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146話 黒猫のいざない

「それでさぁ、俺一人で流されてここまで来ちゃってさ」


 俺は木陰で丸まっている黒猫に対して今までの経緯を話す。

 別に黒猫が話し相手になってくれていると言う訳ではない。俺がただ一方的に喋っているだけだ。

 どうも、俺は会話と言うものに心底飢えていたようで、一度話し出すとなかなか言葉が止まらなかった。


 黒猫は腹がいっぱいになって眠くなったのだろう。

 木陰に丸まり特に逃げる様子も無かったので、こうやって聞き役になってもらっているのだ。

 黒猫は時折面倒くさそうに「ニャァ」と鳴いたり、尻尾を振ったり片目だけを開けて金色の瞳で俺を見てくる。


「帰り道も分からなくてさ。それで気になる場所があったから調べてたんだけど、そっちもさっぱり分からなくて」


 それにしても、こいつは一体どんな種類の魔物なんだろう?

 こんな森の奥地で遭遇するような魔物だ。

 見た目こそ大きな黒猫だけど、おそらくかなり戦闘能力の高い魔物なんじゃないかと思う。

 そう考えると、食事中にいきなり襲われなかったのはラッキーだったな。


「なあ、お前もあの黒いもやの中を通れたりするのか?」


 そう黒猫に問いかけてみたものの、やはり黒猫が何かを答えることはない。

 興味無いと言わんばかりに欠伸をしている始末だ。


「はは、お前に聞いても仕方なかったな」


 そう言って俺は立ち上がる。

 休憩も出来たし、そろそろ探索を再開しようか。


「それじゃ俺は行くよ。お前も他の魔物には気を付けるんだぞ」


 まあ、余計な心配かもしれないけどな。

 黒猫は返事代わりと言わんばかりに尻尾を振る。


 黒猫に別れを告げた後、俺は黒いもやの場所まで戻ることにした。

 途中で黄イチゴを見付けたので採取し口に放り込む。

 うん、美味い。だけど、やはり生命力を多く含んだものには敵わないな。

 そう考えると、生命力の栄養を与えている拠点の野菜の味はかなり期待出来るんじゃないかな?


 うーむ、黒いもやの奥の調査は一旦切り上げて、ライナスに帰ることに集中した方がいいんだろうか。

 リディたちも心配してるだろうしなあ。

 それに、さっき黒猫に一方的に話し掛けていて思ったんだけど、やはりずっと一人で行動するのは寂しいものがある。


 そうこう考えているうちに黒いもやの前まで戻ってきた。

 そう言えば、中のことばかり気にしてたけど、この領域ってどこまで広がっているんだろう?

 少し調べてみようか。


 瘴気と魔力が入り混じった空間に入らないように、俺はその外側を辿っていく。

 そのまま暫く進んでみるも、黒いもやと謎の魔力が途切れるような様子は無い。

 途中薄くなった様子も無かったし、このままずっと続いている可能性が高いな。

 念の為逆方向にも辿ってみたけど、そちらも同じ結果に終わった。


 やはり、向こう側を目指すにはこの中を抜けるしか……ん?

 黒いもやの奥から何かの足音が聞こえる。

 また黒ゴブリンか?

