェルとアガーテが顔を赤くして俯いてるけど……
「おほんっ! とりあえず! 近い予定が決まったのなら、一度アベル殿とナタリア殿に報告しておいた方がいいのではないか?」
「そ、そうですね! 旅の途中でいきなり訪ねるのも迷惑かもですし! 前もって話しておいた方がいいんじゃないでしょうか?」
あー、言われてみればそうだな。
俺とリディは別に気にならないけど、レイチェルとアガーテはそう言う訳にもいかないよな。
「そうだな。その方が父さんと母さんも安心するだろうしな。リディ、一度エルデリアに連れて行ってくれ」
「うん、分かった。ウィタはどうする?」
「今回は今後の予定の報告に行くだけだからな。連れて行くのはまた今度だな」
それに、ウィタは今黒耀花の改良で忙しいみたいだしな。
「りょーかい。それじゃ行こっか」
そうして、俺たちはリディの『転移陣魔術』で、一度エルデリアに飛ぶことになった。
◇◇◇
「到着っ!」
足元の転移陣の光が収まると、俺たちは実家の地下室に立っていた。
「ほんと、とんでもない魔術だよな」
暴走したとは言え、俺たちを秘密基地からカーグへ飛ばせる程強力な魔術な訳だしな。
「でも、あの瘴気の中を通らなくていいのは素直にありがたいですね」
確かになあ。
正直、あそこは今まで訪れた場所の中で一番行きたくない場所だな。
「ん? やけに静かだな」
「家には誰の気配もありませんね」
「今は昼過ぎだから、母さんは畑仕事にでも行ってるのかもな」
「パパは狩りに出てるだろうしね」
地下室から家の中へと出る。
軽く家の中を捜してみるも、やはり父さんも母さんも留守のようだ。
「どうするの、おにい? このまま家で待ってる?」
「そうだなあ。とりあえず、畑に様子を見に行ってみようか。そこで母さんが見付からなかったら家に戻って来よう」
その時、庭の方から足音のようなものが聞こえた。
同時に何かを引き摺るような音も聞こえる。
「あれ? 庭にいたのか?」
でも、それにしては……
「どうにも足音の様子がおかしいな」
そう、何故か足音は同じような場所を行ったり来たりしているようなのだ。
「師匠……あの足音がする方向から全く何も気配を感じないんです。これって一体……」
レイチェルが気配を感じ取れないとなると……何者だ!?
「とにかく、庭に誰かいるのは間違いない。俺が様子を見てくるから皆はここで待っててくれ」
そう言って俺は玄関に向かい戸を開いた。
すると、黒いもやが家の中に流れ込んでくる!
俺は急いで玄関の戸を閉める。
これは……もしかして瘴気か!?
「どうしたの、おにい!?」
「分からない! でも、何故かエルデリアに瘴気が……!」
俺の言葉を聞いて三人が息を呑む。
「な、なんでここに瘴気が……村の人たちはどうなったんでしょう!?」
「彼らはこの過酷な地で生き抜いている魔術師たちだ。そう簡単にどうにかなるとは思えんが……」
「と、とにかく! 村の様子をちゃんと見てみた方がいいんじゃない!?」
リディの言葉に頷く。
「俺が見て来るから、リディたちは一度」
「戻らないよ! あたしだって皆がどうなったか心配なんだから!」
「わたしたちも一緒に行きます!」
「もう生き別れになるのはこりごりなのでな」
どうやら皆の意志は固そうだ。
「分かった。皆で行こう。外に出る前に光魔術で保護を」
俺、リディ、アガーテは光の魔力を全身に薄く纏い、さっき見た瘴気に備える。
レイチェルの分は俺が、従魔たちの分はリディが補っていく。
全員の準備が整った所で、俺たちは玄関の戸を開き外へと躍り出る。
外に出た後は、最後に家から出たリディが急いで戸を閉めた。
「これは……」
外に出てみると、エルデリア全体にうっすら瘴気が漂っているのが分かった。
彷徨いの森程の濃さではないものの、なんで村に瘴気が……
「ヴォーレンドのダンジョンの地下十五階以降と同じような感じでしょうか」
「そうだな。レイチェル、俺たちの気配は分かるか?」
「はい。問題無く感じ取れます」
「そうなると、向こうの庭にいる相手は……むっ、足音が近付いて来る!?」
ザッ、ザッ、ザッ
ジャァリジャァァリ
どうやら、足音の主が俺たちに気付いたようだ。
俺たちは武器を構え、足音の主が姿を現すのを待つ。
「来たよ!」
家の角から影が伸びる。
すぐそこまでやって来ているようだ。
ただ、その影に妙な違和感を覚える。
「な、なんだあの影? 妙に隙間が多いような」
そうして、その影の主が姿を現した。
背丈は俺より少し高いくらいだろうか。
二足歩行で、体にはボロボロの鎧を身に纏っているけど、穴だらけで正直意味があるのかは疑わしい。
どこかで見たことのあるボロボロの剣を引き摺りながら現れたその相手は……
「ほ、骨っ!? 骨が歩いてる!?」
「ど、どどどうなってるの!?」
「ひぃっ!?」
「あれは…アンデッド、スケルトンか!」
スケルトンと呼ばれた骨の魔物は、俺たちの姿を確認すると持っていたボロボロの剣を振り上げ、体の骨を軋ませながら俺たちに向かって来た!
