150話 仲間たちの決意
「いえ、ジェットらしき人物を見たって冒険者はいませんね」
「そうか……」
ジェットがデーモンバッファローの引き起こした崩落に巻き込まれ、行方不明になってから二週間以上が経過した。
私たちはジェットの決死の行動もあって、どうにか無事ライナスまで逃げ延びることが出来ていた。
デーモンバッファローが比較的森の浅層に出没したと言う話は冒険者たちの間で瞬く間に広がり、暫く黒獣の森入場を控える流れが出来ていた。
だが、最近はそれも徐々に解消されてきたようで、再び黒獣の森に入場する冒険者たちが増えているそうだ。
そのこともあり、私とレイチェルは一縷の望みをかけて、サリヴァンにジェットらしき人物を見掛けた冒険者がいないか確認しに来たのだが……どうやら徒労に終わったようだ。
「そもそも、ジェットが他の冒険者に目撃されるような場所にいるなら、報告が上がる前に自力で帰って来てると思いますけどね……」
「それは……」
サリヴァンの正論に私は押し黙ってしまう。
「それでも……それでも! もしかしたらって! 師匠がどこかに無事でいてくれるんじゃないかって!」
珍しくレイチェルが声を張り上げる。
その表情は今にも泣きだしてしまいそうだ。
「あー、すまん。ちょっと配慮が足りない発言だった」
「い、いえ……わたしこそ急に大声出しちゃって……」
部長室に重苦しい沈黙が流れる。
その沈黙に耐えかねたのか、サリヴァンが頭を掻いて口を開く。
「あー、リディの嬢ちゃんの様子はどうですか? あれから全く姿を見てないもんだから……」
「ああ。表面上は普段通りを取り繕ってはいるみたいだが……」
「でも、時々なんだか上の空になってて……何をやっていても心ここに有らずな状態で。リディちゃんにとって、師匠は代わりのきかない存在ですから……」
「そうか。まあ、それも無理もない話か」
そう言った事情もあり、現在私たちは冒険者活動を休止している。
ジェットと言う屋台骨を失い、その上リディまでそんな状態とあってはまともな活動など出来はしない。
だが、それもサリヴァンの言う通り無理もない話だ。
時折忘れそうになるが、リディはまだ十歳の子供だ。
故郷から兄妹二人きりで迷子になり、今までずっとそばにいた兄と言う存在までいなくなってしまったのだ。
数々の魔術を操り、珍しくて強力な従魔を引き連れ大人顔負けの功績を上げてはいるが、それもジェットと言う心の支えがいてこその話だ。
無論、私やレイチェルも平然としているのかと聞かれればそんな訳は無いのだが……
あの時のことは今でも夢に見る。
私さえ助けなければ、ジェットならあの崩落から逃れることは簡単だっただろう。
地面の崩落に呑み込まれ、『俺は絶対戻るから』と笑っていたジェットの姿を今でも鮮明に覚えている。
私が犠牲になっていれば……最初こそ私はそんな考えに囚われていたが、それをリディとレイチェルに話すと本気で怒られてしまった。
「お嬢とレイチェルの嬢ちゃんがライナスに出て来たってことは、やはりジェットを捜しに行く為の準備に?」
「はい。きっと師匠は森のどこかに無事でいると思うんです。それに……もう何も出来ずに待ってるだけなんて嫌ですから」
リディとレイチェルも私同様、あの時のことをひどく後悔している。
二人は逃がされるだけで何も出来なかったのだからな。その分、私より後悔の念に苛まれているのかもしれない。
「その間リディは母上に預けていこうと思っている。とてもじゃないが、あの状態で一人置いておく訳にはいかん」
「そうか……」
「私たちを止めようとしても無駄だぞサリヴァン?」
「はい。今度は私たちが師匠を助ける番です!」
「いんや、止める気は無いよ。俺もな、ジェットが崩落に巻き込まれた程度でくたばるとは思っちゃいない。ある意味あいつの非常識のファンみたいなもんだからな」
そう言いながらサリヴァンはクツクツと笑う。
「ああ、そうそう。鍛冶師からの伝言をギルドで預かってますよ。頼まれていたものが出来たって」
「そうか、分かった。この後向かってみる」
「俺も一緒に行きたいが……こういう時部長って立場が邪魔だな」
「いえ、その気持ちだけでも」
「まあ、何にしても無理はするな。もしジェットがふらっと帰って来ても、今度は二人が行方不明なんてことになったら笑えないからな」
「勿論だ。もし私たちが出ている間にジェットが帰って来たらよろしく頼む」
「あいよ」
サリヴァンと別れ、ギルドを後にした私たちは町で物資の補充をしながら鍛冶師の元へ向かうことにした。
今回は私とレイチェルだけで向かうことになるのだ。
ジェットやリディの非常識に頼れない以上、食料や道具も考えて用意しなければならない。
待っていろよジェット。
必ず私たちがお前を迎えに行く。
だから……だから生きていろ!
