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137話 庭師ウィタ

 レンブラントさんからの指名依頼の報酬を受け取る為に、一度フランさんと共にギルドへと戻る。

 すると、ギルド内で俺たちのことを待ち受けていた人物と遭遇した。


「アガーテ! 無事帰って来たんだな!」


 オーウェンが両手を広げてアガーテへと迫る。

 それをアガーテがサッと躱すと、オーウェンは勢いあまって転んでしまった。


「うう、酷いじゃないかアガーテ……」


「な、何のつもりだ兄上!? いきなりそんなことをされたら躱すに決まっているだろう!?」


 俺たちの冷ややかな視線に気付いたオーウェンは急いで立ち上がる。

 そして懐から何かを取り出して、何事も無かったかのように話を進めた。


「おほんっ! 君たちに頼まれていた拠点の一部改造工事だが、既に完了している。これは新しい門の鍵と余った代金だ」


 オーウェンから鈍色に輝く鍵と余った代金の入った布袋を受け取る。


「ありがとう。もう少し掛かるかと思ってたけど、もう終わったんだな」


「既に門扉の制作は終わっていたし、時間の掛かる井戸堀りも君がやっていたからな。門扉を取り換えて井戸に釣瓶を設置するだけだったからそう手間ではなかったようだ」


 黒耀花の採取に向かう前に、アガーテがアルバートさんに拠点の一部改造工事を頼んでいたのだ。

 娘に頼られたアルバートさんは嬉しそうにしてたっけ。


 その時にウィタのこともアガーテの家族には話している。余計なトラブルになったら嫌だからな。

 それと、フローラさんに拠点の合鍵も渡しておいた。これは何かあった時の為だ。今回も門を開くのに必要になるしな。

 フローラさんならまず悪用しないだろうしな。ある意味アルバートさんやオーウェンより安心出来る。


「あの土地があんな風に生まれ変わるとはな……工事を依頼した職人と護衛の冒険者も驚いていたぞ」


 どうやらオーウェンが今回の工事を取り仕切っていたみたいだ。


「頑張って改造したからな。それと、ウィタは……」


「安心しろ、工事の最中は大人しくしてたようだから気付かれてはいないだろう」


 ほっ、それなら良かった。

 

