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159話 未踏領域の向こう側を目指して

「右前方の木の上、何かいます!」


「姿が見えない、と言うことは変色竜か」


 ヒュオッ


 突如風切り音が鳴り、先頭で黒盾を構えていたアガーテに変色竜の舌が迫る。


「そこにいることが分かっていればどうと言うことは無い! はぁあああっ!」


 アガーテが黒盾に地属性の魔力を注ぐと、黒盾により魔力が増幅される。

 そして、その黒盾で変色竜の舌を受け止め弾く。


 そこへレイチェルがブラックディアの角を変色竜に向け構える。

 水属性の魔力を注ぐと、角の先端に氷の槍が四本発生する。


「やあああぁっ!」


 氷の槍が舌を弾かれ無防備となった変色竜へと発射される。

 発射した四本の氷の槍のうち二本が変色竜に刺さり、そこから体が徐々に凍り付く。


 正確な位置が判明した変色竜に、レイチェルから更に氷の槍が放たれる。

 放たれた氷の槍は次々と変色竜に突き刺さり、身体能力と同化能力が著しく低下した変色竜は、黒い体を晒しながら木の上から地面に落ちる。


「『闘気槌(アグレッサー)』!」


 地面に落ちた所でアガーテの鎚が脳天に叩き込まれる。

 動きが鈍った変色竜に回避なんて出来る筈もなく、鎚の直撃を受けた変色竜はそのまま息絶えた。


「ふぅ、やりました!」


「おう、二人ともおつかれ」


「やはり、レイチェルの気配察知は反則だな。変色竜の特性がまるで意味をなさない」


 そうなんだよなあ。

 俺一人だと位置の特定なんて出来なかったから力業で引きずり下ろしていたしな。


 現在俺たちは黒獣の森の奥地、千年樹の領域まで来ている。

 デーモンバッファローを討伐したことで草原地帯を避ける必要がなくなったので、そこを経由して森の奥地へと歩を進めた。


 奥地へ足を踏み入れてからは慎重に時間を掛けて移動をしている。

 俺は奥地まで来るのは二度目だけど、俺以外の三人は今回が初めてだからな。

 少しずつ慣らしていこうと言うことになった。


 基本は俺抜きで魔物と戦っては休み、移動したら魔物と戦って……そうやって森の奥地に足を踏み入れてから数日かけて、俺たちは千年樹の領域まで進んだのだ。


 新しい装備の力もあり、今ではある程度の魔物相手なら俺抜きでも討伐出来るようになった。

 今倒した変色竜なんかは、むしろ俺が戦うより安定した戦いが出来ている程だ。


 ただ、黒獣の森の奥地はこれだけじゃ全然安心なんて出来なくて……


「っ! 新しい魔物です!」


「ギャギョギャアアアアアアアアッ」


 こんな感じでひっきりなしに魔物に襲われてしまうことがある。

 今度の相手は黒ゴブリンか!


「あたしに任せて!」


 俺の後ろに控えていたリディと従魔たちが前に出る。


「ギャ? ギョギョギョギャギャラァァァアアアア」


 リディの姿を見て黒ゴブリンが歓喜する。

 ここで出遭う黒ゴブリンも、大体の場合はリディを見るとこうやって興奮するんだよなあ。

 中には昔襲ってきた黒ゴブリンのように、腰に巻いた薄汚れたみののようなものを脱いで投げ付けようとしてた奴もいたので、それに関しては俺が急いで始末しておいた。

 あんな汚いものを可愛い妹に投げ付けるなんて絶対に許さん!