 俺は剣を構えてその足音の主を待ち受ける。


「ヴィッ……ヴィィィィィイイイイイイイッ!」


 すると、そこに現れたのは黒イノシシだった。

 エルデリアで遭遇したヌシとは違いサイズは普通のようだけど、それでも岩が動いているかのように錯覚してしまう程の大きさだ。

 黒イノシシは俺を見て威嚇音を発し、そのまま巨体ごと突進してくる。


 はは、黒ゴブリンと言い黒イノシシと言い、何ともエルデリアを思い出させる相手だ。

 よし、決めた。今日の夕食は黒イノシシの肉だ! ブラッククローの肉も食べ終えた所だったし丁度いい。


 俺は黒イノシシの突進を避けながら、そんなことを一人考えていた。



 ◇◇◇



 ん……ふぁぁあ。

 そろそろ起きるか。


 朝の諸々の準備を終え地下空間を出る。

 今日は出口に魔物が待ち伏せていることは無かった。


 地下空間への入り口を閉じ周囲の安全を確認して、『亜空間収納』から石の塊を取り出す。

 これは昨日仕留めた黒イノシシの肉をいつでも焼いて食べられるよう準備しておいたものだ。

 昨日は久々の黒イノシシが美味すぎてついつい食べすぎちゃったんだよなあ。

 まだ冷凍処理した肉が数日分は残ってるけど、後のことも考えながら食べていかなきゃな。


 早速火魔術で石の塊を熱していく。

 この焼き方にも慣れたもんだな。


 そして色々と考えた結果、やはり黒獣の森を一度脱出し、皆との合流を優先することにした。


 あの瘴気と魔力が入り混じった空間の先も気になるけど、今の俺一人じゃどうしようもない。

 まずはみんなと合流して、その後改めて調べに来ればいい。元々その予定だったんだしな。

 それに、魔物ならあそこを通れていたことを考えると、もしかしたらリディの従魔たちならなんとかなるかもしれないし。


 そういう訳だから、これを食べたらこの辺りで何か現在地が分かる目印を探しに行こうと思う。

 ギルドで買った資料に記されていた場所へ辿り着ければ、そこを中心に探索して別の目印を探す。

 後はその二つの位置関係からおおよその方角を割り出せる筈だ。

 その為には、俺の記憶力が頼りになる訳だけど……まあ何とかなるだろ! 多分。

 それに、運が良ければ他の冒険者と合流出来るかもしれないし。


 そろそろ石の熱で中の肉に火が通った筈なので、地魔術で石を割る。

 すると、石の中に充満していた肉とハーブと香辛料の匂いが一気に俺の鼻に届く。

 この匂いだよ! 勿論味もそうだけど、この匂いのせいで食欲が刺激されて我慢出来なくなっちゃうんだよなあ。


「いただきます」


 肉を切り分け口に運ぶ。

 はぁぁぁあ、美味い。

 これまでにも色々美味い肉を食べたけど、やはり小さい頃から食べ慣れた黒イノシシの肉は最高のご馳走だ。

 普通に焼いても美味いけど、この石包みだとまた違った味が楽しめる。

 エルデリアに帰れたら母さんにこの調理法を教えてやろう。母さんなら俺より更に美味しく調理出来る筈だ。


 そうやって黒イノシシの肉に舌鼓を打っていると、またしても視線を感じる。

 俺は周囲を見回し、視線の主を探す。


 いた。

 やはりこの敵意を感じない視線はあいつだったか。


 俺は木陰から金色の瞳でじっとこちらを見てくる黒猫に、黒イノシシの肉を一切れ差し出す。


「ほら、こいつが食いたかったんだろ?」


「……ニャゥゥン」


 目を細めながら黒猫は返事をし、木陰から出て来て黒イノシシの肉に食らい付く。

 ペロリと食べ終えた所を見るに、どうやらお気に召したようだ。

 『もう無いのか?』と言わんばかりに俺をじっと見つめてくる。


 うーん、折角だしもう一つくらい調理するか?

 考えながら食べていかなきゃって思ってたけど、どうやら俺には無理かもしれないな。


 『亜空間収納』から石の塊をひとつ取り出す。

 黒猫は何も無い所から急に石の塊が出てきて少し警戒気味だ。

 その石の塊を火魔術で一気に炙る。


「ニ゛ャッ!? フシャァァァアアアアアアッ!」


 いきなり火が出たことにびっくりしたのか、黒猫が後ろに飛び退く。

 そして背中の毛を逆立て尻尾を膨らまして威嚇してくる。


「ああ、ごめん。びっくりさせちゃったな。肉を焼いているだけだから安心しろ」


「…………ニャァ」


 俺が出来るだけ優しく語りかけると、黒猫は次第に落ち着きを取り戻していく。

 なんとなくだけど、こいつ俺の言葉を理解してるような気がするんだよな。

 ん? 今一瞬黒猫の影が揺らいでいたように見えたけど……気のせいか?


 その後、肉に火が通るまで少し待つ。

 その間に、さっき食べていた肉を黒猫と半分ずつ食べる。

 こいつ、ポヨンやルカに負けず劣らずの食いしん坊だよなあ。


 そろそろ肉に火が通った筈なので石を割る。

 すると、中から食欲を刺激する匂いが放たれる。

 黒猫は思わず石の中を覗き込みに来てたくらいだ。


「切り分けてやるからちょっと待ってろ」


 肉を切り分け、半分を黒猫に差し出す。

 少しだけ匂いを嗅いだ後、黒猫は勢いよく肉に齧り付き始めた。

 それを眺めながら俺も肉を食べていく。


 肉を食べた後は、赤い花のような形の謎の果物を取り出す。

 これが最後の一個だ。

 腐らせないうちに食べてしまおう。


 少し冷やした後、俺は果実を半分に切る。

 その後、片方の皮を剥き、食べやすいようくし形に切り分け黒猫に差し出す。


「ほら、やるよ。意外と美味いぞ?」


 黒猫は匂いを嗅いで軽く果実を舐める。

 すると、気に入ったのか果実を勢いよく食べ始めた。

 俺も残り半分の果実に齧り付く。

 種は昨日のうちに回収しているから問題無い。帰ったらウィタに頼んで植えてもらおう。


 謎の果実を食べ終えると、黒猫は木陰で丸くなった。

 満腹になって眠くなったのかな?

