143話 辿り着いた場所
周囲の揺れが収まってきた。
そろそろ崩落も終わりか。
地魔術で石壁を作って身を隠さなかったら押し潰される所だったな。
俺は今、デーモンバッファローが引き起こした地面の崩落に巻き込まれて生き埋めになってしまった。
デーモンバッファローの数々の攻撃によって脆くなっていた地面が、角から漏れ出した地属性の魔力とデーモンバッファローの大暴れによって限界を迎えてしまったようだ。
俺が仕掛けた『設置魔術』も原因の一つだとは思うけど……
角をぶった斬った結果デーモンバッファローは逃げ出していたし、当面の危機は去ったと見ていいだろう。
後は俺がここから脱出すれば問題無い。
脱出自体はそう難しいことではない。
今俺がいるのは地面の中なので、地魔術を使って穴を掘っていけば問題無く地上に辿り着くだろう。
空気は風魔術で生み出せば大丈夫だ。魔力量も十分残っている。
ダンジョンの修復力が働くまでに脱出出来ればそれでいい。いくらなんでも二日も三日もは掛からないだろうしな。
ただ、慎重に掘っていかないと掘ったそばから更に崩落したんじゃ堪ったものじゃない。
まずはこの周囲をこれ以上崩落しないよう固めておこうか。
そう思って少し体を動かした瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
再び周囲に揺れが広がっていく。
くそっ! まだ崩落が完全に止まっていた訳じゃなかったか!
あの牛め! 今度会ったら覚えてろよ!
ドドドドドドドドドッ
ぐっ、更に落ちている感覚があるな。
こんなに落ちることを考えると、丁度俺たちが戦っていた場所の地下に空洞でもあったのか?
ゴォォオオォォオオッ
ドボッドボンッ
何か地面の崩落とは違う音が聞こえてきた。
何だこの音? 凄く嫌な予感がするんだけど……
ゴオオオォォォオオオオオオオオッ
ドボドボドボボボボッドボォォォオオンッ
「がぼぁっ!?」
水!?
なんでこんな場所に……しかも流れが速い!
くっ、考えるのは後だ。このままじゃ溺れる!
俺は急いで水属性と風属性の魔力を混ぜ合わせていく。
そしてそれを全身に纏い、『潜水魔術』を発動する。
よし、これで溺れる心配は無くなったな。
ただ、水の勢いが強く、こうしている間にもどんどん流されてしまっている。
俺の『潜水魔術』じゃこの流れの速さに対処することが出来ない。
どこかに掴まれる場所は……痛っ!?
急に左手に鋭い痛みが走る。
だが、真っ暗で何も見えない。
俺は光魔術を発動し、周囲を照らす。
すると、俺の左手に真っ黒い小型の魚が噛み付いているのが確認出来た。
さっさと離せ!
剣で噛み付いていた魚を真っ二つにする。
全く、まるで油断ならなあいたっ!?
今度は右手に同じ種類の魚が噛み付いてきた!
周囲をよく見ると、流される俺に並ぶように黒い魚が大量に泳いでいるのが目に入った。
俺は右手に噛みついた魚を掴み、風魔術を発動させて斬り刻む。
その後も周囲の魚が次々と俺に襲い掛かって来る!
ああくそっ! こっちは水の流れをどうにかしなきゃいけないのに……まずはこいつらに対処しないと喰い殺されてしまう!
そして俺は、襲い掛かって来る魚たちを剣と風魔術で退けながらも、水の勢いによってどんどんどこかへ流されてしまうのだった。
◇◇◇
黒い人喰い魚たちと格闘し、水に流され続けてどれくらいの時間が経っただろう?
気が付けば周囲の水の流れは随分と緩やかになっていた。
だけど、相変わらず黒い魚は何処からともなく現れては襲い掛かって来る。
流石に数が多すぎて全てには対処出来ず、流されている間に結構噛み付かれてしまった。
光魔術で治療出来なかったら危なかったな。
さて、出来ればそろそろ水から出て周囲の確認をしたい。
どうやら崩落した先が地下水脈になっていたようで、急流と人喰い魚たちの襲来によって随分と流されてしまっている。
それに、デーモンバッファローとの戦いからずっと魔力を消費しっぱなしだ。
どこかで一度休憩もしたい。
ただ、生憎と周囲に掴まれる場所は見当たらない。
だったら自分で作るしかないか。
今なら少し踏ん張れば水の流れに逆らうことも出来る。
俺は人喰い魚たちの相手をしながら地下水脈の端の方まで移動していく。
壁に手をつき、地魔術を使って出っ張りを作り出す。
出っ張りに掴まり、更に地魔術で水面に向かって壁に幾つも出っ張りを形成しながら登っていく。
意外と深さがあるな。最初に落ちた辺りはもっと浅かったような気がするけど……
暫く人喰い魚たちを退けながら出っ張りを作っては登ってを繰り返していると、ようやく水面から顔を出すことが出来た。
壁に地魔術で足場を作り、俺はその上に這い上がる。
はぁ、これで『潜水魔術』を解除しても問題無いか。
『潜水魔術』を使ったままだと、どうしても他の魔術が雑になっちゃうからな。
それにしても……ここどこだ?