「もう! ゴブリン嫌い! ルカ!」


「キュッキュゥゥウ!」


 ルカが操る水球から黒ゴブリン目掛け、容赦ない放水が浴びせ掛けられる。


「ギョェッ! グッゲギャギャァァァアアッ!!」


 放水により全身びしょ濡れにされた黒ゴブリンは怒り狂う。

 水を浴びせ掛けてきたルカに対し飛び掛かろうとした所で……


 バヂヂヂヂヂヂヂッ


「ギョエェェェエエエエエッ……アギギャ……」


 キナコの雷の刃によってその動きを止められる。

 普通の黒ゴブリンには雷がよく効くからなあ。

 しかも、ルカによって全身びしょ濡れになっていた黒ゴブリンには効果抜群だ。


「ギ、ギギ……」


 うつ伏せに倒れた黒ゴブリンの元へ、全身に風属性『エンチャント』を発動したポヨンがにじり寄る。


 俺にはリディのようにポヨンの言葉は分からない。

 それでも、今のポヨンからは並々ならぬ気迫を感じ取ることが出来る。

 ポヨンにとって黒ゴブリンは因縁の相手だからな。

 やはり、無意識に気合が入るのだろう。


 倒れた黒ゴブリンの元へ辿り着いたポヨンは、体の一部を巨大な鉈のように変形させる。

 その鉈に風属性『エンチャント』を施し、黒ゴブリンの首目掛けて一気に振り下ろした!


