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153話 隻角の悪魔

 ふぅ、こんなもんか。


 女王蟻の解体を終え、剥ぎ取った素材を『亜空間収納』へと仕舞う。


 ちなみにこの女王蟻は四つ目の蟻の巣の女王蟻だ。

 千年樹の領域から西に進んでいると、木の根元や岩の下なんかの少し分かりづらい場所に自爆蟻の巣を発見した。

 見付けた巣は全部駆除して来たけど、多分他にも巣はあるんじゃないかとは思う。

 そう考えると、この自爆蟻は既に黒獣の森の広い地域に生息域を広げてるんだろうな。


 そうやって森を進んでいると、周囲の地面に段々とぬかるみが多くなってきた。

 歩く度に靴底に泥がこびり付く。


 ここはどうやら湿地帯みたいだな。

 自爆蟻の巣を駆除しながら東に進んでいる間にどうやら森の中層辺りまで来ていたようだ。

 良かった。ちゃんと西に向かって進めてたんだな。


 ただ、ここだと地下空間を造って休むのは難しいかもな。

 これだけ地面がぬかるんでいると、穴を掘ったそばから泥水が流れ込んできそうだ。

 水分を多く含んでいるからガチガチに固めるのにも余計な魔力が必要になるしなあ。


 俺は可能な限り地面のぬかるみを避けながら進む。

 この周辺には底なし沼なんてものもあるそうだ。

 そんな場所に嵌るのは勘弁願いたいな。


 それにしても……本当歩きづらい場所だな。

 パッと見大丈夫そうに見えても、いざ足を踏み入れると泥に沈んだりなんてことが多々ある。

 それに、あ! また靴にへばり付いていた!

 

 俺は靴に貼りついていた軟体生物を風魔術で払いのけ、火魔術で燃やす。

 こいつは湿地帯に到着してから再び俺を悩ませる宿敵の蛭だ。

 どうやら森や山で遭遇するタイプのものとは少し違う種のようだ。

 黒猫に教えてもらった虫除けだけじゃどうにも効果が薄いんだよなあ。


 湿地帯を慎重に歩いていると、急に俺の右腕にピンク色をした触手のようなものが巻きついて来る。

 巻きついて来た触手のようなものは強い力で俺を沼へと引きずり込もうとする。


 これは……舌か!


 舌の出所を探ると、沼から頭を出し長い舌を使って俺を捕食しようとしてくる奴と目が合った。

 黒くて大きな蛙の魔物だ。

 確かブラックフロッグって名前で、この湿地帯ではよく見られる種類だそうだ。


 こうやって沼の中から近くを通った生き物を舌でからめ捕って引きずり込み、そのまま丸呑みにしてしまうんだとか。

 過去に現れた巨大な変異種は水を飲みに来ていたグリムバッファローを丸呑みにしていた、なんて話もあった。


 今沼から顔を覗かせているのは普通サイズのブラックフロッグだろうか。

 それでも、こうやって俺を狙っている通り、頭だけを見ても相当に大きい。


 確か、こいつの舌や皮膚には麻痺性の毒があるんだよな。

 俺は急いで舌が巻き付いた右腕全体に光属性の魔力を纏わせる。

 これでミスリル糸の服が鎧代わりになって奴の舌の毒を通さない。


 あいつはどう見ても変色竜と同じく寒さに弱い筈だから、舌を掴んで凍らせてやるか。


 俺は自由な左手でブラックフロッグの舌を掴む。

 うおっ、少し手がヒリヒリするな。

 これは舌にある毒の影響か。

 急いで左手にも光属性の魔力を纏わせる。

 光属性に魔力を割く影響で少し凍らせるのに時間が掛かるけど、毒を食らうよりはマシだ。


 掴んだ舌を徐々に凍らせていく。

 急に舌が凍り付き始めたブラックフロッグは、急いで舌を俺の右腕から離し戻そうとする。

 だけど、俺が左手で舌を掴んでいるのでそれもままならない。


 ある程度舌が凍った所で、『限界突破(オーバードライブ)』を使ってブラックフロッグを沼から引きずり出す。

 舌に力が入らないブラックフロッグは、ろくな抵抗も出来ずに沼から飛び出し宙を舞った。

 そのままブラックフロッグ地面に叩き付け、仰向けになった所へ氷の剣を突き刺す。

 剣が刺さった個所からブラックフロッグは凍り付いていき、全身が凍り付く頃には既に息絶えていた。


 全く、油断も隙も無い場所だな。

 こんな場所が奥に向かう主流ルートの一つだとか本当なんだろうか?


 さて、この蛙どうしようかな?