俺は周囲を光魔術で照らしてみる。
どうやら、今俺がいる場所は洞窟のようになっていて、そこを地下水脈が通っているようだ。
地下水脈の上流に視線を向けてみるも、その先はただ暗闇が続いているだけだった。
さぁて、これからどうするか。
このまま足場を作りながら上流へ向かって崩落した場所を目指すか、それともこの流れに沿って進んでみるか。
それともいっそ目の前の壁を地上へ掘り進めるか。
ただ、どれを選ぶにしても休める場所は確保したい。最初に水に落ちて濡れてしまった体も温めたいし。
その時、水面から何かが跳ねた。
黒い魚が俺目掛けて飛んで来る!
さっきの人喰い魚がしつこく俺を追って来たようだ。
これじゃゆっくり考え事も出来ない!
とりあえずこの魚どもを始末するか!
俺は飛んで来た魚を躱し、水面に向けて雷魔術を発動する。
雷が激しく光ながら周囲を蹂躙していく。
すると、大量の人喰い魚が水面に浮かんで下流へと流れていく。
どうやら雷魔術で殲滅出来たようだな。
ふと思ったんだけど、あの魚って食べられるのかねえ?
魚が流れて行った下流の方を光魔術で照らしてみると、少し先に広い空間が広がっていることが確認出来た。
どうやらこの地下水脈はそこへ流れ込んでいるみたいだ。
うーむ、そんなに遠くないしちょっと見に行ってみようかな?
もしかしたらどこか休める場所もあるかもしれないし。
俺は地魔術で足場を作りながら、その広い空間の方へと向かって行った。
◇◇◇
地下水脈の出口から向こう側を覗き込むと、そこは広い湖になっていた。
どうやら黒獣の森の地下深くには地底湖が広がっていたようだ。
こんな場所、ギルドから買った資料にも記されてなかったな。
さっき倒した魚も、地下水脈から流れ込んでそこら辺に浮かんでいる。
とりあえず手の届く範囲に浮かんでいる魚を『亜空間収納』に仕舞い込む。
リディのと違って時間が経つと腐ってしまうから後でさっさと食べようか。
地底湖を光魔術で照らしていると、ここから湖を挟んだ向こう側に陸地があるのが見えた。
どうにかあそこまで行きたいけど……あまり水の中には入りたくないんだよなあ。
地下水脈から繋がっていることを考えると、またさっきの黒い人喰い魚が群がって来るだろうし。
かと言って、周囲の壁や天井を伝って行くにはちょっと距離が遠いんだよなあ。
そうなると、やっぱり水の上に道を作るしかないか。
幸いここは湖なので急な流れがある訳じゃない。それだったら水面を凍らせることも可能だろう。
俺は湖の水に水属性の魔力で干渉し、周囲の水を壁から地続きになるように徐々に凍らせていく。
少しずつ凍らせる範囲を広げ、乗っても大丈夫な強度に仕上げていく。
ある程度凍らせた所で氷の上に乗ってみたら、問題無く上に乗ることが出来た。
よし、後はこのまま凍らせる範囲を徐々に広げて向こう岸まで行こうか。
俺はそうやって氷の道を作り出し、どうにか向こう岸まで辿り着くことが出来た。
どうやらそれなりに広い陸地になっているみたいだ。
辺りを光魔術で照らして調べてみたけど、特に動物や魔物の姿は見当たらない。
何はともあれ、湖のそばは離れた方がいいな。
あっちの壁際まで移動しようか。
壁際まで移動した所で、俺は亜空間から幾つか薪を取り出し火魔術で火を点ける。
そして周囲を警戒しながら、濡れた体と衣服を風魔術も併用して乾かしていく。
ぐぅぅうううう……
あー、腹が減ったな。
腐らせる前にさっきの魚を食べてみるか。
亜空間から人喰い魚と金網を取り出す。
それと、確か塩は収納してた筈だけど……あったあった。
魚を剣で捌いて塩をまぶし、金網に乗せて火で炙る。
周囲に焼き魚の香ばしい匂いが広がり、皮目に綺麗な焼き色が付いていく。
魚の白身から脂が滴り落ち、それがジュっと美味しそうな音を奏でる。
全体に火も通ったみたいだし、そろそろいいかな? 腹が減って我慢の限界だしな。
亜空間から箸と皿を取り出し、焼いた魚の切り身を皿に移す。
「いただきます」
早速魚の身に箸を付ける。
そして食べやすい大きさに切り分け口に運ぶ。
おお、美味い!
