145話 ジェット流サバイバル生活
んー……ふぁああ。
よし、魔力も回復したみたいだな。そろそろ起きるか。
俺はくるまっていた毛布を片付け、まずは風魔術で周囲に空気を生み出す。
光魔術で灯りを確保し、寝る前に水魔術で用意しておいた甕の水を使って顔を洗う。
うーん、さっぱりした。
黒獣の森の奥地での一人サバイバル生活が始まって多分一週間程度が経過した。
こんな場所で一人その日暮らしをしていると、段々と日数の感覚が分からなくなってくるんだよなあ。
『亜空間収納』から赤い花のような果実を取り出す。
それを水魔術で氷を作り出す要領で少し冷やし、剣を使って半分に割る。
すると、中から白い果肉と黒いつぶつぶの種が顔を覗かせる。
そして、その白い果肉におもむろに齧り付いた。
これは、捩じれた木の領域で見付けた食べられる果実だ。
名前はよく分からない。少なくとも、ライナスや他の町では見掛けたことは無いものだ。
最初これを見付けた時は植物の魔物かと勘違いする程の光景だった。
捩じれた木に沿って謎の植物が伸びていて、その木の上から何枚ものペラペラの葉のようなものを垂れ下がらせているんだからな。
しかもそのペラペラの葉のようなものにぷっくりとした赤い花が付いていて、その花をよく観察してみると果実だったのだ。
試しに割ってみると、中から黒いつぶつぶの入った白い果肉が姿を現す。
正直食っていいものかは迷った。
だけど、何か食べられるものを探さないといけないのは事実だ。
光魔術で治療の準備をし、意を決して齧りついてみる。
すると、これが食べられるものだったようで、意外と美味しかったのだ。
あっさりとした甘さがあり、歯ごたえがあってシャクシャクとした食感が面白い。
他に種が見当たらなかったことから、この黒いつぶつぶが種なんだろうと思う。アケビと違って種ごと食べられるみたいだ。
そこで、俺はこのよく分からない果実を腐らせない程度に採取しておいたのだ。
今俺がやっているみたいに少し冷やしてやると一層美味しく食べられる。
リディがいたらもっと採取して、ウィタにもお土産に出来たんだけどなあ。
あ、この種を幾つか持って帰れば俺でもどうにかなるか。
次に食べる時に種を選り分けておこう。
謎の果実を食べ終えた後、諸々の準備を整え寝室代わりの地下空間を出る為に階段を上る。
森の奥地でも、地魔術で造り出した地下空間が大活躍だ。
空気や灯りを確保しなきゃいけない問題はあるけど、やはり安全に食事をしたり眠ったり出来るのは大きい。
それに、地下なら風呂にだって入れるしな。普段よりはかなり雑な入浴ではあるけど……
地上に繋がる石天井の前で立ち止まる。
この地上に出る時が一番危ないんだよなあ。向こう側の様子が全然分からないし。
なので、この時は少し強引な方法を取っている。
石天井に地魔術で干渉し、強引に吹き飛ばす。
これなら近くに魔物がいた場合、石礫で牽制可能だ。
「ギョベッ!? ギャギャア」
おっと、どうやら黒ゴブリンが近くに来ていたみたいだ。
石礫自体は大したダメージにはなっていないけど、驚いて硬直したみたいだからそれで十分だ。
俺は剣に雷属性『エンチャント』を発動し、黒ゴブリンが驚いている隙に地下空間から飛び出し斬り付ける!
