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152話 黒猫の導き

 ゴロゴロゴロゴロ


 アニマフルーツを食べ尽した黒猫が上機嫌に喉を鳴らす。

 余程気に入ったのか、食べた後も時折残った種を舐めている。


 その様子を見て、ポヨンとルカが何かを我慢するような仕草を見せる。


「猫って果物食べるんだ……」


「普通の猫はあまり積極的に食べたりはしないが……この黒猫は魔物だろうからな」


「ニャァン」


「え、もっと欲しいの? ごめんね。この果物は届けたい人がいるからこれ以上は……」


「……ニャゥ」


 黒猫ががっかりしたような表情を見せる。

 今回ウィタが収穫したアニマフルーツは、あたしが最初食べちゃった分も含めて八つ。

 あたしと黒猫が食べちゃった分を除くと残りは六つ。


 レイチェル姉とアガーテ姉は、おにいを迎えに行った後一緒に食べるそうだ。

 珍しくポヨンとルカも今は食べるのを我慢している。

 それとおにいに届ける分。残り一個は皆と一緒に食べる為のあたしの分。


 場合によってはあたしの分を上げてもいいけど、それはそれでポヨンとルカがへそを曲げそうだし……


「他のもので良ければあげるけど」


「ニャアァ」


 どうやらそれでもいいみたいだ。

 『亜空間収納』からグリムオークの串焼きを探し出し、少し細かく刻んでそれを黒猫に与える。


「よく食べるね。お腹減ってたのかな?」


「猫のような見た目をしているとは言え黒獣の森に棲息する魔物だ。自分で獲物が狩れない程弱いとは思えんが……」


「ちょっとこの子に聞いてみる。ねえ、お腹減ってたの?」


 黒猫は串焼きを食べるのを一時中断して顔を上げる。


「ニャア」


 そう短く鳴いて、再び串焼きを食べ始めた。


「えっと、美味しくなかった、だって」


「キュゥウ」


 その言葉にポヨンとルカが頷く。

 どうやら黒猫の言っていたことが理解出来たみたいだ。


「えっと、つまり、動物とか魔物を狩って食べても美味しくなかったってことなのかな?」


「ポヨンとルカが納得しているようだったし、そう言うことなのだろうが……野生の魔物であるこの黒猫がそんなことを言うなんて」


 そうなんだよね。

 ずっとあたし達と一緒にいるポヨンとルカがそう言うのは分かる。

 でも、この子は今までこの森の中で獲物を狩ってそれを食べて生きてきたんだろうし、今更そんなことを言うのも変な話だ。

 急に味覚が変わったりなんてするのかな? 偶々とても美味しいものを食べちゃってそれが忘れられなかったとかかな?


