135話 蔦の壁を越えて
「あー、やっぱり駄目だな。これ以上奥へ行ける道が無い」
五人組の冒険者たちと別れた後も、俺たちは蔦の迷宮の探索を続行していた。
念の為、彼らが向かっていた方向にも行ってみたんだけど、やはり道は途切れていたし黒耀花も見当たらなかった。
「時々この蔦の壁の向こう側に気配は感じるから、奥があるのは間違いないんですけど……」
石を使って蔦の再生の邪魔をすることも試してみた。
だけど、これは俺の予想通り石ごと取り込まれるだけで失敗した。
「大人しく道が変わるまで待つしかないんじゃない?」
「それか、無理矢理ブラックホークの巣を突っ切るか」
俺一人で蔦の上を通ることも考えた。
けど、仮にそれで奥へ入れても、黒耀花を見付けたらまた同じ道を通って帰らなきゃならないんだよなあ。
それに、辿り着いた先が再び行き止まりと言う可能性だって無い訳じゃない。
下手をすれば興奮したブラックホークたちが皆に襲い掛かる恐れもあるし……
「やっぱり日を改めるしかないかぁ」
「蔦の迷宮のこう言った性質はライナギリアでもよく知られている。それ故、依頼の期限自体はかなり余裕を持って設定されているのだ」
まあここで考えてたって仕方ない。
俺たちは蔦の迷宮を脱出するべく出入り口の方に向かって歩く。
すると、その時少し気になるものを発見した。
「あ、この辺蔦が枯れかけてるな」
壁のとある一部分だけ蔦がしなびていた。
その周りの蔦も、他の場所にある蔦と比べたら元気が無い。
多分、暫くしたらこの一面の蔦が無くなって新たな道が出来上がるんだろう。
まあ、ここに道が出来たって奥に行ける訳じゃないんだけど。
「こうやって蔦が枯れ、どこかに新たな蔦が生えてくることにより道が出来たり塞がったりしているのだ」
ただ、闇魔術を使って蔦を枯らすことは出来なかったんだよな。
多分、単純に蔦本来の寿命を迎えるまではダンジョンの修復力が働いてしまうんだろう。
ん? 待てよ。
と言うことはだ。何かしらの手段で蔦の成長を促進してやれば無理矢理道が作れるんじゃないのか?
「なあ、この蔦ってどれくらいの周期で生え変わるのか分かっているのか?」
「えーと、あ! 資料に書かれていますね。蔦の迷宮の蔦は、大体五日から七日で生え変わるそうです。その生え変わりも全体が一気に生え変わるんじゃなくて、この場所みたいに徐々に色んな場所が生え変わるみたいですね」
成程。やはりそれほど長い期間生えている訳じゃないんだな。
それだったらもしかしたら……!
俺は壁の目の前まで進み、しなびた蔦に手を当て蔦の生命力を感じ取る。
うん、死にかけていたウォードみたいに命の火が消えかけてる訳じゃないんだな。
ただ、上手く言葉に出来ないんだけど、命の火の容量、命の器と言えばいいか。それが小さくなっているのを感じる。松明の持ち手が燃え尽きて小さくなったようなイメージか。
こうやって徐々に器が小さくすり減っていくのが寿命を迎えると言うことなんだろう。
「おにい、どうしたの?」
「……もしかしたら無理矢理道を作れるかもしれない。ちょっと試してみる」
俺は壁の蔦に命魔術を発動する。
そして蔦の命の火を大きく燃え上がらせる。
だけど、これくらいのことだと命の器が小さくなっていくような感覚は無い。
これで蔦の命の器を消耗させられれば、と思ったんだけど、まだ何かが足りないみたいだ。
命の器が小さくなる、つまり成長し尽くして寿命を迎えるってことだよな。
そう言えば、初めて戦ったトレントは地属性、水属性、光属性の魔力を吸収して強力に成長していたな。あれを参考にすれば……
ただ、今の俺じゃ命属性と同時に他の属性を扱うことは出来ない。
「どうですか師匠?」
「いや、まだ少し何かが足りないみたいで……そうだ!」
よく考えたら俺一人でやる必要なんてないじゃないか!
俺には頼もしい仲間がいるんだから!
