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138話 それぞれの強さを求めて

「おーし、こんなもんでいいか」


 俺の横でウィタが嬉しそうに体を揺らす。


 今俺たちの目の前にはダイコンやカブの芽が出た畝が並んでいる。

 これは拠点の庭の一角を畑にしたものだ。

 そこに自身の力を使い野菜の種を取り込んだウィタが、畑の畝に新たな命を芽吹かせた。


 どうやら種の状態だと芽を出すまでが限界らしい。

 だけど、畑の新芽たちはそのどれもが力強く天を向いている。

 どうやらこの環境に完全に適応しているみたいだ。

 これだったらきっとそう遠くないうちにいい野菜が収穫出来ることだろう。


「師匠、お疲れ様です」


「今戻った」


「ほらウィタ、お花も色々買ってきたよ~」


 俺が畑の制作をしている間、リディたちはライナスへ買い出しに出掛けていた。

 黒耀花の採取に向かった時に消耗した物資の補給と、ウィタが植える為の花を色々だな。


 どうやらウィタは灯籠花を植えた時に花が気に入ったらしく、他にもここに色々植えたいと思ったようだ。

 そこで最初は残りの灯籠花と蕾のままの黒耀花を与えてみた。

 灯籠花は問題無く植えることが出来たけど、黒耀花については今のウィタでは難しかったようだ。


 まあ、黒耀花は開花する時に強烈な甘い香りを出すから本来は与えるつもりは無かったんだけど……

 リディが一瞬取り出したのを見付けちゃったんだよなあ。

 ある意味扱い切れなかったのは良かったのかもしれないな。

 ただ、ウィタが植えたらあの強烈な甘い香りもどうにか出来たりするんだろうか?


「うわぁ、もう芽が出ているんですね」


「ああ。ただ、種からだとここまでが限界みたいだ」


「普通に考えたらこれだけでも十分おかしいのだがな……」


 折角なので、アガーテには土に魔力の栄養をやってもらい、レイチェルには水やりをしてもらう。

 こうやって自分たちで育てたら、きっと普段より美味しく感じることだろう。


「おにいー、ウィタがお花植えたいってー」


「ああ、分かった」


 ウィタの要望で家の前に花壇も作っている。

 今は幾つかの灯籠花がまばらに咲いているだけだ。


 どうやら既に買ってきた花は取り込んでいるようなので、ウィタに命魔術で生命力を与えていく。

 ウィタが花壇の前に移動し、花壇に生命力を分け与えていく。

 すると、花壇から芽が出て成長し、色とりどりの花を咲かせる。


「キュッキュゥウウ」


 その様子を間近で見て、ポヨン、キナコ、ルカも興奮気味だ。


「わぁ、一気に庭が賑やかになったね」


 確かになあ。

 俺は庭を見渡す。


 元々は雑草まみれで荒れ果てていた庭だったけど、今では花壇に色とりどりの花が咲き、畑には野菜が力強く芽吹き、ウィタと同じ果実の木もすくすくと成長している。

 それに井戸からいつでも水を汲むことも出来るし、ルカが泳げるくらいの池もある。

 なかなかいいんじゃないだろうか?


 ちなみに、果実の木は後で別の場所に植え替える予定だ。

 今のままだとお互いの位置が近すぎて成長に支障が出るだろうしな。

 その時はウィタにどこがいいか決めてもらおうか。


「キュッ!」


 ふいにポヨンとルカが何やらリディに催促を始める。


「お昼ご飯食べたいの? あ、そっか。パン屋さんで買ったカレーパンを早く食べたいんだね」


 カレーパンだと……!

 ライナスのカレー屋でも米の代わりにパンを選べたけど……

 パン屋で売っているくらいだ。きっとパンにカレーが掛かったり、パンに絡めて食べるだけのものじゃないだろう。


「よし! 丁度いい時間だし昼食にしようか! そのカレーパン、俺も食ってみたい!」


 ああ、カレーのことを考えるだけで余計に腹が減ってきた。


「わたしもどんな味か気になってたんですよね。カーグ代表としてパンに関しては妥協しませんから!」


 どうやらレイチェルのパンスイッチが入ってしまったようだ。

 ただ、宿屋の時も結構判定甘かったからなあ。


「ふふ、丁度焼き立てを買えたからな。きっと気に入る筈だ」


 焼き立て……

 ああ、駄目だ。考えただけで涎が出そうだ。


「ちょっと待ってね。今用意するから」


 リディが亜空間から紙袋に入ったパンを取り出していく。

 すると、周囲にカレーの少し刺激的な匂いが広がる。

 ああ、この匂いを嗅いだだけで絶対美味いと言うことが確信出来る。


 リディからカレーパンを受け取る。

 日持ちのする黒パンではなく、ふかふかのパン生地を使っているようだ。

 ただ、見た目自体は普通のパンだ。どうやらカレーは中に入っているみたいだな。


「よし、皆受け取ったな。それじゃ、いただきます」


「「「いただきます」」」 「キュキュキュ」


 早速俺はカレーパンに齧り付く。

 まずは焼き立てのパンの香ばしさが口の中に広がっていく。

 次にパンの甘みが舌を楽しませてくれる。

 これだけでも十分美味いけど……


 おお、おおおおおお!