◇◇◇
「キュキュゥウ……」
ルカがあたしに優しく頭を擦り付けてくる。
あたしはその頭を撫でてやる。
ポヨンはあたしの頭の上にずっといてくれるし、キナコはあたしに寄り添ってくれたままだ。
「ありがとう、皆」
おにいが行方不明になっちゃってから毎日こんな感じだ。何をするにも気力が湧かない。
レイチェル姉もアガーテ姉も、あたしにずっと気を使ってくれているのが分かる。
本当は今すぐにでもおにいを捜しに行きたいんだけど……怖いんだ。
もし、どこを捜してもおにいが見付からなかったら……あたしを残して死んじゃってたらって。
そう思うと、足がすくんで動けなくなる。
レイチェル姉とアガーテ姉は二人でおにいを捜しに行くそうだ。
その間、あたしはフローラさんに預けていくって。
本当は、真っ先にあたしが向かわないといけないのに……
あたしは所詮、おにいがいなければ何も出来ないただの子供だってことを思い知らされて嫌になる。
その時、頭の上のポヨンが何かを訴えてくる。
「え、ウィタが呼んでる? あ、本当だ」
どうやら庭にいるウィタがあたしのことを呼んでいたようだ。
そのことにも気付かないくらい、負の感情に押し潰されていたみたいだ。
こんな気持ちのままじゃ駄目だ。
気分転換も兼ねて、あたしはウィタが待つ庭へと行ってみることにした。
庭に出てみると、ウィタが野菜や花の世話をしている所だった。
ウィタはこうやって植物の世話をするのが楽しいみたいで、今も上機嫌な気持ちが伝わってくる。
「どうしたの、ウィタ?」
あたしが家から出て来たことに気付いたウィタが、葉を揺らしながら寄って来る。
あたしの隣までやって来ると、短い枝を器用に動かしあたしの服の裾を引っ張った。
「え? 見せたいものがある?」
ウィタが体を揺らして頷く。
なんだろう?
この前植えた野菜は既に収穫出来そうな分は収穫したし……
ここの庭に植えた植物は、魔力の栄養とウィタの世話のお陰でとてもよく育つ。
もしかしたら、何か新しいお花でも咲いたのかもしれない。
ウィタに裾を引っ張られるまま歩き、あたしはアニマフルーツの木の前までやって来た。
「あっ! 実が真っ赤になってる!」
最近少しずつ実が赤くなっていたけど、何日か見ないうちにもうこんなに熟してたんだ。
ウィタが嬉しそうに葉を揺らす。
これをあたしに見せたかったみたいだ。
「えへへ、頑張ったねウィタ」
ウィタの幹を優しく撫でる。
ポヨンとキナコとルカもあたしと同じようにウィタを撫でる。
ウィタは少しくすぐったそうだ。
あたしたちが撫で終えると、ウィタは熟した実の中でも一番つやのある瑞々しいものをもぎ取る。
そして、それをあたしに差し出してきた。
「え? これを食べて元気出せ?」
ウィタが頷く。
どうやら、あたしに元気が無いことはウィタにも見抜かれていたみたいだ。
ウィタから赤く熟れたアニマフルーツを受け取る。
初めて食べた時のものと違ってあたしの手に収まるくらいの大きさだけど、あの時食べたものと同じかそれ以上の甘い香りが漂ってくる。
「キュゥゥウウ」
ポヨンとキナコとルカからも、『それを食べて元気を出して』と言う感情が伝わってくる。
あたしは水魔術でアニマフルーツを軽く洗ってから皆に頷く。
「それじゃもらうね。いただきます」
あたしは持っていたアニマフルーツに齧り付く。
すると、齧った部分から飲み物のように果汁が溢れ出る。
あまりの量に持っていた手がベトベトになってしまった程だ。
「……美味しい」
あたしは夢中になってアニマフルーツを食べる。
手も口の周りも果汁でベトベトになっているけど、そんなこと些細な問題だ。
前に食べたアニマフルーツも、果肉の濃厚な甘さと皮の程よい酸味が合わさりとても美味しかった。
だけど、この小さなアニマフルーツはもしかしたらあの時以上に美味しいかもしれない。
これもウィタが世話したからなのかな?