「リディ、レイチェル、アガーテ、ちょっと力を貸してくれ!」
俺が命属性しか使えないなら、三人に他属性を担当してもらえばいい。
「えっと、どう言うことおにい?」
「要はこの迷宮って蔦の成長によって出来上がってるんだよな。蔦が育って壁になってそれが枯れて道が出来て。だからさ、この蔦を無理矢理枯らせて道を作ってやろうと思ったんだ」
「だが、ダンジョンの修復力の影響で蔦の除去は不可能だったではないか」
「そう。それで俺は命魔術を使って蔦を一気に成長させようと思ったんだ。蔦が成長しきって寿命を迎えたらそこに道が出来る筈だ」
この方法ならダンジョンの修復力は関係ない筈だ。
普段と同じように蔦が成長するだけなんだからな。
「な、成程……それで、どうしてわたしたちの力が? わたしたち、命属性は使えませんよ?」
「どうも命属性だけじゃ駄目みたいなんだ。それで植物の好きな属性も一緒に与えてみようと思ってな 」
巨大トレントの時みたいな生命力の暴走じゃダンジョンに修復されるだろうしな。
「植物の好きな……あ! 水属性と地属性と光属性!」
「そう言うこと」
俺の説明を聞いてリディが光属性、レイチェルが水属性、アガーテが地属性を担当することになった。
これはウィタの好みを参考にしてみたものだ。
念の為、徐々に与える属性を増やしていくことにした。
「それじゃやるぞ!」
まずは俺が蔦の壁に命魔術を発動する。
蔦の命の火が燃え上がる。
「じゃあ次はあたし」
そこへリディが光魔術を使い蔦に光属性の魔力を与える。
お!? 命の火が輝きを増した!? その影響か、命の器がほんの僅かだけど消費されているみたいだ。
「次はわたしですね」
次はレイチェルが水魔術で蔦に水属性の魔力を与える。
おお! 命の火の輝きがさらに増したぞ!
それに、目の前の蔦が少しずつだけど伸びているのが分かる。
「最後は私だ」
アガーテが地魔術を使って蔦に地属性の魔力を与える。
命の火がより一層輝きを増した!
「うわっ! 蔦が凄い勢いで伸びてる!」
それと同時に蔦の命の器がどんどん小さくなっていく。
「あっ! 蔦がどんどんしなびて……」
やがて命の器が燃え尽き、蔦は寿命を迎えたようだ。
周囲の蔦も同じように成長させてみる。
「蔦が枯れて……本当に道が出来ただと……」
目の前にあった蔦の壁は消え去り、そこは迷宮の通路へと変化した。
「よし、成功だ!」
この方法を使えば奥へ進める筈だ!
「これって……蔦以外のものにも同じように使えるんでしょうか?」
「うーん、今回の属性の組み合わせだと植物限定だろうな。ただ、これは何にでもむやみに使っちゃ駄目だろうな」
こんな成長のさせ方、確実に何かしら悪影響が出ると思う。
俺たちの都合で無理矢理歪に成長させてるんだからな。
「ウィタに魔力の栄養をあげる時も気を付けなきゃね」
「そうだな。その時は少し時間をずらしながら栄養をあげていこうか」
命属性……改めてその危険性を知った気分だ。
「まさか、蔦の迷宮にこんな攻略法があったとはな……とは言え、こんな無茶なこと出来るのはジェットだけだが」
「いやいやいや、俺一人じゃ無理だっただろ?」
「師匠だったらそのうち一人でも出来るようになりそうですけどね……」
「あ、それは間違いないよ。妹のあたしが保証するよ!」
「よ、よし! これで黒耀花を探しに行けるな! 早く行こう!」
こういう時は強引に話題を逸らすべし!