 パンの中に隠れていたカレーが姿を現した!

 どうやらカレーパン用に作ったカレーなのだろう。普通のものより水気を少なくしているみたいだな。

 多分、パン生地でカレーを包む為に工夫しているんだろう。

 それに、カレー自体もカレー屋で食べたものよりかなりまろやかな味だ。


 だけど、それがこのパン自体とよく合っている。

 噛めば噛むほどパンの甘みとカレーのまろやかな辛さが絡み合う。

 一口、二口とどんどん齧り付いてしまう。やみつきになるなる味だ。


 そして、気が付いたら俺の持っていたカレーパンは綺麗さっぱり消え去っていた。


「なあリディ、もう無いのか?」


「まだ買ってるけど……おにい、食べるの早すぎ!」


 そう言いつつもリディは新たなカレーパンを渡してくる。

 俺は悪くない。こんなに美味いカレーパンが悪いんだ!


「むむむ……カレーパン、なかなかやりますね。このパンの為に味を調えられたカレーがパン自体の美味しさを更に引き出して――」


 どうやらレイチェルチェックは無事合格だったようだ。


「このカレーパンを真似して色んな店がカレーパンを作ったのだが、やはりこの店のカレーパンが一番美味いな」


「へぇ、今度色々食べ比べしてみたいな」


 そして、俺は二個目もあっと言う間に平らげてしまった。

 いやぁ、実に美味かった。


 カレーパンを食べた後は、休憩も兼ねて庭でのんびりと過ごす。

 ウィタがポヨンたちと仲良く遊んでいる所を何気なしに眺めていると、


「ジェット、この後時間はあるか?」


 ふいにアガーテからそんなことを聞かれた。


「ああ。特にやることは決めてないけど……どうした?」


「それなら、訓練に付き合ってもらえないだろうか? この前のブラックホークやグリムオークで思ったのだが、今のままの実力で黒獣の森の奥を目指すのは少し不安なのだ」


 ブラックホークやグリムオーク相手に特に負けているようには見えなかったけど……アガーテには思う所があったのだろう。


「あの、師匠! わたしにも是非修業をつけて下さい!」


 アガーテに触発されたのか、レイチェルもそんなことを言ってくる。


 ……弟子のやる気が嬉しいぞ俺は!

 勿論断る理由なんか無い。

 それに、どっちにせよ修業はするつもりだったんだ。

 それなら、二人のやる気が満ちている今やらないと言う選択肢は無いだろう。


「よし、分かった! それじゃ外へ移動しようか」


「はい!」 「ああ!」


「あたしも見に行く!」 「キュゥウ!」


 と言う訳で、ウィタを除いた全員で拠点の門を出て外に向かう。

 ウィタは眠くなったので日向で昼寝をするそうだ。

 まあ、念の為門の外に出すつもりは無いから丁度いいか。


 門を出た後は、拠点から少し離れた空地へ向かう。

 この周辺もある程度好きにしていいって言われているからな。

 ここは模擬戦をする為に平らに地面を整えたのだ。


「よし、普段は一人ずつ模擬戦をやるけど、今日は二人同時に来い!」


 二人ともやる気になっているんだ。待たせるのは良くないだろう。

 それに、その方が俺にとってもいい修業になる。


「えっと、いいんですか?」


「ああ! それに今回は無属性以外の魔術も使っていい。より実戦に近い模擬戦だ。二人の全力を俺に見せてくれ!」


 すると、レイチェルとアガーテが何かを小声で話し始めた。

 おそらく作戦会議をしているんだろう。

 これを盗み聞きするのは野暮ってもんだ。


 暫く待っていると作戦会議が終わったようだ。

 アガーテが盾と槌を構え前に出る。


「ふっ、今日こそは一本取ってやるぞ、ジェット」


「はは、師匠としてまだまだ弟子には負けられないな」


 俺も剣を構える。

 ちなみに、模擬戦の時に使っているのは刃を潰した修業用の剣だ。

 それでも武器としては十分強力だけど……


「それじゃあ……始め!」


 リディの号令と共にアガーテが踏み込んで来る。

 それに合わせて俺は後ろに下がる。


「ふっ、甘いぞジェット!」


 アガーテが盾を構えたまま勢いよく跳躍する。

 どうやら俺がこっそり仕掛けておいた『設置魔術(マイントラッパー)』に気付いたようだ。


 だけど、盾を構えているとは言え跳躍時はどうしても隙が出来てしまうものだ。

 空中だと踏ん張りも利かないしな。


 俺は盾ごと吹き飛ばそうと、軽く『限界突破(オーバードライブ)』を発動した蹴りを放つ。

 俺の蹴りがアガーテの盾を捉えたかに思えた瞬間、アガーテが空中で軌道を変え俺の蹴りは空を切る。

 これは、レイチェルの風魔術か!

