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154話 沼地の攻防

 地面に足がつく。地属性の魔力によって地面が少し硬くなる。

 逆の足で地面を蹴る時、同時に魔力を放つ。地属性の魔力がより深くまで届き、一時的に踏ん張りの利く地面になる。

 そして、それを繰り返す。


 よし、魔力を放つ強さやタイミングなんかはある程度感覚を掴むことが出来てきた。

 まだまだ無意識に、とまではいかないけど、これだったらある程度のぬかるみくらいなら問題無く走ることが出来る。


 いや、待てよ?

 ぬかるみの原因って水なんだから、何かしらの方法で水分も一緒に無くすことが出来ればもっと……

 そうなると湿地帯自体に悪影響を……でも、ダンジョンの修復力が、あっぶな!


 色々と余計なことを考えていたら、いつの間にかデーモンバッファローのうねった角が背後に迫っていた。

 俺はそれを躱しつつ、少し進路を変えて再び走り出す。


 こうやって攻撃を躱しながら走り続けている影響で、今自分がどの方向に走っているのかもよく分からない。

 だけど、周囲に淀んだ沼地も増え、地面もより一層ぬかるんできた。

 そう考えると、少なくとも湿地帯の外に向かっていないのは確かだろう。


 ただ、どこへ行っても周囲から生き物の気配は一切感じない。

 おそらく、迫って来るデーモンバッファローの気配に気付いて既に逃げ出してしまっているんだと思う。


 こいつを逃がさない為にも、出来るだけ湿地帯の奥まで誘い込みたい。

 仮に残った角も斬り落とし、奴の足下の魔力が消えてぬかるみに立っていられなくなったとして……

 そうなったら奴は確実にどうにかその場から逃げ出そうとするだろう。

 けど、湿地帯の浅い場所ならまだしも、奥地でぬかるみに嵌り身動きが取れなくなれば逃げ出すことなんて不可能になると思う。


 その為にはどうにか残った角を斬り落とす手段も考えないといけない。

 それに、もし角を斬り落としても狙い通りにならなかったら……

 まあ、その時はその時だ。


 そうしてデーモンバッファローとの追いかけっこを続けていると、急に辺り一面が開けた場所に出た。

 目の前には雑草が生い茂っているみたいだ。


 あれ? もしかして草原地帯に出ちゃったのか!?

 でもその割には地面はまだ柔らかいけど。


「ンモォォォオオオオオオオッ!!」


 背後に迫って来たデーモンバッファローを躱す。

 デーモンバッファローが目の前の雑草地帯に突っ込むと、周囲に盛大に泥が飛び散った。


 雑草で泥沼が隠れていたみたいだ。

 あっぶねぇ!

 気付かずに他の地面と同じだと思って突っ込んでいたら、そのまま俺の足が取られていただろうな。

 身を挺して泥沼の存在を教えてくれたデーモンバッファローには感謝を……ん?


「ンンモォォォォオオオンッ」


 デーモンバッファローが泥沼の中でもがく。

 どうやら予想以上に泥沼が深いようで、地属性の魔力を使っても地面が上手く固められないようだ。


 ここ、もしかして底なし沼って場所なんじゃ……


 泥沼の中でもがいていたデーモンバッファローは、体の半分程度を沈めた状態で動きを止めた。

 どうやらあれ以上は沈まないみたいだな。

 泥沼に嵌り、一切身動きが取れなくなったデーモンバッファローは恨めし気な目で俺を睨んでくる。


 こう言った泥って迂闊に嵌ると本気で抜け出せなくなるんだよな。

 俺も小さい頃、エルデリアの田んぼに思いっ切り飛び込んで体が抜けなくなったことがあった。

 泥の中でもがけばもがく程、泥が体にまとわりついてきてどんどん重さを増していくんだ。

 あの時は父さんたちにどうにか引っ張り出してもらった後、物凄く怒られたっけ。


 今のデーモンバッファローはまさに田んぼの泥に嵌った俺と同じ状態だ。

 勢いよく泥沼に突っ込み、どうにか脱出しようと中でもがいてしまった。

 その結果、どんどん体が沈み泥の重さがのしかかってくる。


 この場合は、地属性魔力で周囲の地面を固めていたのも逆効果だったな。

 その影響で奴の足元だけが泥の中である程度固まってしまい、むしろ泥の中に奴の足を固定することになってしまった。


 ふう、運が良かったな。

 デーモンバッファローが俺への恨みで周りが見えていなくて助かった。


 折角のチャンスだ。

 ここできっちり始末しておきたい。

 奴のことだ。このまま放っておいたらあそこからどうにか脱出して、再び俺に襲い掛かって来ても何も不思議じゃない!


