166話 平穏な日々
「ほらウィタ、ここが俺たちの故郷エルデリアだ」
エルデリアの自宅の玄関からウィタを庭へ連れ出す。
初めて見るエルデリアの風景に、ウィタは少し緊張しながらも興味津々の様子だ。
その証拠に、風も吹いていないのに無意識に葉が大きく揺れている。
「あれ? ジェット兄ちゃん?」
「本当だー。こんにちは」
丁度その時、家の前をリディと同い年の女の子二人が通りかかった。
「おう、こんにちは」
「ジェット兄ちゃんが帰って来てるってことはリディちゃんも?」
「うわぁ、その子もリディちゃんの従魔なの?」
「おう、リディも帰って来てるぞ。それと、こいつはウィタ。ポヨンたちと同じく従魔だから仲良くしてやってくれ。ちょっとリディを呼んでくるから待ってろ」
「はーい」 「ウィタちゃん、おいで」
リディの友達に呼ばれたウィタが俺の服の裾を引く。
これは大丈夫なのか聞いているのかな?
なので、俺はウィタに大丈夫だと頷いた。
すると、ウィタは少しおどおどしながらもリディの友達の前へと移動する。
「「かわいい~~」」
どうやらその様子がこの子たちの目には可愛らしく映ったようだ。
二人がかりでウィタの幹を撫でる。
少しくすぐったそうにしているウィタの様子を見届け、俺は家の中に戻ってリディを呼んでくることにした。
◇◇◇
「それじゃ行ってくるね」
「「いってきます!」」
「おう、ウィタの案内よろしく頼むぞ」
俺たちは手を振ってリディたちを見送る。
リディと友達二人は、ポヨン、キナコ、ルカ、サシャ、そこにウィタも引き連れ賑やかに出掛けて行った。
どうやら皆でウィタの案内をしながら遊んでくるらしい。
「あはは、ウィタちゃんすっかり馴染んでますね」
「リディの任せておけば大丈夫だろう。しかし、本当にここはエルデリアなのだな……」
「さっきまでライナスの拠点にいたとは思えないよね」
今俺たちはライナスの拠点に設置した転移陣から、『転移陣魔術』の検証も兼ねてエルデリアに帰って来ている。
その結果、特に問題無く拠点とエルデリアを行き来出来ることが分かった。
そこで、折角なので普段外に出してやれないウィタをエルデリアに連れてきたのだ。
「はぁ、あなたたちが地下室から木を連れて出て来た時には何事かと思ったわよ」
前に母さんたちにウィタのことは説明しておいたけど、実際に見て驚いた様子だ。
エルデリア周辺にトレントは存在しないからな。
村の中でも驚かれるかもしれないけど、まあリディが一緒だし大丈夫だろう。
「ふふ、それにしても、本当にこうやって帰って来れるのねえ。父さんなんて毎日地下室の方を見てはそわそわしてたのよ?」
その父さんは今狩に出ていて留守だそうだ。
まあ、今日は特にやることも無いからな。
こっちに泊まっていく予定だし、帰って来た時に顔を見せられるだろう。
「母さん、こっちでは変わったことは無い?」
「うーん、特に無いわね。村長たちが念の為に南の遺跡を見に行ったくらいかしら? ジェットたちが言うように、普通に魔獣や動物がいたそうよ」
そうか、その点を除けば特に変わったことは無いようだ。
黒獣の森の謎の異変のこともあるからな。どうにも神経質になっているのが自分でも分かる。
その後は、母さんの畑仕事の手伝いをしたり、俺たちが帰って来ていることに気付いたカエデやゴーシュも交え魔術の修業をしたりとのんびりとした時間を過ごした。
そうこうして少し陽が傾いてきた頃、父さんが狩りから帰って来た。
それから少しして、友達と遊び終えたリディたちも戻って来る。
「はぁぁ……本当に木が動いているんだなあ」
父さんがウィタを見て感心したように唸る。
「ウィタを案内している時も色んな人に不思議がられたよ」
「そうでしょうねえ。私も最初見た時は本当にびっくりしたもの」
そこで、ウィタが俺とリディの袖を引っ張る。
「ん? どうしたウィタ?」
「あ、うん。分かった。今取り出すね」
そう言ってリディが『亜空間収納』から三種類の果実を取り出す。
一つはアニマフルーツ。真っ赤に熟していて、周囲にとても甘い香りを放っている。