それに、アニマフルーツは生命力がそのまま実になったような果物だ。
果肉を噛み、果汁ごと飲み込む度に体の底から力が溢れてくるような感覚がある。
手に持っていたアニマフルーツを全て食べ終わる頃には、あたしは一人ウジウジ悩んでいるのが馬鹿らしくなっていた。
ウィタが他のアニマフルーツも収穫し、それをあたしに渡してくる。
「これをおにいにも届けてほしいの?」
ウィタが葉を揺らし頷く。
あたしはウィタからアニマフルーツを受け取り、『亜空間収納』へとそっと仕舞う。
そうだね。
美味しいものは皆で一緒に食べなきゃ!
その方がきっと何倍も美味しい筈。今までもずっとそうだった!
「分かったよ、ウィタ。絶対におにいに届ける! それで、おにいもここに帰って来たらまた皆で一緒に食べよう!」
ウィタが葉をざわめかせ、あたしにすり寄って来る。
それに触発されたのか、ポヨンとキナコとルカも同じようにあたしにすり寄って来た。
「あははは、くすぐったいよ~」
その時、拠点の門が開いた。
どうやらレイチェル姉とアガーテ姉が帰って来たみたいだ。
「おかえり、レイチェル姉、アガーテ姉」
「リディちゃん! なんだか楽しそうだね」
「ただいま、リディ。ふむ、何やら顔色が良くなったように見えるな」
「うん! ほら、これ!」
二人にも赤く熟れたアニマフルーツを見せる。
「うわぁ、すっごく甘い香りがする!」
「そろそろ熟す頃かとは思っていたが、ここまで一気に赤くなるとは……」
「えっとね、ウィタがこれ食べて早く元気出せ! って。それと、おにいにも届けてほしいって」
あたしは一度姿勢を正し、レイチェル姉とアガーテ姉の目を見る。
「それでね、あたしこれをおにいにも食べさせてあげたい。皆で一緒に食べた方がもっと美味しいだろうから」
レイチェル姉とアガーテ姉は黙ってあたしの話に耳を傾けてくれている。
二人とも、とても優しい目をしていた。
「レイチェル姉、アガーテ姉、あたし、おにいを迎えに行きたい! だから……だから、あたしに力を貸して下さい!」
そう言ってあたしは勢いよく頭を下げる。
あたしに習ってか、ポヨン、キナコ、ルカ、ウィタも同じように二人に頭を下げていた。
ふいに、あたしの顔が柔らかいものに包まれる。
むぐっ!? い、息が……
「もう、水臭いこと言わないのリディちゃん。師匠を迎えに行きたい気持ちはわたしたちも同じなんだから」
更にレイチェル姉の抱き締める手に力が入る。
おにい、この胸は凶器だよ……
「あー、レイチェル。リディが息出来てないようだぞ?」
「えっ? ああ! ごめんリディちゃん」
アガーテ姉の言葉で、レイチェル姉の柔らかい凶器からどうにか解放される。
ふぅ、おにいを迎えに行く前に力尽きる所だった。
「リディ、こちらからも頼む。ジェットを迎えに行くのに力を貸してくれ」
「……うん!」
こうして、あたしたちはどこかで生きている筈のお兄を迎えに行く為に、再び黒獣の森へと足を踏み入れる決意を固めた。
待っててね、おにい。
あたしたちが絶対に迎えに行くから!




