136話 畑の老紳士
「あら、おかえりなさい。その様子だと黒耀花の採取は完了したみたいね」
「ただいま。ああ、どうにか採って来ることが出来たよ」
俺たちは襲い掛かって来たグリムオークの大群を撃破し、黒耀花の採取を終えてライナスに戻って来た。
最初は数の多さに焦ったけど、闇魔術での同士討ち作戦が上手く決まり、あの場を切り抜けることが出来た。
それと、今後のことを考えて試しに黒獣の森内で数日過ごしてみた。
就寝時は四方を強固な石壁で囲んで、その周囲に『設置魔術』を敷き詰めると言う方法を試してみたんだけど……
頻繁に『設置魔術』が爆発するわ、その爆発音に釣られて他の魔物が寄って来るわで散々な結果だった。
どうも急に現れた石壁を不審に思うのか、魔物が寄って来てしまうようだった。
結局、俺とレイチェルとアガーテで順番に見張りをして息を殺しながら夜を明かすことになった。
もっと別の方法を考えないと、黒獣の森内では安心して眠れないみたいだ。
「流石ね。それじゃあ黒耀花を」
「あー、フラン。場所を変えた方がいい。おそらくここだと無駄に注目が集まる」
「?……ああ! 黒耀花は香りが強いものね」
「そうなのだが……まあ、実際に体験してもらった方が早いだろう」
「あ、黒豚もいっぱい持って帰って来たから解体お願いします!」
「黒豚ってことはグリムオークね。何匹ぐらいになるのかしら?」
「うーん……いっぱい?」
「途中で数えるの止めちゃったからなあ。あと他の魔物もそれなりに」
それを聞いてフランさんが額に手を当て首を振る。
「あー、ちょっと待っててね。解体場が空いてるか聞いてくるから」
「フラン、可能な限り人数は用意しておいた方がいいぞ」
アガーテの言葉を聞いたフランさんは、顔を引きつらせながらギルドの奥へと消えて行った。
「あの開花直後の黒耀花をここで出したらとんでもない騒ぎになりそうですね」
「グリムオークを大量に呼び寄せるくらい強烈な甘い香りだからなあ。下手したら異臭騒ぎにでも発展しそうだ」
「あの香りのことは納品時にでも説明しておいた方がいいだろうな」
受付前で暫く待っていると、ギルドの奥からフランさんが戻って来た。
「お待たせ。解体場の方は大丈夫みたいよ。アガーテの言う通り出来るだけ人数は集めておいたわ。黒耀花もそっちで受け取りましょうか」
俺たちはフランさんと一緒に解体場へと移動を開始した。
解体場に辿り着くと、大勢の職員に迎えられた。
前にトレントを運び込んだことがあったからか、俺たちを見ると息を呑む職員がちらほらいた。
「それじゃあ、まずは解体する魔物を出してもらえる?」
「うん、分かった」
リディが亜空間からグリムオークをどんどん出して並べていく。
解体場の床一面に並べられていくグリムオークを見て、フランさんも職員も腰を抜かしている。
「な、え? は?」
リディは更に他の魔物も並べていく。主に寝る時に襲い掛かって来た奴らだな。
一部職員は魂が抜けたような表情になっていた。
「えっと、これで全部」
解体場の床がグリムオークとその他数々の魔物で埋まってしまった。
我に返った職員の一人が更に人員を補充する為に解体場を出て行った。
「な、何をどうやったらこんなにも……」
アガーテが言っていたように、それもちゃんと説明しておいた方がいいだろうな。