俺たちは別の蔦の壁を同じ方法で通路に変え、黒耀花を求めて蔦の迷宮の奥へと向かって行った。
◇◇◇
「食らえっ!」
「ブビヒヒヒヒヒヒヒ」
雷の剣でグリムオークを斬り付ける。
痺れで動きを封じた所で首を撥ねる。
「仕方ないですけど……塞がっていた奥へ入ったことでまたグリムオークが出るようになりましたね」
「早く黒耀花見付からないかなあ」
周囲を見渡してみるも、あるのは光る灯籠花だけだ。
「黒耀花はこの辺りで十分見付かる筈だ。焦らず探せば問題無い……とは言え、流石にこれだけ興奮したグリムオークに襲われるのもいい気分ではないな」
どうやらアガーテも発情したグリムオークに辟易した様子だ。
まあ、あれだけ鼻息荒く襲われたらなあ……
一番人気はリディとは言え、レイチェルとアガーテにも相応に群がって来ているし。
「ほら、元気出せよ。後で美味い肉になると思えば苦にならないだろ?」
「もう! お肉は食べたいけどそう言う問題じゃないよ!」
リディに怒られてしまった。
でも肉自体は食べたいんだな。
「レ、レイチェル! 周囲に気配は?」
「はい。今は周囲には何もいないみたいです」
「まあ文句を言っていても仕方がない。早く黒耀花を見付けるとしよう」
それから暫くはグリムオークと遭遇することは無かった。
そのまま迷宮を進んでいると、俺たちは広い場所に出ることとなった。
グリムオークが十匹ぐらい暴れ回っても大丈夫なくらい広い。
「おお、こんな場所もあるんだな」
「たまたま今はこのような場所が形成されているのだろうな」
「灯籠花もいっぱい咲いてるね」
「レイチェル、グリムオークの気配は?」
「はい。この近辺にはいないみたいですね」
「それなら通路から離れた端の方で休憩していこうか」
「ウィタのお土産の灯籠花の採取もしなきゃ」
通路を良く確認出来る位置に移動し、俺たちは一度休憩を取ることにした。
リディは俺たちに飲み物を配った後、ウィタに渡す為の灯籠花を従魔たちと共に採取しに向かった。
「はぁ、これでグリムオークさえいなければ綺麗な場所なんですけどね」
「確かに、危険が無ければ私も少しゆっくりしていきたいくらいだ」
蔦の中の光る花畑かぁ。
他では絶対に見られないような光景だろうな。
「あっ! 皆こっちー!」
少しのんびりしていると、灯籠花の採取に向かったリディが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
どうも何かを見付けたみたいだけど……
俺たちは立ち上がり、リディの方へと向かう。
「どうした?」
「ほら、これ!」
リディが指さした先にあったのは、灯籠花の陰に隠れた幾つかの大きな黒い蕾だった。
俺たちがいた場所からじゃ死角になって見えなかったようだ。
「これは、黒耀花の蕾か」
「おお、よくやったリディ!」
「えへへ~」
「確か咲いた花が必要でしたね。もう少しで咲きそうですけど……」
レイチェルの言う通り、明日にでもなればこの蕾は大輪の花を咲かせることだろう。
一度蔦の迷宮を出て明日になってからもう一度ここへ来てもいいけど……
「これくらい成長していたら何とかなるか。周囲を警戒しておいてくれ」
俺はしゃがんで黒耀花の蕾に触れる。
そして、命魔術を使って生命力を活性化させた。
巨大トレントに使ったのと同じ方法だな。あり余った生命力で花を咲かせるのだ。ただし、生命力が暴走しないよう細心の注意を払う。
暫く続けていると、徐々に一つの蕾が花開いていく。
そして、黒い大輪の花が咲いた。
「うわぁ、綺麗! 花粉が黒く輝いてるね」
「ほんとに綺麗だねえ。それに、何だか花の甘い香りもします」
「確かに黒耀花は甘い香りの花だが、開花直後は香りが更に強いのだな」
黒耀花の甘い香りは時間と共にどんどん強くなっていき鼻につく。
ここまで香りが強いとなるとちょっと迷惑だな。
「よし、あとはこれを採取して」
「ん!? 師匠! たくさんの気配がこちらに向かって来ます!」
「もしや……この強力な甘い香りに誘われて魔物が!」
「リディ! 急いで採取を!」
「う、うん!」
リディが黒耀花を周囲の蕾と一緒に根ごと採取し『亜空間収納』へ仕舞う。
これで香りの元は断てた筈だけど……
「ブウィィィイイイイイイッ」
「どうやら遅かったようだ」
グリムオークの集団が花畑になだれ込んでくる。
そして、リディたちを見て鼻息を荒くする。
「もう! 来ないでよ黒豚!」
「仕方ない、殲滅するぞ!」
こうして黒耀花を採取した後も、俺たちはグリムオークと戦う羽目になるのだった。