 串焼きを食べ終えると、黒猫は満足したようにぐーっと体を伸ばす。

 そして、ある一点を見つめ、腰を振り始めた。


「キュ? キュキュキュゥゥウウウ」


 すると、黒猫はおもむろに跳び上がりルカの背後に回る。

 そして、時折上下に動く尾ビレに前足でちょっかいをかけ始めた。

 ルカが水の道を作り泳いで逃げるとそれを追いかける。

 このままでは追い付かれると思ったのか、ルカは急いであたしの懐に飛び込んできた。


「キュゥゥゥ……」


「よしよし。もう、いたずらしちゃ駄目だよ?」


「ニャァゥ」


 黒猫は特に反省したような様子も無く毛づくろいを始めた。

 魔物なんだろうけど、雰囲気は猫そのものだよねこの子。


「リディちゃん、どうするの?」


「え? 何が?」


「その黒猫だ。言葉が理解出来るのだろう?」


 ああ! そう言うことか。

 ただ、言葉が理解出来るとは言っても従魔になった訳ではないみたいなんだよね。

 さっきから『分析(アナライズ)』でこの子を視てみようとしてるけど何も視えないし。


「少しこの子とお話してみていい?」


「元々休憩する予定だったしな。こちらは問題無い」


「それだったらルカちゃんに水遊びさせてあげようか。そっちはわたしが様子を見てるよ」


「うん、分かった。ルカ、レイチェル姉の言うことをちゃんと聞くんだよ?」


「キュッ」


 ルカのことをレイチェル姉に託す。

 レイチェル姉がいれば、何かが来てもすぐ分かるから大丈夫だろう。


「では、私は川で食器を洗ってくる」


「うん、お願い」


 こういう水場だと、水魔術に使う魔力を節約出来てありがたいよね。

 どこで大量に魔力が必要になるか分からないから、節約出来る所では節約しないと。


「ねえ、少しお話してもいいかな?」


「ニャアン」


 どうやらご飯のお礼に付き合ってくれるそうだ。

 あたしとポヨンとキナコは黒猫の前に腰かける。


「えっと、あなたは黒獣の森の魔物で間違いないよね?」


「ゥニャウ」


 知らない。よく分からないけど最初からこの森にいた。だそうだ。

 確か、ダンジョンで発生している瘴気から魔物は生まれるって話だったし、この森で生まれた魔物で間違いないんじゃないかな。


「さっき美味しくなかったって言ってたけど、それってどうして? 普段は獲物を狩って食べてるんでしょ?」


「ニャァウ、ニャァァアアン」


 ふんふん。

 少し前に美味しい食べ物を貰って、それ以来普段食べていたものが味気無くて美味しくなくなった、と。

 貰ったってことは、黒獣の森に来ていた冒険者から貰ったのかな?


 だけど、基本的に冒険者は味気無い保存食を持ち込む筈だから、そこまで美味しいものでもないと思うんだけど……

 それに、黒獣の森じゃ仮に獲物を狩れたとしてもとても料理なんて出来ないし。

 元々二人で来る予定だったレイチェル姉とアガーテ姉も保存食を買い込んでいたしね。

 何より、普通の冒険者がダンジョン内でわざわざこの子に自分の食料を与えるとは思えない。


「それって……誰に貰ったの?」


 心臓が少し早鐘を打ち始めた。

 落ち着けあたし。まだそうと決まったわけじゃない。

 だけど、こんなダンジョン内でそんな普通の人がしないようなことをする人なんて、あたしには心当たりが一人しかいない。


 黒猫があたしの頭に視線を向ける。


「ニャァアン」


 黒猫の言葉を聞いて、口から心臓が飛び出そうな錯覚を覚える。

 今、確かにこの子はあたしの頭を見てはっきりとこう言った。

 『あんたに似た奴に貰った』と。


 あたしに似ていて、黒獣の森にいるであろう人間なんてたった一人しか思い浮かばない


 おにいだ! この子はおにいから何か美味しいものを貰ったんだ!

 やっぱり……この森のどこかにおにいはいるんだ!


 おにいが生きてる……嬉しくて涙がこぼれそうになる。

 勿論、おにいの生存をずっと信じていた。

 だけど、心の片隅でもしかしたら……って思いも無かった訳じゃない。


 ポヨンとキナコがあたしの背中を優しく叩く。

 うん、そうだね。今は泣いている時じゃない。

 この子からもっと詳しい話を聞かなくちゃ!


