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147話 千年樹の領域

 おっと、また雨か。


 急に激しい雨が降り出す。

 俺は急いで近くの巨大な葉っぱの下に避難する。

 黒猫も別の葉っぱの下に避難したようだ。


 俺は黒猫の案内に従って森の中を進んでいる。

 暫く黒猫について行っていると、段々と明るかった辺りの景色が薄暗い鬱蒼とした森へと変化してきた。

 それに伴い、時折こうやって急に激しい雨が降る。

 雨が多いせいか、物凄くジメジメとして嫌な空気だ。


 途中昼休憩を挟みながらこの鬱蒼とした森を進んでいると、辺りに生えている草木の中に妙に大きいものが目立つようになってきた。

 今俺たちが避難している葉っぱなんかもそうだな。

 そう言えば、ギルドで買った資料の中にもそんな場所の記述があったと思うけど……どの辺りのことだったかなあ。


 ちらっと黒猫の方を見てみると、何やら俺の後ろの方をじーっと見つめているようだ。

 あいつがああやってどこかを見つめるのは……!


 俺は剣を抜き振り向きざまに一振りする。

 すると、何かを斬った手応えがあった。


 ボトッボト


 これは……植物の蔓か!

 と言うことはトレントか!?


 周囲を見回してみるも、トレントらしき黒い木は見当たらない。

 あったのはなんだか細長い壺みたいな形の葉っぱだか実だかよく分からない大きな植物だけだ。

 別の色に変化して木に擬態しているのか?


 そうやって周囲を警戒していると、再び蔓が俺に向かって伸びてくる。

 蔓の対処をしながら蔓の根元を探る。


 すると、蔓の出所はさっき見掛けた壺のような形の妙な植物だった!

 なんだこいつ、もしかして植物型の魔物だったのか!?


 迫り来る蔓を剣で斬り落としていると、壺植物は壺の口の部分を俺に向ける。

 その内部は真っ黒で、そこから勢いよく黒い何かを吐き出してきた。

 あんなものは食らいたくないので、俺は『潜水魔術(アクアウォーカー)』を発動し急いで葉っぱの下から飛び出す。

 壺植物が吐き出した黒い何かが地面にかかると、地面からシュウシュウと言う音と共に煙が立ち上る。

 よく見ると、吐き出したものの中には動物だか魔物だかの骨も混じっていた。


 あれは消化液か何かか! こうやって雨宿りに来た生き物を蔓で捕らえて、あの壺みたいな体の内部で溶かしてるって訳か。

 その為にあんな雨宿りに適した葉っぱを持ってるんだな。

 『潜水魔術(アクアウォーカー)』があれば雨に濡れる心配は無いんだけど、他の魔術の出力が下がるから出来れば雨が降った時は休みたいのに……


 このまま雨の中にいたら不利なので、俺は別の葉っぱの下に避難し『潜水魔術(アクアウォーカー)』を解除する。

 その間も壺植物の蔓は執拗に俺を追いかけてくる。


 くそっ、ちょっと距離が離れちゃったな。

 この距離からあいつに攻撃するとなると……まずはあの蔓をどうにかするか。


 俺は迫って来る蔓を斬り落とさずに、幾つか掴み取る。

 蔓が俺の腕に巻き付き俺を引っ張ろうとする。


 結構力が強いな。

 なら、まずは弱らせる!

 あまりイメージが良くないから出来れば使いたくないけど……そんなことも言ってられないしな。


 俺は絡みついた蔓に命魔術を発動する。

 命属性の魔力をつかって壺植物の生命力を蔓の部分から順番に吸い取っていく。

 生命力を吸い取っていく度に、蔓の力がどんどん弱っていく。


 ある程度弱った所で、今度は闇魔術を発動する。

 すると、俺に巻き付いていた蔓がだんだん黒く染まっていく。

 そして、黒ずみは蔓全体に及び、壺植物の操っていた蔓が腐り落ちた。


 あー、本体までは届かなかったか。

 トレントの時は、あいつらの命属性での吸収力を逆利用してたからなあ。


 その時、激しく降っていた雨がぴたりと止んだ。

 この辺り、こんな感じで天候の移り変わりが激しいんだよな。

 だけど、何にしてもチャンスだ!


