16話 ここは何処?
「……っ、リディ、大丈夫か?」
「ぅ、うん。ポヨンは平気? ……良かった。何だったんだろさっきの?」
視界が真っ白に塗りつぶされて十数秒、もしかしたらもっとだったのかも知れないけど、その後も俺たちは変わらず暗闇の中にいた。
お互いの無事を確認した後、光魔術で辺りを照らす。
「特に何かあった感じは……あれ? 門が無い?」
「ポヨン。……ねえおにい、何だかちょっと周りの雰囲気も違うような気がする」
ポヨンに『エンチャント』を掛け直したリディも辺りを見回して呟く。
何か……嫌な予感がするな。
「リディ、入口の方に戻ってみよう。音も聞こえないし雨止んだのかも」
「……うん」
俺たちは通路を慎重に進む。
少し歩くと木の根らしきものが通路を塞いでいた。
「くそ、どうなってるんだ!?」
剣で薙ぎ払いながら進んで行く。
そうやって前に進み、最後に蔦を掻き分けると……そこには森が広がっていた。
「え? 何処だここ!?」
二人で外に出る。
雨なんて降っていた様子すら無かった。
「おにい、あたしたちが出てきた所、崖になってる……」
そう言われて振り返る。
うん、何処からどう見ても蔦に覆われた崖だ。
遺跡の瓦礫なんて何処にも見当たらない。
「それに、森の木も全然知らない木だ」
頭が混乱する。
何がどうなってる?
よし、一旦頭の中を整理してみよう。
俺たちは村から秘密基地の遺跡へと向かった。
そこで瓦礫の奥に通路を発見した。
急に雷雨になったからその通路に避難した。
念の為奥を調べたら、開かない門らしきもの以外は何もない空間だった。
すると、床から光が溢れてきて辺り一面真っ白になる。
気が付いたら似たような違う場所にいた。
外に出てみると、俺たちの全く知らない場所だった。
うん、訳分らん。
一つだけ、あの空間で何かあったことだけは推測出来る。
それが何なのかはさっぱりだけど。
リディの方を見る。
俺の服を押さえて辺りをキョロキョロと見回している。
……この子が無事で良かった。
この訳の分からない状況で、それだけが俺の救いだった。
「リディ、ここにいても仕方ない。村を探しに行こう」
「! そ、そうだね。早く帰らないと叱られちゃう!」
まあ……今の状況だと叱られるのはほぼ確実だと思うぞリディ。
俺も一緒に叱られるから安心しろ。
とりあえずどっちに向かうか……
やはり、村から南に向かったんだし北がいいか。
俺は付近を調べてみる。お、あったあった。
「おにい、何してるの?」
「ん? ああ、苔を探してたんだよ。やっぱり北に向かうのがいいかと思ってな。苔ってのは北側の方が生えやすいんだ」
「ふーん。村長に習ったの?」
「ああ、リディもそのうち習う筈だぞ。まあ、絶対に当たってるって訳でもないんだけどな」
それでも適当に進むよりかは幾らかマシだろう。
「それじゃ行こうか。念の為警戒はしておけよ」
「う、うん、分かった。ポヨン、鞄に入ってて」
そうして俺たちたちは、時々木に目印を刻みながら森を進んで行く。
ふいに近くの茂みが揺れる。
俺はリディを後ろに下げ剣を構える。
茂みから音の原因が姿を現す! ……兎だった。
兎は俺たちを見ると茂みの奥へと逃げて行った。
「あ、逃げちゃった」
残念そうなリディ。
俺は背筋に嫌な汗が流れる。
「……村の南側は動物はいない筈だ。何度も通ってるから間違いない」
「あっ」
少なくともここは村の南の森ではない。
植生が違う時点でそうではない、と思ってはいたけど……
南西とか南東の可能性も無いことはないかも知れないが。
一つだけ確かなのは、ここから真っ直ぐ北に向かっても村は無いだろうと言うことだ。
「おにい、どうしよう……」
「……今はこのまま北に向かおう。適当に進んでも余計知らない所に行くだけだ」
自分の心臓の音がうるさい。
どうする? このまま進んで大丈夫なのか? 俺たちは無事村に帰ることが出来るのか? 下手したらこのままずっと森の中を彷徨うんじゃないのか?
嫌な想像ばかりが頭を過る。
落ち着け。俺が取り乱してどうする! リディをこれ以上不安にさせるな!
