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162話 俺のやりたいこと

 そろそろ一度ライナスへ戻ってみようと考え、その為の準備を整えていたある日のこと。

 弟子四人の魔術の基礎修業を見ていた俺は、ふと疑問に思ったことをカエデに尋ねてみた。


「なあカエデ。どうして俺たちが帰って来るって信じられたんだ? レイチェル、アガーテ、少し魔力の流れにムラが出来てるぞ」


「は、はい!」


「むっ、気を付ける」


「えっと、おじいちゃんとおじさんたちが言ってたの。アベルさんとナタリアさんと一緒に『静寂の城跡』へ先生たちを探しに行った時、先生たちの無事を教えてくれた謎の人に出会ったって」


「謎の人?」


 『静寂の城跡』って言うのは、俺が秘密基地にしてた南の遺跡のことだな。

 だけど、あんな場所に人がいるなんて思えないんだけど……


「アタシも詳しくは知らないんだけど……なんだか強い光に包まれたと思ったらそこに見たことの無い女の人が立ってたって。その人が先生たちが無事だけどすぐには帰って来れないって教えてくれたらしくて。その後すぐその人は消えちゃったんだって」


「へぇ、そんなことが……お、ゴーシュ。お前もかなり魔力量を上げたみたいだな」


「そうかなあ? もしかしたら、カエデの特訓に付き合わされた成果かもね~」


 苦笑いを浮かべながらゴーシュが答える。

 どうも、相当色んなことに付き合わされたみたいだな。


「それ以来、見ているこっちが辛くなるくらい落ち込んでいたアベルさんとナタリアさんが先生たちの無事を信じて元気になって。それを見てアタシも落ち込んでいる場合じゃないなあって思って」