「ギョプッ」


 黒ゴブリンの醜い顔が一瞬苦痛に歪む。

 首から上を失った黒ゴブリンの体は暫く痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。


「おつかれ、ポヨン、キナコ、ルカ!」


 従魔たちがリディの元に集まっていく。

 それぞれリディから全力で撫でてもらい上機嫌な様子だ。


 ちなみに、ついて来ている従魔はもう一匹いるんだけど……


「ニャァァァアア」


 ふいに近くの木陰から猫の鳴き声が聞こえる。

 そちらに視線を向けると、そこには何やら獲物を咥えたサシャが金色の瞳を光らせながら佇んでいた。

 それを見てルカが少し警戒した様子を見せる。


 ルカの奴、尾ビレをしょっちゅうおもちゃにされてるからなあ。

 サシャも爪で傷付けないように気を付けてはいるみたいだけど……


「おかえりサシャ。勝手にいなくなったら駄目でしょ?」


「ゥニャウ」


 サシャはリディの言葉を気にした様子もなく、俺たちの前に咥えていた獲物を置く。

 ブラックディアの雌みたいだ。


「えっと、お腹減った、だって」


 どうやらこの獲物を使って飯を作れと言っているみたいだ。

 こんな感じで急にふらっとどこかに行ったかと思うと、獲物を捕まえて帰って来るんだよな。

 やはり黒獣の森のあらゆる場所を縄張りにしていただけあって、狩りが上手いんだよなあこいつ。

 今回のブラックディアの雌も、一頭だけ離れた所を影を使って拘束して仕留めたんだろう。


「サシャちゃんのリクエストもあるし、お昼休憩にしますか?」


「さっきの変色竜と殺戮ゴブリンも処理しないといけないしな」


 レイチェルとアガーテの言葉を聞き、サシャがピンと尻尾を立てる。


「はぁ、分かった。それじゃ安全な所を探して昼休憩にしようか。リディ、討伐した魔物の回収を頼む」


「うん、わわっ」


 サシャがリディの後ろに移動し、足の間から体をくぐらせリディを背に乗せる。

 そして、軽やかな動きで討伐した魔物のそばまで移動する。

 どうやら早く終わらせてご飯にしよう、と催促しているみたいだ。

 ポヨンやルカを超える食いしん坊なのかもなサシャは。


 その後、俺たちは巨木の場所まで移動する。

 以前、サシャに案内してもらって辿り着いた場所だな。


 魔物解体用の地下空間を造り、そこでサシャが獲ってきたブラックディアを解体していく。

 今回は他の魔物についてはリディがいるので後回しだ。

 腐らせる心配が無いのは本当にありがたい。

 ただ、黒ゴブリンだけは魔石以外取れるものが無く、持って帰る意味も薄いので後で剥ぎ取っておくけど。


「ジェット、そろそろ未踏領域まで進んでみてもいいんじゃないか?」


 そうだなあ。

 ここに来てから皆も戦い方のコツを掴んできたのか、随分危なげなく森の奥地の魔物とやり合えるようになった。

 デーモンバッファロー級の魔物でも出ない限り、力を合わせれば十分対処可能だろう。


「確かにな。それなら明日にでも移動してみようか」


「ここからそう遠くないんでしたよね?」


「ああ。まあ、正確な道順は覚えてないからサシャに案内してもらわないといけないけど……」


「ニャァン」


「ご飯作ってくれたら案内するから心配するな、だって」


 こいつは気まぐれな奴だけど、食べ物で釣れるある意味簡単な奴でもあるよな。

 どうもリディの仮の従魔になったのも人間の料理目当てみたいだし。


 ブラックディアの解体を終え、毛皮や今は食べない分の肉を一旦リディの『亜空間収納』に仕舞ってもらう。

 レイチェルに安全確認してもらい地上に出て、肉の下ごしらえをしていく。

 今回は塩や香辛料も色々と持ち込めているから、以前のようにわざわざ周囲から探してくる必要がない。


 そうやって黒獣の森での定番料理となった肉の石包み焼きを作り、皆で一緒に食べる。

 食事の後はまた周囲で魔物相手に修業を行い、未踏領域の調査に備える。

 あそこを進む方法を探るのにどれくらい時間が掛かるか分からないからな。

 そう考えると、少しでもここの魔物相手には有利に戦えるようにしておきたい。


 そうして、俺たちは明日の未踏領域調査に向けて準備を整えていった。



 ◇◇◇



「ここが、黒獣の森の未踏領域……」


「私も実際に見るのは初めてだが、これは確かに一筋縄ではいかなそうだ」


「あ、エゴノキだ!」


 翌日、俺たちはサシャに案内してもらい、以前俺が調べていた未踏領域の入口へとやって来た。

 相変わらず瘴気と魔力が入り混じった奇妙な場所だ。

 道中また壺植物の森を通ることになったけど、変色竜と同じくレイチェルがいれば特に問題は無かった。


「ここが前に俺が調べていた場所だ。リディ、どうだ?」


「うん、ちょっと待ってね。皆、ここを進むことは出来そう?」


 リディが従魔たちに声を掛ける。

 ここに以前来た時、黒ゴブリンや黒イノシシは何事もなくこの中を進んでいた。

 そう考えると、魔物ならこの中を通ることが出来るんじゃないかと思う。


 リディの言葉を受け、ポヨンとキナコとルカが瘴気の前まで進む。

 そして、何かを確かめるように時折前に進んだり、その場で円を描くように移動したりしている。


「キュキュゥウ」


 従魔たちがリディの元へ戻って来た。


「どうだった?」


「うーん……ポヨンとキナコとルカは駄目みたい。あの中を進もうとすると、なんだか自分がどこにいるのか分からなくなる、だって」


 俺の時と同じだな。

 どうやら、リディの従魔たちでも無理だったようだ。


 そうなると、やはり何かしら俺たちで突破法を考えないといけないんだけど……


「あれ? サシャちゃんは?」


「そう言えば姿が見えんな。さっきまでは一緒にいた筈だが」


 周囲を軽く見回してみるも、サシャの姿はどこにも見当たらない。

 まあ、いつものとこと言えばいつものことだから、そこまで心配する必要は無いかもだけど。


「ニャァアアアン」


 すると、瘴気のもやの中からサシャが現れた。


「サシャ! びっくりしたじゃない! 勝手にどこかに……え? 背中に乗れ?」


「ニャウ」


 サシャに促されるままリディがサシャに跨る。


「えっと、この後はどうするのサシャ? え!? ここに入るの!?」


 すると、サシャはリディを背に乗せたまま瘴気のもやの中へと入ってしまった!

