158話 成し遂げられたこと
「ぷっくくく、あはははははははは! ひぃひぃ、それで、黒獣の森の奥地で一人サバイバル生活を!? はははははははははは!」
「ちょっ!? 笑うとこじゃないだろそこ! 本当に大変だったんだからな!」
「まあ、そんな常識外れなことを大変の一言で片づけちゃうのがねえ……部長が笑うのもある意味納得出来ると言うか」
皆と合流して見事デーモンバッファローを討伐した後、俺たちは一度ライナスまで帰還することにした。
どうやら俺は一部を除く冒険者やギルド職員からは既に死亡したと思われていたらしく、帰って来た俺の顔を見て腰を抜かしたり泡を吹いて倒れる人までいた。
フランさんやフローラさんは涙を流して喜んでくれたし、アルバートさんやオーウェンも俺の帰還に胸を撫で下ろしてくれていた。
ウォードたちも泣きながら俺の帰還を喜んでくれたんだけど、ギルドのど真ん中で三人同時に抱きついて来るのはちょっと場所を考えてもらいたかった気がしなくも無い。
それを見てなんだか一部の男冒険者が荒い息を吐いていて、妙に尻の辺りがムズムズしたし……
その後、日を改めてサリヴァンさんに色々と報告をしに来た所だ。
「ひぃひぃ、それでこそジェットだ。その上賞金首を二種も討伐してくるんだからな。もう笑うしかないだろこんなの」
賞金首と言う言葉を聞いてフランさんが少し震える。
さっき見たデーモンバッファローの死体でも思い出したのか?
部長室に来る前にデーモンバッファローと自爆女王蟻、その他諸々の納品は終わらせておいた。
切り分けたデーモンバッファローの死体を取り出した時には、フランさん含め職員の大半が腰を抜かしてたっけ。
「でもいいのか? 自爆蟻って多分あれだけじゃないと思うんだけど」
あの短期間で巣を四つも壊滅させたんだ。
おそらく森の中にもっと巣があると見て間違いないだろうと思う。
「ああ。報告を聞くに、恐らく新たな種として既に森に根付いてるだろうからな。今回は正体を掴んだこと、毒袋を持って帰ってきたことで討伐成功として扱うことにした」
ギルドでは俺が持ち帰った毒袋を研究して、今後自爆蟻対策を進めていくそうだ。
これで自爆蟻の被害が少しでも減ればいいな。
「そう言えば、そのサシャって黒猫は……」
サリヴァンさんがリディの方を見る。
「サシャは面倒だから寝てるって言って来てないよ」
どうやら、『シャドウサーバル』なんて魔物も初めて確認された種だそうだ。
もしあいつも冒険者を襲うような魔物だったら、デーモンバッファローと同じく賞金首として扱われていただろうなと思う。
ちなみにリディに確認した所、やっぱり俺を案内してくれた黒猫がサシャで間違いなかった。
「そうか。一度見てみたかったんだけどなあ」
気まぐれな奴だからな。
リディ曰く、今後も俺たちについて来るかはまだよく分からないとのこと。
「あー、それと、ジェットの言っていた瘴気のもやだが、そこから向こうが未踏領域で間違いない」
「以前、複数のベテランパーティーが協力して踏破を試みたけど、結局無理だったみたいね。数ヶ月かけてあらゆる場所からの侵入を試みたものの、結局どうやっても元の場所に戻ってきてしまうと」
フランさんが資料を捲りながら教えてくれた。
これは以前アガーテからも聞いていた話だな。
「でも、魔物はそこを通っていたんですよね師匠」
「ああ。黒ゴブリンや黒イノシシは問題無くあの中を進んでいたんだよなあ」
「エゴノキもそこにあったんだよね?」
「そうだ」
エゴノキの石鹸のことも、デーモンバッファロー討伐の説明の時にギルドには報告しておいた。
ただ、やっぱりエゴノキのことを知っている人はギルドでは見付からなかったけども。
「後日、私たちもジェットに案内してもらって調査に行ってみる予定だ」
「黒獣の森の奥地なのがちょっと不安ですけどね」
「デーモンバッファローなんて魔物を討伐出来るのなら、不安なんて無いような気もするんだけど」
フランさんが顎に指を当てながら疑問を口にする。
「個体の強さだけで見ればデーモンバッファローの方が圧倒的に強力だろうが、森の奥地は単純に強い魔物がそこら中にうじゃうじゃいる。危険の質が違うって所か。実際に行ったジェットならよく分かるだろ?」