 そう言えば、父さん母さんからはそんな話一度も聞いたことがないな。

 単純に帰って来たばかりの頃は色々とばたばたしてて、聞きそびれてそのままだったのもあるけど。


「ねえ、先生とリディちゃんはもういなくなったりしないよね?」


「一度エルデリアの外の町に戻ってみようとは思ってる。お世話になった人たちにきちんと報告しておきたいし、様子を見に行きたい場所もあるしな」


「そうなんだ……その後はちゃんとここに帰って来るよね!?」


「そうだなあ……レイチェル、アガーテ、また魔力の流れが乱れてるぞ」


「は、はい! 気を付けます!」


「あ、ああ。集中集中……」


 その後どうするか。か。

 ずっと先送りにしてたけど、そろそろちゃんと考えないといけないよなあ。

 ただ、一つ問題があって。


「おにいー! 皆ー!」


 どうやらリディが合流してきたようだ。

 その後ろにはポヨンとキナコとルカとサシャもついて来ている。


 その問題とはずばり、リディのことだ。

 現状、黒獣の森の瘴気と魔力のもやを抜けるにはリディとサシャの力が必要だ。

 だから、今回ライナスに向かう時にも当然リディたちを連れて行くことになる。


 そこまではいいんだけど、問題はその後だ。

 もし俺が向こうで冒険者を続けるなら必然的にリディも巻き込んでしまう訳で……

 エルデリアに帰すにしても、一人黒獣の森を抜けさせる訳にはいかない。

 そうなると、その時は俺も一緒にエルデリアに帰ることになる。


 果たしてリディを巻き込んでいいものなんだろうか……

 かと言って、レイチェルとアガーテをこのまま放り出すのもなんか違うしなあ。

 エルデリアで暮らすなら、ウィタに関してはどうにか連れ出せばいいだけだけど……


 こんな感じで、考えが堂々巡りしてしまっているのだ。


「難しい顔してどうしたの、おにい?」


「えっ? あ、いや、なんでもない」


 うーん、やっぱり俺一人で考えてても仕方ないよな。

 皆や父さん母さんにも話してみるべきなんだろう。

 さっきカエデが言っていた謎の人のことも含めて、今晩辺りに話してみよう。


 その後リディも加わり、俺たちは魔術の基礎修業を続けた。



 ◇◇◇



「一度外の町に戻る?」


「うん。外に残してきてる従魔の様子も気になるし、お世話になった人たちにちゃんとエルデリアに帰れたことを報告しておきたいから」


 夕食時、皆が揃った所で俺は父さんと母さんに今後について相談してみることにした。

 まずは一度ライナスに戻ることをきちんと話しておくべきだろう。


「今でも随分賑やかになったと思ったのに……まだ他にも従魔がいたのねえ」


 母さんがポヨンたちを見ながらそう口にする。

 口では呆れた風に言いつつも、その視線はとても優しい。

 俺もそちらに視線を向けてみると、丁度サシャがルカの尾ビレにちょっかいをかけている所だった。


 なんだかんだ言って、サシャは結局俺たちの所に残ってるんだよな。

 黒獣の森を抜けることを考えると素直にありがたいことだけど。


「またあそこを越えなきゃいけないのはちょっと大変ですけどね」


「あそこって言うと、皆が抜けてきたって言う西の彷徨いの森のことか」


 西の森の奥地はエルデリアでは『彷徨いの森』と呼ばれているそうだ。

 『彷徨いの森』なんて名前があったのはエルデリアに帰って来て初めて知った。

 秘密基地の南の遺跡と同じく、村の人たちは絶対に近寄らない場所なんだとか。

 村の西はただただ森が続くって言われてたけど、瘴気と魔力のもやのせいでどれだけ進んでも戻って来てしまうからだったんだな。


「まさか、あの森の向こう側がそんなことになっていたなんて思いもしなかったわ」


「むしろ私たちの方が、凶暴な魔物の棲む黒獣の森の向こう側にこのような村が存在したことに驚きを隠せなかった」


「普通のおじさんおばさんが当たり前のように魔術を使ってるしね。多分、向こうの人に話しても信じてもらえないよね」

 

「はっはっは! お互い様ってことだな」


「ふふふ、本当にねえ」


「ねえねえ、あたしたちの村ってなんでこんな所にあるの?」


 皆が思う疑問をリディが口にする。

 俺たちの視線は父さんと母さんに集まる。


「おほん。実はな……俺も知らん」


「「えー……」」


「だってしょうがないだろ? そもそも外のことなんてお前たちに聞いて初めて知ったんだぞ?」


「確か、私たちの先祖は南の遺跡に住んでいたって村長が言っていたけれど、結局それも彷徨いの森のこっち側だものねえ」


 ん? 母さんが今気になることを言ったぞ。


「え? あの秘密基地ってそんな場所だったの?」


「あー……今の話は他の人には秘密よ?」


 俺たちは母さんの言葉に頷く。

 どうやら少し都合の悪い話だったみたいだ。

 つい口に出しちゃったと言った感じか。


「ともかく! お世話になった人たちへの挨拶ならちゃんと行っておけ。本当は俺たちもついて行ってお礼を言いに行きたいくらいだが……」


「いや! 流石にそこまでしなくていいよ!」


「ふふ、分かってるわよ。それに、ジェットが私たちに本当に言いたいことはその後のことでしょ?」


 父さんと母さんが優しい視線を俺に向ける。

 あー、やっぱり二人には俺の考えてることなんてバレバレだったみたいだ。

 そして、母さんの言葉にレイチェルとアガーテの表情が強張る。


「俺さ、今回のことで色んな所を巡ってみて、世界は俺が思ってたよりずっと広いんだなあって思って。勿論エルデリアは大事だし大好きだけど、それと同時にもっと見たこと無い世界も見てみたいなって」


