167話 報告と今後
「ふぅぅむ……俄かには信じがたい話ではあるが」
「ですがマスター、森の入り口の記録では、確かに彼らは数ヶ月の間森から出ていません。それに先程見せて頂いたお嬢……失礼、アガーテ殿の装備の改良、この辺りではあり得ない量のミスリルが使われていました。それも、熟練の職人の手による改良です」
「森で数ヶ月過ごしていた筈の彼らにそんなことが出来る訳もない、か」
ここはライナスの冒険者ギルドのギルドマスターにあてがわれた執務室。
現在この部屋では三人の男が難しい顔をして唸っていた。
ライナギリアのギルドマスターとその補佐、ライナスのギルドの部長はである男たちは、先程とある冒険者パーティーから黒獣の森の未踏領域についての報告を聞いたばかりだ。
その際に、この件については厳重に秘匿するよう念を押されている。
冒険者パーティーの一員である小柄な金髪の女冒険者に、そのことを念書として書かされた程だった。
その冒険者パーティーの報告は、常識的に考えて俄かには信じがたいことばかりであった。
曰く、未踏領域を越える為に黒獣の森の魔物に力を借りた。
曰く、そこを抜けた先には彼らの生まれ故郷である村が存在した。
曰く、その村で両親に無事な姿を見せた後、再び黒獣の森を抜けライナスへ戻って来た。
「以前、彼らの事情については私たちも聞いた。彼らが嘘を吐いているとは思えんかったが、それはそれとして未踏領域の向こう側にそんな場所があるとも思えんかった」
「そう思ってしまうのも仕方のないことかと」
「そもそも、あの領域を越える方法が存在したとはな……彼らの引き連れていた黒猫、シャドウサーバルだったか。あの従魔に案内してもらったとのことだったが」
「単純に目で見える景色だけに頼って歩いていたらどうやっても元の場所に戻ってしまう、でしたか。たはは、そりゃそんなこと普通の冒険者が気付く筈もない。そんな現象があることにさえ普通は気付けないんですから」
「アガーテが僕たちに絶対内密にするようにと言っていた理由がよく分かる。こんなこと一般の冒険者に知れ渡ったら」
マスターの補佐、オーウェンの言葉にアルバートとサリヴァンが頷く。
「無理に黒獣の森の魔物を従魔にしようとする者、危険を顧みず未踏領域に足を踏み入れる者、そう言った者が増えて冒険者の黒獣の森での死亡率が跳ね上がるだろうな」
「実際、ここ最近リディの嬢ちゃんに影響されてかテイマーを目指す冒険者が増えています。結果は……ほとんどの者が大怪我を負って冒険者を暫く休業せざるを得なくなっていますが」
「冒険者は時として未知のものや心躍るものを見ると歯止めが利かなくなる。僕にもそれはよく理解出来るよ」
特に、ライナギリアでは国自体が冒険者ギルドを運営していると言うこともあり、そう言った傾向が強かった。
「それに、問題はそれだけではありません。万が一、彼らの話を元に冒険者ギルドが数の力等あらゆる手段を駆使して未踏領域を抜けたとして、秘されていた彼らの故郷にちょっかいでもかけようものなら……」
決して彼らはこの話を吹聴する気は無いのだが、もしそうなってしまった時のことを想像する。
自分たちにそうするつもりが無くても、確実にそう言ったことをしようとする輩は現れるだろう。
「ジェットやリディのような者たちが数十人、下手をすれば百人以上敵に回ると言う訳か……」
「ええ、正直太刀打ち出来ません。勿論、モノクロームの面々も俺たちを一切信用しなくなるでしょうね」
「そんな! アガーテに嫌われたら僕はどうやって生きていけば!」
「馬鹿者! そんなこと私だって耐えられん!」
盛大に狼狽え始めたアルバートとオーウェンの様子を見て、サリヴァンはどうにか二人を宥めようとする。
「ほ、ほら、例え話ですから! マスターも坊ちゃ……じゃなくてオーウェン殿も落ち着いて! そうならない為にも、この話をどう秘匿するのがいいかと話し合う予定でしょう!?」
「はっ! う、うむ、そうであったな。何よりライナギリアには『侵さず、侵させず』と言う絶対的なルールがある。そのような場所に暮らす異国? の民に危害を加えるようなことがあってはいかん」
「そうですとも父上! サリヴァン、このことを他に知っている人物は?」
「詳細までは知らないけれど、職員のフラン君は彼らが故郷に帰ったことは聞いています。それとフローラ様は知ることになるでしょうね」
「では、後でフランちゃんには私から正式に説明しておこう。フローラについても同様だ」
「彼らは今日母上に呼ばれていますからね、その時に話しましょう」
「了解しました。フラン君は後で連れて来ます。では、この報告の扱いについてですが……」
