14話 ジェット15歳①
俺は昨日十五歳になった。
そう、十五歳だ!
これでやっと大手を振って村の外に出ることが出来る!
二年前、勝手にヌシを退治したことがバレた俺は、当たり前の話だけど村の外に出ることは固く禁止された。まあ、当時の年齢だと元々禁止されてるんだけども。
俺が気絶している間のことは父さんたちから聞いた。
気絶した俺を、爆音とヌシの絶叫を聞いて様子を見に来た父さんたちが家まで必死に運んでくれたことを知った。血塗れで全身傷だらけの俺を見た母さんは、それはもう生きた心地がしなかったと言うことも。リディが「おにいが死んじゃうーーーー」と大泣きしてたのを聞いた時は心が痛んだ。
俺が目を覚ました時には三日経過していたと言う話だ。
そりゃ腹も減るわ。
気を失っている間は母さんとリディが光魔術で回復してくれていたそうだ。
皆には感謝しかない。
その後俺は、度々村の外に抜け出していたことを白状させられた。あの時の父さんと母さんの迫力の前には無力だったよ……まあ、リディとグレンのことについては伏せておいたけど。
ボロボロの武器の出所も話した。遺跡に行ったことを話すと両親が青褪めていた。
体は何ともないのか? と頻りに聞かれた。勿論俺もリディも何ともない。
昔、父さんと母さんも遺跡の方が気になって行ったことがあるらしいんだけど、遺跡へ近付けば近付く程寒気が強くなり、足が動かなくなっていったそうだ。
それでも無理矢理進もうとすると、激しい眩暈や吐き気が襲ってきて、それで行くのを断念したのだとか。
うーん? 別にそんなこと無かったんだけどなあ。確かに不思議な場所だとは思うけど。
ヌシ退治の経緯を話した時は、そりゃもう盛大に叱られた。特に母さんの目が笑ってない笑顔はしばらく夢で魘されたくらいだ。
父さんには、「俺たちがそんなに信用出来ないのか!」と、殴られた。『身体活性』で耐えたら更に怒られた。特に、その後の「俺たちが不甲斐ないばかりに……」と言うくだりは今でもよく覚えている。俺は「ごめん」と言うことしか出来なかった。
他にもミスリル紐に属性の『エンチャント』を施して脚を吹き飛ばしたこと、ヌシに最後殺されかけた時の『身体活性』と『身体強化』の同時使用……『限界突破』とでも言うか、それについても話した。
属性の『エンチャント』についてはミスリルの特性と『身体活性』を応用した魔術だ。これについては父さんも苦戦しながらも発動することは出来ていた。
『限界突破』の方はどうにもなりそうにないらしい。『設置魔術』と同じく、少なくとも今は俺専用の魔術のようだ。
勿論『限界突破』についても練習したり色々検証したりもした。
この魔術は『身体強化』で加算した強化を、『身体活性』で更に爆発的に高める効果があるみたいだ。そのお陰で俺はヌシの牙を圧し折れたのだ。
ただ、とにかく魔力の消費が激しい。
そして、『身体活性』よりも体への反動も大きい。何度も腕や脚が尊い犠牲になった。光魔術での回復も試みたけど、効果が無い訳じゃないけど効きが悪いようだ。
流石に今のままだと扱い辛いので、俺は別の試みを始めた。
体の一部分だけに一瞬だけ使うと言う非常にコンパクトな使い方だ。
ただ、これがとても難しい。
全身を『身体活性』で強化しつつ、体の一部だけに『身体強化』を使う。文字にすればこれだけだ。
この一部、と言うのが思ってたよりもずっと難しかった。なので、重点的にその練習をした。