「とりあえずそんな所か。ああ、母上がまた遊びに来いと言っていたぞ」


「分かった。またお邪魔させてもらうよ」


「用事も終わったし僕も仕事に戻る。ではな。アガーテ、いつでも兄さんに会いに来てくれていいんだぞ~」


 そう言いながらオーウェンはギルドの奥へと引っ込んでいった。

 アガーテは物凄く居心地が悪そうだ。


「さて、それじゃ依頼達成の処理をしてくるからちょっと待っててね」


 フランさんはオーウェンの言動に特に反応することなく仕事に戻っていった。

 まあ、当然オーウェンのことも昔から知っているんだろうし慣れているんだろうな。


 それから暫くして、フランさんから指名依頼達成の報酬を受け取る。

 その後は特に用事も無かったので、俺たちは拠点まで戻ってみることにした。



 ◇◇◇



 そんなこんなで、俺たちは少し足早に拠点まで戻って来た。

 やはり皆拠点の様子が気になっているようだ。


「あ、門が綺麗になってる!」


 拠点の塀に取り付けられた門扉が鈍色に輝く。

 これは以前にライナスの鍛冶師にゴーレムメタルを渡して制作を頼んでおいたものだ。

 場所が場所なので最初は鍛冶師も渋っていた。どうしても採寸なんかの為にここを訪れなきゃならないしな。

 だけど、ゴーレムメタルを多めに渡すと嬉々として引き受けてくれた。

 やっぱり、どこへ行っても鍛冶師と言うのは良い金属に弱いらしい。


 オーウェンから受け取った鍵を使って門を開く。


「釣瓶もきちんとありますね」


 俺が掘った井戸の上には小さな屋根と釣瓶が設置されていた。


「キュッキュゥウウ!」


 井戸の手前にある池にルカが突撃する。

 この池も井戸掘りのついでに制作しておいたものだ。池の水は水魔術で生み出した。

 それに、井戸にも池にもライナスで買った浄水の魔道具を設置しているから俺たちも問題無く使える。

 やはり、浄水の魔道具なんてものになるとそれなりに値は張ったけど、こう言った部分をケチるのは良くないしな。


 門を閉じて鍵を掛けると、それまで木のふりをしていたウィタが俺たちに近寄って来た。


「ただいま、ウィタ。工事の間は大丈夫だったか?」


 ウィタは葉を揺らして頷く。


「ちゃんと木のふりをしてたよ、だって」


「そうかそうか、それなら安心だ」


 俺は命魔術を使ってウィタに生命力の栄養を与える。

 ウィタは嬉しそうに葉をざわめかせた。


「あはは、なんだか師匠、ウィタちゃんのお父さんみたいですね」


「まあ、ある意味その表現も間違ってないとは思うが……」


「だったらあたしたちがウィタのお母さんだね!」


 リディの発言を聞いてレイチェルとアガーテが顔を真っ赤に染める。

 その様子を見てリディは不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「え!? ううん! 何でもないよ!」