「えっと、ここで黒耀花を出してもいいか?」
「え? ええ、問題無いわ」
その言葉を聞いて、リディが一輪の黒い花を亜空間から取り出す。
亜空間から取り出した黒耀花は強烈な甘い香りを周囲に放ち始めた。
「ちょっ!? な、何この強い香り!?」
「これは開花直後の黒耀花だ。どうも開花時に特に強力な香りを出すようでな。その香りに釣られてグリムオークが大量に現れたのだ」
「あとは単純にわたしたちを見て襲い掛かって来て……」
ギルド職員が大急ぎで保管箱に黒耀花を収める。
すると、強い香りは徐々に消え去っていった。
黒耀花の香りは魔物、特にグリムオークが好む香りだと言うのは知られていたけど、開花直後に特に濃密な香りを発することは知られていなかったようだ。
まあ、黒耀花の開花のタイミングに居合わせるなんてそうそう出来ないだろうし、もし居合わせてもグリムオークの大群に呑み込まれるしな。
「な、成程……そのことは後で報告書にまとめておいた方がいいわね」
その後フランさんと話し合って、今回は納品した分の半分の肉を自分たちで受け取るようにした。
ただ、量が量なので解体には暫く時間が掛かるとのこと。
肉も報酬も後払いになるそうだ。早く食べてみたいな。
後の作業は解体場の職員たちに任せてギルドの受付へと戻り、依頼達成の処理をしてもらう。
黒耀花採取依頼の報酬の確認を終えると、フランさんが一枚の依頼書を取り出した。
「そうそう、あなたたちに指名依頼が来ているわ」
俺たちはその依頼書を受け取り内容を確認する。
「畑仕事の手伝いをしてもらいたい?」
「依頼主は……レンブラント殿か」
レンブラント……前にも町の畑の土壌改良を依頼してきた依頼主だな。
確か、元ライナス町長で公爵の肩書を持っていたと言う人物だ。
「おじいちゃん、前のあなたたちの仕事ぶりをとても気に入ったみたいでね」
「へぇ、あの人ってフランさんのおじいさんだったのか」
レンブラントさんは茶髪に白髪交じりのすらりと背が高い老紳士だったな。
そう言われてみると、フランさんもどこか面影が……
「え!? 確かレンブラントさんって元公爵って……」
「そうよ。現公爵はうちの父さんね。あれ? アガーテから聞いてなかった?」
俺たちはアガーテを見る。
「あー……自分のことを秘密にしているうちに教えることをすっかり忘れていた」
「はぁ……まあいいけどね。アガーテと同じで、別に公爵令嬢だからと言って畏まらなくてもいいわ。国の性質上ただの肩書だけの公爵令嬢だしね」
肩書だけとは言え、礼儀作法とかはきちんと学んでいるんだろうな。
育ちが良かったのも納得だ。
「えっと、それでどうかしら? もし都合が良かったら受けてあげて欲しいんだけど」
俺はリディ、レイチェル、アガーテに視線を向ける。
三人は俺の視線を受け頷く。
「分かった。その依頼受けるよ。すぐに向かっていいのか?」
「ええ、おじいちゃんは多分自分の畑にいる筈よ。場所はアガーテが知ってるわ。それと、依頼受けてくれてありがとうね」
フランさんに別れを告げて、俺たちはアガーテの案内で依頼主レンブラントさんの元へ向かった。
◇◇◇
「ほっほぉぉう! 開花直後の黒耀花にそんな性質があったのかね!」
「そうなんだ。強い香りに釣られたグリムオークの大群に襲われて酷い目に遭ったよ」
まあ、そのグリムオークは全部肉にしてやったけどな!