その甲斐あって、今ではまだ未熟ながらも扱えるようになってきた。
副産物としてもう一つ別の収穫もあったんだけど、そっちはまた機会があったらその時に。
午前中はいつも通り、リディと一緒に村長の授業へ赴く。
俺自身はもう成人したので出席する必要は無いんだけど、カエデとゴーシュの面倒は最後まで見る予定なのだ。
「よっ、ほっ。ほら、前ばかりに集中し過ぎだ」
「ひゃんっ!」 「あいた~」
俺の初の教え子二人も今年で十四になる。あ、リディは妹なので教え子とは別枠で。
今年からは村の外についての授業も始まる。
もう二人には既に魔術の基礎は叩き込んだし、来年からのことも考えて今は模擬戦中心の教育をしている。備えあれば憂いなし、だ。
意外なことに、カエデの方が直接戦闘向きだったりする。
部分強化の練習は二人にもやらせてみたんだけど、カエデはある程度コツを掴んだらしく、まだ実用には至らないレベルだが使えるようになった。
この調子で鍛錬を続けたら、『限界突破』の方も習得出来るかも知れない。
逆にゴーシュは魔術を撃つのが巧い。これに関しては俺は何も教えることが出来ないので村長に任せてるけど。部分強化については難しいみたいだ。
「よぉし、今日の模擬戦はここまでだな」
「う~~、今日も先生に一発も当てられなかったよ……」
「先生はインチキだから仕方ないよ~」
「インチキじゃない!」
まだまだ教え子に負ける訳にはいかんのだよ。
あ、そうそう。
俺がずっと戦闘での目標にしていた父さん。
その父さんから遂に一本取ったんだ!
『限界突破』を使ったから父さんからは「今のなしだ、なし!」って言われたけど……『身体活性』と『身体強化』には違いないから俺の勝ちだ!
「それじゃお疲れ。ちゃんと練習しておけよ」
「はーい、絶対卒業までには当ててみせるからね先生!」
「おつかれさま~、僕はちょっと無理かな~」
「おう、期待してるぞカエデ。ゴーシュも頑張れ!」
この二人が成人する時、その時には『亜空間収納』を教えてやるつもりだ。
この魔術については父さんと母さん、それと村長が後に機を見て村に広める予定だ。三人とも既に多少は使えるが、人に教えるのはまだまだ無理だそうだ。
なので教え子二人には先行で、と言うことにはなるけど。
グレンには約束もあるので一足先に教えておいた。
どうにか使えるようにはなったんだけど、まだまだ容量が微々たるもので、実用性は……ほぼ無い。頑張れグレン!
俺の方はゴブリンならどうにか三匹は入るくらいにはなった。
「リディー、帰るぞー」
「はーいおにい、それじゃまたね」
「またね、リディちゃん、ポヨン」 「ばいばーい」
教え子二人と別れ、リディと家路につく。
今年からリディと同い年が授業を受け始めたのだ。
リディは俺より一足先に誕生日を迎え十歳になった。
十歳になってまた少し背も伸びたな。髪も背中の中頃まで長くなった。
本来ならリディも今年からの筈だったんだけど、諸事情あって四歳から既に魔術の授業は受けている。更に、俺の英才教育の甲斐もあり、一通り使いこなすことも出来る。
だから今は同年代の子のサポートをしているらしい。村長が凄く有難がっていた。
「ねえおにい、先にエリン姉のとこに寄って行くんだったよね?」
少し勝気な印象の大きな瞳が俺を覗き込んでくる。
「そうだぞ。今日取りに来いって言ってたからな」
「あたしの分も?」
「おう」
「いぇい、やったー!」
そう言いながらポヨンを放り上げる。
ひゅるるるる……ぱしっ!