 一応肉は食べられるらしいけど……

 毒袋が体内にあるから知識も無く解体すると危ないんだよなあ。

 自爆蟻の解体の時も、女王蟻の前にまずは練習用にと大蟻を解体したら、毒袋を傷付けてしまい周囲に毒がばら撒かれてしまった。

 光魔術で対処出来るとは言え、出来ればそんな毒まみれの肉なんて食べたくない。


 『亜空間収納』の容量は……もう少し余裕はあるか。

 とりあえず、どうするにしてもこんなドベドべの場所じゃ不便だし、一旦仕舞っておいて後で考えるか。


 俺は凍ったままのブラックフロッグを『亜空間収納』へと仕舞う。


 もう少し沼から離れて移動した方がいいか。

 そんなことを考えていると……


 バサバサバサバサバサッ


 少し遠くで一斉に飛び立つ鳥の姿を確認出来た。

 あれは、ブラックホークか?

 結構な数が飛んで行ったけど、もしかしてあの辺りに巣でも、


 ミシミシミシッバキバキバキバキッ


 次の瞬間、ブラックホークが飛び立った辺りの木が大きな音と共になぎ倒される。

 更に、木々がなぎ倒される音は少しずつ俺の方に近付いてくる。


 ははは……こんなことが出来る奴、俺は少なくともあいつしか知らない。

 どうやら、結局俺たちは出遭ってしまう運命だったみたいだ。


 沼の向こう側の木の隙間から、悪魔の角を思わせるような一本のうねった巨大な角が突き出てくる。

 そして、周囲の木をなぎ倒しながらその角の持ち主である魔物が姿を現す。

 小さな家くらいはあろうかと言うその魔物は、憎悪に満ちた目で俺を見てくる。

 どうやら角の片方を奪った俺のことをしっかりと覚えていたようだ。


「ン゛モ゛オオオォォォオオオオオオオオオオオッ!!」


 デーモンバッファローが雄叫びを上げる。

 あまりの音量に周囲の空気が震える。

 その音は衝撃となって俺まで届いてくる。


 だけど、出遭ったのがここだったのはラッキーだったのかもな。

 何と言ってもあの巨体だ。

 こんなぬかるんだ地面にあんな重い奴が踏み込んだらどんどん沈んで……あれ?


 なんと、デーモンバッファローはこんなぬかるんだ地面にも関わらず、俺目がけて突進をしてきた!

 その勢いは以前戦った時と比べてもまるで衰えを感じない。

 ぬかるんだ地面も広がる沼もお構い無しに一直線に俺目がけて突っ込んでくる。


 どうなってるんだ!?

 あんな重量の奴がこんな柔らかい地面の上を……ん? 角が地属性の魔力を帯びている?

 そこからデーモンバッファローの四肢に向かって魔力が流れて……


「うおっ!?」


 デーモンバッファローを観察していた影響で少し回避が遅れてしまった。

 どうにかすんでの所で横っ飛びに躱す。


 ああくそっ! 地面が柔らかいせいで踏ん張りが利かない!

 だけど、あいつの蹴っていた地面はそんな柔らかいようには見えなかったけど……


 デーモンバッファローが走った跡を見てみると、泥に足が埋まっていたような様子は無く、しっかりと地面を蹴った跡が残っていた。


 デーモンバッファローはそのまま転回して再び俺に向かって突進してくる。

 こんなぬかるんだ地面を走っているとは思えない動きだ。

 その間も、角から地属性の魔力が四肢に流れっぱなしだった。

 あの魔力、よく見たら蹄に向かって集まっている。


 今度は早めに突進を躱す。

 デーモンバッファローはそのまま沼に突っ込んで行ったけど、やはり沈むような様子は無い。

 巨体に押し出され沼の水が周囲に溢れ出ると、隠れていたのであろうブラックフロッグが一緒に流れ出て、そのまま必死に遠くへ逃げて行った。

 デーモンバッファローはブラックフロッグなどお構いなしに、鼻息荒く俺を睨んでくる。


 そうか、何となく分かってきたぞ。

 あいつは蹄に地属性の魔力を集めて地面に干渉して、一時的にぬかるんだ地面を硬くしているんだ!

 俺が石壁や地下空間の壁を地魔術で硬くするのと同じ要領だな。


 デーモンバッファローと睨み合いながら、試しに足元に地属性の魔力を集めてみる。

 すると、地属性の魔力に反応してか足元の地面から少しぬかるみが消えて安定感が増した。

 だけど、少し力を入れて踏み込むと足が地面に沈む。

 うーん、これだけじゃ何か違うな。


 そうこうしていると、デーモンバッファローが後ろ足で地面を蹴り始めた。

 沼の中に残っていた水が後ろに勢いよく飛び散る。

 あれは、突進の合図か!