「この辺りの畝はこんな感じでいいのか?」
「おお、おお。バッチリじゃ! こんな短時間で出来るとは流石じゃのう。やっぱりお前さんたちに頼んで正解だったわい」
今俺たちはレンブラントさんからの指名依頼を受けて畑仕事の手伝いをしている。
この畑は依頼で土壌改良した町所有の畑じゃなくて、依頼主のレンブラントさんが趣味でやっているものだ。
「いやぁ、本来は儂がやる所なんじゃが、少し脚を痛めてしまってのう。短時間なら問題無いが、長時間畑仕事をしておると痛んでくるのじゃよ」
椅子に座ったレンブラントさんは、そう言って自分の脚をさする。
「今年の畑は規模を縮小しようと思っておったが、その時にお前さんたちのことを思い出してな。ダメ元で依頼を出してみたらまさか受けてくれるとはな。かっかっか」
ちなみにこのレンブラントさん、今は息子、つまりフランさんの父親に町長と公爵の地位は譲り、空いた時間で趣味の畑いじりを楽しんでいるんだとか。
ただ、町長を退いた後も畑関連の仕事だけは続けているようだ。
「おにい、こっちも終わったよー」
「おう、お疲れ」
「かっかっか、もう種蒔きが出来るようになるとはのう」
ちなみにこれから蒔く予定なのはダイコンやニンジン、カブなんかの根菜類だ。
元々は黒獣の森で採れた影響か、寒さに強い品種のようだ。
早速種蒔きを始める。
ニンジンとカブは畝に二列浅く穴を掘り、少しずつ間隔を空けて植えていく。
大根は畝に直接幾つかの種を蒔き、その上に軽く土を被せる。それを何ヶ所かに分けて行っていく。
「ほう、手際がいいのう」
「実家でもこうやって畑の手伝いをやってたからな」
自分で植えた種が育つと嬉しいんだよなあ。食べる時も不思議と他のものより美味しく感じる。
「こ、これでいいのか?」
「おう、そんな感じだ」
アガーテには種を蒔いた後に土を被せてもらっている。
こう言った種蒔きは初めてやるらしく、どこか緊張している様子だ。
「かっかっか、アガーテちゃんもいい男を捕まえたのう」
「か、揶揄わないでくれレンブラント殿! ジェットとは師弟関係であって……その……そ、そう言った……」
アガーテは顔を真っ赤にして反論していたけど、次第に声が小さくなっていく。
「師匠、水やり終わりました!」
「おう、お疲れ」
「かっかっか、ご苦労じゃったのう。ここまでで十分じゃ。後の間引きや防寒については折を見て少しずつどうにかやるとするわい」
「おーい」
その時、畑の方に近付いて来る人物がいた。
「おお、フランか。受付の方は大丈夫なのかい?」
「ええ、丁度外に出る用事があって、近くを通ったから気になって見に来ちゃった……って、もう畑出来ちゃったの!?」
「かっかっか。儂もびっくりしておるとこじゃ」
「はぁ……ジェット君たち万能すぎでしょ」
「なにしろアガーテちゃんが選んだ男じゃしの」
「だ、だから! 私たちは師弟関係であって……!」
あー、こんな感じでアガーテは昔から揶揄われてるんだろうなあ。
あ、そうだ。
「レンブラントさん、ちょっと脚診せてくれ」
「? じじいの脚に興味があるのかい?」
「いやっ、そうじゃなくて」
「かっかっか。冗談じゃよ。ほれ」
そう言ってレンブラントさんは椅子に腰かけたまま足を投げ出す。
俺はレンブラントさんのズボンを捲り脚全体に光魔術での治療を施す。
「な、なんじゃ!? 脚が随分楽になっていくような……」
「よし、これで無茶しなければ大丈夫な筈だ」
流石に年齢による衰えはどうしようもないけど、痛みくらいだったらどうにか出来るからな。
これならここの畑の世話も十分可能だろう。
「かっかっか。こんなことまでしてもらえるとは……何かお礼をしたいが」
「いや、いいよ。俺が勝手にやったことだし」
それに、フランさんの身内な訳だしな。
放っておくのはちょっと忍びない。
「うーむ、それなら儂も勝手に感謝の気持ちを渡すとするか」
そう言ってレンブラントさんは幾つかの布袋を渡してきた。
袋には野菜の名前が書いてあるけど……
「これはな、儂らが黒獣の森で採れた野菜を品種改良したものの種じゃ。良かったらお主たちが買った土地で育ててみるといい」
「えっと、それって俺たちが貰っちゃっていいのか?」
「かっかっか。どうせ儂が植える用に持って来ておった種じゃ。何も問題は無い」
「そっか。それなら貰うよ。ありがとう」
「「ありがとうございます!」」 「ありがとう、レンブラント殿」
「なーに、礼を言うのはこっちじゃよ。今度野菜が育ったら是非食べに来るといい」
「その時は私から伝えるわね」
「ああ、分かった」
レンブラントさんから幾つかの野菜の種を受け取る。
折角だ。あの拠点に畑でも作ろうか。
庭が賑やかになるしウィタも喜ぶかもな。