最初はあっさりとした味わいなんだけど、噛めば程よい魚の脂が口の中に広がり、濃厚な味わいを愉しめる。
塩だけと言うシンプルな味付けが素材の良さを引き出しているな。
ああ! 米が欲しい!
だけど、流石に米は持ち合わせてないんだよなあ。
この魚を持って帰ろうにも、俺の『亜空間収納』じゃ腐らせてしまうしなあ。
その後、回収しておいた魚はあっと言う間に全て食べ尽くしてしまった。
ああ美味かった。ごちそうさま。
うーん……魔力を多く使ったこともあって、腹が満たされたら眠くなってきたな。
ここで無理しても仕方ないし、少し休憩してから周囲を調べようか。
俺は念の為周囲を石壁で囲み、更にその周りに『設置魔術』を仕掛ける。
少し休憩するだけだし、今はこれで問題無い。
石壁を閉じ、亜空間から取り出した毛布にくるまる。
やはり疲れていたのか、俺は横になるとすぐに眠りに就いたのだった。
◇◇◇
暫く眠って回復した後、俺は周囲の探索を始めた。
すると、何やら上へ続く洞穴を発見したのだ。
このまま地底湖にいても仕方ないので、俺はその洞穴を進んでみることにした。
警戒しながら進むも、特に何かに遭遇するようなことは無く、俺は一番奥の行き止まりまで到達した。
うーん、特に何も無い……あれ? 行き止まりの壁から少し風を感じるな。
それに、何やら光が差し込んでいるような気も……
俺は光魔術の発動を一旦止めてみる。
辺りは一瞬にして暗闇に包まれるも、目の前の壁の隙間から僅かに光が漏れていた。
どうやらこの先が外に続いているみたいだ。
うん、これくらいなら大丈夫だな。
地魔術で穴をあけてみるか。
ドゴォォオオァァァアアアアアアンッ!
目の前の壁を地魔術を使って吹き飛ばす。壁の向こう側に魔物がいたら面倒だからな。
レイチェルがいれば壁の向こう側の気配を読んでもらえるんだけど、あんな芸当俺には無理だ。
壁が無くなると、陽の光が一気に差し込んで来た。
やはり外に通じていたみたいだ!
俺は早速外に出てみる。
ここは……当たり前だけど見たこと無い場所だな。
何やら捩じれたように伸びた変わった木も生えている。
後ろを振り返ってみると、どうやら崖にある洞窟から出て来たようだ。
上を見ると、崖が抉れたように崩れているのが目に入った。
どうやら崖崩れが起きてこの洞窟が塞がっていたみたいだ。
中に魚以外の生物がいなかったことを考えると、塞がってからかなりの年月が経っているようだった。
こう言った場合はダンジョンの修復力って働かないのか。
ダンジョン自体が起こした自然現象だからか?
うーん、分からん。
ガサガサッ
その時、近くの茂みが揺れた。
俺は即座に剣を構える。
「ギャギャギョァァアアアアアアアアアアッ!」
そんな不快な声と共に、黒い何かが俺に向かって飛び出してきた!
俺は咄嗟にその場から飛び退く。
その黒い何かが俺の立っていた地面を殴ると、地面が抉れ陥没する。
ははは……ここで遭うとはな。
俺は目の前の醜悪な黒い鬼、黒ゴブリンに視線を向ける。
確か、黒ゴブリンは黒獣の森の奥地に出没するって話だった。
と言うことは、俺は地下水脈に流され森の奥地まで来てしまったと言うことなのか。
「ギョギュエェェェェエエエエエッ!」
黒ゴブリンが俺に向かって来る。
まずはこいつをどうにかしなきゃいけないみたいだな!
周囲の確認はそれからだ!