「まあ、正直そうなるんじゃないかとは思っていた。ジェットにとってはこのエルデリアだけでは狭すぎるだろうなと」


「それに、レイチェルちゃんとアガーテちゃん、可愛いお弟子さん二人を放っておけないんでしょ?」


「ま、まあ勿論それもあるけど……」


 レイチェルとアガーテが顔を真っ赤に染める。

 それと同時に、どこかホッとした表情を見せた。


「あたしもまだ食べたこと無い美味しい料理がある所に行ってみたいなあ」


「キュッキュゥゥウ!」 「ニャァァアアン」


 ポヨン含め、食いしん坊組がリディの言葉に盛大に反応する。

 キナコも拳を握り、やる気を見せる。


 やはり、リディは俺について来る気なんだろうな。


「あー、それでリディをどうしようかと思って……」


「えっ!? だって、あたしがいないと黒獣の森越えられないでしょ?」


「それは分かってる。その後のことだ。正直、このままリディを連れ回すべきなのか悩んでる」


「なんで!? 今までもずっと一緒にいろんなとこ冒険したじゃない!?」


「それはそうするのが一番安全だったからだ。でも、今はエルデリアに帰って来れた。俺はリディには安全な所で」


「もう! いつまでも子供扱いしないでよ! おにいの馬鹿!」


「お、おい、リディ!」


 そう言ってリディは食堂から出て行ってしまった。

 従魔たちもリディに続く。

 あー……怒らせちゃったか。


「師匠、わたしたちが様子を見てきます」


「任せておけ。リディも少し頭を冷やせば冷静になれるだろう」


「ああ、頼んだ」


 レイチェルとアガーテが頷き、リディの後を追って食堂を出て行った。


「まあ、ジェットの言いたいことは俺にもよく分かるぞ。ああは言っていたが、実際リディはまだまだ子供だからな」


「リディはジェットだけが一人遠くへ行っちゃうのが寂しいんでしょうね。それに、ジェットがリディのこと心配なように、リディもジェットのことが心配なのよ」


「それは……」


 実際、今までもリディに助けられた場面は何度もあった。

 うーん、どうするのが正解なのかねえ。


 まあ、もし最終的にリディを置いていくなら、俺だけで彷徨いの森を抜けるのに何かしら別の手段を用意しなきゃいけなくなるんだけど……


「はっはっは、俺としてはジェットとリディの選択を尊重するつもりだ。内心はすっっっごく心配ではあるけどな!」


「ふふ、あなたたちの人生だもの。私たちは元気で生きていてくれたことが分かっただけでも幸せよ」


「父さん、母さん」


 ああ、俺はこの人たちの息子で本当に良かった。


「ただ、どっちにしてもちゃんと孫の顔は見せに来いよ! いやぁ、血は争えんなジェット」


 父さんが腕を組んでウンウン唸る。

 その後母さんに脇腹を小突かれていたけど。


「孫? えっと、誰の?」


「ふふ、まあ今はいいわ。その言葉だけちゃんと覚えておきなさい」


「う、うん」


 あ、そうだ。

 カエデから聞いたことも二人に聞いておこう。


「あのさ、カエデから聞いたんだけど、父さんと母さん、秘密基地で誰かに会って俺たちの無事を教えてもらったって」


 俺の言葉を聞いて父さんと母さんがピクリと反応する。

 そして、先程までとは違って真面目な顔になった。


「ふぅむ、やはりジェットには話しておくべきか」


「そうね。ただしジェット、このことはむやみにエルデリアでは話しては駄目よ? あの遺跡のことは村長は周囲に広めたくないみたいだから」


 父さんと母さんに頷く。

 カエデについ話しちゃったのは、落ち込んでたカエデを見兼ねてのことだったんだろうな。


 すると、父さんが席を立ち食堂を出て行く。

 暫く待っていると、懐かしい箱を持って戻って来た。


「あー……家宝の入った箱」


「ふふ、割っちゃった時を思い出したの?」


 あの時は本当焦ったなあ。

 だけど、そのお陰で俺は女神様を救うことが出来たんだしな。

 なんでそれを今?


 そんなことを考えていると、父さんが箱の蓋を開いた。

 中に入っていたのは、俺が真っ二つに割ってしまった家宝の宝石ではなく、小さなミスリルの欠片だった。


「え? なんでミスリルが? 俺が割った石は?」


「これはな、南の遺跡で見付けたものだ。家宝の宝石については俺も分からん。去年この箱を十年ぶりくらいに確認したら無くなっていたんだ」


 あの石は女神様を封印していたものだ。

 その役目を終えて消えちゃったのか?