 ただ、どうやってあいつに近付くか……

 同じように突っ込んだら俺まで底なし沼に嵌っちゃうだろうし。

 かと言って魔術を使って無理矢理底なし沼を消し去ったら、単純にあいつの脱出の手伝いをしてしまうだけだ。


 こう言った時に遠距離魔術が使えれば一方的に倒せるのに!

 流石にあんな場所に武器を飛ばしたりはしたくないし、リディたちがいてくれたら……


 ん? デーモンバッファローの角が魔力を帯びて……

 そうか! 足元に魔力を使っても現状意味無いから別のことに魔力を使うつもりなんだ!


 すると、デーモンバッファローは魔力を帯びた角を泥沼に突き刺した。

 周囲の地面を固めて力業での脱出を図るつもりか!?


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 周囲にそんな地鳴りの音が響く。


 ドドドドドドド……


 次第に地鳴りは俺の足元にも振動として伝わってくる。


 ズブッズブブブッ


 なっ!?

 俺の足が地面に沈んでいる!?

 さっきまでは普通に立てていたのに!


 ゴゴゴゴゴゴドドドドドドドッ


 地鳴りと共に地面の振動がより一層激しくなる。

 それと同時に、俺の体もどんどん地面に沈んでいく。


 これは……

 あいつ、底なし沼を広げているのか!


 まさか脱出より俺の始末を優先してくるとは……!

 いや、むしろ脱出の為に俺をまず始末しようと言うことなのかもしれない。

 角一本になってもこれだけのことが出来るんだ。

 邪魔さえなければ何かしらあの場から脱出する方法くらい持ち合わせているんだろう。


 子供の時の経験上、もがくと余計に泥に嵌ってしまうので、俺は一度落ち着いて無意味に動かないようにする。

 すると、腰の辺りまでは泥に埋まってしまったものの、それ以上俺の体が沈むことは無い。


 ふう、父さんが泥に落ちた時はむやみに動くなって言っていたのはこう言うことだったのか。

 子供の頃叱られた経験は無駄ではなかったみたいだな。


 とりあえず、ここから脱出しないといけないんだけど……

 今こうしている間にもデーモンバッファローはどんどん底なし沼の範囲を広げている。

 少しぐらい今の位置から移動した所で這い上がるのは無理だろう。


 そうなると、地魔術で周囲の泥に干渉するのが一番確実か。

 この泥さえ無ければ問題無く動くことが出来る筈だ。


 俺はゆっくりと両手を泥に沈めていく。

 そして地属性の魔力を泥の中に放ち干渉を試みる。

 だけど、どうにも上手く泥を動かすことが出来ない。


 こんなことならエルデリアの田んぼでもっと色々試しておくんだった。

 ただ、田んぼに飛び込んで抜け出せなくなって以来、田んぼには近寄らせてもらえなかったんだよなあ。


 よく考えたら、泥遊びをすることはあっても、魔術で泥を扱うことって今までしたことなかったな。

 うーむ、泥って言えば……大雑把に言えば土と水が混ざったものだよな。

 田んぼにも泥の上に水が張られていたし。

 そうなると、一緒に水属性も必要になってくるのか?


 まあいい。とにかく実践あるのみだ。

 デーモンバッファローが動き出す前にどうにかここを脱出しないと!


 今度は地属性の魔力と水属性の魔力を混ぜ合わせ泥の中に放つ。

 その状態で泥に干渉してみる。


 お、さっきより泥に干渉出来た気がするぞ!

 だけど、なんだろう?

 どうにもしっくり来ないんだよなあ。

 土の部分にだけ魔力が集中してると言うか……

 水属性の魔力が足りないんだろうか?


 今度は水属性の魔力を多めに混ぜ、泥に干渉してみる。

 うっ、今度は水分だけが抜けて周囲の泥がどんどん硬く……


 その後も水属性と地属性の魔力の量を調整して混ぜ合わせながら泥に干渉し続ける。

 すると、次第に周囲の泥を自在に動かせるようになっていく。


 どうやら、干渉する泥に合った割合で水属性と地属性の魔力を混ぜ合わせないと上手く干渉出来ないみたいだ。

 今回の泥に関しては、水属性に対し少しだけ地属性の魔力を多めにすることで上手く干渉することが出来た。


 よし、後は泥を動かしながらどうにか底なし沼の外まで……


 そこで俺はふと考える。

 底なし沼とは言っても、言葉通り底が無い訳ではないんだろう。

 現にデーモンバッファローは、周囲に底なし沼を広げている最中も、体の半分程度が埋まった状態からそれ以上は一切沈む様子が無い。


 仮に、この底なし沼の底を移動してデーモンバッファローに接近することが出来たら、無防備なあいつに対し簡単に一撃を加えられるんじゃないだろうか?