協議の結果、この未踏領域についての報告書は、現状ではライナギリアのギルドマスター、その補佐官、ライナス本部の部長の三人からの許可が降りなければ閲覧することの出来ない特機密文書として扱われることになった。
この報告書自体を闇に葬ると言うことも考えたが、それについてはジェットに出来れば止めてほしいと言われていた。
彼曰く、
「万が一、今後俺たちと同じようにエルデリアから迷子になる奴が現れた時に役立てて欲しい」
と言うことだ。
本人もそんなことは今後無いだろうと思ってはいたようだが、常識の通じない地での今までの自分たちの苦労を思い出したのだろう。
もし、同じような境遇に陥った者が現れてしまったら、せめてこう言った情報と言う形だけでも力になってやりたい。
そう言ってジェット共々モノクロームの面々はアルバートたちに頭を下げていたのだった。
◇◇◇
「はい、これでいいかしら?」
冒険者ギルドでアルバートさんやサリヴァンさんに未踏領域の詳しい報告をした後、訪れたアガーテの屋敷でフローラさんから俺たちの話をよそへ漏らさない旨を書き記した念書を受け取る。
綺麗な字でフローラさんのサインも記されている。
どうやら事前に用意していたようだ。
「や、やけに用意がいいのだな母上」
「これでもギルドマスターの妻、立場ある人間ですからね。その辺りのことは弁えているつもりです。人払いもきちんと済ませてあります。どうですかレイチェルさん?」
「は、はい! この部屋の周囲に人の気配は一切ありません」
その言葉を聞いてフローラさんがにっこりと笑う。
「ふふふ、準備をしておいて正解だったようですね。ジェットさんやリディさんの顔を見れば分かります。ご両親はお元気でしたか?」
「「はい!」」
その後は、フローラさんとお茶を飲みながらエルデリアでの生活の様子を語る。
聞き上手なフローラさんのお陰で話は弾み、気が付けばアルバートさんとオーウェンが帰って来る時間になっていた。
今日はこのままアガーテの屋敷で夕飯を食べ泊まっていく予定だ。
いつも夕飯はご馳走になってばかりだったので、今日はエルデリアで母さんたちが用意してくれた料理を提供することにした。
「ほう、これが報告にもあった石包み焼きかね」
「見た目はただの焦げた石だな」
「ふふふ、一度食べてみたかったのですよこの石包み焼き」
「父上、母上、兄上、意識を飛ばさないよう気を強く持つのだ」
アガーテの不穏な発言にアルバートさんとオーウェンが戦慄する。
まあ、アガーテがこんなことを言うのも仕方ない。
実際初めての時は、アガーテも意識が飛びかけていたしな。
「な!? い、一体何を食べさせられるのだ……!」
「あー、毒とかそんなのじゃないから大丈夫。それじゃリディ、アガーテ、いくぞ」
リディとアガーテに目配せをし、三人同時にアルバートさんたちの前にある石を割る。
すると、中に閉じ込められていた甘い肉の香りとハーブの爽やかな香り、少し刺激的な香辛料の香りが一気に解き放たれる。
うーん、流石母さん。俺じゃここまで完璧に仕上げることは出来なかったからな。
「「「……」」」
ん? アルバートさんたちが中の肉を見て呆けているけど……
「やはりこうなってしまったか。少し待っていてくれ」
アガーテが『亜空間収納』から鎚と盾を取り出す。
エルデリアに滞在中、アガーテもついに『亜空間収納』を身に付けた。
今では自分の装備を収納出来るくらいの容量になっている。
ガァアアンガァアン
アガーテが鎚で盾を軽く叩く。
すると周囲に金属音が響き渡り、その音を聞いてアルバートさんたちは我に返った。
「はっ!? 私は一体どうなっていたんだ?」
「まるで、天にも昇る気分で……」
「こほんっ、先程アガーテが言っていたことを理解しました。この肉そのものの甘い香り、これはデーモンバッファローの肉ですね?」
フローラさんの言葉に俺たちは頷く。
折角なので、デーモンバッファローの石包み焼きを食べてもらうことにした。
更に、味付けや香り付けは母さんが改良を施したものだ。
それから、俺たちは自分たちの分と従魔たちの分の石も割っていく。
食堂がデーモンバッファローの石包み焼きの匂いで満たされていく。
ああ、この匂いだけで米を茶碗二杯はいけるぞ。
ポヨン、ルカ、サシャの分を切り分け皿に移し、キナコをリディの隣に座らせた所で俺たちも自分の席に着く。
「ジェット君、そろそろ我慢の限界だ」
アルバートさんからそう申告される。
これ以上待たせるのは酷だな。
何より俺も早く食べたい。
「それじゃ、いただきます」
「「「「「「いただきます」」」」」」 「キュキュッキュ」 「ニャン」
ナイフを使って肉を切り分けて、使い慣れた箸で肉を口に運ぶ。
本来は食事のマナーとしては駄目だろうけど、畏まった場でもないし気にしなくていいとアルバートさんやフローラさんからは言われている。
うーーーーーーん、美味い!