 剣に火属性『エンチャント』を発動し、一気に壺植物まで迫る。

 壺植物は命魔術によって弱っていて反応が鈍い。

 その隙に壺植物を真一文字に斬り付ける!

 切り口から引火し、壺植物が炎に包まれる。

 炎の中で暫くもがいた後、焼け焦げた壺植物は力尽きるのだった。


 ふう、雨が降った直後だから大丈夫だとは思うけど、一応水は掛けておこうか。


 周囲に水を撒いた後、壺植物の真っ黒い内部を確認する。

 魔石は……あったあった。割れてなくて良かった。

 それに、他にも消化中の骨が結構残ってるな。

 まさかこんな植物型の魔物がいるなんてなあ。


「おい、知ってたんなら教えてくれても良かっただろ?」


 俺は黒猫に視線を向ける。

 あいつ、確実にこの壺植物のこと知ってたよな。

 よく見たら、あいつは壺植物のいない所にちゃんと逃げ込んでるし。

 この壺植物の葉っぱ、周囲の他の葉っぱと同じ形で紛らわしいんだよな。

 それも壺植物の捕食の為の性質なんだろうけど。


 黒猫は俺の視線を無視し、後ろ足で首の辺りを掻いている。

 まるで、『そこまで面倒見る気はない』とでも言いたげだ。

 まあ、こうやって俺を案内してくれてるのも単なる気まぐれだろうしな。

 そこまであいつに期待するのは駄目か。


 気を取り直して黒猫の案内で更に森を進む。

 途中雨宿りする時に他にも壺植物を見掛けたけど、こう言った魔物がいることが分かっていればどうとでもなる。

 黒猫と同じように遠くに避けてもいいし、先制攻撃で討伐してもいい。


 むしろ、この壺植物より厄介な相手がいて……

 あっ! またいつの間にか手に吸い付いてるな!


 俺は手に張り付いた蛭を火魔術で焼き殺す。

 傷口を光魔術で浄化し、その後治療していく。

 こいつに噛まれると血が止まらなくなるんだよな。

 それに、噛まれたことにもなかなか気付けないくらい痛みも無い。


 そう言えば、こうやって血が止まらなくなる症状で死ぬ冒険者が増えてるって話だったけど……

 でも、傷口の特徴が違うか。

 確か、何かが弾けたような痕になってるって話だったし。

 こいつの噛み痕は少なくともそんな痕ではない。


 プゥゥ~~ン


 ああくそっ! また寄って来た!


 俺は風魔術で周囲に突風を発生させ、飛んで来た蚊を追い払う。

 ライナスで用意しておいた虫除け薬が底を突いて、こう言った吸血生物の被害が増えてきた。

 正直、魔術で対処可能とは言え魔物より鬱陶しいかもしれない。


 少し不思議なのは、黒猫は蛭や蚊の被害を受けている様子が無いことなんだよなあ。

 あいつが魔物だからなのか、それとも他に何か理由があるのか。


 忌々しい吸血生物に対処しながら少し黒猫の様子を観察してみる。

 すると、黒猫が近くにある葉っぱに体を擦り付け始めた。


 今にして思えば、時々ああやってそこら辺の葉っぱに体を擦り付けていたなあいつ。

 単純にあいつの習性かと思っていたけど……


 黒猫が体を擦り付けていた葉っぱに近付く。

 すると、何やら鼻を抜けるようなスッとした香りがする。

 俺は葉っぱを一枚採って匂いを嗅いでみる。


 うおっ!? あの鼻を抜ける香りはこの葉っぱのものか。

 何でわざわざこんな香りのする葉っぱに体を……

 そう言えば、ライナスで用意した虫除け薬もこれとは違うけど、何とも言えない独特な香りを放っていたな。

 あの香りを嫌って虫が寄って来ないって話だったけど……

 もしかしてこの香りにも同じような効果が?