今日はキャッチ成功だな。
ポヨンの体の一部が伸びて変形する。
そして……親指を上げるハンドサインを再現する。
これはリディと村の子供たちで仕込んだそうだ。ほんと、無駄に器用なスライムだな。
暫くたわいもない話をしながら歩いていると自宅前まで来ていた。
今日はそのまま一つ隣の家へと向かう。
「「こんにちはー」」
「ああ、いらっしゃい、ジェット、リディ。もう用意は出来ているよ」
エリン姉の家を訪ねると、エルクおじさんが迎えてくれた。
エルクおじさんは村で鍛冶を担当している。
二年前、村からの外出禁止令が出された後、俺はエルクおじさんの所に遺跡で拾ったボロボロの武器を持ち込んでいた。
どうせ外に出てたのがバレたんだから、持っていた武器を鋳潰して俺用の新しい武器を作って貰おうと考えたのだ。以前、武器の修理のことを聞いてちょっと怪しまれてたのもあるし。
おじさんに実物を見せたら物凄く驚かれた。出所を話したら顔が引き攣っていたけど。
そうしたら成人祝いに作ってくれるってことになった。
で、本来なら俺の分だけの予定だったんだけど、俺とリディの亜空間に仕舞ってたボロボロの武器を全部持ってきたもんだから物凄い量になった。
ボロボロ過ぎて使えない分を除いても、俺の武器を作るだけには多過ぎたようだ。
こんなに持って来てくれたんだからと、リディの分まで用意してくれることになった。
それに、これだけ量があるなら試したかったことも出来ると喜ばれた。そっちも完成したら俺たちにプレゼントしてくれるそうだ。
残りの余った分は村に寄贈しておいた。これについても皆からとても喜ばれた。
「それじゃ、ジェット。これらが僕から君への成人祝いだ。成人おめでとう」
「ぅぉおおおお! ありがとうエルクおじさん!」
エルクおじさんに新品の武器たちを手渡される。
今回俺が頼んだのは剣、槍、槌、ナイフだ。
剣と槍は遺跡で拾ったものと同じくらいの大きさで。扱い易さを考えてのものだ。
槌は片手でも両手でも扱えるサイズを。ナイフは刃渡りを少し長めに。
ふへへ、俺用の新品の武器だぁ。顔のにやけが止まらん。
「ふふ、喜んでもらえたようだね。リディ、こっちは君のだ。ちょっと遅いけど誕生日おめでとう」
「うわぁああ、エルクおじちゃん、ありがとう!」
リディが受け取ったのは短弓とナイフだ。
最近リディは弓を習っている。父さん曰く、結構上手らしい。
ただ、まだ十歳のリディには大人用の弓は大き過ぎる。なので、取り回しがよい短弓を使っているそうだ。同じ理由でナイフの刃渡りも少し短めだ。
「それと、これも」
そう言ってエルクおじさんは、ミスリル紐と矢を十本くらい持ってきた。
「ミスリル紐! 貰っていいの?」
「ああ、ジェットなら持ってると何かと便利だろ? これは君がヌシ退治で使ったものを修理したものだ」
おお、あの時のか!
久々の再会だな。またよろしく頼むぜ!
「こっちの矢は、練習で無くすと勿体ないから鏃は骨製だ。もっとリディが練習して上手になったら次はミスリル製の矢を作ってあげるよ」
「うん! いっぱい練習して上手になるね」
俺たちは受け取った武器を布に包んでもらい、大事に抱える。
ふふふ、後でまた取り出してゆっくり眺めよう。
「あらあら、いらっしゃい、ジェットちゃん、リディちゃん」
「よう、ジェット、リディ」
「シリンおばさん、エリン姉! こんにちは!」
「こんにちはー!」
奥からエリン姉と母親のシリンおばさんも出てきた。
ん、二人とも何か持って来てるな?
「うふふ~、実はね、私たちからもプレゼントがあるのよ。ジェットちゃん、成人おめでとう。リディちゃんも十歳のお誕生日おめでとう」
「あたしも手伝ったんだぞ~。おめでとう二人とも!」
「僕が前に試したいことがあるって言ったのを覚えてるかな? それが今二人が持ってきたものだよ」
そう言ってエルクおじさんがウインクする。
妙に様になってるな。
二人に手渡されたものを受け取る。
それを見た俺とリディは満面の笑みを浮かべ、二人にお礼を言うのだった。