「うおっ!? こ、こっち来るな!」
『限界突破』を使い、構えていた剣でスケルトンを袈裟斬りにする。
すると、スケルトンの体はバラバラになってその場に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、びっくりした……どうやら強度はそれ程でもないみたいだな」
「な、なんでスケルトンがエルデリアに……」
「ねえ、おにい! この骨が持ってる剣ってもしかして……え?」
スケルトンが持っていたボロボロの剣を確認しようとしたら、倒した筈のスケルトンが震えだした。
「ジェット! リディ! 油断するな! アンデッドはその程度では倒せん!」
一旦俺たちはスケルトンから距離を取る。
すると、バラバラになっていたスケルトンは再び元通りの姿となり、虚ろな目の窪みを俺たちに向けた。
「な!? 元に戻った!」
「私も実際に見るのは初めてだが……スケルトンは核になる魔石を壊すか、再生出来ない程体を粉々にでもしない限りああやって体を復元させるそうだ」
「成程、一応弱点はあるんだな」
「で、でも、さっきバラバラになった時、魔石なんてどこにも見当たりませんでしたよ!?」
確かに、今も奴の体を確認してみるも、魔石らしきものはどこにも見当たらない。
そうなると、相手を粉々に砕くしか方法は無いんだけど……
そう言えば、子供の頃村長が授業でアンデッドについて何か言っていたような気が。
えーと、何だったか?
「おにい! 他にもスケルトンが!」
どうやら、俺たちのことを嗅ぎつけてよそからも寄って来たみたいだ。
そうなると、今エルデリアにはスケルトンが溢れているのか!?
「ね、ねえおにい……もしかして、あの中にパパやママはいないよね?」
「そ、それは……」
ま、まさか、村の人たちが何らかの理由でスケルトンに!?
冗談じゃないぞ!
だけど、一度そう考えてしまうとどうにもやりづらい。
俺たちは周囲のスケルトンたちに囲まれないよう、攻撃を防ぎながら後退する。
そうやって移動していると、村の中央付近にやって来たようだ。
「くそっ! こいつら何者なんだ!?」
「うぅぅ……」
「リディ! 泣いている場合ではないぞ!」
「そ、そうだよ! それに、まだ村の人たちがスケルトンになったって決まった訳じゃ……あれ? 村の入り口の方から気配が?」
スケルトンの気配をレイチェルは感じ取れなかった。
と言うことは、今感じている気配は少なくともスケルトン以外の何かか!?
「おーい! 誰か逃げ遅れているのか!?」
すると、村の入り口の方から数人の人影がこちらに向かって来た。
それに、この声は……
「父さん!?」 「パパ!」
「ジェット!? リディ!? なんでここに!?」
俺たちは寄って来たスケルトンを弾き飛ばし、急いで父さんたちの方へ走る。
「父さん! 良かった! 無事だったんだ! 母さんは!? 村の皆は!? なんでスケルトンが村に!?」
「話は後だ! まずはここから逃げるぞ!」
そうして、俺たちは父さんたちと共に瘴気漂うエルデリアから脱出し、一路北の山の方へと避難するのだった。