 名残惜しいけど、こいつともここでお別れだ。


「それじゃ、俺はもう行くよ。そうだ、お前、どこか目立つものがある場所を知らないか? なんて、お前に聞いても仕方ないか」


 俺じゃなくてリディだったら、もしかしたらこの黒猫とも意思疎通が出来たかもしれないけど、俺には無理だ。


 俺は周囲を片付けて立ち上がる。


「じゃあな。討伐されないよう気を付けるんだぞ」


 特に当てがないので、俺は捩じれた木の領域とは反対の方向へ向かうことにする。

 そうして歩き出そうとしたその時、


「ニャァァァア」


 黒猫の鳴き声が聞こえたので振り返る。

 すると、黒猫は俺が向かおうとしていたのとは別の方向に向け歩いて行く。

 そして、ある程度進んだ所で立ち止まってこちらを振り返り、


「ニャゥン」


 俺をじっと見てそう鳴く。


「えっと、もしかしてついて来いって言ってるのか?」


「ニャン」


 軽く鳴いて再び黒猫は歩を進め、立ち止まりこちらを振り返る。

 どうやら本当について来いと言っているらしい。


 うーん、行く当ても無いし試しについて行ってみるか?

 おそらく、こいつに俺を襲うような意志は無いだろうし。


 と言うことで、俺は黒猫の後について行ってみることにした。

 俺がついて来ていることを確認した黒猫は、また先を歩いてある程度進んだ所で立ち止まり俺を待つ。


 時折急に立ち止まると、黒猫はある一点をじーっと見つめることがある。

 俺も黒猫の視線を強化した視力で追ってみる。

 すると、かなり先の方で黒ゴブリンが他の魔物に襲い掛かっている場面が確認出来た。

 そして、そのまま激しい争いへと発展していた。


 黒猫はそっちの方角を避けて進んで行く。

 やはり魔物とは言え猫なのは間違いないようで、とても警戒心が強いみたいだな。


 その後も二度三度と同じようなことがあった。

 かと思えば、急に鼻をヒク付かせて木の上を見ることもあった。

 そちらに視線を向けてみると、何やら妙な形の果実がぶら下がっているのが見えた。

 緑色の果実で、丸ではなく何やらでこぼこした妙な形をしている。


「お前、あれが食いたいのか?」


「ニャウン」


 どうやら本当に食いたかったらしい。

 見たこと無い果実だけど、こうやってこいつが食いたがっていると言うことは食べられる種類なんだろう。

 ただ、採って来るのはいいんだけど、あれ絶対にまだ食べ頃じゃないよな。

 命魔術で果実の成熟を手伝うか。


 俺は木に命魔術を使い、暴走しない程度に生命力を活性化させる。

 すると、余った生命力がどんどん果実に流れて行き、果実が緑色から黄色、そしてオレンジ色へと姿を変えていく。

 そろそろいいかな。


 命魔術を止め、果実を一つ採ってみる。

 見た感じ、皮は剥がなくていいみたいだな。

 水魔術で洗った後、試しに輪切りにしてみる。


 む、このでこぼこした出っ張りの天辺がちょっと硬いな。

 ここだけは切り取っておいた方が良さそうだ。


 そして、断面を見て気付いた。

 おお、この果実って星形をしていたんだな。

 それと、真ん中に種があるな。

 食べてみて美味かったら回収しておこう。


 俺は食べやすい大きさに切り分け、半分を黒猫に差し出す。

 もう半分は自分で食べてみる。


「いただきます」


 おお、甘酸っぱくて美味いな。

 噛むと果汁が溢れ、喉も潤されていく。

 果肉のサクッとした食感も面白い。

 ついつい手が伸びてしまう味だ。


 黒猫も気に入ったようで、次から次へと食べ進めている。

 よし、これも種を持ち帰ってウィタに植えてもらおう!


 その後、幾つか星型の果実を採取し黒猫と共に食べる。

 黒猫は満足した後、再び森の案内に戻るのだった。

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