「このミスリルを見付けた時ね、とても不思議な女の人に会ったの。エルデリアでは見たことの無い人だけど、どこか懐かしいと言うか親しみを感じると言うか……」


「その人が俺たちに教えてくれたんだ。お前たちはちゃんと生きてるって。俺たちはその言葉を信じてお前たちを待っていたんだ」


「そう言えばその人、ジェットやリディと同じ髪の毛をしていたわね。左右半々で白黒の髪だったから二人より白が多いけど」


 母さんの言葉に俺の心臓が跳ね上がる。


「な、なあ、その人って、髪が長くて耳が少し尖ってて左右の目の色が違ったりは……」


「え? ど、どうだったかなあ……見たのはほんの短い時間だから。胸が大きかったことだけはぐふぅっ!?」


 母さんが父さんの脇腹に肘鉄を食らわせる。

 うわぁ、痛そう……


「確か髪は長くて目の色が左右違ってた気はするんだけど……もしかしてジェットの知り合い?」


 間違いない! 女神様だ!

 女神様が俺たちのことを父さん母さんに伝えてくれたんだ!


 俺は、四歳の頃出会った女神様について父さんと母さんに話すのだった。



 ◇◇◇



「んん……ここは?」


 一人泣いてたらポヨンとキナコとルカとサシャ、レイチェル姉とアガーテ姉が来てくれたのは覚えてるんだけど……その後どうしたっけ?


『くふふ、兄と喧嘩したようだなリディよ』


 白黒半々の長い髪、左右で違う色の目、少し尖った耳、おにいが好きそうな大きな胸の綺麗な女の人が目の前に立っていた。


「あ、先生!」


 先生がいると言うことは、どうやら寝ちゃったみたいだ。


『レイチェルとアガーテも言っておったが、ジェットはお主が心配なのだ。それは分かってやれ』


「それは分かってるんだけど……でも! あたしだって同じくらいおにいのことが心配なんだよ!? おにいは放っておいたら無茶なことばっかりして……あれ? 先生、レイチェル姉とアガーテ姉のことも知っているの?」


 あーでも、前もルカのこと知ってたしなあ。


『くふふ、勿論じゃ。スライムのポヨンのこと、人形のキナコのこと、タイダリアのルカのこと、黒猫のサシャのことも勿論知っておる。トレントのウィタのこともな』


 そう言って先生は面白そうに笑う。


「ねえ、先生って一体何者?」


『そうじゃなあ。近いうちにお主の兄共々教えることにしようか。それまでは秘密じゃ』


 うーん、気になるけどそのうち教えてくれるみたいだし今はいいか。

 それよりも!


「先生が夢に出て来たってことは」


『そうじゃ。お主に新たな魔術を教えようと思ってな。少し危険な魔術だから機を見ておったが、旅を通じて身も心も魔力も成長した今のお主なら扱えるじゃろう』


「うわぁ、どんな魔術なんだろう?」


『お主も一度使ったことのある魔術じゃ。あの時は無意識に暴走してしまった形だがな。今のお主なら制御可能じゃろう』


 あたしが暴走させちゃった魔術?

 思い当たるものが無く、あたしは首を傾げる。


『その魔術の名は『転移陣魔術(テレポータル)』。お主たちがエルデリアの外に飛ぶ原因となった魔術じゃ』


 その言葉にあたしの心臓が早鐘を打つ。

 えっ!? あれってあたしのせいで……


『案ずるな。あれは必要に迫られてお主が無意識に使ったものじゃ。お主のせいではない。さて、どうする? 怖いなら止めておくか?』


「……やる、やります! あたしに教えてください先生!」


 そうすれば、あたしもおにいの役に立てる!


『くふふ、いい目だ。ただし、習得にはそれなりに時間がかかる。その間は夢の中で猛特訓じゃ。覚悟しておけ?』


「はい!」


 こうして、あたしは夢の中で新たな魔術の修業を始めた。

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