 どうやらこの瞬間を狙って仕込んでいたようだ。


 着地したアガーテが盾を構えたまま突っ込んで来る!

 『エンチャント』を使って強化もしているみたいだし、盾を使って殴りつけてくるつもりだろう。

 攻防一体のいい攻めだ。こうなったアガーテは本当に手強い。


 俺も大人しく殴られてやるつもりは無いので、『設置魔術(マイントラッパー)』を足元に設置しあえてそれを踏み抜く。

 今回のは衝撃力だけに特化したものだ。爆発の衝撃で俺は後ろに吹き飛び、横から盾で殴りつけてきたアガーテを躱す。


 俺は即座に体勢を整えアガーテに向かう。アガーテは今攻撃を躱されて隙だらけだ。

 前からだと盾があって厄介だからな。今のうちにがら空きのうおっと!


 俺は咄嗟に横に跳ぶ。

 さっきまで俺がいた場所には、レイチェルが突き出した雷のナイフがあった。


 今のはちょっと危なかったな。

 どうやら、最近レイチェルは自分の気配の殺し方を覚えてきたらしく、さっきも攻撃の瞬間までは一切気付けなかったくらいだ。

 戦いでは相手の気配を読み続け、普段は出来るだけ目立たないようしていた結果新たな才能が花開きかけているんだろう。

 それに、どうやら風魔術を併用して自分の出す足音や物音、匂いなんかを可能な限り消しているようだ。


 その上、とにかく目立つアガーテと一緒にいることも相乗効果になっている。

 もしこのまま成長して攻撃の瞬間も気配を殺せるようになれば、一筋縄じゃいかなくなるだろうな。


 ははは、いいぞレイチェル!

 お前は俺の自慢の弟子だ!


 更に、レイチェルはそのまま風の刃を飛ばして追撃してくる。

 よしよし、ちゃんと躱された後のことも考えてたようだな。

 俺は地魔術で石壁を作り風の刃を受け止める。


「はあっ!!」


 その時、アガーテの足元が爆発した……かのように見えた!

 どうやら踏み込みでああなったみたいだけど……もしかして『限界突破(オーバードライブ)』を使ったのか!?


「『闘気槌(アグレッサー)』!」


 踏み込みの勢いのままアガーテが槌を振るう。

 アガーテの槌によって俺の石壁は粉々に砕け散った。


「はは、アガーテ、お前『限界突破(オーバードライブ)』を……」


「まだまだ成功率は低く、咄嗟には使えないがな。やはり局所的な『身体強化』と『身体活性』の同時使用が難しい。だが、ジェットの弟子を名乗るからには私もこれくらい出来るようにならねば格好がつかん」


 元々アガーテは無属性の扱いには高い適性があった。それに、間近で俺の『限界突破(オーバードライブ)』をずっと見ていたんだ。

 そこからアガーテなりに色々と学んで、俺の知らない所で猛特訓をしていたんだろう。


 ははは、お前たちはどこまで俺を喜ばせたら気が済むんだ!


 そして、再びアガーテとレイチェル相手に対峙しようとした瞬間、後ろから鋭い風切り音が聞こえた。

 俺は咄嗟に剣でその音の正体を受け止める!


 これは……ポヨンの触手!?

 すると、受け止めた触手はさらに先端を伸ばし俺を打ち据えようとする。

 俺は風魔術で局所的に突風を発生させ、ポヨンの触手を吹き飛ばす。


「ああ、惜しい!」


 どうやらリディの仕業だったようだ。


「あはは、実はリディちゃんとも『念話(テレパス)』を使って作戦会議をしていたんですよ」


「少し卑怯かとも思ったが……これぐらいしないと今の私たちではジェットには届かんからな」


 どうやら全力で俺に勝つ為に取り組んでくれていたようだ。


「と言う訳で、ここからはあたしたちも相手だよおにい!」 「キュゥゥウ!」


 ルカに跨ったキナコから魔力弾が放たれる。

 俺は剣を使って直撃しそうなものだけ軌道を逸らしていく。


「ははは! よし! まとめて掛かってこい!」


 お前たちの全力、俺が全部受け止めてやる!


 その後、皆が魔力切れになるまで全員参加の模擬戦は続くのだった。

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