残りの二つは俺が黒獣の森奥地から持ち帰った果実、赤い花のような果実と星の形をした果実だ。
「おお!? なんだこのとろけるような甘い香りは!」
「こっちの果実も面白い形をしているのね」
父さんと母さんだけでなく、ポヨン、ルカ、サシャの食いしん坊たちも反応する。
「この果実、全部ウィタちゃんがお世話して育てたんですよ」
「まあ……」
「父さんと母さんのことを話したら、ウィタがお土産に渡したいって」
「味については私たちが保証する」
「ははは、そりゃ食べるのが楽しみだ!」
「ありがとうね、ウィタ。それじゃ切り分けてきましょうか」
「切り方はあたしが教えるね」
母さんとリディに続き、食いしん坊たちも後に続く。
どうやらつまみ食いが目的のようだな。
それを見て父さんは酒を取りに行った。
どうやら果実を食べながら一杯やるつもりみたいだ。
その後、切り分けた果実を母さんとリディが運んでくる。
早速父さんと母さんがアニマフルーツを食べると、今まで食べたことの無い濃厚な味に目を見開いて驚いていた。
それに、どうやら他の果実も気に入ってくれたみたいで、切り分けた果実はあっと言う間に無くなってしまった。
その後はそのまま夕食に突入する。
今日は父さんたちが狩ってきた黒鹿がメインだ。
そして、賑やかに食事が進む中、父さんが俺に酒の入った器を渡してきた。
顔も赤いし、どうやら少し酔っぱらっているみたいだ。
これは、『さあ、飲めるようになったか見せてみろ!』ってことか。
十五歳になったばかりの時に飲んだ酒は全然美味しくなかったんだよなあ。
だけど……俺だって去年までの俺じゃない。
エルデリアの外で色んな所を冒険して心身ともに鍛えられたんだ。
こんな酒ぐらい飲んで見せる!
父さんから器を受け取り、一気に酒を煽る。
すると、この日の俺の記憶はここで途絶えたのだった。
◇◇◇
「はぁ……やっぱり酒は何がいいのか俺には理解出来ないな」
「おにいは一杯飲んだ途端寝ちゃったもんね」
ウィタをエルデリアに連れて行った翌日、昼ご飯をエルデリアで食べてからライナスの拠点へと戻って来た。
今日はフローラさんにお呼ばれしているのだ。
もしウィタが望むのならそのままエルデリアに移住させようかと思ったけど、ウィタはどうやら俺たちの拠点で暮らしたいようだ。
まあ、あそこの庭はウィタの為に色々と環境を整えたからな。ウィタにとっては一番住みやすい環境なんだろう。
ただ、エルデリア自体は気に入ったみたいで、時々遊びに行きたいとリディに言っていたようだ。
「それにしても、昨日食べたアニマフルーツ、また一段と美味しくなってましたね」
「おそらく、庭の植物の世話を続けていたことでウィタの能力が向上したのだろうな」
そう言われてみれば、あの赤い花みたいな果実も星型の果実も、黒獣の森で食べたものより明らかに美味かったな。
うーむ、今後また美味い野菜や果物を見付けたら、持ち帰ってウィタにお願いして育ててもらうのもいいかもなあ。
拠点の裏庭に造った地下室から出た所で、ウィタがリディの袖を引いた。
「どうしたのウィタ?」
ウィタが短い枝を一生懸命に動かしながら何かをリディに伝える。
「ふんふん。今だったら出来そうな気がするから、前に植えられなかった黒い花を植えてみたい?」
リディの言葉にウィタが頷く。
黒い花って言うと……黒耀花か。
ただ、黒耀花は、
「もしウィタちゃんが植えられたら、あの濃い甘い匂いが問題になりそうですよね」
「そうだな。もしかしたら、あの匂いに釣られてここに魔物が寄って来てしまうかもしれん」
「流石にあれはちょっと困るよなあ」
「ウィタ、えっとね」
黒耀花は開花時に周囲に強烈な甘い匂いを放つこと。
その匂いが魔物を呼び寄せてしまう可能性があること。
リディが一つ一つウィタに説明していく。
「だからね、ちょっと危ないからここで育てるには」
すると、ウィタが短い枝を使って身振り手振りでリディに何かを伝える。
「ふんふん。時間は掛かるけど、自分に取り込んでから匂いを出さないように改良出来るかもしれない? え? ほんとに!?」
ウィタが物陰の方に移動し俺たちを手招きする。
あんな所で何をする気だ?