「そ、そうだぞ! 決して将来のことを考えてしまったとかではないからな!」


 ……アガーテ、それは答えを言っているようなものでは……

 リディの発言を聞いて、自分に本当に子供が出来た時のことでも考えてしまったのかねえ。

 なんでそれで顔が赤くなるのかはよく分からないけど……


 その後は少し時間をおいて、リディたちもそれぞれウィタの好きな属性の魔力を与える。

 蔦の迷宮でやったみたいな無理矢理の急成長をさせないように注意しなきゃな。


「師匠、明日からはどうします?」


「そうだなあ。ギルドに魔物の解体も頼んでるし、少しの間休日にしようか。皆もグリムオークの相手で疲れただろ?」


 グリムオークと言う単語を聞いて三人が露骨に嫌そうな顔をする。

 まあ、あれだけ鼻息荒く襲い掛かられたらな……


「あ、そうだ! ウィタ、お土産だよ」


 リディが亜空間から灯籠花を取り出す。

 それを見たウィタは嬉しそうにリディに寄って行く。


「綺麗でしょ? 灯籠花って言うんだよ。今のままじゃお庭が寂しいから色々植えてあげるね」


「そう言えば、灯籠花って黒獣の森の外じゃ見掛けないな」


「灯籠花は黒獣の森の外に持ち帰り、新しく咲いたものは光ることが無いらしい。それ故に誰も持って帰って来ないのだ」


 成程なあ。光らなかったら普通の花だしな。

 まあ、ここの庭を賑やかにするのが目的だから問題無いか。


「折角だし、明日はこの庭にその灯籠花を植えてみようか。それにレンブラントさんに貰った種もあるからな。畑も造るか」


 お礼に貰った種はこの時期に植えても問題無いものみたいだからな。

 庭も賑やかになるし、野菜が出来たら自分たちで食べることも出来るしで丁度いい。


 その時、ウィタがまだまだ短い枝を一生懸命リディに向け伸ばし始めた。


「え? 灯籠花を触ってみたいの?」


 ウィタが葉を揺らして答える。

 どうやら初めて見る灯籠花が気になって仕方なかったようだ。


「はい、どうぞ」


 リディがウィタに灯籠花を一本渡す。

 ウィタは灯籠花を枝で器用に受け取る。

 すると、ウィタが受け取った灯籠花が見る見るしおれていった。


「えっ!? なんで!?」


「これは……灯籠花の生命力がウィタに流れている!?」


「ウィタちゃん命属性が使えるの!?」


「あの巨大トレントの果実の種から生まれたのだ。使えても不思議はないが……」


 しおれた灯籠花はやがて全てウィタに吸収されてしまった。

 俺たちが言葉を失っていると、ウィタが体を揺らし始めた。


「え? この辺りを耕してほしい?」


 リディの言葉にウィタが頷く。


「師匠……」


「分かってる」


 ウィタが何をするつもりなのかちゃんと見極めないと駄目だろうな。

 もし、周囲に迷惑を掛けるようだったら俺がどうにかしないと……


 俺は地魔術を使ってウィタが指定した地面を耕す。


「ほら、これでいいか?」


 ウィタが頷き、今度は枝を俺に差し出してきた。


「えっと、栄養を分けて欲しい、だって」


 栄養……多分、与えている魔力のことだよな。

 俺に催促してきたってことは命属性か。


 俺は命魔術でウィタに生命力を分け与える。

 すると、ウィタはさっき俺が耕した地面の前まで移動した。


「何をする気だ?」


 暫く様子を見ていると、ウィタが小刻みに震え始める。

 ん? ウィタから生命力が根を伝って耕した地面に……


「わっ! さっき耕した地面から何か生えてきたよ!」


 なんと、ウィタが生命力を与えた地面から芽が生えたのだ!

 更にウィタが生命力を芽に与えると、その芽がぐんぐん成長する。

 やがてさっきの灯籠花と同じくらいの大きさになり……なんと花を咲かせた!

 その花は淡く光り輝いている。


「こ、これ……さっきウィタちゃんが持ってた灯籠花じゃ……」


「まさか……黒獣の森の外で咲いた灯籠花が光るとは……」


 ウィタは満足したように葉を揺らす。


「ねえおにい。もしかして……」


「ああ」


 実は、リディがウィタに『分析(アナライズ)』を使った時、気になるものを視ていたのだ。


――――――――――――

『ウィタ』(アニマトレント)


状態:従魔

体調:良好

関係:友好


命の芽吹き

――――――――――――


 これが、その時にリディが紙に記したウィタの『分析(アナライズ)』の結果だ。

 ここに記されている『命の芽吹き』がその気になるものだ。


 こう言った潜在的な素質や加護については、今のリディでは詳細まで知ることが出来ない。

 なので、これについてもどう言ったものなのか推測するしかなかった。


 ウィタは色んな偶然が重なって俺の命魔術によって生まれたトレントだ。

 だから、命の芽吹きって言うのはそのことなのかな? と俺たちは解釈していた。

 だけど、どうやらさっきのウィタの行動を見るにそうではなかったようだ。


「リディが視た『命の芽吹き』、あれは植物を自分に取り込んで、魔力を使って芽吹かせる能力だ。しかも、その土地に適応した状態で……」


 その言葉を聞いてウィタが葉を揺らせる。


「よく分からないけど、何故か出来るような気がした、だって」


「そ、それって物凄いことなんじゃ……」


「ウィタがいれば人の手では栽培不可能な希少な薬草なんかも栽培することが可能になる……と言うことか」


 ウィタが身体を揺らし始める。


「えっと、これをやったら物凄くお腹が空く、だって」


 どうやら相応に魔力を消費してしまうようだ。

 そう考えると、今の小さなウィタだと全ての植物を扱うことは無理なのかもしれないな。


 俺たちはウィタに時間を掛けながら順番に魔力の栄養を与えていく。


「ジェット、このことは周囲には秘密にしておいた方がいい。間違いなくウィタをどうこうしようとする者が現れる」


 それを聞いてポヨンとキナコがウィタの前に立ち塞がる。

 どうやら、ヴォーレンドで誘拐されかけた時のことを思い出したみたいだな。


「ああ。前にポヨンとキナコを誘拐しようとした奴もいたし、念の為ウィタにも何か自衛の手段を考えてやった方がいいのかもな」


 とは言え、今の小さなウィタじゃ出来ることも限られてくるだろうけど。

 まあ、追々考えていこうか。


 すると、ウィタが身体を揺らしながら枝を伸ばしてきた。


「えっと、もっと色んなもの植えたい、だって」


 どうやら植物を植えるのが楽しかったようだ。


「今日は暗くなってきたから明日な。野菜の種を貰っているから、それを植えるのを手伝ってくれ」


 俺の言葉を聞いてウィタが頷く。


 はぁ、よく考えたらうちの従魔って珍しい魔物ばかりなんだよなあ。

 今回もまた秘密にしとかなきゃならないことが増えたし。

 出来ればこれ以上リディが変わった従魔を増やしませんように……


 葉を揺らしながら喜んでいるウィタを見て、俺はそんなことを考えていた。

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