 それに、俺が泥に沈めば奴は目的を達したと思い油断をする可能性が高い。


 決してリスクが無い訳じゃないけど……試してみる価値はあるんじゃないかと思う。

 どちらにせよ、あいつをこのままにしておく訳にもいかないし。


 俺は周囲の泥に干渉して空間を作り出し、意を決して泥の底へと潜っていく。

 底の泥を魔術で退けながら空間ごと少しずつ沈んでいく。

 ただ、このままだと息が出来なくなるので時折風魔術で空気を生み出す。

 そうやって底の泥をかき分けながら沈んでいくと、泥ではない比較的硬い地面が現れた。

 やはり、底なし沼にも底はちゃんとあったみたいだな。


 底の地面に立ち、周囲の泥を動かして空間を広げる。

 俺が立ち上がっても空間の周囲は泥に埋まったままだ。

 まあそりゃそうか。デーモンバッファローの体半分が沈むぐらい深い訳だしな。


 当たり前だけど、天井の泥に阻まれて周囲には光が届かない。

 だけど、今の時点でも水属性、地属性、風属性を同時に扱っている状態だ。

 ここに更に光属性まで使ってしまったら泥の制御が確実に甘くなる。

 そうなると、俺はこのまま泥の中に生き埋めになってしまう。

 まあ、周囲を照らした所で泥しか見えないんだけどな。


 さあ、ここからデーモンバッファローに接近しなきゃいけないんだけど……

 その為にはあいつの放っている地属性の魔力を探るのが確実だ。


 俺は泥に意識を集中し、デーモンバッファローの魔力の方向を探る。

 すると、地属性の魔力が波打ちながら向かって来る方角があった。

 俺はそちらに向かって泥をかき分け進んで行く。

 その方向に進むごとに感じる魔力が強くなっていく。


 魔力の発生源に近付くと、周囲の泥が次第に水分を多く含むようになってきた。

 それに合わせて水属性の魔力を多くしていく。


 これは……デーモンバッファローが泥の成分に干渉しているのか。


 成程。底なし沼と言っても、仮に水で泥が薄まればただの泥水となるだろう。

 こいつは周囲の土の割合を少なくすることで、自分の周りを少しずつ泥水に変えているんだ。

 周囲がただの泥水なら問題無く体を動かせる筈だ。

 そうやって少しずつ底なし沼を進み、最終的に脱出を図るつもりなんだろう。

 

 どうやら、俺が泥に沈んだことで今度は脱出手段を実行に移したみたいだな。

 やはり、野生の魔物の生に対する執着には恐れ入る。

 こんな状態でも一切生きることを諦めたりしない。


 俺はついに魔力の発生源の真下までやって来た。

 おそらくこの上にデーモンバッファローの角がある筈だ。


 俺は剣を抜き、刀身に濁流をまとわせる。

 そして、天井の泥に干渉し少しずつ広げていく。

 ある程度広げた所で風魔術を放ち、上に向けて局所的な突風を生み出した。


 突風は押し広げた泥を巻き込み天井に穴をあけていく。


「ウモォォォオオオオオオオオオオッ!?」


 泥を含んだ突風は、泥柱となってデーモンバッファローの顔を襲う!

 いきなり泥が吹き上がったことに驚いたデーモンバッファローが硬直する。

 ここだ!


 俺は跳び上がり、無防備にさらけ出されたデーモンバッファローの角の根元に濁流の剣を振り上げる!


 ヂュィィィィイイイイイイイイイイイイイイインッ!


 デーモンバッファローは何が起こっているのか理解出来ず、対応が遅れてしまう。


 ヂュパァァンッ


 デーモンバッファローの残った角が根元から切断され、俺と共に泥の中に落ちる。

 俺はそれを急いで『亜空間収納』へと仕舞う。


「ンモォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 両角を失ったデーモンバッファローの悲鳴のような雄叫びが沼地に響く。

 それと同時に、角から零れ落ちた地属性の魔力が周囲にまき散らされる。


 再び泥の中に潜った俺は、底なし沼から脱出すべく急いでデーモンバッファローから距離を取った。

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