母さんの付けた下味によって、肉の甘みが更に引き立つようになっているな。
気を付けないと、初めて食べた時みたいに気付かないうちに呑み込んでしまいそうだ。
そう思っていると、アルバートさんたち三人が驚いた表情をしていた。
あー、あれは気付かない間に肉を呑み込んじゃったんだな。俺たちもそうだったし、父さん母さんもそうだった。
もう一度肉を口に運ぶと、今度は蕩けきった幸せそうな表情になった。
そうして、食事が進むと話題は未踏領域やエルデリアのことになっていく。
こうなることを見越して、周囲の人払いは既にアルバートさんがしていたようだ。
「そうそう、君たちの報告についてだが、特機密文書として扱うこととなった」
とくきみつぶんしょ?
俺が首を傾げていると、オーウェンが簡単に説明をしてくれた。
「要するに、余程のことが無いと閲覧不可能になったと言うことだ。僕たち以外には誰にも漏らしていないから安心してくれ」
そうか、良かった。
今回はリディの『転移陣魔術』の事故によって引き起こされたことだから、今後同じようなことは起こる可能性は低いとは思う。
だけど、万が一そんなことがまた起こってしまうかもしれない。
そうなった時の為に、俺たちの得た情報は是非残しておきたかった。
まあ情報があったとしても、実際にここからエルデリアに辿り着くのは至難の業ではあるんだけど……
ただ、それと同時にあまり周囲には広めたくなかったんだよな。
それをアルバートさんやサリヴァンさんに相談したんだけど、どうやら上手く処理してくれたみたいだ。
「ふと気になったのだけれど、モノクロームの皆さんはこれからどうするのかしら? 私としてはこのままライナギリアに残ってくれると嬉しいのだけれど……」
それについても既に皆と話し合っている。
「まず、旅して来た道を遡って、一度ここからカーグを目指そうと思ってる」
「その途中でお世話になった人たちにお礼を言っていくつもりだよ」
「カーグと言うと、レイチェルさんの故郷でしたか」
「はい。わたしも暫く家族の顔を見れていないので、元気な顔を見せたいなぁって。師匠たちを見て特にそう思いました」
その話を聞いてアルバートさんとフローラさんが優しい表情になる。
「既にジェットたちの事情を知っている者たちには帰郷出来たことは伝えるだろうが、黒獣の森のことについては話すつもりは無いから安心してもらいたい」
「成程。そのお世話になった者の中に冒険者ギルドの関係者は?」
「えーと、少なくともカーグ、ヴォーレンド、サイマールにはいるかな」
「ふむ。よし、後日私の方から君たちから聞いたことは一切口外しないよう一筆したためておこう」
おお、これは助かるな。
決してお世話になった人たちを信用してない訳じゃないけど、ライナギリアのギルドマスターの後ろ盾があれば、各ギルドでも簡単に俺たちの詮索は出来なくなるだろうし。
その後も、他の料理やウィタが育てたアニマフルーツ以外の果実を提供し、食卓は大いに盛り上がった。
アニマフルーツが栽培出来たことはまだ秘密にしておくことになっている。
ウィタの能力に関わることだからな。
その関係で、赤い花の果実と星型の果実は俺たちが黒獣の森の奥地から採って来たと言うことにしておいた。
どうやら他の料理や珍しい果実も気に入ってもらえたようで、食事の時間は終始賑やかに過ぎていった。
さあ、今度はレイチェルの家族やお世話になった人たちにもお礼を言いに行かなきゃな。
その為の準備も進めていこうか。