サリヴァンさんの言葉に頷く。
黒獣の森はどこへ行っても魔物が多いけど、奥地はそれに加えて純粋に棲息している魔物が強いんだよなあ。
変色竜みたいな厄介な奴もいるし。
「でも、そんな危険な場所にジェット君たちの故郷はあるのよね? ジェット君たちを見ていなかったら絶対に信じられなかったと思うけど」
「実際行ってみないと本当にあるのかは分からないけどな」
だけど、自分の目で未踏領域を見て思った。
やはり、あの向こう側にエルデリアがある可能性は高いんじゃないかと。
「まあ、実際にジェットたちの故郷があったとして、帰れた後はどうするんだ?」
「その時は少ししたら一度戻って来るよ。レイチェルとアガーテをそのままにしておく訳にもいかないし」
レイチェルとアガーテは何かを言いたそうな表情をしたけど、特に口を開くことは無かった。
「やはり、最終的に冒険者は辞めて村に帰るつもりか?」
「それは……まだ決めてない」
「たはは、まあ、どうするかは君たちの自由だが、俺としては是非冒険者を続けてもらいたいがね」
サリヴァンさんが俺とリディを見る。
ちゃんと村に帰れたら、一度真面目に考えてみなきゃ駄目だろうな。
その後もサリヴァンさんへの細かな報告は続く。
報告を終えギルドを出る頃には、すでに空は赤く染まりかけていた。
◇◇◇
「「「「ただいま」」」」
ライナスから急ぎ拠点へと帰る。
門を開くと、ウィタが俺たちを出迎えてくれた。
どうやら、俺が持ち帰った種から芽吹いた花みたいな果実と星みたいな果実の苗を世話していたみたいだ。
「ニャウン」
家の屋根からサシャが音もなく飛び降りてくる。
どうやらずっとあそこで寝ていたようだな。
「よーし、それじゃ夕飯の準備にでも取り掛かろうか。サシャのリクエストもあるしな」
俺の言葉を聞いてサシャの耳がピクリと反応する。
「ほら、ちょっとだけ先に貰ってきたよ!」
リディが『亜空間収納』から大きな肉の塊を取り出す。
それを見て、ポヨンとルカとサシャが目の色を変える。
「改めて見ると、凄く美味しそうなお肉ですよね」
「その分、恐ろしい相手だったがな」
そう、これはデーモンバッファローの肉だ。
解体自体はまだ現在進行形で行われている。
けど、サシャからまた石包み焼きが食べたいと言われていたので、折角だからと少しだけ先に貰ってきたのだ。
今回サシャには色々と助けてもらったからな。そのお礼だ。
「それじゃお肉切りますね。うわっ、なにこの柔らかさ!」
「見事な霜降り具合だ。私も今までこんなに上等な肉を見たことが無いぞ」
赤身と脂身が織りなすコントラストが美しい。
ライトニングホーンの肉の時も思ったけど、最高に美味そうな肉って赤と白のバランスが芸術的なんだよな。
分厚く切り分けた肉に塩と香辛料をまぶしていく。
前に食べたグリムバッファローの肉にも独特の癖や臭みは無かったし、今回のデーモンバッファローの肉もそこまで多くの調味料は必要無いだろう。
肉に下味をつけた後、地魔術を使って分厚い肉を一枚一枚石で包んでいく。
石で包んだ後は、火魔術で石ごと一気に炙る。
「よくこんな方法思い付いたよね」
「どうにか食べなきゃいけなかったからな。流石に生肉は食いたくなかったし」
「森から帰る時に食べたグリムバッファローの石包み焼きは本当に美味しかったですよね」
「あれを食べてしまっては、サシャが普段の食料を美味しく感じなくなったのも無理はあるまい」
「キュッ!」 「ニャゥン」
ポヨン、ルカ、サシャから早くしろと催促される。
落ち着け食いしん坊どもめ! キナコとウィタを見習え!
十分に火が通った所で石を割る。
すると、デーモンバッファローの肉の濃厚な匂いが周囲に放たれる。
こんなに甘い香りを出す肉ってあるんだな。
この香りを嗅いでいるだけでどんどん食欲が刺激されて……
あ、よだれが。
「おにい! 早く!」
「あはは、わたしも待ち切れないです」
「……はっ! まさか香りだけで意識が飛びそうになるとは……」
「キュッキュゥゥウウ!」 「ニャァアアアン」
皆が一斉に詰め寄ってくる。
ちょっ、目が怖いんだけど!