いきなり現れた俺に黒ゴブリンは反応出来ず、雷を受けて身体を痺れさせうつ伏せに倒れる。
「ギャ……ギョギャア」
風属性『エンチャント』に切り替え、首を撥ねて止めを刺す。
ふぅ、油断も隙も無い場所だなほんと。
地下空間の入り口を地魔術で閉じ、その後は黒ゴブリンから魔石を剥ぎ取る。
地下空間はダンジョンの修復力が働いて勝手に無くなるのでこのまま放って行く。
その関係で、同じ場所で寝泊まり出来ないんだよなあ。
寝ている間にダンジョンの修復力が働いて生き埋めになったとかだと笑えないしな。
視力と聴力を強化し周囲を確認する。
よし、他に魔物は寄って来ていないみたいだな。
それじゃ、また探索を再開しようか。
俺が黒獣の森の奥地で一週間もサバイバル生活をしている理由、それは少し気になる場所を見付けたからだ。
そこを探索する為にこの周辺を拠点にして生活しているのだ。
どうにかライナスに帰って皆と合流してからとも考えたけど、結局どこに向かえばライナスに帰れるのかも分からない。
それだったら、まずは偶然辿り着いたこの場所を調べてみようと思ったのだ。
捩じれた木の領域を越えると、次に広がっていたのはハーブや香辛料が採取出来る比較的落ち着いた領域だった。
ただ、森の浅い場所にもハーブや香辛料が採取出来る場所はあったから、こんな森深くまでわざわざ採りに来る冒険者はいないだろうな。
今俺が寝泊まりしているのもその領域だ。
木の陰なんかを探していると、時折強い香りを感じることがある。今も丁度それを感じた所だ。
近くを探してみると、トゲトゲの付いた細い木が見つかった。
よーし、山椒だ。ちゃんと実が付いてるな。
俺は山椒の実を採取し、布袋に詰めて『亜空間収納』へと仕舞う。
これを後で乾燥させ粉末状にするのだ。
そうすれば香辛料として使える。
この近辺では他にも幾つかのハーブ類を発見している。
名前までは覚えてないけど、森の入り口付近でも採取出来るものだった。
これらも見付けたら腐らせない程度に採取している。
肉を焼く時に臭み取りに重宝するんだよな。
さて、それじゃあ今日も気になっている場所まで行ってみようか。
俺は剣を構え、周囲を警戒しながら目的の場所に向けて移動を開始した。
◇◇◇
うーん、駄目だ。やっぱり進めない。
俺が気になっている場所、そこはなんとも奇妙な場所だ。
まず、周囲には目で見ても分かるほど濃い瘴気が漂っている。まるで黒いもやのようだ。
それに、何故かその瘴気の中から魔力を感じる。
この魔力については誰かが発したもの、と言うより何かによってこの場に造り出されたもの、と言った感じだ。
常に規則正しく流動しているように感じる。
そして、それ以上に俺が気になっているのが、この辺りの植生がエルデリア周辺の植生と結構似ていることだ。
全部が全部同じと言う訳ではないんだけど、ちらほら同じものを見掛けるのだ。
例えばここに生えている枝の先に下向きの白い花を幾つも咲かせている木。
これはエゴノキと言って、この木に生る実を潰せば石鹸として使うことが出来る。
エルデリアではこのエゴノキの実を使って石鹸が作られていたけど、少なくとも俺はこっちに飛ばされてから今までエゴノキを見たことが無い。
どうやらカーグやライナスでは灰から石鹸が作られるらしい。
最初それを聞いた時には、それって余計汚れるんじゃ? と驚いたものだ。
もしかしてこの先にエルデリアが!?
そう思った俺はこの瘴気の中を進んでみたんだけど……何故かどう進んでも今いる辺りに戻って来てしまうのだ。
瘴気自体はヴォーレンドの時と同じく光魔術で身を守れば問題無い。
感じる魔力は何か抵抗のようなものを感じるけど通ることは出来る。
だけど、暫く進むとここに戻って来てしまう。
最初はトレントの仕業かと考えた。ライナギリアに来てすぐに被害に遭ったしな。
そう思って周囲の木を調べてみた結果、結局トレントは見付からなかった。
それと、どうやらこの周辺はダンジョンの修復力が強いらしく、穴を掘ることは出来なかった。
それからも色んな方法を試してみるも、何をやってもここまで戻って来てしまう。まるで原因が分からないのだ。
前にアガーテが、森自体が人を阻むって言っていたけど、ここのことなのだろうか?
そうだとすると、この先が未踏領域で間違いないと思うんだけど……
「ギャギャギャギャアァァァアッ!」
瘴気のもやの奥から黒ゴブリンが現れる。
俺は剣を構え、雷属性『エンチャント』を発動する。
もう一つ不思議なことがある。
どうもこの場所、魔物は普通に通れるようなのだ。
例えばさっき出て来た黒ゴブリン。
前に黒ゴブリンがここに入ってからいつまで経っても出て来ない、と言うことがあった。
俺が足を踏み入れた時は数分も歩けばここに戻って来ていたのに……
疑問に思った俺は、一度別の黒ゴブリンの後を気付かれないように距離を取ってつけてみた。
すると、ずっと視界に入っていた筈の黒ゴブリンが急に見当たらなくなり、俺だけがここに戻ってしまったのだ。
「ギャ……ァァァッ」
黒ゴブリンの攻撃を躱し、すれ違いざまに斬り付け痺れさせる。
そして動けなくなった所で首を撥ねる。
ふぅ、カーグで出遭ったような魔術に耐性がある黒ゴブリンじゃなければこれが一番楽だな。
その後は黒ゴブリンから魔石を剥ぎ取り、少し離れた場所に穴を掘り埋める。
お、アケビと黄イチゴが生ってるな。
だけど、まだどっちも食べ頃には遠いみたいだ。
うーむ、折角見つけたんだし、命魔術で実の成長を促そうか。
そうして、命魔術でアケビと黄イチゴの生命力を活性化させ、生っていた実を成熟させる。
そして成熟した実をもぎ取り、『亜空間収納』へと仕舞う。
生命力に溢れている影響か、どちらもとても瑞々しく美味しそうだ。
折角だし、そろそろ昼食にしようかな。
俺はこの場を離れ、周囲に何も生えていない場所を探す。
程なくして目当ての地形を見付けられたので、俺はそこで昼食の準備を始めた。
まずは、『亜空間収納』から石の塊を取り出し、強めの火魔術で一気に炙る。
暫く待ってから、地魔術を使って石の上部を割る。すると、中から火の通ったブラッククローの肉が現れる。
これは昨日のうちに下処理をしておいたものだ。周囲に肉とハーブの良い香りが漂う。
「それじゃ、いただきます」
俺はおもむろにブラッククローの肉に齧り付く。
うーん、美味い!