 再びデーモンバッファローがぬかるんだ地面をものともせず走り出す。

 蹄の方に視線を向けると、地面を蹴る時に勢いよく魔力が足元に向かって放たれているのが見えた。


 成程!

 ああやって衝撃を利用して魔力を深く地面に浸透させているんだな!

 やはり、厳しい環境で生きているだけのことはある。

 地属性魔力の扱い方については、あいつから学べることが多い。


 デーモンバッファローの突進を躱す時、奴と同じように地面を蹴る時に地属性の魔力を足元に放ってみる。

 丁度『設置魔術(マイントラッパー)』を足で仕掛ける時と同じようなイメージだな。

 違いと言えば、地面に魔力を固定しないことか。


 すると、ぬかるみが嘘のように地面を蹴ることが出来た!

 そのお陰でデーモンバッファローの突進を余裕をもって躱すことが出来た!


 よし! これならこのぬかるみの中でも、おっと!


 少し気を抜くと、足元の魔力の扱いが疎かになってしまい足が地面に沈んでしまう。

 無意識に扱えるようになる為にはもっと慣れが必要だな。

 だけど、デーモンバッファローはそれを待ってくれる程優しくはない。


「ンモォォオオオオオオオッ!!」


 再び転回し、俺を串刺しにしようと角を向け突進してくる!


 このまま躱してるだけじゃじり貧だ。

 どうにか攻撃を加えて奴を退けないと!


 デーモンバッファローの突進に合わせ、地属性の魔力を放ちつつ地面を蹴る。

 突進を躱し、すれ違いざまに奴の身体に剣を振るう!


 あ、しまった!

 足元ばかりに集中して忘れてた!

 デーモンバッファローの体は地属性魔力の影響で金属みたいに硬くて、普通に斬ったくらいじゃ……


 ザシュッ


「モォォオオオオンッ!!」


 浅く傷を付ける程度ではあったけど、デーモンバッファローを斬ることが出来た。

 以前みたいに金属を斬り付けたような感触は無く、純粋にデーモンバッファロー自身の硬さで剣があまり通らなかった印象だ。


 どう言うことだ?

 前みたいに全身に地属性の魔力が巡っているような感覚が無かった。

 だからかすり傷みたいなものとは言え、奴に剣が通ったんだと思う。


 体を傷付けられたことで、デーモンバッファローはもう一度向かって来るようなことはせず少し俺から距離を取る。

 また地震や石柱で攻撃してくるつもりか!?


 俺はデーモンバッファローの攻撃に備える。

 だけど、予想に反してデーモンバッファローが地魔術で攻撃してくる様子は無い。

 鼻息荒く俺を睨み付けてくるだけだ。


 以前のあいつは体を金属のように硬くしたまま地震や地割れを起こしたり、石柱で俺を狙い撃ちにしてきたりもしていた。

 対して今のあいつは角の魔力をぬかるんだ地面を走る為に使っているけどそれだけだ。

 もしかして、あいつ角を一本失ったことで同時に幾つもの魔力を扱う行動が出来なくなったんじゃ……


 もしそうなら奴を斬ることが出来たことも、今地魔術を使って攻撃してこないことも説明がつく。

 したくても出来ないんだ。


 角一本で出来ることが一つだと仮定する。

 そして、今デーモンバッファローはぬかるんだ地面に対応する為に魔力を使っている。

 仮に体を硬化させたり地魔術での攻撃をしようとすれば……足元の魔力が無くなりあの巨体が泥に沈んでしまうんだろう。

 だから今、奴は移動の為にしか魔力を使えない。


 そこで俺はふと思う。

 もし、もう一本の角も斬り落としたら……

 そうしたら、デーモンバッファローはこの湿地帯のぬかるんだ地面では自重を支えられなくなるんじゃないだろうか。


 確証はない。

 でも、試してみる価値はあると思う。

 現に、角を一本失ったことで奴は弱体化しているんだし。


「ンンモオオォォオオオオオオオオンッ!!」


 痺れを切らしたデーモンバッファローが再び俺に向かって突進してくる。

 この状況で奴に出来ることはあれしかないのだろう。

 だけど、奴の巨体から繰り出される突進はそれだけで十分脅威だ。


 俺は奴の突進を躱し、反撃を……せずに更に湿地帯の奥へと走り出した。

 デーモンバッファローも転回し、俺を追って来る。


 ここで確実にこいつとの決着をつけたい。

 その為には、もっとこいつが抜け出せなくなるような所に誘導しないと……ぅおっと!


 時折デーモンバッファローの突進を躱しつつ、俺は奴と共にどんどん湿地帯の奥へと向かって行くのだった。

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