「まあ、行ってみれば分かるか」
ウィタの近くに移動すると、ウィタが俺の手に枝を伸ばしてきた。
「えっと、魔力が欲しい、だって」
俺の方に来たってことは命属性かな。
俺はウィタの幹に触れ、命属性の魔力を渡す。
魔力を受け取ったウィタは、地面に対して魔力を流す。
すると、ウィタの足元から芽が生え、それは次第に花へと成長していった。
「これは、灯籠花か」
俺の言葉にウィタが頷いた。
この花には黒獣の森でお世話になったからな。
間違える訳がない。
花もちゃんと南の方向を向いているし、その花びらは淡く光って……ない!?
「え? なんで光ってないんだ!?」
リディたちの方を見てみるけど、勿論リディたちにも原因は分からない。
確か、灯籠花って日中に花びらに光を蓄えるって言われてたよな。
と言うことは、ウィタが日陰に植えたことで光が足りてないのか?
そう思った俺は、試しに灯籠花を光魔術で淡く照らしてみる。
しばらく続けた後、光魔術の発動を止め灯籠花の様子を見てみるも、灯籠花が光ることは無かった。
「ねえウィタ、これどう言うこと?」
葉を揺らしながらウィタがリディに説明する。
「ふんふん。えっと、花が光らないようにして植えた?」
どうやらそう言うことらしい。ウィタがその言葉に頷く。
「もしかして、アニマフルーツが更に美味しくなっていたのもこうやってウィタちゃんが改良していたから?」
ウィタが頷いた。
詳しく聞いてみると、最近になってこう言ったことが可能になってきたらしい。
自分に近しい植物や自分が植えた植物なら、後から少しずつ改良を施すことも可能なのだとか。
リディから光属性の魔力を受け取ったウィタが光らない灯籠花に魔力を送り始める。
すると、先程まで一切光らなかった灯籠花の花びらが淡い光を発し始めた。
「うーむ、確かにこう言ったことが出来るのなら、匂いを出さない黒耀花を生み出すことも出来そうだが……」
黒耀花って確か病気を治す薬が作れるんだよな。
確かに、ここで栽培出来るんならとても便利だろうけど……
「ウィタ、匂いを出さないよう改良出来るまでは植えたら駄目だ。それを約束出来るなら黒耀花を渡す」
「ウィタ、約束出来る?」
俺たちの言葉にウィタがしっかりと頷いた。
それを見て、俺はリディに目配せする。
リディは頷いた後、『亜空間収納』から数株の蕾のままの黒耀花を取り出しウィタに渡す。
すると、以前は取り込めなかった黒耀花がウィタの中に取り込まれていった。
はぁ、なんだかんだで身内には甘いよなあ、俺。
嬉しそうに葉を揺らすウィタと、ウィタの周囲に集まる従魔たちを見て、俺は少し苦笑しながらそんなことを考えていた。