 うーん、考えたって分からないな。

 試しに俺もこの葉っぱを使ってみようか。


 葉っぱを数枚採取し、荒く揉んでみる。

 すると、さっきの鼻を抜ける香りが強くなった。

 俺はそれを手や顔の剥き出しになっている肌に塗ってみる。

 ちょっと鼻につくけどそのうち慣れるだろう。

 黒猫の方に視線を向けると、どうやら俺を待っていてくれたようだ。


「悪い、待たせたな」


 そう声を掛けると黒猫はまた歩き出す。

 念の為葉っぱを幾つか採取して、俺は黒猫の後を追った。



 ◇◇◇



「ニャゥン」


「ここは……」


 俺は目の前に生えている何本もの巨木を眺める。

 どうやら黒猫は俺をここに案内したかったようだ。


 俺は自分の記憶を必死に辿る。

 確か、ギルドで買った資料にこんな場所の記述が……

 そうだ! 確か推定樹齢千年以上の大木がまとまって生えている『千年樹の領域』って呼ばれてた場所だ!

 俺たちが最初に進もうとしていた中央ルートから向かった森の奥地、その少し南に離れた場所にあった筈だ!


 更に、どうやらこの辺りは灯籠花の生育地でもあるようで、巨木の根元に淡く光る花が幾つも咲き誇っている。

 確か、灯籠花は南向きに花を咲かせる性質があったな。

 ここに咲いている花も、見事に全てが同じ方向を向いている。

 と言うことは、この花に対して左に向かえば黒獣の森の入り口がある西に向かえる筈だ。


 俺は巨木のそばに移動してみる。

 うーん、デカいな。

 ライナスに迫って来た巨大トレントと同じかそれ以上の大きさなんじゃないだろうか。

 しかも、そんな大きさの木がこの辺りだけでも十本くらいはある。

 

 それと、巨木の根元にあるうろの手前に焚火をしたような跡を見付けた。

 どうやらここまで来た冒険者が休憩に使ったようだ。

 もしかしたら、黒猫は人間が偶にここにやって来ることを知っていたのかもな。


「ありがとな。ここまでで大丈夫だ。お前のお陰でどうにか外に帰れそうだよ」


 俺に言葉に黒猫が目を細める。

 そうだな。最後にもう一度こいつと一緒に飯を食うか。


「なあ、折角だし飯でも食っていかないか?」


「ニャウ」


 飯と言う言葉に反応し、黒猫が長い尻尾をピンと立てる。

 どうやら喜んでくれているみたいだな。


 何だかんだ言って、こいつがいなければ俺はまだまだ森の中を彷徨っていたことだろう。

 それに、こいつのお陰で虫除けになる葉っぱのことも知れた。

 あの葉っぱの汁を肌に塗ってから、蛭や蚊に狙われる回数が劇的に減った。

 今では、葉っぱからの搾り汁を虫除け薬代わりに『亜空間収納』に仕舞っているくらいだ。


 『亜空間収納』から石の塊と冷凍処理している肉、採取しておいたハーブや山椒を取り出す。

 最後だし、ケチケチせずこいつには腹いっぱい食ってもらおうか。


 石の塊を火魔術で炙り、石の熱で中の肉に火を通している間に冷凍していた肉の処理を進める。

 最初は火魔術を見て毛を逆立てていた黒猫も、今ではすっかり慣れたものだ。


 最初の石の塊を割り、中の肉を切り分け黒猫に差し出す。

 黒猫は待ち切れなかったようで、俺が肉を差し出したそばから肉に齧り付いていた。

 その後も下処理した肉を地魔術で石包みにし、火魔術で焼いて黒猫と一緒に食べる。


 用意していた肉が無くなった後は、採取しておいた星型の果実を切り分ける。

 そうやって食事を進めていると、いつの間にか用意していた肉と果実が全て無くなっていた。

 はは、また明日から食べるものを探さなきゃな。


 黒猫の方を見ると、満足したような様子で顔を洗っているところだった。

 黒猫の頭を撫でようと手を伸ばすと、見事に躱されてしまった。


「最後までつれない奴だなぁ、お前は。でも、ありがとな。他の魔物とか人間に捕まるんじゃないぞ」


「ニャァァアン」


 最後に俺を見て目を細めた黒猫は、木の陰に移動しそのまま影に溶け込むように姿を消した。

 さて、暗くなってきたし俺も一旦ここで休むか。


 巨木から少し離れた場所に地魔術で地下空間を造り、軽く風呂に入った後俺は眠りに就くのだった。

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