 あまりに素早い行動だったので止める暇すらなかった。


「えええええっ!? リディちゃんを乗せたままサシャちゃん入って行きましたよ!?」


「だ、大丈夫なのか!?」


「瘴気に関してはリディには光魔術があるから大丈夫だろう」


「そう言う問題じゃないのではないか!?」


「師匠、なんでそんなに落ち着いて……あ!」


 どうやらレイチェルも気付いたみたいだ。

 俺はポヨンとキナコとルカに視線を向ける。

 リディの従魔たちは特に焦ったような様子がない。


「ど、どう言うことだ?」


「以前にもサイマールで同じようなことがあってな」


「その時はルカちゃんがリディちゃんを海に落としたんだけど、ポヨンちゃんもキナコちゃんも特に焦った様子は無くて」


「……そうか、ルカがいればリディは水中で問題無く動けるから、ポヨンとキナコはそれが分かってて」


「多分な」


 そう考えると、おそらく今回も……


「ニャァアア」


「あ、戻って来ました!」


「成程、ポヨンとキナコとルカはこうなることが分かっていたのか」


「ただいま」


「おかえり、どうだったリディ?」


 リディが俺の目を見て頷く。


「うん、サシャはこの中を問題無く通れるみたい」


 リディの言葉に心臓が早鐘を打つ。

 周囲では、レイチェルとアガーテが息を呑むのが分かった。

 落ち着け、サシャが通れてもまだ俺たちが通れるとは限らない。


 だけど、だけど!

 もしかしたらエルデリアに帰ることが、父さんと母さんに俺たちの無事な姿を見せることが出来るかもしれない!


 逸る気持ちを一旦抑え、俺たちはまずリディから詳しい話を聞くことにしたのだった。



 ◇◇◇



「成程。サシャにとってはこの瘴気のもやの中も、ちょっと薄暗いだけのそこら辺の森と同じように感じると」


「ニャァアン」


「うん、そうみたい。サシャにしてみれば、ポヨンたちの言っていることが理解出来ないみたいだよ」


「キュゥゥ」


「ポヨンちゃんたちとサシャちゃんの違い……従魔としての期間の長さでしょうか?」


 少しずつ野性を失っていくと言うことか。

 その可能性も無い訳じゃないだろうけど……


「ジェット、他の魔物もこの中を普通に進んでいたんだったな?」


「ああ。試しに黒ゴブリンの後をつけてみたんだけど、途中で見失って俺だけがここに戻って来たんだ」


「ふむ。もう一つ考えられる可能性としては、黒獣の森で生まれた魔物かどうか、と言うことだ」


「ここの魔物は黒獣の森の瘴気から生まれるんだから、ここの瘴気による影響を受けないってことか」


 そう考えると、黒ゴブリンやサシャがここを通れて俺やポヨンたちがここを通れなかったことにも納得がいく。


「それじゃあ、サシャちゃんに案内してもらえたらわたしたちもここを通れるの?」


「どうなのサシャ?」


「……ニャン」


「分からない、だって」


 まあそれもそうか。

 サシャにはこの中の案内をした経験なんてないだろうしな。

 そして何より、サシャにとってはここを通ることは息をするのと同じで当たり前に出来ることだ。

 当たり前のことを出来ない相手がどうなるかなんて想像もつかないだろう。


「とにかく、一度行ってみるしかないんじゃないかジェット? 瘴気は光属性の魔力で対処可能なのだろう?」


「ああ。前に試した感じだと、体全体に薄く纏えば瘴気による悪影響は十分対処出来る。リディとアガーテは問題無いだろうし、レイチェルの分は俺が対処するよ」


「よ、よろしくお願いしますっ!」


 レイチェルと手を繋ぎ、自分とレイチェルの体全体を光属性の魔力で覆っていく。

 リディとアガーテも問題無く出来ているようだな。


 サシャはそのままリディを背に乗せたまま、ポヨンはリディの鞄の中に、キナコはリディと一緒にサシャの背に、ルカは水から出してリディが抱きかかえて行くようだ。

 あれってサシャが全員分の重さを背負うことになるけど……どうやら問題無いらしい。

 サシャは特に普段と変わらない様子で歩いている。


「よし、こっちは準備出来た」


「私も問題無い」


「それじゃサシャ、案内よろしくね」


「ニャアァン」


 リディたちを乗せたサシャが、瘴気と魔力のもやの中に進んで行く。

 俺たちも遅れないように、サシャの後について行った。

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