 あたしはこぼれそうになっていた涙を袖で拭い、再び黒猫に向き合った。


「えへへ、急にごめんね。それで、その食べ物をくれた人ってどこにいたの?」


「ウゥゥニャゥン、ニャァアウ」


 ふんふん。

 ここよりもっと森の奥にある、おっきな木がいっぱい生えた所で別れた、かぁ。


「レイチェル姉ーー!! アガーテ姉ーー!!」


 暫くすると、二人とルカがこちらにやって来た。

 ルカはさっきのことがあったからか、黒猫とは少し距離を取っている。


「どうしたのリディちゃん?」


「何か分かったのか?」


「うん! えっとね、この子、少し前に森の奥でおにいに食べ物を貰ったみたい。おっきな木がいっぱい生えた所で別れたらしいんだけど……レイチェル姉?」


 あたしの言葉を聞いてレイチェル姉が体を震えさせ始めた。

 そして、レイチェル姉の足元に水滴が落ちる。


「うぅぅぅうう……良がっだ! じじょうがいぎでだよぉぉおおおおおおおおおおお」


 うぅ、折角我慢してたのにそんな目の前で大泣きされたら……


「全く……いつまで経っても帰って来ず、森の奥で猫に餌付けしていたとは……困ったリーダーだ」


 口ではそう言いつつも、アガーテ姉も目元を拭っている。


 うぅぅぅ、我慢しなきゃ、我慢……


「うん、おにいが生きて……いぎで……ぐすっ、ぅぅうう、うあああああああああああああああああ」


 泣き出してしまったあたしを、レイチェル姉とアガーテ姉がそっと抱き締めてくれる。

 ポヨンとキナコとルカも寄り添ってきた。

 黒猫は不思議そうにこっちを見ている。


 その後、あたしたち三人の涙が止まるまで暫く時間が必要になった。



 ◇◇◇



「ニャウン」


「うん、もう大丈夫。急に泣き出しちゃってごめんね」


 あたしたちは落ち着いた後、ギルドで買った資料とのにらめっこを開始した。

 さっきこの子が言っていた『おっきな木がいっぱい生えた所』を特定する為だ。


「森の奥って話だったし、やっぱりこの『千年樹の領域』なんじゃないかな?」


「樹齢千年以上の大木が数多く生えている領域か。だが、黒猫がジェットから食べ物を貰ったのは少し前だという話だ。もしかしたら既に移動しているのではないか?」


「うーん、それは……」


 もう少しこの子に話を聞いてみようかな?

 もしかしたら、少しぐらいならおにいの足取りが掴めるかもしれないし。

 多分だけどこの子、あたし以外の人間の言葉も何となく理解してるみたいなんだよね。


「ねえ、その食べ物をくれた人、何か言ってなかった?」


「……ニャァアアン」


 黒猫は少し考えるそぶりを見せた後、あたしの質問に答えてくれた。


「ふんふん。光る花を見て帰るとか何とか言ってた、だって」


「光る花……灯籠花か! あの花は南を向く性質があるから」


「帰るって言ってたみたいだし、師匠はこの『千年樹の領域』から西に向かって森の入り口を目指しているのかも!」


「そうなると、通るとしたら湿地帯ルートか。一度戻ってそちら側に進むべきか」


「ニャァアン」


 その時、黒猫が話に割り込んで来た。


「リディちゃん、この子なんて言ってるの?」


「えっと、美味しいものくれるなら森を案内してあげてもいい、だって!」


「ふむ、この森を棲み処にしている魔物の案内があれば確かに心強い」


「あはは、師匠はこの子に何を食べさせちゃったんだろう」


 そう考えると、おにいは野良猫に餌付けしちゃったみたいなものだよね。


 あたしは『亜空間収納』からアニマフルーツを一つ取り出す。

 黒猫とポヨンとルカの視線がアニマフルーツに釘付けになる。


「案内してくれたらこれをあげる。勿論、道中も美味しいものを食べさせてあげるよ」


「リディちゃん、いいの?」


「うん。あたしは最初に一個食べてるし、それにまたウィタが育ててくれるだろうから」


「ニャアン」


 黒猫からやる気が伝わってくる。

 どうやらお気に召したみたいだ。


 あたしは改めて『分析(アナライズ)』で黒猫を見てみる。


――――――――――――

 (シャドウサーバル)


状態:従魔(仮)

体調:満腹

関係:興味


影遊び

――――――――――――


「あ、この子仮の従魔になってる! シャドウサーバルって魔物なんだね」


「やったねリディちゃん!」


 レイチェル姉と手を合わせ一緒に喜ぶ。


「シャドウサーバルか……やはり、聞いたこともない種だ。目撃例もここ一年以内のものばかりだし、もしかしたら新種の魔物なのかもしれないな」


 ちょっと気になる能力もあるけど、それよりも……


「ねえ、このままじゃ不便だし、名前付けてもいい?」


「ニャン」


 好きに呼んでいい、か。


 えーとこの子は……男の子か。

 うーん、だからと言って厳つい名前は嫌だしなあ。

 この子、見た目も鳴き声もとっても可愛らしいし。


「うん、決めた。あなたの名前はサシャ!」


「ニャァン」


 まあいいんじゃない? とそっけない態度だ。

 だけど、嫌がっている風ではない。


 こうしてサシャを仮の従魔として迎え、あたしたちは湿地帯ルートに進むべく一度渓谷を引き返すのだった。

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