「分かった、分かったから! ちょっと落ち着け!」
俺が石をどんどん割っていき、レイチェルが切り分けた肉をリディが皿に盛り、アガーテが皆に配っていく。
ポヨンとルカとサシャは肉を前にして今にも飛び掛かりそうだけど、すんでの所で我慢しているようだ。
「皆我慢出来なさそうだし、早速食べようか」
かく言う俺も我慢の限界なんだけどな。
「それじゃ、いただきます」
「「「いただきます!」」」 「キュキュッキュ」 「ニャウン」
俺は肉を一切れ箸で持つ。
うーん、肉の表面の焼き色と中心のほんのりピンク色の対比が実に素晴らしい。
いつまでも嗅いでいたくなる肉の甘い香りと合わさって、口の中が唾でいっぱいになる。
箸に少し力を入れてみると、物凄い勢いで肉汁が溢れ出す。
目と鼻、箸で十分に楽しんだ後、いよいよ肉を口に運んだ。
……あれ?
おかしい。何故か肉が口の中から消えている。
だけど、肉の凝縮された旨味だけは口の中に残っている。
周りを見てみると、どうやら俺以外も同じ感覚を味わっているようだ。
もう一度肉を持ち、今度は慎重に口の中で咀嚼する。
うおおおおおおおおおおおおおおっ!
なんだこの柔らかさ!? これがあの鉄みたいに硬かったデーモンバッファローの肉なのか!?
それに、噛む度に溢れ出る肉汁とこの凝縮された旨味……
塩と香辛料だけと言うシンプルな味付けが逆に肉の旨味を最大限に引き出しているようだ。
ああ、いかん! 俺の喉が早く肉を寄越せと訴えている。
そうか、さっきは無意識に飲み込んでしまっていたんだな。
俺の舌と喉が肉の取り合いを……
「リディ! 米だ! 米をくれ!」
「う、うん!」
ハッと我に返ったリディが『亜空間収納』から炊きたての米を取り出す。
俺はそれを急いで器によそい、肉と共に一気に口の中にかき込む。
それを見て、リディ、レイチェル、アガーテも俺と同じように米と一緒に肉を食べ始めた。
なんだこれ……最高か。
ふと見てみると、キナコがリディから魔力を貰っていた。
そう言えば、魔力にも味があるって前にキナコが言ってたな。
折角だし、ウィタにも魔力を分けてやろう。もしかしたら肉の味を楽しめるかもしれないし。
「ほらウィタ、こっちだ」
寄って来たウィタに命属性の魔力を与える。
すると、ウィタは普段以上に葉を揺らして喜んだ。
どうやらいつも以上に美味だったようだ。
「そうそう、お前からの贈り物、ちゃんと受け取ったからな。ありがとな」
ウィタのアニマフルーツはデーモンバッファロー討伐後にリディから受け取った。
だけど、折角なので拠点に帰ってウィタも含めて皆で食べようと言うことになり、今はリディに預けている。
落ち込んだリディを、ウィタのアニマフルーツが元気付けてくれたんだよな。
普段は一緒にいれなくても、やっぱりウィタもモノクロームの一員だ。
そのことを強く感じた。
その後、デーモンバッファローの肉はあっと言う間に無くなってしまう。
食べ足りなかった俺たちは、グリムオークやグリムバッファローの肉もどんどん焼いて皆で食べていく。
ああ、皆で食べる飯は美味いなあ。
こうやって、ずっと皆で美味い飯を食べられたらいいのにな。
そうして他の肉も食べ終え、最後に皆でアニマフルーツを食べることにした。
リディが皆に一個ずつ配っていく。
「はい、おにい」
「おう、ありがとな。あれ? リディの分は?」
「あたしは最初に自分の分は食べちゃったから」
どうやらサシャが加わったことで数が足りなくなったみたいだ。
ウィタに聞いてみるも、今は熟したアニマフルーツは生っていないそうだ。
「あたしはいいから、おにいに届けたんだからちゃんと食べてよね」
「そうだな」
俺はアニマフルーツを半分に切り分ける。
うおっ、果汁で手がベタベタになったぞ!
これ、初めて食べたアニマフルーツより果汁の量凄いんじゃないか!?
そして、その半分をリディに差し出す。
「ほら、半分こだ。一緒に食べよう」
「……うん!」
こうして、幸せな食事の時間は瞬く間に過ぎていった。