お互い無言のまま、俺たちは森を進む。
「あっ!」
暫くそうやって進んでいると、ふいにリディが口を開いた。
「ねえおにい。風魔術で辺りを調べたり出来ないの? 確か村長がそんなことが出来るって言ってたような」
確かに風属性が得意な人は、狩りの時風魔術を利用して獲物を探すそうだ。
ただな。
「リディ、俺は……ほら、アレだ」
「あっ」
そう。魔力を飛ばすことが壊滅的に苦手……その影響で遠くを風で感知する、なんて器用なことは不可能なのだ。
「むしろリディの方が巧く出来るんじゃないか? もしかしたら何か見付かるかも」
「うーん……どうだろ? やったこと無いけどちょっとやってみる。むむむむむ」
リディから周囲に風の魔力が放たれる。
目を閉じ難しい顔をして集中している。
こんな状況だけどちょっと微笑ましい。
「えーと、うーん、あ、これ?」
「どうだリディ? 何か分かったか?」
「えっと、このまま少し進んだ所に誰かいる、気がする。あと、その近くにも何人かいる、ような気がしなくもない」
「おお! もしかしたら狩りに出てる人たちかもな! 行ってみよう」
「うん!」
俺たちはリディの感知を頼りに進んで行く。
もしかしたら狩りに出てる人たちに合流出来るかも知れない。
俺たちの足取りは、つい先程までと違って軽いものになっていた。
「もう少し……あ、向こうの人たち合流したみたい」
その時だった。
「きゃあああああああああああああ」
「「え?」」
俺たちの向かっている方向から聞こえてくる悲鳴。
どうやら女の声の様だ。
「様子がおかしい。リディ急ぐぞ!」
「わ、分かった!」
武器を構え森を駆ける。
徐々に木々の間隔が広くなり、少し開けた場所に出る。
そして、尻もちをついた女と、それに迫る緑色の肌をした醜悪な顔をした小人の集団が目に入る。
女はナイフを構えてはいるが、とてもじゃないけどどうにかなるとは思えない。
そして何より、あの醜悪な顔は、
「ゴブリン! でも緑色? しかも複数だと!?」
「それに、ちょっと小さい?」
何だあの見たことも無いゴブリンは!?
ゴブリンが群れで出るなんて聞いたことないぞ!?
一匹ならともかく、あの数だと正直切り抜けられるか怪しい。
だがこのままじゃあの人が危ない!
「リディ! 俺はゴブリンの方に突っ込んでこっちに注意を向ける! お前はあの人を頼んだ!」
「う、うん! おにい、気を付けて」
リディの言葉に頷いて、俺はゴブリンの集団に向かって行く。
「ウギ? ギョギギギゥ」
どうやら俺に気付いたようだな。それでいい。
リディ、今のうちにあの人を連れて上手く逃げてくれよ。
さて、普段のゴブリンより小さいからと言って全く油断は出来ない。
こいつらは今まで見たことのないタイプのゴブリンだ。
肌の色も黒じゃなくて緑だし。小ささを活かしたスピードタイプなのかも知れない。
しかもそれが集団……はは、悪い夢でも見てるみたいだ。
このタイミングで下手に光魔術で目暗ましは止めた方がいいな。
リディたちまで巻き込んでしまう。
そうなると……今のうちに全力を叩き込んで少しでも数を減らすか。
よし、ここだ!
『限界突破』!!
「カッ…………」
一番前にいたゴブリンの首が軽く消し飛んだ。
よし!
『限界突破』!!!
返す刀で更にゴブリン二体の腹を真っ二つにする。
辺りにゴブリンの血とはらわたが飛び散る。
他のゴブリンたちは呆けた表情のまま動かない。
何だ? 何が狙いだ?
「ゲ? ゲギゲエエ!」
少しの間を置いてゴブリンたちが、俺に棍棒を振り上げながら向かって来る。
ん? 思ってたより全然動き遅いな……成程、俺が油断した所で一気にスピードアップして攻撃しようって魂胆だな?
黒いのと違ってかなり頭がいいみたいだ。
だけどな。
バレバレなんだよ!!
俺は武器を槍に持ち替え、地の『エンチャント』を発動する。
いきなり武器が槍に換わったからかびっくりしてるな?
そして向かって来るゴブリンたちの足元を一気に払う。
地の『エンチャント』は衝撃力を強化する作用がある。
向かって来ていたゴブリンたちはまともに足払いを食らい、そのまま盛大に転んだ。
足が折れ曲がったり、吹き飛んだり、立ち上がるゴブリンはいない。
な、なんか思ってたより大ダメージを与えたみたいだけど……
ふふん、これで自慢のスピードも活かせまい。
「アギ……アアアァア」
ゴブリンたちが恐怖に染まった目でこちらを見上げてくる。
そうやって油断させようとしても無駄だ。
俺は転げたゴブリンたちを順番に始末していった。
んんん? 思ってたよりあっさり全滅出来たな。
「おにい」
「お、リディ。戻って来たか。終わったぞ」
「えーと……そもそも逃げてないよ? 何だか簡単に片付きそうだったから」
「リディ、油断は駄目だぞ。それでさっきの人」
「あ、あの!」
声がした方に振り返る。
そこには少し意を決したような顔をした女の人が立っていた。
年齢は多分俺とそう変わらないくらいか。
んー、見たことない顔だな。ただ、顔自体は間違いなく美人、と言うか可愛らしい感じだと思う。
肩くらいまで水色の髪を伸ばし……水色!?
ま、まあ一旦置いておこう。
服装は動きやすそうなショートパンツスタイルの軽装。革製かな? 胸当てを装備している。
ただ、その胸当ての中はとても窮屈そうであいたっ!!
「おにい!」
底冷えのしそうな目をしたリディに脇腹を思い切り抓られてしまった。
……これはこれで何か新たな扉を開いてしまいそうな……
ごめんなさい、何でもありません。