ハーブが程よく肉の臭みを消してくれて、更にこの辺りで採取した山椒がいいアクセントになっている。
そこにブラッククローの肉自体の強い野性的な旨味が加わり、俺の舌を愉しませてくれる。
贅沢を言えば米やパンが欲しくなるけど、無いものは仕方ない。
最初、ブラッククローの肉を単純に焼いてみた。
何と言うか不味くはないんだけど、肉自体が少し硬く味に独特の癖もあり、あまり食が進まなかった。
とは言え、贅沢も言ってられないので焼いた分は全部食べ尽したけど。
更に、肉を焼く匂いに釣られて黒ゴブリンが現れたりと、色んな課題を残す結果に終わっちゃったんだよなあ。
そこで、まずは肉の焼き方を工夫してみた。
肉を取り出す前に割っていた石の塊がその工夫の成果だ。
まず、肉を焼く度にいちいち魔物に襲われるのを避けたかったので、周囲に匂いが漏れない焼き方を考えた。
生のまま食べれば焼く匂いを気にする必要は無いんだけど、流石にそれは勘弁願いたい。
そこで思い付いたのが、肉を地魔術で作り出した石の中に包んで石ごと焼く方法だ。
この方法なら石が割れない限り匂いが外に漏れ出す心配は無いし、熱した石から火も問題無く通る。
最初は途中で石が割れたり、火力が弱すぎて肉が生焼けなんてことも多々あった。
今はまず強火で一気に熱して、後は石の持つ熱でじっくり蒸し焼きにしていくと言う焼き方をしている。
しかも、この方法で焼くと少し硬かったブラッククローの肉が思った以上に柔らかくなった。これは嬉しい結果だった。
更に、山椒やハーブを見付けたことで肉の味も一気に改善されることになった。
そうなると、ブラッククローの肉の本当の美味しさが分かるようになり、俺は一気にブラッククローの肉が好きになってしまったのだ。
時折さっき採取したアケビと黄イチゴも口に運ぶ。
ああ、やっぱり生命力に溢れていると間違いなく果物や野菜って美味しくなるよな。
今食べているものも、普段食べるものより明らかに味の濃さや食感が違う。より甘みは強いし、張りがあって食べ応えもある。
そうやって食事を愉しんでいると、ふいに視線を感じた。
警戒して周囲を見回すと、木陰に潜んでいた一匹の黒猫と目が合った。
視線の正体はこいつか……
だけど、黒ゴブリンみたいに敵意がある感じじゃないけど……
と言うか、こんな所に黒猫!?
黒猫の金色の瞳は、真っ直ぐに俺が食べている肉や果物を捉えているようだ。
匂いに釣られて来ちゃったのかねえ。
特に敵意も無さそうなので、試しに切り分けた肉を差し出してみる。
「ほら、こいつが食いたいのか?」
「……ニャゥン」
黒猫が警戒しながらも木陰から出て来る。
やはり、どう見てもただの黒猫じゃないよな。大きさなんてルカくらいあるし。
そして、鼻をヒク付かせながら肉の匂いを嗅ぎ、一舐めすると一気に食べ始めた。
差し出していた肉は一瞬で消え去り、『もっと寄越せ』と言わんばかりの視線を俺に向けてくる。
仕方ないので俺は残っていた肉を全部黒猫に差し出す。
「ニャァァアウ」
黒猫は次々と肉を平らげていく。
「美味いか?」
「……ニャゥ」
肉を全て平らげた黒猫は、今度はじっとアケビと黄イチゴを見てくる。
猫ってアケビや黄イチゴって食うのか?
でも、こいつはただの猫じゃなくて魔物だろうし、そう言ったことは関係ないか。
俺は残っていたアケビと黄イチゴも黒猫に差し出す。
黒猫は美味しそうにそれらも食べ始めた。
ふぅ、結局残ってた分を全部黒猫にあげてしまった。
でも、別に悪い気はしない。
ずっと一人で行動してたし、なんだかんだでこう言う触れ合いに飢えていたのかもな。
黒猫は全て食べ尽くすと、その場で毛づくろいを始めた。
俺はなんとなく暖かい気分になり、それを眺めるのだった。




